この国で生きる者たち
【更新回数変更のお知らせ】
いつも『バハムート宇宙を行く』をお読みいただき、ありがとうございます。
諸々の状況が落ち着いてきましたので、更新回数を少し増やしてみようと思います。
三回更新の再開も考えたのですが、まずは様子を見ながら一日二回更新でやっていこうと思います。
更新時間は8時と20時を予定しております。
無理をして更新が止まってしまっては意味がありませんので、まずはこのペースで続けていきます。
これからもよろしくお願いいたします。
そんな中、クロはその重くなりかけた空気をあっさりと切り払った。
「マルティラとマルティラⅡ。どちらもどこでもいいので、適当に植えておいてください」
「適当って……」
ジュンは、あまりの落差についていけないような表情を浮かべる。
「適当でいいんです。間違っても、神格化しないように。崇めるための木ではなく、育つかどうかを見るためのものですから」
「神樹と言っていたのは、クロじゃない」
ジュンの指摘に、クロは少しも悪びれなかった。
「扱いとしては、そう呼ばれていただけです。大事なのは、どう育つかと言う事です」
そう言われ、ジュンは改めて腕の中の苗木を見る。
適当でいいと言われた世界樹は、まるでクロの言葉を肯定するように、割れた窓から吹き込む風を受けて小さく揺れた。
「わかった。これは大切に、そして適当な場所に植えさせてもらう」
アリはそう言うと、クロの前で静かに片膝をついた。
胸に手を当て、深く頭を下げる。
「この星系は、すでにバハムート様へ差し出されたも同然。いかようにも致します」
その畏まった声に、室内の空気が妙な方向へずれた。
タイソンとジュンは一瞬だけ顔を見合わせる。だが、アリの態度はあまりにも真剣で、軽々しく否定できる空気ではなかった。
そして、アリの冷たい視線が二人へ向く。
そのあまりにも冷たく真剣な視線に押されるように、タイソンとジュンは世界樹の苗木を抱え直し、アリと同様に膝をついた。
「今や、バハムート様はこの星系の帰趨を決めるお方。そのようにお考えください」
アリはさらに深く頭を下げる。
その声音は恭しい。
それは本気でバハムートをこの星系の支配者に据えようとする真剣さを帯びていた。
「嫌です。私は拒否します。差し出されたからといって、受け取るとは言っていませんし、あちらが勝手にしたことです」
クロはきっぱりと言い切ると、アリの真摯な態度から逃げるように分身体を解き、淡い光となって消えた。
そして、意識は再びバハムートへ戻った。
割れた窓の向こう。巨大な黒い影が、静かに口を開く。
「この国は、この国で生きる者たちが決めろ。さらば」
それだけ告げると、バハムートは大きく翼を広げた。
都市を覆っていた影が揺れ、風が巻き起こる。次の瞬間、その巨躯は空へと舞い上がり、雲を抜け、さらにその先の宇宙へ向かって飛び去っていった。
残されたアリたちは、ゆっくりと立ち上がる。
割れた窓ガラスの向こうには、まだ混乱の残る都市の風景が広がっていた。警報は遠くで鳴り続け、人々のざわめきも収まってはいない。
だが、空を覆っていた絶対的な影はもうない。
「やれやれ。とんだ置き土産を貰ってしまったな」
アリは一気に遠ざかり、見えなくなったバハムートの姿を見送ると、ゆっくりとタイソンの抱える世界樹へ視線を落とした。
「受け取ってもらえなかったか……残念。せっかく最強の国になれる機会だったのにのう」
その飄々とした声は、断られることが最初から分かっており、落胆したような言葉もどこかセリフじみていた。
だが、タイソンは困ったように眉を寄せる。
「アリ中将。それは仕方がないかと。ですが、この場合、我々の立ち位置はどうなるのでしょう」
「そうです。もしまた、フロティアン国から難癖をつけられたら……」
タイソンの疑問に、ジュンも同意するように口を開く。
また横やりが入るのではないか。
その警戒は、当然だった。つい先ほどまで、この国は文書と理屈を盾に奪われかけていたのだ。
だが、アリは小さく笑い、その不安を払うように首を振った。
「もう横やりはできんよ。フロティアン国自身が署名した正式な調印文書がある以上、覆すことはできん。それに、クロ君も言っていたではないか」
アリは割れた窓の外へ視線を向ける。
そこにはもう、バハムートの姿はない。
「この国は、この国で生きる者たちが決めろ、と。ならば、もしまたフロティアン国が手を伸ばしてきたとして、それをクロ君が許すと思うかね?」
その一言に、ジュンは言葉を失った。
確かに、バハムートは国を受け取らなかった。
国家元首になることも、支配者として君臨することも拒んだ。
だが、その言葉は決して、フロティアン国へ好きにしろという意味ではない。
この国に生きる者たちが決めろ。
それは、裏を返せば、この国の意思を踏みにじる外部勢力が、勝手に奪うことを許さないという宣言でもあった。
ジュンは、腕の中の世界樹を見下ろす。
小さな苗木は、何も答えない。
ただ、これからこの星系が選ぶ未来を、静かに見届けるように揺れていた。
「さて、では我々も頑張るとしよう。その苗木をどこに植えるか……」
重くなりかけた空気を切り替えるように、アリがそう言った。
ジュンは腕の中の世界樹を抱え直し、少しだけ困ったように笑う。
「そうですね。適当……には、さすがに扱えませんし」
「そうだな。そういえば、ジュン少佐」
アリはふと思い出したように、ジュンへ視線を向けた。
「クロ君たちについて行かなくてもよかったのかね?」
少し意外そうな問いだった。
ジュンは一瞬だけ黙る。
窓の外では、まだ混乱の残る都市が揺れている。警報、人々の声、遠くを走る車両の音。そのすべてが、この国がまだ立ち直りの途中にあることを教えていた。
ジュンはその景色を見たあと、アリへまっすぐ向き直る。
「はい。今はまだ、一緒に行くことはできません。まずは、この国を優先したいと思います」
「そうか」
アリは小さく頷くと、今度はタイソンの肩を軽く叩いた。
「タイソン大佐。なるべく早く行かせてやれるよう、我々も頑張るしかないな」
そう言われたタイソンは、少し苦々しい顔で俯いた。
「私は、何とも言えません。娘には、この国で幸せになってほしい。そういう思いもありますので」
その声には、軍人としてではなく、父親としての迷いが滲んでいた。
だが、次の瞬間、タイソンの纏う空気がわずかに変わる。
「そして何よりも……」
低く押し殺した声と共に、隠しきれない怒気が滲み出た。
「聞くところによると、私よりも年上の男に惚れているという話も耳に入っています。そこは、許すことができません!」
「ちょっ! 父さん!?」
ジュンが慌てふためいた声を上げる。
その反応に、アリはついに堪えきれず笑い声を漏らした。
タイソンはなおも険しい顔をしている。ジュンは顔を赤くしながら、何かを言い返そうとして言葉に詰まっていた。
混乱と不安と、ほんの少しの笑い。
様々な思いを胸に抱えながら、それでも彼らは歩き出そうとしていた。
この星系で生きる者たち自身の手で、これからの未来を決めるために。




