原石と覚悟
一方、エルデもまた、ダイヤモンドたちに案内され、大きな鏡の前に立っていた。
「エルデ様。申し訳ございませんが、衣服をお脱ぎいただけますか?」
「わかったっす」
クロとは違い、エルデは迷うことなく服を脱いでいく。ただし、脱ぎ方はあまりにも無造作だった。ぱっと脱いでは横へ置き、次の衣服へ手をかける。そのたびに、控えていたメイドたちが素早く動き、落ちる前に受け止め、皺がつかぬよう丁寧に畳んでいった。その行動に驚きつつも、ダイヤモンドは静かに口を開く。
「エルデ様。少し差し出がましいことを申し上げますが、衣服はもっと丁寧に扱うべきです。雑に脱ぎ散らかしてしまうのは、それを仕立てた者への礼を欠く行いでもございます」
「ごめんなさいっす……」
怒られたことに、エルデは素直に頭を下げた。その反応を見て、ダイヤモンドはクスリと笑みを浮かべ、一礼する。
「こちらこそ、差し出がましいことを申し上げました。どうかご容赦ください。ですが、これもエルデ様のため。ひいては、クロ様のためにもなります」
「クロねぇの?」
「はい。クロ様が衣服にあまり興味をお持ちでないように、エルデ様はそれ以上に、衣服への関心が薄いようにお見受けいたします」
「……そうっすね。前よりはましになったっすけど、みんなにじろじろ見られるのは、まだ苦手っす」
エルデは自分の身体を抱くように、そっと腕を寄せた。健康になったことで筋肉もついてきた。さらにクロの血の影響か、身体そのものも以前より丈夫になっている。それは今も少しずつ変化を続けていた。売られる前、親に飲まされた薬の影響。そのせいでエルデの身体は13歳という実年齢以上に成長してしまっている。けれど心まで同じ速度で追いついたわけではない。
視線を向けられるたび、胸の奥が小さく縮こまる。以前ほど怯えることはなくなった。それでも平気だと笑い飛ばせるほど、まだ強くはなれていない。
「前よりは、自信を持てるようになったっす。でも……」
言葉がそこで細くなる。ダイヤモンドはエルデの戸惑いを静かに受け止めた。
「心中をすべて察することはできません。ですが、我々はエルデ様を必ず、一人前のレディーに仕立て上げてみせます」
ダイヤモンドは深く頭を下げた。その所作は美しく、そして力強い。
「それを自信へと変えていただき、衣服にもっと興味を持っていただければ、クロ様も自然と興味を持たれる可能性がございます」
「クロねぇも?」
「はい。エルデ様が楽しそうに装う姿を見れば、クロ様もきっと、少しは関心を示されるはずです」
その言葉に、エルデは少しだけ目を丸くした。自分のためだけではない。クロのためにもなる。そう言われ、エルデは改めて自分の身体を見る。
「……それなら、頑張ってみるっす」
小さく、けれど確かに頷いたエルデに、ダイヤモンドは満足そうに微笑んだ。
「お任せください。必ずや、エルデ様の魅力を引き出してみせます」
「よろしくお願いするっす!」
エルデが元気よく手を上げると、周りにいたメイドたちは思わず息を呑んだ。健康を取り戻した身体には、以前にはなかった張りと力が宿っている。成長した胸元。引き締まりつつある腰。しなやかに伸びた四肢。それらは、13歳という実年齢よりも先に進んでしまった身体の成長だった。
けれど、そこにあるのは完成された美しさではない。本人の心が追いつくより先に、身体だけが大人へ近づいてしまった不安定さ。まだ扱いきれていない、未完成の可能性だった。
だからこそ、メイドたちの目に一層の熱が宿った。無論、ダイヤモンドも同じだった。
(この子は、まだ原石。磨けば光り輝く。必ずや、磨き上げてみせます)
「では、エルデ様。恐れ入りますが、残りのお召し物もお外しください。すぐにタオルをお掛けし、バスルームへご案内いたします」
「うっす」
エルデはためらうことなく頷き、身につけていたものを外していく。だが先ほどとは違った。脱いだものを投げ散らかすことはせず、近寄ってきたメイドへきちんと手渡す。小さな変化だった。けれどダイヤモンドはそれを見逃さない。彼女は満足げに、ほんのわずか頷いた。そしてメイドたちがエルデの身体に柔らかなタオルを巻く。
そうして、エルデは磨き上げられるため、バスルームへと案内されていった。
その背を見送るメイドたちの視線は、先ほどまでとは違っていた。獲物を見る目ではない。輝く前の原石を見つめる、職人の目。
エルデはまだ、周囲の視線が変わったことにも、自分の中に芽生えた小さな変化にも気づいていない。
ただ、クロのためにもなるのならと、エルデは少しだけ背筋を伸ばし、湯気の立つバスルームへ足を踏み入れた。
そして最後に、アヤコは肩を小さく震わせていた。
(ううっ……逃げ出したい……)
しかしここはすでにオンリーワンの中。逃げるにはクロの転移に頼るしかない。だがそのクロもすでに別室へ連れていかれてしまっている。
つまり、逃げ道はなかった。
「アヤコ様。落ち着いてください。すべて私どもにお任せください。必ず、安心して舞台に立てるお姿へ整えてみせます」
「でも、ショーだなんて……」
アヤコの声は小さく震えていた。普段なら工具を手に堂々と機械へ向き合える。複雑な配線も癖のあるパーツも恐れることなどない。
けれど人前に立つこと。ましてや着飾られてショーに出ることとなれば、話はまったく別だった。胸の奥が落ち着かず、足元まで頼りなくなる。
「では、アヤコ様とわからぬように配慮いたします」
エメラルドはそう言うと、落ち着かせるようにアヤコの手をそっと握った。小さな手のひらから伝わるぬくもりに、アヤコの呼吸が少しずつ整っていく。張り詰めていた肩の力も、ほんのわずか抜けた。
「では、始めさせていただきます」
「へ?」
その言葉と同時に、控えていたメイドたちが一斉に動き始めた。アヤコのジャンプスーツ。シャツ。ポケットや工具ホルダーに収められていた細かな道具たち。それらが流れるような手際で次々と外されていく。乱暴ではない。むしろ一つ一つの所作は驚くほど丁寧だった。だが速い。あまりにも速い。アヤコが声を上げるより先に、身につけていた作業着と道具類はすべて回収されていた。その瞬間、アヤコは反射的にしゃがみ込む。
「自分で脱げるよ!」
「躊躇されそうでしたので、外せるものから先にお預かりいたしました」
あまりにも真面目なエメラルドの答えに、アヤコは言葉を失った。文句はある。言いたいことも山ほどある。けれど、ここまで堂々と正面から言い切られると、どう返していいのかわからない。
「では、少し立っていただけますでしょうか」
「恥ずかしいな……」
アヤコは小さく呟き、顔を赤くしたまま膝を抱えた。
「では、強制的に」
「立ちます。もう!」
エメラルドが静かに一歩踏み出した瞬間、アヤコは慌てて立ち上がる。その反応に、周囲のメイドたちは表情を崩さないまま、どこか満足げに一礼した。アヤコは赤くなった顔を隠すように視線を逸らしながら、ぽつりと呟く。
「……これ、本当に私だってわからないようにしてよ」
「もちろんでございます」
エメラルドは優雅に微笑んだ。
「アヤコ様が安心して舞台に立てるよう、私どもが全力でお支えいたします」
その声は柔らかい。だが逃がす気はまったくない。アヤコはそれを察し、深くため息を吐いた。
「では、最後のお召し物も、タオルの中でお外しくださいませ」
「はへ?」
間の抜けた声が上がる。その間にも、控えていたメイドたちは流れるように動き、アヤコの身体へ柔らかなタオルを巻いていった。一応、嫌がっていたことへの配慮なのだろう。だがアヤコからすれば今さらだった。
「……本当に、手際がよすぎるんだけど」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
「褒めてないよ……」
小さく抗議しながらも、アヤコは仕方なくタオルの中で言われた通りにする。
すると、壁の一部が静かに開いた。その奥に現れたのは湯気の漂うバスルーム。磨き上げるための道具や香りのよい泡、肌を整えるための布やオイルまで、すでに完璧に用意されていた。
「では、磨き上げさせていただきます」
「……はい」
アヤコは小さく返事をした。
もう抵抗するのはやめた。
どうせ逃げられないのなら、せめて本当に自分だとわからない姿にしてもらおう。
そう自分に言い聞かせながら、アヤコはエメラルドたちに導かれ、バスルームへと足を踏み入れた。




