唯一無二の空間
エレベーターの振動が止まり、扉が静かに開く。
「えっ……」
ダリは思わず息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、見る者の視線を奪うほど鮮やかな赤い絨毯だった。壁には繊細な彫刻が施された柱が並び、それを美しく際立たせるように、金属製の装飾が控えめな輝きを添えている。
ふと天井を見上げれば、そこにある照明もまた派手ではなかった。シャンデリアのように強く光を放つのではなく、空間そのものを柔らかく整えるように、淡い光が計算されて配置されている。
「こんな……」
「高級ホテルのようですよね」
驚くダリに、クロは最初に見た時の感想をそのまま漏らした。
クレアも小さく頷き、同意した。ダリと同じようにこの区画を初めて見るエルデは、また別の意味で素直に目を輝かせていた。
「自分も初めて見たっすけど、おしゃれで綺麗っす」
(え、それだけなの!?)
ダリは、クロたちの反応に思わず驚愕した。
ただ豪華なだけではない。この空間には、無駄なものがない。絨毯の赤も、柱の彫刻も、金属装飾の光沢も、天井の淡い照明も、すべてが互いを邪魔しないように調和している。
(この空間、全部が計算されてる。目立たせるところと抑えるところが、ちゃんと分けられてるんだ……)
そんなことを考えているうちに、後から出たはずのトバラが、いつの間にか正面の扉の前に立っていた。
だが、ダリが本当に驚いたのはそこではない。
その正面には、重厚な木製の両開きドアが鎮座していた。
(本物の木材だ……! 木目を再現した素材じゃない。それに、こんな貴重なものへ彫刻まで施しているなんて……)
見慣れた艦内の風景とはまったく違う。格調と気品に満ちた世界。ダリの目には、それが単なる豪華さではなく、作り手の意図が積み重なった美しい空間として映っていた。
「ダリ、大丈夫っすか? 手、繋ぐっす」
茫然としているダリの手を、エルデがそっと引く。
その温かさと軽い力に促され、ダリはようやく一歩を踏み出した。
クロたちが揃ったことを確認すると、トバラは静かに扉の取っ手へ手を添えた。
次の瞬間、重厚な両開きの扉が、音もなく開かれる。
そして、ダリはさらに大きな衝撃を受けることになった。
開かれた室内には、外の廊下以上に贅沢な木材が使われていた。
壁や柱には彫刻が施されている。だが、それらは決して主張しすぎず、空間の一部として自然に溶け込んでいた。調度品の配置、照明の角度、床に落ちる影までもが計算され、部屋全体が一枚の絵画のように完成されている。
その中心に、ひときわ輝く存在がいた。
「お久しぶりですね。オンリーさん」
「ええ。クロちゃんも、クレアちゃんも、お久しぶりね」
この小惑星の主。
その名も、オンリーワン。
男性の身でありながら、女性的な美しささえ纏う装いと所作。けれど、そのどちらにも収まりきらない気品と、男性としての芯を失わないまま、圧倒的な美が確かにそこにはあった。
この部屋そのものが完成された作品だとするなら、オンリーワンはその中心に置かれた、最も強く、そして間違いなくその絵画の主役として視線を奪う存在だった。
「エルデちゃんも、元気そうね」
「元気っす! 選んでもらった洋服も着てるっすよ」
「そう。うちのメイドたちは、いい仕事をしたようね」
エルデの元気な返事に、オンリーはくすくすと楽しげに笑う。
そして、その視線が、エルデに手を引かれているダリへと向けられた。
オンリーはソファーから静かに立ち上がり、ダリのそばまで歩み寄る。
身にまとったドレスも、足元を飾る靴も、流れるような仕草さえも、オンリーワンという存在をいっそう輝かせていた。
まさに唯一無二の存在。
「初めまして。私はオンリーワン。男の身でありながら、女性的な美もまとう。けれど、男にも女にも収まらない、ただ唯一の存在。……よろしくね」
ダリは息を呑んだ。
目の前の存在が放つ美しさと、空間そのものを支配するような気配に、言葉が追いつかない。
挨拶しなければならない。
そう分かっているのに、口は小さく開閉するばかりで、声が出てこなかった。
そのとき、エルデがつないでいた手を離し、背後からダリの体をそっと支えた。
そのままオンリーと視線が合う高さまで軽く持ち上げられ、ダリは小さく肩を揺らす。
「ほら、挨拶するっすよ」
強引ではあった。だが、今のダリにはそれくらいがちょうどよかった。
「ダリ……ダリ・ヒコノです。は、初めまして。オンリーワンさん」
「ふふふっ、かわいいわね。オンリーでいいわよ。よろしくね、ダリ」
オンリーはそっとダリの頭を撫でると、ゆっくりと先ほどまで座っていたソファーへ腰を下ろした。
「皆様。お好きな場所にお座りください」
トバラが、サービングカートを引くメイドと共にやって来る。そして、丁寧な所作で手を差し出し、クロたちに席を促した。
クロはオンリーのすぐそばに座り、その隣にエルデとダリが並ぶ。
全員が席に着くと、トバラと共に控えていたメイドが、サービングカートから各種飲み物を用意し始めた。
その光景にも、ダリは思わず目を見開く。
(何、あの陶器のデザイン……! カップもソーサーも、スプーンでさえ、全部が意味わからないくらい完成されてる……)
細部まで整えられた食器は、ただ高価なだけではなかった。色、形、光沢、置かれる角度。そのすべてが計算され、飲み物を注ぐ所作と共に、一つの美しい流れを作り上げていた。
ダリはまたしても、その完成度に圧倒されていた。
「クロ様にはブラックコーヒーを。いい豆が手に入りましたので、今回は深煎りでご用意してみました。クレア様には上質なミルクを。エルデ様にはトロピカルジュース。ダリ様はいかがいたしますか?」
「え……あの……」
「自分と同じでいいっす」
言いよどむダリを見て、エルデがすぐに手を上げた。
そのさりげない助け舟に、クロとクレアは少し驚いたように目を向け、それから嬉しそうに表情を和らげる。
「ダリの存在のおかげでしょうかね。エルデが自然に助け舟を出すとは」
「はい。なかなか良い変化です」
クロとクレアの言葉に、エルデは少しだけ頬を膨らませる。
「自分だって、これぐらいできるっすよ」
そう言いながらも、エルデの声はどこか照れくさそうだった。




