任された説明
クロはクレアを膝の上から肘掛けへ移動させると、椅子から静かに立ち上がった。
管制室の中には、転移直後の緊張がまだ薄く残っている。だが、周囲に反応がないと確認されたことで、空気は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
「皆さんは帰ってもいいですよ。私は少し所用で出かけます。ダリはリビングで休んでいますよね? 起きたら、私のことを話しておいてください」
あまりにも軽い調子で告げられた言葉に、アレクが思わず眉を寄せる。
「社長。それは社長から言った方が良いかと思いますが」
アレクの苦言に、アンポンタンたちも揃って頷いた。
ダリはまだ子供だ。しかも、クロやバハムートの事情をすべて理解しているわけではない。突然、周囲の大人たちから「社長は実はバハムートです」と説明されれば、驚くどころか、何かの冗談か、あるいは本気で信じてもらえないかもしれない。
だが、クロは少しだけ視線を逸らした。
「そうしてもいいですが……なんか、面倒」
「クロ様?」
肘掛けの上に座っていたクレアから、呆れたような声が漏れる。
クロはその視線を受けても、特に反省した様子はなかった。
「では、お願いします」
それだけ言い残すと、クロはその場から転移した。
次の瞬間、下部ドックに鎮座していたバハムート本体の気配も、同時に消える。
管制室に、短い沈黙が落ちた。
「……行っちゃったっすね」
エルデがぽつりと呟く。
先ほどまでジュンのことで落ち込んでいた顔とは違い、今度は純粋な困惑だった。クロが突然いなくなること自体には慣れている。だが、今回は自分たちにかなり重要な説明を押しつけていったのだ。
「クレアねぇ。いいんすか? 一緒じゃなくて」
エルデの素朴な疑問に、クレアは落ち着いた様子で頷いた。
「事前に教えてもらっていましたから。それよりも、クロ様の要望に応えましょう。ダリには私が打ち明けます」
クレアは自信たっぷりに胸を張り、きっぱりと言い切った。
その堂々とした姿に、エルデは素直に感心したように目を丸くする。
「おお……さすがクレアねぇっす。前みたいにいじけるかと思ったっすよ」
余計な一言に、クレアは軽くエルデを睨んだ。
だが、当のエルデはまったく気にした様子もなく、いつもの調子で笑っている。クレアは小さくため息を吐き、それ以上は追及しなかった。
その一方で、アレクたちは無言だった。
クレアが説明すること自体に問題があるわけではない。むしろ、クロに最も近い存在として、クレアが話すのは筋が通っている。
ただ、いきなりクレアが話し始めれば、ダリが混乱するのは目に見えていた。
普段は狼らしく振る舞っているクレアが、突然流暢に話し始めることになる。そこへさらに、クロの正体まで説明されるのだ。衝撃が重なりすぎるのは、さすがに避けたい。
「何か問題でも?」
無言のアレクたちに、クレアは少しむっとしたような視線を向ける。
その目には、はっきりとした不満があった。
まるで、自分が任されることに異議でもあるのか、と言っているようだった。
「いえ、その……副社長がいきなり説明すると、ダリが驚きすぎると思いますので」
アレクは言葉を選びながら、慎重に切り出した。
「一旦、俺たちから軽く説明してからでもいいですか? クロさんのこと、バハムートのこと、そしてクレア副社長が話せること。その順番で伝えた方が、ダリも受け止めやすいと思います」
アンジュ、ポンセ、タンドールも、横で真剣に頷いている。
クレアはその提案を聞くと、少し考え込んだ。
(こういう時、クロ様なら……恐らく任せる)
クロなら、面倒だと言いながらも、相手が受け止めやすい形を選ぶだろう。少なくとも、必要以上に驚かせることを望む性格ではない。
そう判断し、クレアは小さく頷いた。
「わかりました。まずはアレクに任せます」
その言葉に、アレクたちはそっと息を吐いた。
だが、安心したのも束の間だった。
「ただし」
クレアの声が、少しだけ引き締まる。
「最後は私が説明します。クロ様のことを曖昧に伝えるのは許しません。ダリが群れの一員としてここにいる以上、知るべきことはきちんと伝えるべきです」
その言葉には、普段の愛らしさとは違う重みがあった。
クロを誰よりも近くで見てきた者としての誇り。そして、ダリを新しい仲間として――クレアにとっては、群れの一員として受け入れようとする責任感が、そこにはあった。
アレクは姿勢を正し、静かに頷いた。
「了解しました、副社長。まず俺たちが前置きをして、その後で副社長から話してもらいます」
「そうしましょう。アレク、任せます」
クレアは満足そうに頷いた。
エルデはその横で、どこか嬉しそうに笑う。
「なんか、クレアねぇ。すごく副社長っぽいっす」
「当然です。私はクロ様に任された身ですから」
クレアは誇らしげに胸を張る。
その様子に、アレクたちはもう一度顔を見合わせた。
可愛らしい見た目に反して、この場で最も腹が据わっているのは、もしかするとクレアなのかもしれない。




