帰還報告と土産
「で、どうしてこうなった?」
数日後。
F18コロニーのハンターギルド。その二階にあるデータ室で、クロはグレゴに詰め寄られていた。
室内の大きなホロディスプレイには、各国で確認されたバハムートの姿がいくつも映し出されている。
星の外縁を横切る巨大な影。
艦隊の監視映像に映り込んだ黒い翼。
惑星軌道上を悠々と泳ぐ、規格外の存在。
どれも、知らない者が見れば世界の終わりを疑うような光景だった。
「どうしてこうなったか説明しろ!」
グレゴの怒鳴り声が、データ室の壁を震わせる。
クロはホロディスプレイを眺めながら、少しだけ困ったように頬を掻いた。
「いやあ、久しぶりに元の姿に戻ったら、少しテンションが上がっちゃいまして。気持ちよく宇宙を泳いでいたら、いつの間にかこんなことになっていました」
「なっていました、じゃねぇ!」
「大丈夫です。何も破壊していませんよ」
「破壊してんだよ! 俺の胃をな!」
次の瞬間、グレゴの拳骨がクロの頭へ落ちた。
乾いた音がデータ室に響く。
クロは一応、頭を押さえて少し痛そうな仕草をした。だが、その顔に本気で反省している色はほとんどない。
その様子がまた腹立たしかったのか、グレゴは鼻息を荒くしながら席へ戻った。
「ギール! お前も何か言え!」
突然振られたギールは、疲れ切ったように肩を落とす。
ギールの手元のホロディスプレイには、各国からの問い合わせや、上層部からの確認、抗議、その他の記録が山のように並んでいた。
見ただけで胃が重くなる量である。
「クロ。本当に頼むよ……。結構、上の人たちが本気で怒ってたんだから」
ギールの声には、怒りよりも疲労が濃かった。
上層部への釈明、各国への対応、ギルド内部の調整。その大半が、上層部と彼の肩にのしかかっていたのだろう。
だが、クロはどこか申し訳なさそうにしながらも、やはり軽い。
「仕方ないじゃないですか。気持ちよく宇宙を泳いだの、これでまだ二回目です。久しぶりだったんですから、今回は許してください」
「二回目だと?」
グレゴが眉間に深い皺を刻む。
「前はいつだ」
「退屈な星を出た時ですね」
あまりにもあっさりとした返答だった。
グレゴはしばらく無言でクロを見つめる。
ギールも同じように固まり、ホロディスプレイの中で悠々と宇宙を泳ぐバハムートの映像へ視線を向けた。
そして、二人はほとんど同時に深いため息を吐いた。
「それより、依頼達成の報告なのに、どうしてデータ室なんです?」
「お前のせいだよ」
「クロのせいだから」
グレゴとギールから同時に指摘され、クロはさすがに何も言えなくなった。
「もういい! 本当はもっと言いたいことが山積みだが、まずは報告を聞こう」
グレゴは腕を組み、促すようにクロへ視線を向ける。
クロは少しだけ肩をすくめると、後ろに控えていたアレクをちらりと見た。
合図を受け取ったアレクが静かに立ち上がる。
そして、端末を操作しながら説明を始めた。
どうして内戦が起こったのか。
現地の状況はどうだったのか。
クロたちがどのように対応したのか。
そして、裏の依頼をどのように完遂したのか。
アレクは、自分たちでまとめた報告書をもとに、できるだけわかりやすく順を追って語っていく。
データ室の空気は、先ほどまでの説教じみたものから、少しずつ実務のそれへ変わっていった。
「以上が報告になります。まだまとめ切れていない資料や、現地から送られてきていないものもありますので、完全な報告書は後日提出いたします」
一通り説明を終えたアレクが席へ戻ると、データ室内に沈黙が落ちた。
グレゴは腕を組んだまま目を閉じ、ギールは表示された報告書へ視線を走らせている。
「とりあえず、だ。UPOにはすぐにでも報告し、職員の派遣を提案した方がよさそうだな」
ギールはそう言いつつ、今の報告書を精査し始めた。
「一応、詳細の一部をぼかしたUPO用と、ギルド用の報告書は分けていますので、確認してください」
アレクがそう言うと、ギールはほっと息を吐いた。
「ありがとう、アレク。とりあえず一度チェックして、問題がなければ一旦送ってしまおう。最終報告は後ほどでもいいはずだ」
その横で、グレゴがじろりとクロを見る。
「クロも、こういうことをできるようになれよ」
指摘を受けたクロは、少しだけ真面目な顔で考え込んだ。
そして、実に迷いのない顔で答える。
「アレクたちに任せます。面倒なので」
グレゴの額に、再び青筋が浮かんだ。
「グレゴさん。俺たちはそれでいいので、どうか抑えてください」
アレクがすかさず割って入った。
今にも拳骨が飛びそうな空気を察し、落ち着かせるように声をかける。グレゴはしばらくクロを睨んでいたが、どうにか怒りを飲み込んだ。
「クソッ! もういい」
荒い息を吐き、グレゴは椅子へ深く座り直す。
ひとまず報告と説教が一段落し、張り詰めていたデータ室の空気がわずかに緩む。
「なら、次は私ね」
ジンはそのやり取りを面白そうに眺めていたが、その空気の緩みを見計らうように、クロへ視線を向けた。
「向こうのギルドはどうだった?」
ジンの問いに、クロは素直な感想を返した。
「驚きました。まさか、お二人の娘さんがいるとは思いませんでした。なぜ教えてくれなかったんです?」
クロが率直な疑問をぶつけると、ジンは少し楽しそうに笑った。
「孫を見せに来ないからよ」
「それだけですか?」
「それだけ。……じゃないわね」
ジンはそこで、少しだけ目を細めた。
先ほどまでの軽さが薄れ、母親として娘を案じる色が滲む。
「一応、内戦下にあったんですもの。無理を言っているのはわかっていたし、いろいろ危険な状況だってことも察していたわ」
そう言ってから、ジンは小さく息を吐く。
「けど、それとは別に、孫の映像データや写真データくらい送ってくれてもいいじゃない? なのに、あの子ったら仕事が忙しいって。言い訳ばかりだったわ」
「いや、ジン。それは……」
グレゴがレンを庇おうと口を挟もうとする。
だが、その言葉を遮るように、エルデが元気よく手を上げた。
「そうっす。レンさんから、お土産を預かってるっす」
その一言に、ジンの表情がぴたりと変わった。
母親としての不満も、先ほどまでの軽い怒りも、一瞬で別の期待に塗り替わる。
「……お土産?」
ジンの声が、わずかに弾んだ。
エルデはポケットから小さな麻袋を取り出すと、その口を開いた。内側は別空間に繋がっており、そこへ手を突っ込んで中を漁る。
「まず、これがレンさんのお子さんが生まれた時の映像データと、成長記録を収めたデータっす」
エルデは一つの端末を取り出し、ジンへ手渡した。
ジンはそれを両手で受け取る。
先ほどまでの不満げな表情は、もうほとんど残っていなかった。代わりに浮かんでいるのは、待ち望んでいたものをようやく手にした者の、抑えきれない喜びだった。
「あらあら。それは楽しみね」
「あと、これは手描きの手紙っす。あっ、端末っすけど、中には二人が描いた、じーじとばーばの絵も入ってるって言ってたっす」
そこで、ジンの頬が少しだけぴくりと動いた。
「レンは、私のことをばーばって言わせているのね」
「うっす。それと、これはグレゴさん用っす」
わずかに不穏な気配を漂わせるジンに気づかないまま、エルデは今度はグレゴへ手紙を差し出した。
グレゴは少し驚いたように目を瞬かせ、それから手紙を受け取る。
「おう。しかし、孫からの手紙か……嬉しいもんだな」
そう呟く声は、先ほどまでクロを叱っていた時とはまるで違っていた。
分厚い手で大事そうに手紙を持つ姿に、ギールが少しだけ笑いを堪える。
「あと、これはレンさんの旦那さんからっす。なんでも、辛口のチャーシュウって言ってたっす。口に合えばって言ってたっすけど」
「焼酎な」
グレゴは即座に訂正した。
だが、声にはどこか満更でもなさそうな響きがある。
エルデが取り出した瓶を受け取ると、グレゴはラベルを確かめるように眺め、ふんと鼻を鳴らした。
「ふん。味見してやるか」
その横で、ジンは端末を大事そうに抱えたまま、まだ少しだけ納得していない顔をしていた。
「……ばーばね」
小さく呟かれたその声に、グレゴはそっと視線を逸らした。
だが、そんな空気など意に介さず、クロは思い出したように手を打って立ち上がった。
「そうそう。私個人からのお土産もありますよ」
先ほどまで説教されていたことなど、もう半分ほど忘れているらしい。少し浮き立った様子でデータ室の隅へ向かい、そこで別空間を開くと、そこから大きな段ボール箱を次々と取り出していった。
一つ。
二つ。
三つ。
積み上がっていく箱には、かわいらしいマルソイちゃんのイラストが大きく描かれている。
データ室の空きスペースが、見る見るうちに土産物の山で埋まっていった。
「高級プレートです。種類はいろいろありますので、ギルドの皆さんで分けてください」
クロは満足そうに胸を張る。
その顔には、今度こそ良いことをしたという自信があった。
だが、グレゴは積み上がった段ボール箱の山を見上げ、こめかみを引きつらせる。
「限度を知れ!」
再び、グレゴの雷が落ちた。
それでも、その声には先ほどまでとは違う響きがあった。
呆れと怒りの奥に、わずかな嬉しさが混じっている。
この場にいるのは、クロの秘密を知る者たちだけだ。
だが、この後、何も知らないギルド職員たちへ箱が配られれば、きっとその顔は明るくなる。箱に描かれたマルソイちゃんを見て、疲れた表情も少しは和らぐだろう。
その光景を、グレゴ自身も容易に想像できていた。




