黒翼の返答
バハムートへの集中攻撃は、なお余波を引いていた。
幾重にも重なった爆光の残滓が宇宙へ広がり、いまだ光は収まらない。視界の奥で脈打つように明滅するその中心を、セイクリッドラゴンのコックピットの中からユウタはじっと見つめていた。勝利を確信した者の目だった。あれほどの火力を一点へ叩き込み、なお立っていられるはずがない。そう思わせるだけの攻撃ではあった。
「ふふふふっ……損害は大きい。けど、地上にもジャッジやセルフィたちが残っている以上、盤面はまだ終わってない」
「俺もいます。ユウタ様」
アンガーがすかさず自分を売り込むように口を挟む。その声には、焦りよりも忠誠と闘志が色濃く滲んでいた。仲間が消し飛び、状況がいかに悪化しようとも、自分だけは最後まで付き従う。その意地が見える。
ユウタはそんなアンガーに小さく頷く。
「そうだね、アンガー。君がいる。反抗的ではあるけど、レオとアストローナもいる。まだ立て直しは効く」
慰めでも虚勢でもない。現実を計算した上での言葉だった。失ったものは大きい。だが、まだ終わりではない。むしろここから再編し、再度盤面を整えればいい。ユウタの思考はもう次の段階へ移っていた。
そう言いながら、ユウタはアルクシスのブースターを止める。
推進の唸りがわずかに弱まり、バハムートが押しとどめていたアルクシスは、ついに完全に推力を失った。バハムートに押されていた巨体は慣性を削がれ、ようやくその場で進みを止める。鈍重な金属音のような振動が、遅れて周囲の艦隊へ伝わっていった。
「それには、まずアルクシスの軌道修正とブースターの再設置だ。さっきはああ言ったけど、今のままでは、僕たちに旨味がないからね」
自分の策が自軍まで呑み込むようでは意味がない。使える駒は、使える形で残しておかなければならない。ユウタは冷静だった。むしろ、だからこそ恐ろしかった。
ユウタはそう言うと、マルティラ軍を取りまとめている艦長へ繋いでいた通信に視線を向けた。そこには怒りとも警戒ともつかない視線が返ってきているのが、たとえ映像越しでもわかった。バハムートの存在は、それだけこの戦場全体に恐怖と混乱を撒き散らしていた。
「というわけで、再度ブースターの設置と軌道修正をしようか」
通信の向こうから、硬い声が返ってくる。
「簡単に言うな。それに、まだ撃破の確認が取れていない」
無理もない。あれだけの損害を出しながら、肝心の敵が本当に沈んだかどうかさえ確認できていないのだ。慎重になるのは当然だった。
「何を言ってるんです? これだけの攻撃に耐えられるわけがないじゃないですか」
そう言いながら、ユウタはアルクシスの方を指さした。その仕草には苛立ちすら混じっていた。あり得ないものを、いちいち疑っていては話が進まない。そう言いたげだった。
「なら確認すればいい。残骸も――ない」
言葉は、そこで途切れた。
光が収まったアルクシスの前には、黒い幕のようなものが全面を覆うように広がっていた。
それは、一体の背から広がる漆黒の翼だった。
「なっ、んっ……」
言葉にならない声が漏れる。
凍りついた空気の中に、動揺だけが確かに滲んでいた。誰もが同じものを見て、同じ理解不能へ突き当たっていた。
「危ない危ない。秘密基地建設のパーツを壊すわけにはいきませんからね」
そこにいたのは、傷一つないバハムートだった。
翼だけを本来の大きさへと戻し、漆黒の翼膜を巨大な盾のように広げ、あの凄まじい集中攻撃のすべてを受け切っていたのだ。テイルバスターライフルも、ケラウノスも、ビームも、収束砲撃も、加護を得て威力を増した破格の攻撃の数々も――そのすべてを、ただ翼で受け止め、守り切っていた。
その事実は、攻撃が無意味だったという結果以上に残酷だった。
アルクシスを覆っていた翼がゆっくりと収縮し、再び元の大きさへ戻る。巨体の翼がみるみるうちに縮んでいくその様子は、まるで夜そのものが形を変えていくかのようだった。
そして、バハムートは静かに振り向いた。
その双眸が、鋭く光る。
怒りだけではない。そこには、冷えた失望があった。
「終わらせる。巻き込まれて逝け。シュツルムッ・ナックル!」
右腕に嵐を纏わせる。
渦巻く風は、もはやただの気流ではなかった。圧縮され、凝縮され、触れたものすべてを引き裂く殺意そのものとなって拳へ集まっていく。周囲に漂っていた残骸すら細かく震え、引き寄せられ、砕ける気配を見せた。
次の瞬間、殴りつけるように振り抜かれた拳から、圧縮された嵐の塊が撃ち出された。
セイクリッドラゴンと、その近くにいたアンガーは、迫り来るそれを見た瞬間、即座に回避行動を取る。
判断は速かった。正面から受ければ終わると本能で理解し、最短の軌道で嵐の進路から離脱する。
だが、躱したはずのその瞬間だった。
異変が起きる。
通り過ぎたはずの空間すら巻き込み、強引に引き寄せるように軌道の周辺を歪めていく。逃げ切ったはずのアンガーのRFが、不自然なまでに吸い寄せられ、機体全体が嵐へ引かれていった。
「なっ! 吸い込まれ――」
それが、最後の言葉となった。
一瞬で嵐に吸い込まれたアンガーのRFは、その内側で瞬時に刻まれ、無惨にバラバラに引き裂かれていく。装甲が剥がれ、腕が千切れ、脚が砕け、最後には機体の芯まで粉々に裂断されて、嵐の奥へ呑み込まれた。悲鳴すら長くは続かない。生きているものがその場に存在すること自体を許されないような、徹底した破壊だった。
それは、嵐の進路上にいた戦艦も、残りのRFも同様だった。
戦艦の装甲は紙のように引き剥がれ、RFは悲鳴すら残せず千切れていく。嵐は進路上のすべてを呑み込み、均等に、無慈悲に、引き裂きながら進んだ。
「アンガー!」
ユウタの声がコックピットに響く。
大きく距離を取って躱したセイクリッドラゴンは、嵐の塊に呑まれていく仲間たちを凝視する。さきほどまでの余裕は、もうなかった。最後まで従っていたアンガーも、残った仲間たちも、あまりにもあっけなく消されたのだ。
「よそ見厳禁」
音もなく距離を潰していたクロの声が響き、アンガーを見ていたユウタは反射的に正面を向く。
セイクリッドラゴンのコックピット正面に映る映像には、すでにバハムートの拳が大きく広がっていた。
逃げる暇も、構え直す余裕もない。黒い拳は視界いっぱいに迫り、まるで画面の向こうからこちらの命そのものを掴み潰しに来るかのようだった。コックピット内の警告音が耳障りなほど鳴り響き、赤い警告表示が幾重にも重なる。それでも、その一撃を完全に捉え切ることはできなかった。あまりにも速く、あまりにも重く、そしてあまりにも近すぎた。
そして振り抜かれた拳は、セイクリッドラゴンの顔面を捉え、一撃で粉砕した。
鈍い衝撃が機体全体を駆け抜け、装甲の砕ける嫌な音が連続して響いた。頭部ユニットは抵抗する暇もなく吹き飛び、砕けた金色の金属片と光の残滓が宇宙へ散っていく。あれほど神々しく輝いていた機体の顔は、あまりにもあっけなく消し飛ばされていた。




