消え際の声
デストロイヤーをただひたすら駆逐していくバハムートの目の前で、偽バハムートが形作られていく。
黒く蠢く群れが寄り集まり、輪郭を持ち、巨大な竜の姿を模していくその様は、不気味という言葉では足りなかった。まるで災厄そのものが、嘲るように鏡像を生み出しているかのようだった。
だが、バハムートはそれを待つ気すらない。
完成を許す暇もなく、踏み込んだ。
放たれる拳の連打は、容赦というものを一切含まない。形を成しかけた偽バハムートは、為す術もなく粉砕される。腕を作るより早く砕かれ、頭を形作るより早く吹き飛ばされ、最後には全身を整えることすらできずに塵へと変わっていった。
何もできない。
本当に、何もできないまま。
そうしているうちに、デストロイヤーの出現率も目に見えて落ちていく。
端末には、重力異常が収まりつつあることを示す表示が浮かんでいた。それはつまり、この災害そのものが終息へ向かっていることを意味していた。
「今回は、破壊側の神の干渉はなかったな」
終わりが見え始めた戦いの中で、バハムートはやれやれと一息つく。
だが、その瞬間だった。
「まだ早いよ。バハムート」
不意に、声が脳内へ直接響いた。
耳から入ってきたのではない。頭の内側へ、いきなり言葉だけを落とされたような感覚だった。
「……男とも女ともつかない声だな」
バハムートは訝しげに呟き、周囲を見渡しながらも、手は止めずにデストロイヤーを殲滅していく。視界のどこにも、それらしい姿はない。宇宙には砕けた残骸と消えゆく歪み、そして自分の攻撃で散っていく敵しかなかった。
すると、再び脳内に声が響く。
「こっちだ」
「どっち?」
あまりにも素直に聞き返したバハムートに、くすくすとした笑い声が脳内に響く。
そして、少し楽しむような間を置いてから、また声が降ってきた。
「にぶいな。ワームホールの方だ」
バハムートはワームホールへ視線を向ける。
そこにいたのは、デストロイヤーに飲み込まれたはずのセイクリッドラゴン――ではなかった。
機体の各所にデストロイヤーが寄生し、侵食し、原型を辛うじて残しながらも、すでに別物へ変じた元セイクリッドラゴン。異形の頭部を持ち、歪んだ神像のような姿となって、その場に佇んでいた。
「やあ、バハムート。初めまして」
脳内に響く声は、少し愉快そうだった。
「僕は……私は、この転生者を器に、意識だけをここへ落としている。破壊側の神だね」
脳内に響く声と共に、元セイクリッドラゴンは優雅にお辞儀をする。
その動きは妙に洗練されていて、それがかえって不気味だった。崩れた機体、侵食された外殻、異形の頭部。そのすべてが醜く歪んでいるのに、仕草だけが妙に整っている。その違和感が、神を名乗る存在の異質さを余計に際立たせていた。
「初めまして。……それで、ユウタはどうなりました?」
バハムートは相手の名乗りに特に驚く様子もなく、淡々と一番気になったことを尋ねる。
「死んでますよ。いや、君たちの言うところのデストロイヤーになっている、かな」
そう言うと、バハムートの脳内へ現在のユウタの姿が直接送り込まれる。
もはや人とは呼べぬ姿だった。
肉とも機械ともつかぬものが歪に混ざり合い、見るだけで本能が拒絶する異形。強制的にその姿を見せつけられ、バハムートは思わず吐き気を覚えた。
「送ってくるな……気持ち悪い」
「君が聞いてきたんだ。もうすぐ、この世界から消える」
その言葉どおり、ワームホールが縮むにつれて、周囲のデストロイヤーたちは次々と崩壊していく。
黒く蠢いていた群れは輪郭を失い、砂のように崩れ、虚空へ散っていく。それは寄生されたセイクリッドラゴンも同様だった。侵食された部分からぼろぼろと崩れ落ち、存在そのものが削れていく。
優雅に立っていたはずの異形の機体も、すでに足元から終わりを迎え始めていた。
「今回、君に会いに来たのは理由があってね。時間が無い。手短に聞くよ、バハムート。君、この世界を滅ぼす気はない?」
「ないですよ」
即答だった。
迷いも気負いもなく、当たり前のことを答えるように返したその声に、異形の神は小さく笑う気配を滲ませる。
「だよね。なら、僕を、私を、止めてほしい」
そう言いながらも、崩壊は止まらない。
肩が崩れ、腕が砕け、異形の頭部にもひびが走っていく。それでもなお、声だけは不思議と穏やかだった。まるで、自分の終わりすら大して重要ではないとでも言うように。
「正直、人間は大嫌い」
その一言には、積み重ねた失望が滲んでいた。
「だが同時に、大好き」
続く言葉には、今度は偽りのない愛着があった。矛盾しているはずなのに、不思議と嘘には聞こえない。憎んでなお見捨てきれず、呆れてなお惹かれ、どうしようもなく目を離せない。そんな執着にも似た感情が、その声には確かにあった。
「この矛盾を、君に解決してほしい」
「勝手に私に頼らないでくださいよ。中立派になって、放っておけばいいじゃないですか」
バハムートは眉をひそめるような気配を滲ませながら、率直に答える。あまりにも一方的で、あまりにも身勝手な頼みだった。嫌いで、好きで、矛盾していて、それを自分に押しつけられても、知ったことではない。
「いや、それでは神として正しくない。世界は、試練を必要とする。だから、僕は……私は、破壊派に立っている」
返ってきた答えは、ひどく真面目だった。
崩れ落ちていく異形の姿とは裏腹に、その一言だけは妙にまっすぐで、だからこそ厄介だった。
「この矛盾は、あの神の子である君に解決してもらうのがふさわしい」
その言葉に、バハムートは目を見開く。
「あの女神の子だと、何かあるのか?」
「ふふふ……女神、ね。そうか、君は知らないのか」
「?」
崩壊はさらに進み、とうとう異形の顔だけが残る。
「私は憂いている。それと同時に、神々にも、この世界にも希望を見ている」
異形であるはずのその顔は、なぜか笑っているように見えた。
「頼んだよ……」
最後の言葉は、最後まで聞き取ることはできなかった。
ワームホールは完全に崩壊し、デストロイヤーは消えていく。
「……押し付けられても困るんだがな。俺は、自由に生きるだけだ」




