師匠候補
「ダリ。どんな感じです?」
クロが声をかけると、ダリは手にしていたペンを止め、顔を上げた。周囲に浮かぶホロディスプレイの光を受けながら、どこかくすぐったそうに笑う。
「いいです。とても。自由に歩けるし、自由に過ごせる。それに……」
そこで、ダリはペンを握る指先に力を込め、言葉を探すように視線を落とした。
「それに?」
クロが穏やかに促すと、ダリは一度だけ小さく息を整えた。
「その……家族って、いいものなんだなって。改めて、そう思いました」
言い終えたダリの頬に、ほのかな赤みが差す。
「それは良かった。ところで、見ましたよ。ドロム」
「ああ。この基地が生きているゴーレムだって聞いて、どんな姿なら似合うかなって、簡単にラフを描いていたんです。そうしたら、それを見たみたいで……ぜひ使わせてほしいって言われちゃいまして」
そう言って、ダリはぴょんと椅子から降りた。
茶色の髪は、乱れていた頃とは違い、綺麗に切りそろえられている。今はTシャツにハーフパンツという、ごく普通の子どもらしい姿だった。以前のように“聖女ルナ”として装わされていた頃とは違い、今のダリには年相応の穏やかさがあった。
ダリは空中にいくつも浮かんでいたイラストの中から、一つを選んでクロたちに見せた。
そこに描かれていたのは、可愛らしく立体的に描かれた黒いゴーレムだった。丸みのある体に、少し誇らしげな表情。先ほど見たドロムの元になったデザインだと、ひと目で分かる。
「なんでも、昔を思い出すいいデザインだって言ってくれました」
「そうですか……あの頃は、もっとごつかったですけど」
クロは懐かしむように、かつて星にいた頃のことを思い出す。
無骨な土のゴーレムたち。
飾り気もなく、ただ命じられた役目を黙々とこなしていた存在。思い返せば、かなり酷使していた気もする。
(もしかして……あのゴーレムたちも、可愛い姿の方がよかっただろうか?)
クロが少しずれた方向へ考えを巡らせていると、ダリがおずおずとした様子で口を開いた。
「その、クレアちゃんからきちんと聞いているんですけど……バハムートさんって呼んだ方がいいんですか? それとも、クロさんでいいんでしょうか?」
「クロ様です!」
すかさずクレアが、釘を刺すように言った。
クロはそんなクレアの頭を、軽く撫でる。
「クロでいいですよ。どちらも私ですし、それに、今の普段の姿はクロなので」
「わかりました。では、クロさんで」
ダリがクレアをちらりと見ると、クレアは、まあいいです、と言いたげに鼻を鳴らした。
「そうそう。これ、クレアちゃんをデフォルメして作ってみたぬいぐるみのデータなんだけど……クレアちゃん、どうかな?」
機嫌をうかがうようなダリの声に、クレアはあまりいい気はしなかった。
だが、ホロディスプレイに表示されたデータを見た瞬間、その耳がぴくりと動く。
そこに映っていたのは、デフォルメされたクレアのぬいぐるみだった。可愛らしくちょこんと座り、丸みを帯びた姿でありながら、胸を張るような姿勢には、まるで大切なものを守ると言わんばかりの誇らしさがある。
可愛いだけではない。
守る者としての自分の良い部分が、きちんと反映されている。
クレアはそれを悟り、満足げに目を細めた。
「ま、良いと思いますよ」
そう言って、クレアは軽くそっぽを向いた。
その反応に、ダリの表情が曇る。気に入ってもらえなかったのかもしれない。そう思ったのだろう。
だが、そのとき、後ろにいたエルデが、しきりにクレアの方を指さしていることに気づいた。
ダリがそちらへ視線を向ける。
そこには、思いきり尻尾を振っているクレアの姿があった。
本人は澄ました顔でそっぽを向いているつもりらしい。だが、尻尾だけはまったく隠せていない。嬉しさがあふれ出すように、ふわふわと忙しなく揺れていた。
「私もいいと思いますよ。さて、では本題に入りましょう」
クロは微笑みながら、穏やかに話を切り替えた。
「約束を果たそうと思いまして。一人、ダリの師匠になり得そうな人物を紹介します」
その瞬間、ダリの表情が変わった。
先ほどまでの照れや穏やかさが引き、真剣な目でクロを見つめる。その小さな体から、期待と緊張が静かに滲んでいた。
「ただし、受けていただけるかは分かりません。それでもいいですか?」
「……はい」
ダリが頷くと、クロは端末を取り出し、すぐにメッセージを送り始めた。
内容は簡潔だった。
『今、デザインの勉強をしたい若者がいるんですが、テストしてくれませんか』
その一文に、ダリの年齢や現在の状況だけを簡単に添える。
「返事が来るまで待ちましょうか」
「なら、ジュースを持ってきます。テーブルも……」
「自分が用意するっすよ、ダリ。なんか弟が出来た気分っすね」
エルデが笑顔でそう言うと、ダリもつられるように笑った。
そのやり取りを見て、クロは少しだけ目を細める。
「エルデは凄いですね」
「何がっす?」
首をひねりながら準備を進めるエルデに、クロは軽く首を横に振った。
「いえ。何でもありません」
エルデは不思議そうにしながらも、手際よくテーブルを用意していく。ダリもそれを手伝い、クレアはクロの足元で静かに様子を見守っていた。
それからしばらく、クロたちはジュースを飲みながら、ダリがこれまでデザインしてきたものを眺めていた。
小さなぬいぐるみのデータ。ドロムの元になった黒いゴーレムのラフ。機械部品のような意匠を取り入れた装飾案。どれもまだ荒削りではあるが、そこには確かに、ダリ自身の感性が込められていた。
やがて、クロの端末に返信が届く。
『クロちゃん。その子は、クロちゃんの正体を知ってる子?』
クロは画面を見つめ、すぐに短く返した。
『はい』




