依頼と報酬
ジャッジからの依頼を受け、クロは静かに空を見上げた。
アルクシス。小惑星落とし。
その言葉だけで、止めなければならない事の重さが嫌でも胸に落ちた。表情には出さないまま思考を巡らせていると、不意に上空から気配が降りてきた。
バハムートの肩へ、ヨルハが戻ってくる。
さらに少し遅れて、エクスフラックもまた、スケイリスターを上部に乗せたまま、ゆっくりと降着してきた。戦いを終えた機体の重量感が、大地へ静かな振動となって伝わる。
「どうです? クロさん」
ジャッジが様子を窺うように声をかける。
クロは視線を戻し、淡々と口を開いた。
「いくつか聞きたいんですが、いいです?」
その問いに、ジャッジは迷いなく頷いた。
「まず、革命派と手を取る気はあります?」
ジャッジは間を置かず、はっきりと答える。
「あります。もはや、対立する要素は少ないです。目指すのは、内戦の終結です」
その声音には、すでに腹を括っている者の強さがあった。
「話し合いで解決できるはずですし、一つにまとまる事も出来ると思っています。これはレオとアストローナ、それに仲間たちの判断でもあります」
言葉を重ねるごとに、その考えが思いつきではなく、すでに内部で共有された意思である事が伝わってくる。
そしてジャッジは、静かに結論を口にした。
「黄金の聖神は解体し、新たな形で出発するべきだと、私は思っています」
クロはその言葉を受け、さらに問いを重ねた。
「それは、組織としてですか? 政治にも首を出すつもりはあります?」
そこは曖昧に出来ない部分だった。信仰を残すのか、組織として再編するのか、それとも権力そのものへ踏み込むのかで、意味は大きく変わる。
ジャッジは少しも迷わず答える。
「新たな神を求め、探します」
その言葉は静かだったが、軽くはなかった。
「黄金の聖神という形を完全に無くすには、あまりにも人々の生活へ深く根付き過ぎています。ですから、私たちは人々の拠り所として活動するつもりです。政治には介入しません。してしまっては、ユウタと同じになりかねませんから」
ただの組織の延命ではない。
だが、全てを切り捨てて空白を作る事もしない。
信仰そのものが人々の生活と結びついてしまっている以上、急に消せば混乱だけが残る。だからこそ、形を変えながら拠り所として残す。その考えが、ジャッジの言葉には滲んでいた。
「新たな神、ですか。なら、ひとつに縋るのではなく、すべてに祈りを捧げたらどうです?」
クロの口から不意に出たその言葉に、セルフィが思わず聞き返す。
「すべて?」
クロは答える代わりに、おもむろに足元へ視線を落とした。
焼けた地面の上に転がっていた小石をひとつ拾い、もう片方の手では砕けた何かの破片をつまみ上げる。戦いの痕跡そのもののような二つを手の中へ載せてから、静かに見せるように持ち上げた。
「例えば、です」
淡々とした声で、クロは言う。
「この石にも神様はいる。この破片にも、風にも、大地にも。すべてに神がいて、見守っている。そういう考え方でもある、という事です。とある国の受け売りですが」
石ころひとつ。
砕けた破片ひとつ。
それらにさえ意味を見出す考え方は、この場にはあまりにも場違いにも思えた。だが、焼けた戦場の真ん中でクロがそれを口にすると、不思議と軽くは聞こえない。
クロは二人へ向けて穏やかな顔を保ったまま、胸の奥でだけ別の事を思う。
(本当に神がいて、人を殲滅する神々もいれば、守るべきだと言う神々もいる。そして何より、俺をこの世界へ産み落とし、傍観する神もいる。……まあ、そんな事は言えないけどな)
その内心は口には出さない。
ただ、手の中の石と破片を見せたまま、二人の反応を待つ。
ジャッジとセルフィは、じっとクロの手の中を見つめていた。
「すべてに、神様がいる……」
セルフィが呟く。
その声は、何かを否定するものではなく、初めて触れた考えをそっと確かめるような響きだった。
「生活の中に、息づいている……」
ジャッジもまた、噛み締めるように続ける。
目に見える大きな奇跡だけを神とするのではなく、足元の石にも、吹き抜ける風にも、日々の営みそのものにも神を見る。
それは、今までの彼らが掲げてきた信仰とはまるで違う。だが、だからこそ壊れかけた今の彼らには、妙に静かに沁み込んでいく考え方にも見えた。
「クロねぇ」
「クロ」
クロが説明を続けていると、クレアを頭に乗せたエルデとジュンがこちらへ近づいてきた。
戦闘が終わって空気が緩み始めたとはいえ、二人とも完全に気を抜いているわけではない。だが、その足取りには、先ほどまでの張り詰めた緊張とは違う、少しだけ落ち着いた色があった。
「お疲れ様です。アレクは?」
クロが尋ねると、エルデはすぐに答える。
「師匠は今、警戒中っす」
そう言って、エルデはエクスフラックの上に立つスケイリスターを指さした。
その黒い機体は、戦闘を終えた後もなお周囲へ目を光らせるように立っている。最後まで役目を切らしていない。
そして、クロの視線に気づいたのか、スケイリスターが軽く手を振る。
それはほんの小さな動きだったが、無事でいると知らせるには十分だった。
「そうですか。それで、アレクが師匠?」
クロが少しだけ首を傾げながら聞き返すと、エルデは待っていましたと言わんばかりに勢いよく頷いた。
「そうっす! すごい動きだったっす! 自分も、ああなりたいっす!」
興奮を隠そうともしない声だった。瞳はきらきらと輝き、先ほどの戦いを思い出しているのか、今にも飛び跳ねそうな勢いがある。
尊敬も憧れも、そのまま言葉になって飛び出しているようだった。
「それで、クロ。どうなりました?」
ジュンが、ジャッジとセルフィを警戒しつつ尋ねる。
その視線を受け、クロの手元を見ていたジャッジたちも姿勢を正し、改めてジュンたちへ向き直った。
「今、依頼内容を伝えさせていただきました。ジュン大尉」
ジャッジがそう言った瞬間、ジュンはぴくりと眉を寄せる。
正体がすでに割れている事。そして、革命派の内部情報まで相手に漏れている事実に、危機感が胸の内で強まる。表情そのものは大きく崩さなかったが、警戒は一段深くなっていた。
「階級は少佐です。でも、今の私はただのジュンです」
きっぱりと否定する声には、余計な情報をこれ以上拾わせないという線引きが滲んでいた。
「そうでしたか。では、ジュンさん。私は黄金の聖神第三席のジャッジ。こちらは第六席のセルフィです」
そう名乗った瞬間、クレアとエルデが即座に反応する。
クレアはセルフィを見るなり低く唸り声を上げ、エルデは勢いよく指を突きつけて大声で叫んだ。
「味方を撃った人っす!」
それも無理はない反応だった。
「ああ、そうなりますよね……」
クロは思わず苦笑を浮かべる。
事情を知らなければ、そう見るしかない。むしろ自然な反応ですらあった。
そうしてクロは、先ほどまでジャッジたちから聞いていた説明を、改めてジュンたちへ話し始める。
アンガーが勝手にセフィレイムを持ち出した事。セルフィ本人にはアリバイがある事。味方撃ちの責任を擦りつけるために機体が使われた事。そして、その裏にある黄金の聖神内部の腐敗と分裂。
淡々と説明していくクロの横で、クレアの唸り声だけは止まらない。セルフィを睨み据えたまま低く喉を鳴らし続けていたが、クロの説明が終わるとようやくそれを止めた。
「それで、クロはどうするんです?」
ジュンが確認するように尋ねる。
するとクロは、驚くほどあっさりと答えた。
「受けますよ。依頼料は……そうですね。小惑星を貰いましょうか」
「は?」
その言葉は、エルデを除く全員の口から漏れた。
あまりにも自然に告げられたせいで、一瞬、何を言われたのか理解が追いつかなかったのだ。
クロは構わず続ける。
「ですから、今落とす予定のアルクシスです。惑星に落とすつもりなら、私が貰っても問題ないですよね」
誰もが言葉を失う。
話の流れ自体は分かる。だが、そこで報酬として小惑星級中継基地そのものを要求する発想が、あまりにも常識の外にあった。
「何を言って……」
セルフィが思わず問い返しかける。
だが、その途中でジュンが口を開いた。
「わかったわ」
あまりにも即答だった。セルフィだけでなく、ジャッジも思わずジュンを見る。
だが、ジュンは平然とした顔のまま続けた。
「私が許可をもぎ取ります。ジャッジさん、貴方方もいらないでしょ」
「……いりませんが、その、どうされる気です?」
ジャッジはさすがに困惑を隠せないまま尋ねる。
クロはそんな視線を受けても、表情ひとつ変えなかった。
「どうもしませんよ。有効活用するだけです」
さらりと返されたその言葉が、逆に恐ろしい。
小惑星級の中継基地を前にして「有効活用」と言い切れる時点で、もう感覚が違うのだと全員が理解するしかなかった。
そしてクロは、そのまま話を次へ進める。
「そうと決まれば、行動を開始しましょうか」
くるりとジュンの方へ向き直り、淡々と指示を出していく。
「ジュンはアリ中将に連絡を。ジャッジさんたちに協力して、本部を制圧してください。ヨルハとアレクは、その手伝いを。二人のサポートはエルデ。指揮はジュンがしてください」
戦いの余韻がまだ残る戦場で、クロの声だけが不思議なほど落ち着いて響いていた。




