灰の戦場で交わされる依頼
残骸すら消し飛んだ戦場へ、バハムートとミカリエス、そしてセフィレイムが降り立つ。
黒く抉れた地面には、先ほどまで激突していた無数の機体や戦艦の名残すらほとんど残っていない。ただ、焼けた空気と薄く漂う焦げた匂いだけが、先ほどまでここでクロたちが戦っていたことを、生々しく示していた。
バハムートが直立したまま静かに着地したのに対し、ミカリエスとセフィレイムは片膝をつくように降着姿勢を取り、そのまま機体を沈めた。戦闘態勢を解いたとはいえ、そこにはなお席持ちとしての威厳と緊張が残っている。
ほどなくしてコックピットが開いた。
ジャッジはミカリエスの頭部から、セルフィはセフィレイムの胸部上面から、それぞれワイヤーを使って地上へ降りてくる。二人とも無駄のない動きだったが、その足取りには戦いを終えた者特有の重さが滲んでいた。
クロはそんな二人とは違い、いつも通りに疑似コックピットから飛び降りる。
小柄な身体がふわりと宙を舞い、そのまま軽やかに着地する。まるで今しがたまで、あの圧倒的な戦いの中心にいたとは思えないほど自然な動きだった。
そうして、戦場の真ん中に三人が揃う。
焼けた大地の上。消し飛んだ残骸の痕跡だけが広がる空間に、奇妙な静けさが落ちていた。
「さて、力は示し終えたところで、依頼を伺おうと思うんですが、その前に」
クロは淡々と語りかける。
声は静かだった。威圧するでもなく、責め立てるでもない。だが、その場の主導権が完全にクロの側にあることだけは、誰の目にも明らかだった。
そしてクロは、セフィレイムから降りてきたセルフィへ視線を向ける。
「貴方に聞きたいことがあります」
その言葉を受け、セルフィは一瞬だけ黙った後、静かにヘルメットを収納した。
空気の抜ける小さな音と共にヘルメットが折りたたまれ、隠れていた顔が露わになる。
クロより少し年上の女性に見えた。
白に近い銀の髪を肩にかかる程度で切りそろえている。整った顔立ちではあるが、華やかさよりも、どこか幸の薄さを思わせる印象が先に立つ。張り詰めた空気の中に立っているのに、その表情には戦士らしい鋭さと同時に、拭い切れない疲れのようなものが滲んでいた。
クロは端末を取り出すと、手慣れた動きで操作し、空中へホロディスプレイを映し出した。
そこに流れたのは、セフィレイムが損壊した味方艦へ砲撃を加え、そのまま破壊し、撤退していく映像だった。
「この映像の通りです。なぜ味方を撃ったんです? あの艦には、貴方たちの味方が乗っていたはずです」
静かな問いだった。だが、映像を突きつけた上でのその言葉には、逃げ道を塞ぐだけの重みがあった。
その瞬間、セルフィは一度だけ顔を伏せた。
ほんのわずかな間だった。だが、その沈黙には迷いも痛みも詰まっていた。
それでも、すぐに顔を上げる。
逃げることなく、まっすぐクロを見つめ返し、セルフィは口を開いた。
「その場にいたんですね。信じてもらえないかもしれませんが、あの時、私は……セフィレイムに乗っていないんです」
「……乗っていない?」
クロは訝しむように聞き返す。
その返答は、あまりにも予想外だった。
「言い逃れに聞こえるのはもっともです。ですが、本当の事です」
セルフィの声は震えていなかった。苦しさを抱えたまま、それでも嘘ではないと伝えようとする強さがあった。
「私が証人です」
その言葉を継いだのはジャッジだった。
ジャッジは端末を取り出し、自身もホロディスプレイを起動させる。
そこへ映し出されたのは、先ほどまでの戦場の映像とはまるで正反対の光景だった。
ジャッジとセルフィが孤児院を訪問し、多くの子供たちに囲まれながら笑顔を見せている映像。無邪気にまとわりつく子供たちに、二人が穏やかに応じている様子が記録されていた。
そして、その映像の壁面に表示されていた日付と時刻は、クロが示した映像の日にちと時刻に一致していた。
「この時刻は宇宙統一時間です。クロさんの映像も、そうですよね」
ジャッジが確認するように言う。
クロはホロディスプレイへ視線を向けたまま、小さく頷いた。
「ええ。証拠保全の観点から、そうしてます」
それはつまり、少なくとも時刻の上では、二つの映像が同時刻を示しているという事だった。
味方艦を撃ったセフィレイムの映像。孤児院にいたセルフィの映像。どちらかが偽装されていない限り、セルフィの言葉は、もはやただの言い逃れでは済まなくなる。
「では、誰が?」
クロの問いに、セルフィはわずかに唇を引き結び、それでもはっきりと答えた。
「……アンガーです」
「ああ」
クロは思わず小さく呟く。
脳裏に浮かんだのは、自分の胸ぐらを掴んできた、あの筋肉質な青年の姿だった。力任せで、感情のままに動きそうな印象が強かった男だ。名前を聞いた瞬間、点と点が妙に繋がってしまう。
「……なぜでしょうね。妙に納得してしまいますね」
クロは少しだけ苦笑を交えて言う。
その反応に、ジャッジはどこか困ったように眉を寄せた。否定したいわけではない。だが、そう言われてしまうだけの理由が確かにあると認めざるを得ない、そんな顔だった。
「その時、本来は私とアンガーが孤児院へ行く予定でした」
ジャッジは静かに続ける。
「ですが、アンガーがそれを拒否しました。代わりに、セルフィが選ばれたんです」
その言葉に、クロはすぐに次を読む。
「という事は、勝手にセフィレイムを持ち出したと?」
「はい」
ジャッジは迷いなく頷いた。
その返答は短かったが、だからこそ重い。席持ちの機体が、正式な手順もなく持ち出され、味方を撃った。その事実が意味するものは、あまりにも大きい。
「理由としては、ユウタ様の為。それだけでした」
そう告げたジャッジの声には、怒りも諦めも、どちらも混じっていた。
理屈ではない。ただひたすら、ユウタという存在を最優先した結果として、アンガーは独断で動いたのだと分かる言い方だった。
クロはその言葉を聞き、わずかに目を細める。
味方を撃った理由としては、あまりにも身勝手だった。だが同時に、この場にいる誰もが、その名だけで納得してしまうだけの歪さもまた感じていた。
「正直、ぞっとしました。味方を撃ったことを自慢するアンガーに。背信者を退治した、と。そう言っていました」
セルフィはそう言うと、自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
思い出すだけでも嫌悪が込み上げるのだろう。声そのものは崩れていないのに、その仕草には怯えと生理的な拒絶がはっきりと滲んでいた。
そんなセルフィを落ち着かせるように、ジャッジがそっと肩へ手を当てる。
無理に言葉を挟むのではなく、ただそこにいると示すような静かな仕草だった。
クロは二人を見つめたまま、疑問をそのまま口にする。
「……正直、疑問ですが。なぜ、そんな行動を?」
ジャッジは一度だけ目を伏せ、それから静かに答えた。
「私たち席持ちの中で、背信者とはスパイを意味します」
その説明を受け、クロは小さく頷く。
「では、そのスパイを消すために、多くの犠牲を払ったと」
確認するようなその言葉に、ジャッジは重く頷いた。
「はい」
短い返答だった。だが、その一言に含まれる意味は、あまりにも重い。
味方艦を撃ち、多くの人間を巻き込み、それでもなお目的のために必要だったと言い切る。その発想自体が、クロにはひどく歪んで見えた。
だからこそ、次の言葉は自然と冷たくなる。
「味方撃ちの責任を自分で負いたくなかった。だから、セフィレイムを使って行った。そういう理解でいいですかね」
「はい、そうです」
ジャッジは否定しなかった。
その声音には、かばう余地も擁護する意思もない。ただ事実として認めるしかない苦さだけがあった。
セルフィもまた、唇をきつく結びながら続ける。
「アンガーは、セルフィ以外の者にはその事を自慢げに話していましたから。もちろん、私にも」
ジャッジの言葉は吐き捨てるというほど強くはない。だが、その声音には明確な嫌悪が滲んでいた。
「私は、裏切られた」
その一言を絞り出すように零したのは、セルフィだった。
背信者を排除した英雄気取りで語る姿が、セルフィにはどうしても許せなかったのだろう。自分が乗ってもいない機体の名を使い、味方を殺した行為すら誇る。その異常さを思えば、ぞっとしたという言葉では到底足りない。
クロは二人の表情を見つめた後、静かに息を吐いた。
「なるほど。なら、この話はこの辺でいいでしょう」
そこで一度言葉を切り、視線を真っ直ぐジャッジへ向ける。
「本題に入りましょう。依頼内容を聞かせてください」
その切り替えは淡々としていた。だが、もう十分に事情は把握したという意思も、そこにははっきりとあった。
ジャッジもまた、小さく頷いて応じる。
「そうですね」
短く息を整えた後、ジャッジは依頼の核心を口にした。
「依頼内容は、ユウタの悪行を止めてほしい、というものです」
その一言だけで、この話が単なる内部抗争では終わらないと分かった。
ジャッジはさらに続けた。
「その間に、私たちは腐った信仰を新たにするため、異議を唱えたために捕らわれている第一席、第二席を救出します。そして、賛同してくれている残りの席持ちと共に、本部を占拠するつもりです」
静かな声だった。だが、その内容はあまりにも重い。
ユウタを止める事。
第一席と第二席の救出。
そして席持ちをまとめ、本部を占拠する事。
それはつまり、黄金の聖神そのものを内側から作り変えるという宣言だった。単に敵を倒して終わる話ではない。
戦場に残る熱がまだ完全には冷えていない中で、その依頼だけが別種の重さを帯びて、静かにクロの前へ差し出されていた。




