宝石たちの案内
オンリーワンへ戻ると、アヤコはクロの肩から手を離し、ゆっくりと周囲を見渡した。
そして、オンリーとクレア、エルデの姿を見つけると、先ほどまでの圧を消し、いつもの笑顔を浮かべる。
「オンリーさん。お久しぶりです」
「久しぶりね。シゲルちゃんは元気?」
「元気にしてますよ。それより聞いてください!」
何気ない挨拶から一変し、アヤコは先ほどクロに言われたことを、きっちりと説明し始めた。
その話を聞いたオンリーは、慰めるようにアヤコを抱きしめる。そして、少しだけ憐れむような視線をクロへ向けた。
そこに、クレアの視線も重なっていた。
ただ、エルデだけはよく分かっていないようで、アヤコが来たことに喜び、のほほんとした顔をしていた。
「クロちゃん。さすがにそれは酷いわね」
「そうでしょ。クロは分かってないんです」
「クロ様。さすがに擁護できません」
三人から向けられる視線に、クロは少しだけ肩を縮めた。
何がそこまで駄目だったのか、正直なところよく分かっていない。ただ、責められていることだけは理解できた。
そのため、クロはそっと距離を取り、少し離れた位置にあるソファーへ腰を下ろす。
「クロねぇ。なにしたっす?」
「何も。ただ話をしただけなんですが……」
エルデの興味本位な問いに、クロは訳が分からないという顔で答える。
そして、三人の視線から逃げるように、そっと顔を背けた。
「クロちゃん。どうやら、私から特別授業が必要かしら」
「しちゃってください。全く! クロも女なんだから、もっとオシャレを意識するべきなんですよ」
「いや、一応、本体は雄ですが」
「それはもう聞き飽きた。今はクロとして話してるの!」
アヤコの一喝に、クロは口を閉じた。
その横で、オンリーは楽しげに微笑み、クレアは深く頷いている。
そのとき、扉が静かに開き、トバラと大勢のメイドたちが室内へ入ってきた。
「オンリーワン様。準備が整いました」
「ありがとう、トバラ。それじゃあ、始めましょうか」
その瞬間、クロの背筋に冷たいものが走った。
そしてそれは、なぜかアヤコにも及んでいた。
メイドたちの視線が強い。
ただ控えているだけではない。まるで獲物を前にした狩人のような目で、誰一人として逃がすつもりはないと語っていた。
「あの……ちょっと怖くなってきたんですけど」
アヤコは、先ほどまでクロを非難していた勢いを失い、メイドたちの視線に怯え始める。
そこでようやく、自分も今、哀れな子ウサギだったことを思い出した。
(しまった! 頭に来てここまで来たけど、来たってことは、ショーに出るってことじゃない!)
「オンリーさん。私はクロを叱ってほしかっただけで、ショーに出るつもりまでは……」
「見返してあげましょう。こんなに輝けるんだってね」
抱きしめたままのオンリーが、美しくウインクする。
その瞬間、アヤコは少しずつ後悔し始めた。
(これって、クロの口車に乗せられただけじゃない!)
「クロ~~~!」
「私を睨んでも知りませんよ。だから、私だけで帰ろうとしたんです」
「あらあら。喧嘩はしないの」
オンリーはそう言いながら、軽く手を叩いた。
その合図を受け、トバラが一歩前へ出る。
「おひとり様につき、一部屋ずつご用意しております。まず、クロ様にはルビー率いるメイドたちがご案内いたします」
トバラが目配せすると、クロの前に一組のメイドたちがやって来た。
先頭に立つのは、全身に華やかな存在感をまとった美女だった。どこか南方系を思わせる顔立ちに、しなやかな所作。そして何より目を引くのは、その名に恥じぬ、ルビーのように鮮やかな赤い髪だった。
(ジンとは別方向で、すごい人だな)
燃えるように輝く髪が、歩くたびに柔らかく揺れる。
「クロ様。初めまして、オンリーワン様直属、ジュエリーのルビーと申します。この度、美しく彩らせていただきます」
紹介と共にルビーが一礼すると、その後ろに控えていたメイドたちも、揃って頭を下げた。
「お手をどうぞ」
「そこまでしなくてもいいですよ」
クロはやんわりと断ろうとした。
だが、差し出された手はそのまま動かない。
その静かな圧に、クロはもう逃げることができないと悟り、諦めたようにルビーの手を取る。そして、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとうございます。ご案内いたします」
クロはルビーに連れられるようにして、メイドたちに囲まれながら室内を出ていった。
「続きまして、クレア様にはサファイア率いるメイドたちでございます」
クレアの前にやって来たのは、すらりとした細身の美女だった。
落ち着いた顔立ちはどこか東方系を思わせ、静かな湖面のような品がある。空のように青く輝く髪は、その名の通りサファイアを思わせる美しさだった。
「クレア様。ジュエリーのサファイアと申します。ご案内いたしますので、抱きかかえさせていただいてもよろしいでしょうか」
テーブルの上に座っていたクレアは、サファイアに負けぬよう胸を張り、静かに頷いた。
「では、失礼いたします」
サファイアに優しく抱きかかえられたクレアは、どこか満足そうに目を細める。
そして、サファイアとメイドたちと共に室内を出ていった。
「エルデ様には、ダイヤモンド率いるメイドたちでございます」
次にエルデの前へやって来たのは、ひときわ背の高い美女だった。
顔立ちはどこか精悍で、凛々しさがある。だが、その中には確かな女性的な美しさも宿っていた。長いシルバーの髪が流れるように揺れ、鍛え抜かれた肉体が放つ美しさは、まさにダイヤモンドのように硬質で、眩しい輝きを思わせる。
「エルデ様。ジュエリーのダイヤモンドと申します」
「エルデっす。よろしくっす」
素直な返事と共に、エルデは差し出された手を迷わず握った。
そのまっすぐな反応に、ダイヤモンドはにこやかに微笑む。
「よろしくお願いいたします。では、ご案内いたします」
「お願いするっす」
クロとは違い、まっすぐに返ってくる笑顔に、ダイヤモンドもどこか楽しげに目を細めた。
そして、エルデを連れて室内を出ていく。
「最後に、アヤコ様にはエメラルド率いるメイドたちでございます」
少しおろおろしているアヤコのもとへ、最後の一組がやって来た。
先頭に立つエメラルドは、少し背が低く、少女のようにも見える人物だった。
だが、ただ幼く見えるわけではない。小柄な身体は均整が取れ、美しくなびく黄金の髪も、所作の一つ一つも、すべてが丁寧に整っている。
そして何より目を引くのは、緑に輝く両目だった。
エメラルドの名に恥じぬ鮮やかな色彩。その輝きは、まさに宝石そのものだった。
身長以外のすべてが完璧。
アヤコは思わずそう感じ、固まってしまう。
「アヤコ様。ジュエリーのエメラルドと申します」
「……はい。よろしくお願い……します」
「緊張なさらず。我々にお任せいただければ大丈夫です」
エメラルドは柔らかく微笑み、クロの時と同じように手を差し伸べた。
「お手をどうぞ」
アヤコは、その手とオンリーを交互に見る。
「ふふふっ。クロちゃんを見返さないとね」
オンリーに笑顔で言われ、アヤコは小さく息を飲んだ。
逃げたい気持ちはある。
けれど、ここまで来てしまった以上、もう引き返すのも悔しかった。
アヤコはおずおずと、エメラルドの手を取る。
「その、お願いします」
「承りました。お任せください」
エメラルドは優雅に一礼し、アヤコの手をそっと導いた。
「どうぞ、こちらへ」
エメラルドに手を引かれ、メイドたちに囲まれながら、アヤコも室内を出ていく。
やがて、部屋に残ったのはオンリーとトバラだけとなった。




