逃げ道はなかった
【お休みのお知らせ】
少しだけお休みをいただきます。
更新は7月1日より再開いたします。
ご不便をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
「じゃあ、最終テスト」
オンリーがそう言うと、扉が静かに開き、トバラが一台の作業端末を持って入ってきた。
その手にあるのは、通常の端末よりも少し大きく、厚みのあるものだった。トバラはそれを両手で持ち、ダリへ丁寧に差し出す。
「お待たせいたしました。こちらは、当方で製作いたしました、オンリーワン様ご愛用のものと同型の作業端末でございます。折り畳み式で、デザイン作業に特化しております」
「え、あの……」
ダリが驚きながらも端末を受け取ると、トバラは音もなく一歩下がった。
その様子を見ながら、オンリーは最後のテスト内容を告げる。
「今から、私とクロちゃん、クレアちゃん、エルデちゃんの服をデザインしてみてちょうだい。時間は四時間」
「四時間ですか!」
ダリは驚いたように声を上げる。
「ええ。さすがに一から作るには時間が足りないでしょうから、その作業端末に入っているデザインデータなどを使って作ってみて。もちろん、できるなら一からでも構わないわ。ただし、時間は絶対よ」
オンリーはそう言って立ち上がると、トバラに視線で合図した。
トバラは静かに頷き、再びダリへ近づく。
「別のお部屋をご用意しております。ご案内いたします」
「は、はい」
ダリは覚悟を決めるように端末を抱え、立ち上がった。
そして、トバラに連れられ、別の部屋へ向かっていく。
残されたのは、オンリーとクロたち。
そして、なぜか大勢のメイドたちが、いつの間にかずらりと並んでいた。
「さて。ダリちゃんが作業している四時間、こちらはこちらで準備を進めましょうか」
その一言に、クロはいち早く反応する。
「そうですか。では、私は一度帰ります」
クロは何かを察したのか、止められる前に立ち上がろうとする。
「あら、駄目よ。今からする準備は、ファッションショーのためよ。もちろんクロちゃんたちに出てもらうわ。なぜか分かるわよね?」
オンリーは逃がさないと言わんばかりに先手を打ち、クロへ微笑みかけた。
「……要は、テストをしたのだから、着せ替え人形になれということですか?」
「あらあら、酷い言いがかりだわ」
オンリーはわざとらしく泣く真似をする。
クロが黙ってそれを見ていると、オンリーは泣き真似をぴたりと止め、美しく微笑んだ。
「強制じゃないわよ。それに、着せ替え人形でもないわ。作品になってもらうの」
その美しい微笑みに、クロはゆっくりと天を仰いだ。
そして、小さく息を吐きながら、少し睨むようにオンリーを見る。
「今、『たち』って言いましたね」
「ええ。クロちゃんに会ってから、インスピレーションを受けていろいろ頑張ったのよ。もちろん、クレアちゃんにも。そして、エルデちゃんにもかなりインスピレーションを受けたわ」
そう言って、オンリーはクレアとエルデにも美しい笑顔を向ける。
「残念なのは、アヤコちゃんがいないことかしら」
そこでオンリーは、少しだけ残念そうに息を吐いた。
「アヤコちゃん用にも、いろいろ制作していたんだけどね」
「お姉ちゃんにですか」
クロは不思議そうに首をひねる。
その反応を見て、オンリーは少し意地悪そうに目を細めた。
「あら、アヤコちゃんには似合わないと?」
「そういうわけではないんですが、想像しがたいというか。まあ、ぶっちゃけると、あまり合わないかと」
その瞬間、クロはオンリーの目がきらりと光ったような気がした。
「なら、連れていらっしゃい。クロちゃんならすぐよね?」
「え、いや、無理ですよ。それに……」
クロは入り口付近で待機していたメイドたちへ視線を向ける。
だが、もうそこに彼女たちの姿はなかった。
「メイドたちなら今、準備に向かわせたわ」
「いつの間に」
音もなく、瞬く間に姿を消したメイドたちに、クロは静かに戦慄する。
「それに」
オンリーは今度はクレアへ視線を向け、優しく撫でながら尋ねた。
「クレアちゃん。アヤコちゃんの素敵な姿、見たくない?」
「見たいです!」
クレアは即答した。
ファッションショーの意味を分かっていないクレアは、尻尾を振って目を輝かせている。
オンリーは次に、エルデにも同じように尋ねた。
「エルデちゃんも見たいでしょ?」
「見たいっす! 一緒にファッションショーってやつ、やってみたいっす!」
クレアと同じく、ファッションショーの意味をよく分かっていないエルデも、綺麗なアヤコの姿を見たいという理由だけで同意する。
「二人とも分かっていないから言うんです。ファッションショーをするということは――」
「では、クロちゃん。アヤコちゃん、連れてきて」
クロの説明を、オンリーは美しい笑顔のまま遮った。
そこにいるのは、オンリーだけではない。クレアとエルデまで期待に満ちた目を向けている。
そうなってしまえば、クロにはもう何も言えなかった。
「……連れてきます」
「お願いね」
美しい笑顔を背に、クロは転移した。
次の瞬間、クロはジャンクショップのリビングに姿を現す。
そこには、ちょうど昼食を取り終えたアヤコの姿があった。
「わっ! クロかー。驚かせないでよ」
少し怒ったように言いながら、アヤコは食器を片づけると、ソファーに座って一息ついた。
「いやー。クロのお土産、最高だね。高級プレート……美味しかった」
満足そうに息を吐くアヤコを前に、クロはどう切り出したものかと悩む。
「あ、そうだ! 秘密基地! あれって何なの! もうびっくりしたよ。まさか基地ごと持って帰ってくるなんて思わなかったもん。でも、おかげで出来ることが広がったし、じいちゃんも大喜びだったね。もちろん私もだけどね」
「そうですか。なら、持って帰った甲斐がありましたね……」
楽しそうに語っていたアヤコだったが、クロの反応が薄いことに、ふと違和感を覚えた。
(おかしい。秘密基地の話なんて、クロにとって最高の話のはずなのに、全く乗り気じゃない!)
「ねえ、クロ?」
「はい」
アヤコはクロの顔を両手でしっかり掴み、視線をそらさずに尋ねた。
「何かまた、変なこと考えてない?」
鋭い指摘に、クロは無言になる。
その様子を、店番をしながら気配を消していたアンジュが、静かに見守っていた。




