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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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開いた穴

「……外れか」


 バハムートはそう呟くと、吹き飛んでいくセイクリッドラゴンを見つめた。


 その声音には、手応えの薄さに対するわずかな落胆があった。バハムートは、コックピットがミカリエスと同様に頭部へあると判断し、確実に仕留めるつもりで一撃を放っていた。だが、漏れ聞こえてくるユウタの苦悶のうめき声が、仕留め損ねた現実を突きつけてくる。その事実が、かえって悔しさを滲ませていた。


 吹き飛ばされたセイクリッドラゴンは、機体をきしませながらも、翼を大きく羽ばたかせて何とか姿勢を整える。推進バランスは明らかに崩れていたが、それでも墜ちない。ふらつきながらも強引に機首を立て直し、残された機能だけで必死に踏みとどまる。だが、失われた頭部を確認するように右腕が空を切り、その動きには明らかな狼狽が滲んでいた。


 頭部の喪失は、単なる損傷ではない。主要センサーは潰れ、通信機能も大きく性能を落としている。戦闘継続はできても、指揮官機としては致命傷だった。その現実が、ユウタの心を確実に揺らしていた。


「……撃て」


 つぶやきが、戦場に響く。


 それは独り言のように小さかった。だが、その小ささが逆に異様だった。あれほどまでに余裕を見せていた男の声とは思えなかった。


「撃て! あれを早く撃て!」


 次に響いた声は、もはや取り繕う余裕のない叫びだった。焦燥と苛立ちと、追い詰められた者だけが持つ剥き出しの感情が、そのまま戦場へ撒き散らされる。ユウタの声は残り少ないマルティラ軍にも伝わり、通信越しに重苦しい緊張が一気に広がった。


「あれ……あれか!」


 艦長が焦るように確認する。言葉に詰まりながらも、何を指しているのかは理解しているのだろう。理解しているからこそ、その確認には露骨な躊躇が混じっていた。


 だが、もはや四の五の言っていられる状況ではないことは、この場にいる誰の目にも明らかだった。戦艦は減り、RFはほぼ全滅し、席持ちも削られた。頼みのセイクリッドラゴンですら頭部を砕かれ、まともな反撃の形を保てていない。常識的な手段でどうにかなる段階は、とっくに過ぎていた。


「それしか道はない! その間に引く……それしかない!」


 ユウタの言葉は、もはや作戦指示というより悲鳴に近かった。勝つための一手ではない。ただ生き残るために、まだ使っていない最後の何かへ縋りつく声だった。その響きが、今の彼の内側を何よりもよく物語っていた。


「無駄ですよ、ユウタ。貴方に帰る場所はない」


 バハムートの声は、そんな喧騒を切り裂くように静かだった。


 怒鳴り返すでもなく、嘲るでもなく、ただ事実を告げるだけの声音。だが、その静けさこそが残酷だった。取り乱しているユウタとは対照的に、バハムートの側には何一つ乱れがない。戦場全体を見下ろし、すでに次の局面まで把握し切っている者の余裕だけがそこにあった。


 バハムートはそう言うと、指でマルティラⅡを指し示す。


 足元に見えるその星は、つい先ほどまでならまだ“帰る場所”と呼べたのかもしれない。敗れたとしても、立て直し、再編し、再起を図るための本拠地として。だが、その意味はもう失われていた。


「今頃、ジャッジさん達がレオさん達を救出し、革命軍と共に本部を押さえている頃でしょう。貴方に帰る場所はどこにもない」


 淡々と告げられたその言葉は、刃のように鋭くユウタへ突き刺さる。


 それは単なる脅しではなかった。バハムートの口ぶりには、すでに確認済みの事実を述べているだけの確信があった。戦場で優位を取るための揺さぶりではなく、逃げ道そのものが消えていると教える宣告。だからこそ重い。


 マルティラⅡ。


 そこはユウタにとって、力を振るうための中心であり、自らの権威を示すための舞台だったはずだ。その本部が、すでに別の手へ落ちている。しかも、自分を神と崇めていた者たちに、自分より下にしか見ていなかった者たちの手によって。


「……ジャッジ! 裏切ったな!」


 吐き出された叫びには、怒りだけではなく、自分が立っていた世界そのものが崩れたことへの狼狽が混じっていた。その現実は、目の前の敗色よりもなお深く、ユウタの足元を崩していく。


 戦場に漂う残骸も、砕けた戦艦も、沈黙したRFも、その瞬間だけは声を失った観客のようだった。誰もが理解し始めていた。この戦いは、ただ押されているのではない。もう終わっているのだと。勝敗だけではない。退路も、立場も、未来も、ここで切り落とされようとしていた。


「終わりだ、ユウタ君。投降しよう」


 艦長が、諭すようにユウタへ語りかける。


 もはや抗う術はない。このまま戦えば、待っているのは犬死だけ。だからこそ、その声には責める色ではなく、まだ引き返せる者へ向ける最後の温情があった。


「君はまだ若い。またやり直せる」


「……ない」


 小さく呟かれた声は、艦長には聞き取れなかった。


 聞き返そうとする。だが、その前にセイクリッドラゴンが動いた。


 損傷した巨体が、なおも獣のような勢いで艦長のいる戦艦へ一気に迫る。


 次の瞬間、拳が船体を貫いた。


 厚い装甲を紙のように突き破り、開いた格納部の奥から一つのミサイルを無理やり掴み出す。


「要らない! もう全部いらない! 俺を否定する全て、要らない!」


「止め――」


 艦長の声は、そこで途切れた。


 戦艦は爆発し、セイクリッドラゴンは手に持ったミサイルを目の前にいた戦艦へ投げつける。


 それもまた激しく爆発し、閃光と破片を宇宙へ撒き散らした。


「終わりだ……」


 その呟きとともに、爆発の閃光が色を変えていく。


 通常の弾頭ならあり得ない変化だった。眩いはずの光は黒く染まり、空間そのものが歪み始める。


 クロの端末に、甲高い警戒音が鳴り響く。


 それは、重力異常の警告だった。


「ここまでするか……」


 バハムートが低く呟く。


 そして――ワームホールが開く。

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