↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

772/856

国という代金

 クロは久しぶりに分身体を解き、バハムートと一体となり宇宙を進んでいた。


 広がるのは、果ての見えない漆黒の海。


 音も風もないはずの空間を、巨大な存在が滑るように進んでいく。


「さてさて。サプライズになればいいんだがな」


 バハムートはそう呟きながら、少しずつ姿を変えていった。


 人々に機体と誤認させるための擬態が、外側から剥がれていく。整えられていた輪郭が崩れ、装甲のように見えていた外殻が本来の鱗へと戻り、体の構造そのものが見る見るうちに変化していく。


 相貌は鋭くなり、口は裂けるように広がった。その奥には、刃を思わせる牙が幾重にも並ぶ。四肢は太くなり、獣のごとき力を宿し、翼は宇宙の闇を覆うほどに広がっていった。


 そこに姿を現したのは、擬態を解いた本来のバハムートだった。


「この姿も、久しぶりだな」


 漆黒の鱗には、ところどころ血のように濁った深紅が走っている。両翼の膜には未知の文様が淡く脈動し、長く鋭い尾は、ただ揺れるだけで空間を裂くような迫力を帯びていた。


 そして、双眸。


 金色に輝くその瞳は、抑え込んでいたものを解き放ったような開放感に満ちている。


「解放感が半端ないな!」


 バハムートは嬉しそうに言うと、さらに速度を上げた。


 翼を大きく広げ、身体をひねり、まるで水の中を泳ぐように宇宙を駆ける。直線ではなく、弧を描き、時に宙返りのように身を翻し、大海を泳ぐ鯨のごとく進んでいく。


 やがて、バハムートは大きく顎を開いた。


「ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!!」


 音のないはずの宇宙に、その声は本来なら響かない。


 だが、それはただの咆哮ではなかった。


 放たれた圧が周囲の空間をびりつかせ、見えない衝撃となって闇へ広がっていく。遠くの星光さえ、一瞬だけ揺らいだように見えた。


 バハムートは満足そうに目を細める。


 久しぶりに、本来の姿で叫んだ。


 星の守護者として過ごしていた時とも、クロとして大人しく過ごしている時とも違う。


 今は何も押さえ込む必要がない。


 翼を広げれば宇宙が開け、尾を振れば虚空が流れ、ただ進むだけで全身に圧倒的な高揚感が満ちていく。


「……ああ、気持ちいい。クロとして大人しく過ごしているのも悪くないが、こういう開放感も捨てがたいな」


 そう呟くと、バハムートはさらに深い宇宙へ向けて、目的地を目指しながら楽しげに加速していった。


 一方その頃、マルティラでは別の意味で空気が凍りついていた。


 停戦合意と新政府樹立へ向けた調印式の調整中、旧マルティラ政府の後ろ盾であるフロティアン国から、横やりが入ったのだ。


 その場に現れたのは、フロティアン国のウォーガイ大将だった。


「ですから、返せと言っているんです。今まで支援してきた物資、すべてを」


 ウォーガイはそう言うと、眼鏡を軽く押し上げた。垂れてきた髪を指先で整える仕草は落ち着いているが、その声には一切の譲歩がない。


「何を根拠にそんなことを? もはやマルティラは、フロティアン国とは関係ない!」


 アリが怒気を込めて反論した。だが、ウォーガイは表情一つ変えなかった。むしろ、その反応を予想していたかのように、端末を操作する。


 次の瞬間、一つの文書がホロディスプレイ上に浮かび上がった。


「関係がないとは……話になりませんね。これが証拠ですよ。前国家元首マルギッテとの合意文書にも、きちんと記されています」


 ウォーガイは文書の一部を拡大し、淡々と読み上げる。


「支援の見返りとして、相応の対価を支払うこと。もしそれが叶わぬ場合は、すべての支援物資の返却を求める。実に明確な内容です」


「だから、それは……!」


 マルティラ側の高官が反論しようとする。


 だが、その言葉を遮るように、ウォーガイの冷たい声が浴びせられた。


「それに、まだ新政府は樹立されていません」


 その一言に、アリの表情がわずかに歪む。


 痛いところを突かれた。


 停戦合意と新政府樹立へ向けた調整は進んでいる。だが、正式な調印はまだ終わっていない。つまり、ウォーガイにとっては、そこを突く余地が残っているということだった。


 その反応を見逃さず、ウォーガイはさらに追い込む。


「そもそも、これは無償支援ではありません。有償支援および貸与物資です」


 ウォーガイはホロディスプレイ上の文書を指先でなぞり、別項目を拡大する。


「艦艇、兵器、弾薬、補給物資、整備部品、通信機器。そのすべてに価格が設定され、返却不能なものについては、相当額を弁済する。そう記されています」


 淡々とした声だった。


 だが、その内容は重い。


 内戦の最中に消耗した弾薬。破壊された艦艇。失われた補給物資。各地へ散った整備部品や通信機器。その一つ一つに値段がつけられているのだとすれば、マルティラ側が背負う額は想像を絶する。


 ウォーガイは、さらに言葉を続ける。


「返して頂ければ、こちらは何も言いません。ただし、すべて揃っていればの話ですが」


 ウォーガイはそこで一度言葉を切り、マルティラ側の反応を待つように視線を巡らせた。


 その沈黙だけで、場の空気がさらに重く沈む。


 支援物資は武器や弾薬だけではない。艦艇、補給物資、整備部品、通信機器、軍事支援に関わるあらゆるものが含まれる。


 内戦の中で消耗し、失われ、あるいは各地に散ったものまで含めて返せと言われれば、事実上不可能に近い。


 ウォーガイは、それを理解したうえで、この要求を突きつけていた。


「無理でしょうね。ですから、それ相応の代金を頂くと言っているのです」


 穏やかな口調のまま、ウォーガイはホロディスプレイに表示された文書の別項目を指し示した。


「この国という代金を」


 会議室に、重い沈黙が落ちる。


 アリだけでなく、マルティラ側の高官たちも言葉を失った。


 ウォーガイはその沈黙を楽しむように、眼鏡の位置を直す。


「支払いが困難な場合は、代替履行に移る。そういう取り決めです」


 淡々とした声が、さらに場の空気を凍らせていく。


「つまり、代金は支払われるのです。金でも物でもなく、この国そのものによって」


「そんなものが、通ると思っているのか……!」


 アリが低く唸るように言う。


 だが、ウォーガイはわずかに首を傾げるだけだった。


「通るかどうかではありません。署名された合意文書が存在し、そこに条件が明記されている。こちらは、それを新政府樹立の前に履行していただきたいだけです」


 その言い方には、国一つを奪おうとしているという自覚すら感じられなかった。


 いや、あるのだろう。


 そのうえで、あえて事務処理のように語っている。


「何か問題でも?」


 ウォーガイの問いに、会議室の空気はさらに重く沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。