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バハムート宇宙を行く  作者: 珈琲ノミマス
お掃除開始。クロの清掃大作戦!

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黄金が動き出す時

 バハムートがアルクシスへ向かう中、不意に通信が入った。映し出されたアリの顔は、いつもの飄々としたものではない。口元に笑みの名残こそあったが、目だけは鋭く張り詰めていた。


「クロ君、聞こえるか」


「ええ、聞こえてますよ。どうしました?」


 軽く聞き返したクロに、アリはわずかに頬を緩めた。張り詰めた空気をほんの一瞬だけ和らげるような、短い笑みだった。


「今、ジュン少佐から聞いた。アルクシスを使った小惑星落としとはね。こちらの予想を、最悪な方向で超えてきた。……すまない」


 そう言って、アリは素直に頭を下げる。


 その階級を思えば、容易にできる仕草ではない。だが、クロは気にした様子もなく、淡々と先を促した。


「大丈夫ですよ。それで、本題は?」


 クロが問い返すと、アリの表情から余分な柔らかさが消えた。先ほどまで残っていた苦みも冗談めいた空気も引き、軍人としての顔が前に出る。


「まず、そちらにはタイソン大佐の部隊を向かわせる。ただし、現状は知っての通り広域展開中でね。包囲網を敷いていた影響で、どうしても到着は遅くなる見込みだ」


 説明とともに宙域図が映し出される。タイソンの指揮下にある各部隊はすでに動き始めていた。だが、広く張られた包囲網が再集結の足を引いており、時間がかかることは一目で分かった。


「そして、黄金の聖神に捕らえられている第一席、第二席の救出と本部強襲については、ジャッジ君たちの部隊と連携して、すぐにでも動く。地上側は心配しなくていい」


「ヨルハやアレクを使ってください。人道的な目的なら、ハンターギルドも文句は言わないでしょう。あとは私がアルクシスを止めれば問題ないですね」


 クロの言葉に、アリは深く頷いた。


「そうだ。これは内戦とはいえ、明確な条約違反だ。危機的状況なのは間違いない。だが、裏を返せば――この内戦を終わらせる好機でもある」


 そう言って、アリは口元に鋭い笑みを浮かべた。


「証拠は揃い始めている。クロ君のおかげで得た情報に、捕らえた非戦派からの証言。さらに、ジャッジ君たちの証言に加え、こちらが掴んでいた革命派側の情報。そして、マルティラ軍政府、非戦派、黄金の聖神の間で裏に交わされていたやり取りの情報も、ジャッジ君から提出してもらっている。現在、それらを精査し、公開の準備を進めさせているところだ」


「それは責任重大ですね」


「その通りだよ。だが、アルクシスさえ阻止できれば、この内戦の流れは変わる」


 アリの声に、確かな熱が宿る。


「終わり次第、情報を一気に流す。そうなれば、マルティラ軍内部で現状に不満を抱えている者たちも、民衆も、こちらに引き込める。武力だけではなく、正当性の面からも一気に流れを変えられる。内戦を終わらせる方向へ、強引にでも押し切れるはずだ」


 淡々とした口調だった。だが、その奥には押し殺した怒りと、勝機を逃さない冷静な意志があった。


 小惑星落としなどという暴挙は、もはや言い逃れできる段階ではない。止めたその瞬間、それは相手の喉元へ突きつける刃へと変わる。


「ようやく終わる。内戦を始めた者として、ようやく一つの責任が取れる」


 その言葉に、クロは静かに返した。


「まだこれからですよ。終わらせたら終わり、ではないですよね?」


「むろんだ」


 アリは即答した。その目には、迷いがなかった。


「この先も命を懸けて責任を負い続ける。少しでもましな未来を築けるよう、償い、若い者たちを支え続けるとも。……だから頼んだよ、クロ君」


「なら、問題ないですね。私としては、アルクシスが貰えるかどうかの方が重要ですけどね」


 その瞬間、アリは目を見開いた。


 ほんの一拍の沈黙。


 次の瞬間、堪えきれなくなったように大きく笑い出した。


「いいとも、いいとも。マルティラⅡに落とされるくらいなら、未来の英雄に差し上げよう」


「英雄になる気はないんですがね」


 アリの言葉に、クロは苦笑を返した。


「では、頼んだよ」


 そう笑いながら告げると、アリは通信を切った。


 映像が消え、静寂が戻る。


「さて、確約は貰えた」


 クロが小さく呟く。


 バハムートは、ゆっくりと進行を緩めた。


 目の前にはアルクシス中継基地があった。その周囲には、黄金に輝く戦艦を中心に、無数のドローンとRFが展開している。さらにその背後では、マルティラ軍のエンブレムを掲げた戦艦群とRF部隊が、まるでバハムートを迎え撃つために待ち構えるように陣形を敷いていた。


「まあ、俺に喧嘩を売ったのなら――これくらいはしてもらわないとな」


 その布陣には、もはや隠すつもりすらなかった。


 アルクシスの背後には巨大なブースターがいくつも接続されており、ここが最後の壁であり、同時に切り札でもあることを隠そうともしていなかった。


 その包囲の中から、一つの影がアルクシスから躍り出た。


 黄金のドラゴンだった。


 全身を覆う装甲は、ただ金色というだけではない。磨き上げられた金属の輝きの奥で、内側から光が脈打つように明滅し、翼は半透明の光刃を幾重にも重ねたように広がっている。鋭く伸びた頭部はドラゴンを思わせる威容を帯び、青く灯る双眸が、宇宙の闇の中で冷たくバハムートを射抜いていた。


 四肢は獣のようにしなやかでありながら、節ごとに組まれた構造は明らかに機械のものだった。神話の竜を機械として再構成したような威容が、そこにはあった。


「クロさん。遅かったですね」


 その声とともに、黄金のドラゴンは両陣営の中心で静止した。


 そして次の瞬間、短い声が響く。


「変形」


 途端に、その姿が変わった。


 一つ一つの装甲が噛み合い、滑り、光を引きながら、新たな姿を組み上げていく。まるで黄金の彫像が自ら形を変え、戦場に降り立つ英雄像へと生まれ変わるかのようだった。


 やがて竜の姿は消え、そこに立っていたのは一機のRF。


 黄金を基調とした重装甲の機体。頭部には鋭い双角と長く伸びる額装甲を備え、青い双眸は人型となってなお鋭さを失わない。胸部中央には蒼い光を宿す円形コアが埋め込まれ、その輝きが周囲の黄金装甲に冷たい光を散らしていた。


 背には、竜の翼をそのまま意匠へ昇華したような大型光翼ユニットが広がっている。


 肩、腕、脚、つま先に至るまで、装甲は鋭く研ぎ澄まされていた。立っているだけで周囲を圧し、神々しいなどという生温い言葉では足りない。あれは戦場に降りた黄金の竜、そのまま人型へと転じた断罪の化身だった。


 そして次の瞬間、その巨体がさらに変化を見せる。


 黄金の機体が光を帯び、外殻が脈打つように輝いたかと思うと、その全身はみるみるうちに膨張し始めた。装甲の密度も威圧感も失わぬまま、まるで最初からそう在るべきだったかのように、大きさを増していく。


 気づけば、その大きさはバハムートに合わせるように引き上げられ、ついには同等の巨体へと至っていた。


「どうです? この世に一つしかないRF、『セイクリッドラゴン』は」


「眩しいだけです。それで、その大きさはどういうことです?」


 淡々と返すクロに、ユウタもまた淡々と答える。


「神の御業ですよ。大きさは自在に操れます。……もっとも、際限なくというわけではありませんがね」


「そうですか。それで、そのアルクシスをどうする気です?」


「落としますよ」


 あまりにもあっさりと、ユウタは言った。人が何人死ぬかなど、最初から計算にも入っていない声音だった。


 そして、わずかに目を細める。


「――止められますか? この軍勢に対し、お前は一機。いえ、それ以前に……お前は間違っている。ハンターの身でありながら、内戦に干渉し過ぎですよ」


 薄く笑いながら言い放つと、セイクリッドラゴンは大きく翼を広げた。


 瞬間、黄金の光が戦場へ解き放たれる。


 その光を浴びて、黄金の聖神の戦艦も、ドローンも、RFも、さらに後方に控えるマルティラ軍の戦艦群と機動兵器までもが、鈍く、そして不気味に輝きを帯びていく。


「大丈夫です。内戦を終わらせてほしいと依頼を受けていますので。これも仕事のうちです」


 クロの声は変わらない。焦りも、怒りも、そこにはなかった。


 だが、ユウタはその返答を聞いて、むしろ愉快そうに口元を吊り上げた。


「なら――倒してしまっても問題ない、ということですね」


 そう言って、セイクリッドラゴンは静かに片腕を持ち上げる。


 その動きには気負いがない。だが、だからこそ異様だった。


 掲げられた腕が前へ振られるのと同時に、周囲を包んでいた艦隊と機体群が一斉に動き出す。


 黄金の聖神の軍勢が前へ出る。


 マルティラ軍もまた、それに呼応するように陣を押し上げる。


 戦場そのものが、ユウタの一挙手一投足に合わせて息を吹き返したようだった。


「精々、足掻いてくださいね」


 愉悦を滲ませたその声が、戦場に静かに響き渡った。

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