トバラの願い
「オンリーワン様。ジュエリーのピンクスター率いるメイドたちを控えさせております」
「わかったわ。トバラ、貴方はダリのことをお願いしてもいいかしら?」
「承知いたしました。そこで、ご相談がございます」
「あら。珍しいわね。トバラから相談なんて」
オンリーは笑顔のまま、残っていた紅茶を飲み干した。
「お恥ずかしい話ですが、孫のハルトのことです。現在、執事見習いとして働いておりますが、このたびのダリ様のお世話の際、勉強のため、近くに置いておきたいのです。お許しいただけますでしょうか」
「あら、珍しい。トバラが私情を挟むなんて」
楽しげに笑うオンリーに、トバラは表情を崩さず頭を下げた。
「申し訳ございません。ただ、これからクロ様たちとの良好な関係を築くためにも、面識を持っていただき、こちらからも誠意を示す必要があるかと……」
「それは、美しくないわね」
オンリーの言葉に、トバラは静かになる。
先ほどまでの笑顔が、わずかに薄れた。
その表情には、静かな厳しさが宿っている。
トバラはその視線を真正面から受け止めると、改めて言葉を続けた。
「申し訳ございません。ですが、味方を増やしたく思います」
「私たちの?」
「いえ。孫の、です」
トバラは正直に告げた。
孫のためだと。
「孫は少し……いえ、かなり性格に難があります。自分が私の孫であるというだけで、周囲よりも上にいると思い込んでおります。注意を受けても、相手の立場を見て態度を変えるようなところがありまして、注意してはおりますが、一向に直る気配がございません」
オンリーは少し思案した。
その話は、トバラ自身から以前にも聞いている。だからこそ、ハルトという少年に問題があることは知っていた。
「それで。なぜ、ダリの傍に置こうと思ったの?」
「クロ様に、一つだけお願いしたいのです。孫のその狭い誇りを、一度、跡形もなく砕いていただきたい」
その答えに、オンリーは一瞬だけ動きを止めた。
そして次の瞬間、表情を厳しくする。
「それは、クロちゃんたちとの約束――クロちゃんがバハムートであることを秘密にするという約束を、破る可能性があるわ」
「はい。承知しております」
トバラは静かに頷いた。
その目には、普段の穏やかさとは違う、冷たい覚悟が宿っていた。
「なぜ、そこまで? 正直、私からのひと言でいいと思うのだけれど」
オンリーの探るような言葉に、トバラは隠すことなく答える。
「本来なら、それでよいと思います。オンリーワン様のお言葉なら、孫も素直に聞き入れる。そう思います」
「そうよね。では、なぜ?」
オンリーの視線は冷たい。
突き刺さるようなその目が、トバラを真正面から見据える。
だが、トバラはその視線を真っ向から受けても、姿勢も表情もまったく崩さなかった。
「世界を知るためです。孫は、このオンリーワンで生まれ育ちました。狭い世界の中で、孫の可能性を潰してしまうには惜しい」
「……」
「それならば、外の世界で――」
「そこまでよ」
オンリーはそこで、トバラの言葉を遮った。
静かな声だった。
だが、その一言だけで、部屋の空気がわずかに張り詰める。
「確認するのだけれど。それは、執事の修行のため?」
「いえ」
トバラは迷わず答えた。
「人生の修行です」
「そう。人生、ね」
オンリーは呟くように、けれど納得するように、その言葉を繰り返した。
「はい。個人的には、執事となり、共にオンリーワン様へお仕えする。それが一番望ましいと思っております。ですが、それはあくまで私個人の願いでございます」
トバラは静かに続ける。
「孫であるハルトの人生を、私個人が勝手に決めてよいものではありません。ですので、ダリ様を通じて、クロ様に一度ご相談させていただければと思います」
「……勝手に、ね」
オンリーは少しからかうようにトバラへ言う。
だが、トバラの表情は変わらなかった。
「はい。孫のためと言いつつ、これもまた、私の我がままでございます。ですが、外に出たからには、すべてを自身で決めなければなりません」
トバラの声は穏やかだった。
だが、その奥には、甘さを許さない覚悟がある。
「もちろん、クロ様に正体を明かしていただきたいわけではございません。ただ、孫には一度、自分の価値観が通じない相手と向き合ってほしいのです」
その瞬間、オンリーは思わず笑ってしまった。
「価値観の通じない相手。ふふふっ、それならクロちゃんが適任ね」
「はい。これ以上の適任はございません」
トバラの正直な言葉に、オンリーはさらに笑みを深めた。
「もちろん、クロ様がお断りになれば、この話はなかったことにいたします。ハルト本人にも提案し、本人が断るのであれば、その時点で取り下げます」
「わかったわ。ただし、今回はダリの傍につけることは、なしね」
告げられた拒否の言葉に、トバラは静かに頭を下げた。
「承知いたしました」
トバラの表情は崩れない。
だが、その所作に、ほんのわずかな動揺が走った。
完璧な執事である彼には珍しい、かすかな揺らぎ。
その光景に、オンリーは満足そうに微笑むと、静かに告げた。
「私からクロちゃんに聞いてみるわ。だから、少し待ってね」
「っ! それは……いえ、お手数をおかけして申し訳ございません」
「いいのよ。トバラの珍しい動揺も見られたし。若い才能は、育てるべきだもの」
オンリーは静かにソファーから立ち上がると、トバラの前へ進んだ。
「それに、今までトバラにはたくさんのわがままを言ってきたわ。たまには、お返ししないとね」
ウインクと共に笑顔で向けたその言葉に、トバラは静かに、そして深い敬意を込めて頭を下げる。
「勿体ないお言葉です。この身は、オンリーワン様のために」
「いつもありがとう。さあ、行くわよ」
そう言うと、オンリーはピンクスターたちが待つ場所へ向かうため、トバラを連れて室内を出た。
並んで歩く二人の背中には、主従という言葉だけでは収まりきらないものがあった。
命令する者と従う者。
その関係を超えた、長い時間の積み重ね。
幾度もわがままを言い、幾度も支えられてきた時間。
信頼という言葉よりも固く、家族という言葉よりも静かで深い絆。
長い年月を共に歩んできた者同士だけが持つ、揺るぎない結びつきだった。




