置き去りの背と、宇宙の迷い道
クロがそう言うと、すぐに行動へ移った。
ジュンが止める間もなく、バハムートへ駆け上がり、そのまま疑似コックピットへ乗り込む。一応、まだ地上にいるエルデたちへ気を遣ったのだろう。バハムートはゆっくりと浮かび上がり、周囲へ影響のない高度まで上がると、そこから一気に宇宙へ向かって昇っていった。
「クロ! まだ話は済んでない!」
ジュンが怒声を張り上げる。だが、その声が届くことは、もうなかった。ただ空へ虚しく響いて、消えていくだけだった。
「……動くと決めたら早いですね」
少し庇うように、ジャッジがそう言うが、エルデはすぐに首を横へ振った。
「違うっすよ。ただその場の勢いとノリっす。それで色々やらかしてるっすよ」
エルデはにこやかに言ったが、その横でジュンは苦悩するように頭を抱え、天を仰いだ。
そして、その空を見上げているのは、彼女だけではなかった。
(クロ様! 私も共に行きたいです!)
エルデの頭の上にいるクレアもまた、悲しげに瞳を潤ませながら空を見上げていた。だが、今この場にはジャッジたちがいる。声を上げて懇願することもできず、ただ寂しそうに小さく鳴くことしかできなかった。
それに気づいたエルデは、そっと頭の上のクレアを抱きかかえ、その背を優しく撫でながら落ち着かせるように声をかける。
「クレアねぇ、仕方ないっす。それより、こっちも動くっすよ」
そう言われ、天を仰いでいたジュンも溜息を吐きながら頷いた。
「そうですね。間に合わなくなってしまいます」
「何が間に合わないんです?」
セルフィが不思議そうに尋ねると、ジュンは苦笑を浮かべながら答えた。
「クロが動いたのなら、向こうはすぐに終わるかもしれません。最低でも、こちらも救出と制圧を同時に終わらせないと、この計画そのものが失敗します」
そう言うと、ジュンは端末を取り出し、すぐにアリへ通信を始めた。
それを見たジャッジとセルフィも、急いで各方面への連絡に入る。
「クロねぇ。こっちは大慌てっすよ」
「エルデ! のんびりしてないで手伝って」
ジュンの声に、エルデも慌てて準備を始める。
そんな慌ただしい空気の中でも、エルデの腕に抱えられたクレアだけは、なお寂しそうに空を見上げていた。
バハムートは大気圏を抜け、宇宙へ出た。
背後では、ついさっきまでいた星の大気が薄い光の膜のように広がり、その向こうに人工の灯りを抱いたコロニー群が静かに浮かんでいる。地上での慌ただしさが嘘のように、ここには音もなく、ただ果てのない闇と、遠くで瞬く星々だけがあった。
「さて……」
クロは周囲を見回しつつ、端末を操作して視線の先へホロディスプレイを映し出す。展開された宙域図には、マルティラとマルティラⅡ、そして問題の中継基地アルクシスの位置が立体的に表示されていた。航路線や現在地を示す光点も浮かんでいるのだが、それがかえってややこしい。
「……どっちだ?」
ディスプレイをくるくると回しながら確認する。だが、自分が今どの方向を向いていて、どちらへ進めば中継基地へ辿り着けるのかが、いまひとつ掴めない。地上でも迷子になるバハムートは、宇宙へ出るとさらにひどかった。
「……え、待って。あの青い星がマルティラで、……後ろがマルティラⅡだから……あっちか?」
そう呟き、見当をつけて一度進みかける。バハムートの巨体がするりと向きを変え、翼を羽ばたかせて加速しかけた。
だが、ホロディスプレイに映る現在地の光点は、目指す地点とはまったく別の方向へ伸びていく。
「おっと……なら、こっちか?」
慌てて向きを修正する。今度こそと別の方角へ進もうとするが、なぜかまた微妙にずれている。自分では合っているつもりなのに、ディスプレイの中の進路は少しずつ斜めへ流れていく。
二度ほど進路を外し、ようやく正しいルートへ乗ったところで、バハムートははたと気づいた。
「……いや、待て。フードを展開すればスクリーンが出るじゃないか」
ぽつりと呟き、次の瞬間には自分で言っていて少し虚しくなる。
「それに、最初からナビを映せばよかったじゃん。なぜこういう時に使わない、俺……」
あまりにも単純な答えだった。最初から宇宙服モードに切り替え、端末とリンクしたスクリーンにナビを映してしまえばよかったのだ。そうしていれば、どちらへ進むかで迷う余地すらなかった。
「普段まったく使わないからな……」
自嘲気味に呟く。
宇宙へ出る時も、生身のままで活動できるせいで、ワイルズシリーズの機能を使う機会はどうしても少ない。では今まで、その性能をきちんと活用してきたかと言われれば――ほとんど活用していない。
「……パイロットスーツ、買う?」
そこまで考えて、すぐに自分でその案を打ち消した。
「でも、どうせ着ないだろうしな……ゴーグルはいま、ベヒーモスの兜につけてるし。もう一つ買うか……」
必要になった時だけ使うつもりで用意しても、結局はその場で即行動してしまい、放置する未来がはっきり見えた。
「……また今度、考えよう。ヨルハがいれば、迷う事もないしな」
そう結論づけると、バハムートは細かい事をいったん頭の隅へ追いやった。
今は、まずアルクシスだ。余計な事を考えるより、先に依頼を片付ける。そう割り切ると、バハムートは改めて進路を定め、宇宙の闇を裂くように加速していった。




