奇跡の始まりと、止める理由
「まず確認しますが、なぜユウタを止めてほしいと? 貴方たちにとって、神ではないんですか」
クロの問いは静かだった。だが、その静けさゆえに、核心を真っ直ぐ突く重さがあった。
ジャッジはすぐには答えず、ほんのわずかに目を細める。そこに浮かんだのは怒りでも反発でもなく、遠い過去を思い返すような色だった。
「神……確かに、最初はそう信じていました」
その声には、否定し切れない懐かしさが滲んでいた。
「私たち孤児院の仲間は、ユウタの力に奇跡を感じたんです。そして、その力でこの世界をよく出来ると信じて、革命派に入り、軍に入隊しました」
語る口調は穏やかだった。だが、それは決して軽い思い出話ではない。何も持たなかった者たちが、たったひとつ差し出された光に救いを見てしまった。その頃の熱と純粋さが、その言葉にはまだ残っていた。
ジャッジの横で、セルフィもまた、抱えていた自分の身体からそっと手を離す。
代わりに、肩へ添えられていたジャッジの手へ、自分の指先を静かに重ねた。その仕草には、支えられるだけではなく、自分もまた同じ記憶を共有しているのだという意思が感じられた。
「この力があれば、私たちの少ないお金でもプラモデルを買って戦えましたし、そのうち支援してくれる人も増えていきました」
セルフィの声は、ジャッジよりも少し柔らかい。けれど、そこに込められている感情は同じだった。
何も持たない孤児たちにとって、戦う手段を持てるという事は、それだけで奇跡だったのだろう。買えなかったはずの物が買えるようになり、手が届かなかったはずの力が自分たちの側へ来る。その積み重ねが、やがて信仰へ変わっていった。
ジャッジがその言葉を引き継ぐように口を開く。
「それが、黄金の聖神の始まりです」
その一言には、長い年月の重みがあった。
「14人の孤児院の仲間たちと、それを支えてくれた人々。ユウタの力が人目に触れていくうちに、やがて神と呼ばれるようになりました。そして、私たち13人は席持ちと呼ばれ始めたんです」
神と呼ばれたひとり。席持ちと呼ばれた13人。
それは最初から大仰な組織だったわけではない。ただ、救われたと思った者たちがその奇跡を信じ、周囲もまたそこへ意味を見出した結果として、少しずつ形になっていったのだろう。
「ですが、組織が大きくなるにつれて、私たちは革命派に巣食うアウトローたちから、この内戦そのものが仕組まれていたものだと知らされました」
ジャッジの声音は静かだった。だが、そこには当時の衝撃が今も沈んでいるようだった。
「それを正すため、私たちは革命派から離脱したんです」
理想を守るための離脱だったのだろう。
間違ったものに与するのではなく、自分たちの信じた正しさを貫こうとした。その選択自体は、きっと間違ってはいなかった。
だが。
「そして、勢力を拡大していくにつれ……変わってしまった」
セルフィが悲しげに呟く。
その声には怒りよりも、失ったものへの痛みが強く滲んでいた。かつて信じていたものが、少しずつ別の何かへ変わっていくのを見続けてきた者の声だった。
「私たちの仲間は、お金に、女に、男に溺れ始め、腐敗していきました。レオとアストローナが何度もユウタへ止めるよう言ったんですが……」
そこでセルフィは言葉を切る。
言い淀んだというより、その先を口にする事自体が苦いのだと分かる間だった。
クロはその名前を拾うように問い返す。
「その二人は?」
「第一席のレオと、第二席のアストローナです」
席持ちの中でも最上位に位置する二人。
その名がここで出るだけでも、この話が単なる内部の不満では済まない事が分かる。
「二人は何度も止めようと苦言を呈してきました。ですが、結果として投獄されてしまいました」
淡々とした説明だった。だが、その事実はあまりにも重い。
腐敗を止めようとした者が封じられ、逆に権力の側へ逆らった者として消される。組織の歪みは、もはや一部の暴走などではなく、構造そのものへ食い込んでいるのだと知れる言葉だった。
ジャッジはさらに続ける。
「その他にも、異議を唱えていた席持ちは、声の届かない場所へ配置されました」
その表現は遠回しだった。だが、だからこそ余計に冷たかった。
ただ意見が通らなかったのではない。届かないようにされたのだ。遠ざけられ、隔離され、組織の中枢から意図的に排除された。そのやり方自体が、すでに信仰でも革命でもなく、ただの支配に変わっている。
クロは黙って二人の話を聞いていた。
始まりは奇跡だったのかもしれない。
だが、大きくなった組織は、結局その奇跡すら飲み込み、欲望と腐敗の器へ変わってしまった。
「どうにか出来ないかと、私とセルフィは密かに動いていました」
ジャッジはそう言って、いったん言葉を整える。
「表向きにはあの二人を非難しつつ、水面下では手を回して、遠くへ配置された席持ちたちと連絡を取り、仲間を集めていたんです。投獄されている二人とも、秘密裏にやり取りを続けていました」
その声音には、長く張り詰めた緊張が滲んでいた。
表では従っているように見せながら、裏では少しずつ手を伸ばし、味方を繋ぎ、反撃の糸口を探る。見つかれば終わりの綱渡りを、ずっと続けてきたのだと分かる言い方だった。
そして、ジャッジはセルフィの手をぎゅっと握る。
「そんな時に、クロさん。貴方が来た」
その一言には、偶然を越えた転機を見た者の重みがあった。
「初めは期待などしていませんでした」
ジャッジは苦く笑うように続ける。
「今までの監査は、ただ宇宙から眺めるだけで、すぐに帰っていきました。ですから、今回も同じものだろうと」
見に来るだけ。
確認するだけ。
そして何も変えずに去っていく。
それが“監査”というものだと、もう諦めていたのだろう。
だが。
「だけど、クロさんは動いた」
ジャッジの言葉に、セルフィが静かに重ねる。
その言い方には、今でも信じ切れていないような驚きが残っていた。
「腐敗していた革命軍を壊し、革命派の内部が変わっていった。その影響は、この星系にとって本当に大きな衝撃でした」
セルフィの瞳には、あの時に見た変化がまだ焼き付いているようだった。
外から見れば、ひとつの勢力が崩れただけに見えるのかもしれない。だが、中にいた者にとっては違う。ずっと動かないと思っていた腐った部分が、本当に壊れた。その事実そのものが、停滞していた空気を根底から揺さぶったのだろう。
セルフィはさらに続ける。
「内戦の大元になっていた部分が消えた事で、ユウタや非戦、それにマルティラ軍も混乱しました。このままでは、今までのように甘い汁が吸えないと気づいたんです」
その言い方は、あまりにも率直だった。
理想でも大義でもない。ただ、そこに寄生して利益を得ていた者たちが、自分たちの足場を失い始めた。その事実が、組織の内側にいた二人にははっきり見えていたのだろう。
クロが壊したのは、ひとつの部隊や勢力だけではない。
この星系で当たり前のように続いていた腐敗の流れそのものに、クロは強引に楔を打ち込んでいた。
「ユウタや、その取り巻きである席持ちは今、宇宙にいます」
ジャッジはそう言うと端末を操作し、宙域図を空中へ映し出す。
立体的に展開された宙域図には、星系内の主要拠点と航路、そして現在動いている艦隊の位置関係が示されていた。戦場の話から一気に視点が宇宙規模へ引き上げられ、その依頼が個人を止めるだけでは終わらないものだと、嫌でも伝わってくる。
「クロさんたちがご存じかは分かりませんが、今、小惑星級の中継基地『アルクシス』が、マルティラⅡの近くまで運ばれています」
その名が出た瞬間、宙域図の一角が強調表示される。
アリたちからの情報と同じ巨大な質量を持つ移動拠点。その位置は、ただ存在しているだけで周囲へ圧力を与えるには十分な場所だった。
ジャッジは、その表示を見つめたまま続ける。
「ユウタは、それを落とす気でいます。目標はトゥトリです」
静かな説明だった。だが、その内容は穏やかではない。
小惑星級の中継基地を落とす。
それは攻撃というより、もはや災害を意図的に起こすに等しい話だった。
クロはわずかに眉を寄せる。
「しかし、あれはマルティラ軍が運んでますよ」
それは当然の疑問だった。
少なくとも外から見れば、アルクシスはマルティラ軍の管理下で運ばれているようにしか見えない。ならば、それを利用した攻撃が成立するのかという違和感がある。
だが、ジャッジはその疑問をすぐに否定する。
「それは見せかけです。マルティラ軍とユウタと非戦は手を結んでいます」
言い切る声音に迷いはなかった。
「アルクシスを偽の攻撃で進路変更するように見せ、マルティラⅡへ落下させる。その混乱に乗じてマルティラ軍が降下する。そして、そのままトゥキョウ基地を制圧し、革命派を瓦解させ、内戦を継続するつもりです」
ジャッジの説明は簡潔だった。だが、簡潔だからこそ、その内容の不気味さが際立つ。
表では軍の移動。
裏では基地制圧。
そして、そのさらに先で疎開地であるトゥトリを狙う。
幾重にも偽装を重ねたそのやり口には、単純な武力衝突では済まない悪質さが滲んでいた。
「簡単に纏めると、ユウタたちを止めて、小惑星の落下を防ぐ。そういう事でいいですかね?」
クロの確認に、ジャッジは深く頷いた。
「はい。それが、私たちの依頼です」




