一番を超える者
【お休みのお知らせ】
少しだけお休みをいただきます。
更新は7月1日より再開いたします。
ご不便をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。
オンリーはくすくすと笑みを浮かべ、トバラをそばに呼んだ。
トバラは足音ひとつ立てず、オンリーのそばへ近づいた。オンリーがそっと耳打ちすると、その内容にトバラは静かに頷く。
「かしこまりました」
「お願いね」
トバラは一礼すると、静かに部屋を出ていく。
その背を見送ったオンリーは、改めてダリへ視線を向けた。
「では、次のテストね。ダリ。今まで描いたデザインの中で、あなたが一番自信のあるものを見せて」
「は、はい!」
「ダリ。その前に、落ち着きなさい。ジュースでも飲んで」
クロが苦笑しながらそう言うと、ダリは慌てて頷き、落ち着こうとするようにトロピカルジュースへ手を伸ばした。
そして、そのまま一気に飲み干してしまう。
空になったグラスを見て、ダリは自分でも驚いたように瞬きをした。
「あらあら」
その子どもらしい勢いに、オンリーは面白そうに笑みを浮かべた。
(自信のあるデザイン……服がいいのかな。でも、一番って……)
ダリは悩みながら端末を操作し、ホロディスプレイに保存してあるデザインを次々と表示していく。
どれを見せるべきか。
どれなら、オンリーに見てもらう価値があるのか。
(一番……一番……いちばん……)
そのとき、ダリの手が止まった。
「どうしたのかしら?」
オンリーの静かな声がかかる。
ダリは唇を結び、それからゆっくりと顔を上げた。
「すみません。まだ、一番いいデザインはありません」
「あら」
オンリーの視線が、わずかに細くなる。
「それは、なぜ?」
刺すような問いだった。
ダリは少し言いよどんだ。けれど、逃げずに言葉を探す。
「まだ……一番いいデザインを、生み出せていないからです。納得しているデザインはあります。でも、これが一番かと聞かれたら……それは違うって答えます」
「なら、一番はない。そういう答えかしら?」
オンリーは表情を変えず、真っすぐにダリを見つめる。
その視線を受け止めるように、ダリはきっぱりと言い切った。
「はい。一番はないです」
しばしの沈黙。
そして、オンリーは楽しげに目を細めた。
「ふふふっ。クロちゃんのところには、面白い子が多いわね」
そう言って、今度はクロへ視線を向ける。
「これも人徳、なのかしらね」
「人徳はないですよ。その場その場で行動していたら、こうなっただけです」
クロはそう答えながら、何事もないようにコーヒーへ口をつける。
そのあまりにも自然な返しに、オンリーはまた小さく笑った。
「ふふっ。そういうことにしておきましょうか」
そう言うと、オンリーは改めてダリへ視線を向ける。
その目は、先ほどまでの鋭さとは違っていた。試す者の目ではなく、これから伸びるものを見定めるような、静かで優しいまなざしだった。
「合格。もし迷いもなく『これが一番です』と差し出していたら、不合格だったわね」
その言葉に、ダリはほっと息をつきかけた。
けれど同時に、自分の至らなさも胸に刺さる。
合格したはずなのに、嬉しさだけではなかった。まだ何も足りていないのだと、思い知らされた気がした。
その小さな悲しみに気づいたのか、オンリーは声を柔らかくした。
「その年で、そこまでの答えを持てる人は少ないわ。そこは誇っていい」
はっきりと言い切ると、オンリーはダリに言い聞かせるように、ゆっくりと頷いた。
「一番ってね、完成したその一瞬にしかないのよ」
ダリは黙って、その言葉を聞く。
オンリーの声は穏やかだった。けれど、その奥には、長く作り続けてきた者だけが持つ重みがあった。
「常に新しいものへ挑戦する。そして出来上がった時、それはその時の一番になる。でもね、次の挑戦を始めた時には、もうその一番は過去のものなの」
オンリーは静かにカップへ視線を落とし、それから再びダリを見る。
「だって、次の挑戦で、その一番を更新するから。そうやって積み重ねていくものなのよ。私たち、作る側の人間はね」
ダリは黙っていた。
ただ聞き流すのではなく、オンリーの言葉を胸の奥に刻みつけようとするように、真剣な表情で耳を傾けている。
だが、その隣に座っていたエルデは、不思議そうに首をかしげた。
「それって、大変じゃないっすか?」
素朴な問いだった。
けれど、その声には茶化すような響きはない。エルデは本当に、オンリーの言葉の意味を考えていた。
「だってそれって、結局、満足することがないってことっすよね。怖くないっすか?」
あまりにも的を射た問いだった。
一瞬、誰も言葉を返せなくなる。柔らかかった空気が、冷えたように静まり返った。
「エルデ。貴方は時々、鋭いことを言いますね」
「エルデらしくないです」
その沈黙を破るように、クロとクレアがからかうような声をかける。
張り詰めかけた空気が緩み、エルデは不満そうに頬を膨らませた。
「そう思ったっすもん」
すねたようにそう言うエルデを見て、オンリーは楽しげに笑った。
「そうね。エルデちゃんの言う通り、大変で、怖いことよ」
けれど、そこでオンリーの声は深くなる。
「でもね、完成したものに満足しないわけではないの。その瞬間は、確かに誇る。けれど、次に進む時には、その誇りごと超えていくの」
オンリーは静かに微笑み、ダリとエルデを順に見た。
「超えた先にあるのは、いまだ誰も見たことがない世界よ」
その言葉には、長く作り続けてきた者だけが持つ重みがあった。
それを感じ取ったのか、エルデはむくれた表情をやめ、オンリーを真っすぐに見つめる。
「誰も見たことのない世界を見るために、私たちは何度でもデザインを重ねるの。今あるものをなぞるためではなく、まだどこにもないものを見つけるためにね」
オンリーは穏やかに微笑み、カップの縁へそっと指を添えた。
「そして、新しい世界を見るたびに思うの。これ以上の喜びはないって。毎回よ。おかしいわよね」
そう言って笑うオンリーを見て、ダリは静かに戦慄した。
(この人は、怖い……!)
それは、怒りや威圧による恐怖ではなかった。
どこまでも先へ進み続ける者だけが持つ、底の見えない熱。その深さに触れてしまったような怖さだった。
けれど同時に、ダリはこうも思う。
(そして、強くて……輝いてる)




