オンリーワンへの再訪
しばらくして、再びメッセージが返ってくる。
『オンリーワンに来られる? 今、別の宙域でマーケットを開催しているの。少しお話もしたいわ』
『いいですよ。どこに現れればいいですか?』
『クロちゃんたちが最初に来たドックでいいかしら? トバラを待機させておくわ』
『わかりました。すぐに向かいます』
『待ってるわね』
クロは端末をしまうと、すぐさま行動に移した。
「話がつきました。今すぐ向かいますので、行きましょう」
突然のことではあったが、クレアとエルデはもう慣れていた。クレアは迷うことなくテーブルの上からクロの肩へ飛び乗り、エルデは急いでジュースを飲み干してから、クロの腕に抱きつく。
唯一、何も分かっていないダリだけが、ぽかんとした顔でその様子を見ていた。
クロはそんなダリに、簡単に説明する。
「今からある場所に転移します。私の手か肩に触れてください」
「え、あの……」
戸惑ったまま動けずにいるダリに、クロは作業机の端末を手に取り、そのまま彼へ渡した。そして、そっとダリの肩に手を置く。
返事を待つつもりは、最初からなかった。
「行きます」
ダリが戸惑いの声を漏らした直後、視界が変わった。
次の瞬間、腰を支えていたはずの感覚が消える。
急に無重力の空間へ投げ出されたダリは、座った姿勢のまま体がふわりと浮かび上がったことに驚き、思わず手足をばたつかせた。
そんなダリを落ち着かせようと、クレアとエルデはクロから離れ、無重力の中を滑るように近づいていく。クレアはダリの頭の上に乗り、エルデは背後から支えるように抱きついた。
「落ち着きなさい」
「落ち着くっすよ」
頭の上からクレアに軽く叩かれ、肩越しにはエルデの声が聞こえてくる。その状況に、ダリは少しだけ恥ずかしくなり、顔を赤くしながらも控えめに苦言をこぼした。
「クロさん! 僕を攫った時と同じです。急なんです!」
「クロ様に失礼です」
「仕方がないっす。慣れるっすよ。クロねぇは、いつも急に動くっすから」
クレアに叱られ、エルデに抱えられながら、ダリは何度か深呼吸をする。最初は不安げに揺れていた手足も、次第に落ち着きを取り戻していった。
やがて、ダリはエルデに手を引かれながら、ぎこちなく姿勢を整えた。どうにかクロの横へ落ち着いたころには、表情にもわずかな余裕が戻っていた。
ただ、周囲を落ち着いて見回す余裕までは、まだない。
磨き抜かれた床も、整いすぎた照明も、今のダリの目には、ただ流れていく景色の一部でしかなかった。
「お元気そうで何よりです。クロ様」
そのとき、奥から穏やかな声が響いた。
視線を向けると、そこには執事服を纏ったトバラの姿があった。クロたちを微笑ましそうに見つめながら、落ち着いた所作で一礼する。
「お久しぶりです、トバラさん。急にすみません」
「いえいえ。こちらこそ、きちんとしたお出迎えもできず、申し訳ございません」
クロとトバラは、互いに自然と頭を下げた。
その瞬間、二人の間に小さな間が生まれる。
そして、どちらからともなく笑みが漏れた。
「なんだか、昔を思い出します」
「おっしゃる通りでございます。遥か昔に身についた礼の形というものは、新しい生を得ても、なかなか抜けませんな」
トバラの言葉に、クロは静かに頷いた。
姿も、場所も、世界も、何もかも変わっている。それでも、ふとした所作だけは、前の生から続く記憶のように自然と出てしまう。
その少し可笑しくて、少し懐かしい感覚に、クロはわずかに目を細めた。
「では、ご案内いたします。我が主がお待ちです」
「お願いします」
クロはそう答えると、クレアたちの方へ振り向いた。
「行きますよ」
「ほら、クロ様に続きなさい」
頭の上のクレアに促され、ダリはエルデに手を引かれながら、トバラとクロの後を追った。
「マーケットと聞きましたが、今回は横槍はありませんでしたか?」
豪華なエレベーターに乗り込みながら、クロはトバラに話しかける。
トバラはパネルを操作しながら、穏やかに頷いた。
「ええ。今回は問題は起きておりません。パレードも無事に終了しております」
「なら、もう着飾る必要はないんですね。良かった」
クロが安堵したように息を吐くと、トバラはにこやかな笑みを浮かべた。
「ご安心ください。今回、パレードは終了いたしましたが、ご用意はしてございます。後ほどご案内いたすよう、申し付かっておりますので」
その瞬間、クロはぴたりと足を止めた。
脳裏によみがえるのは、あの豪華なドレス。そして、有無を言わさず自分を一つの作品へと昇華させていったメイドたちの姿だった。
また、あの流れに巻き込まれる。
そう理解した瞬間、妙な重みがクロの胸に落ちてきた。
「……着るしかないんでしょうか」
「それは主が決めることでございます。私では何とも言えません」
トバラの口調はあくまで柔らかかった。だが、その言葉の奥には、逃げ道がほとんど残されていないことを告げる静かな圧がある。
クロは小さく肩を落とした。
一方で、エルデは何か面白いものが見られそうだとばかりに目を輝かせている。
そしてダリもまた、状況を察したのか、ほんの少しだけ口元を緩めていた。
どうやら今度は、クロが有無を言わさず何かをされる番らしい。
それを理解したダリの表情には、先ほど自分が急な転移に巻き込まれた時とは違う、ささやかな楽しみが浮かんでいた。




