静まる前線の奥で
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トゥドウ地区へ差しかかると、今までとは明らかに地上の風景が変わっていった。
都市部そのものには致命的な被害はないようにも見える。だが、それはあくまで上空から俯瞰した印象にすぎなかった。実際には、あちこちで建物が崩れ、黒い煙が立ち上っている。地上を行き交う人影も車両も少なく、街全体から生気が抜け落ちているように見えた。
都市の外周へ目を向ければ、その異様さはさらに際立つ。着弾したビームが地表を焼いた跡が幾筋も走り、破壊されたまま放置された戦艦や機体の残骸が、無残な姿を晒していた。砕けた装甲板、ねじ曲がった砲身、抉り取られた地面。戦闘が終わった後の静けさだけが広がっていて、それがかえって傷跡の生々しさを強くしている。
「静かすぎますね」
だが、バハムートは地上を見つめたまま、静かにそれを否定した。
「逆だ。争いとは本来こういうものだ。生活は壊れ、日常は消える」
そう言い残し、バハムートはさらに前方へ視線を向ける。
都市を過ぎるにつれ、目の前には残骸がさらに増えていった。戦場の名残は、まだ終わっていないとでも言うように、進む先の景色を埋め尽くしていく。大地は焦げ、草木はなく、砕けた機体の外殻が光を鈍く返す。破断した艦の一部が地表へ半ば突き刺さったまま放置されている様子は、戦いがどれほど苛烈だったかを無言のまま語っていた。
『クロ。少しいいですか』
その時、ジュンから通信が入る。
「どうした?」
『前線の様子がおかしい。確認するので、少し止まります』
「わかった」
短く答えると、前を進んでいたエクスフラックがゆっくりと減速した。背後を追っていたバハムートも翼を一度だけ大きく羽ばたかせ、空間を掴むようにしてその場へ留まる。巨大な影が静かに空で静止する光景は、それだけで圧倒的だったが、今は誰もそこへ意識を向けてはいなかった。視線の先にある前線の異変が、それ以上に気を引いていたからだ。
駆動音と、遠くに漂う煙だけが、その場の空気を細く震わせていた。動きが止まったことで、かえって周囲の異様さが際立つ。戦場の痕跡だけがじわじわと存在感を増していき、何かが起きている事だけは分かるのに、それが何なのかまでは見えない。そんな落ち着かない間が流れた後、再びジュンから通信が入った。
『クロ。原因がわかりました』
「何があった?」
『現在、黄金の聖神側から一時停戦の申し出がありました。こちらも消耗が激しかったらしく、それを受け入れたようです』
報告を聞き、バハムートはわずかに目を細める。
前線が不自然に静まっていたのは、戦闘が終わったからではない。あくまで一時的に止まっただけだ。
そして、ジュンがその理由を告げる。
『クロ。相手は――ジャッジは、貴方を待っています』
その一言で、停戦の意味が変わる。
ただ消耗が激しく、戦いを止めたのではない。向こうは時間を稼ぎ、場を整え、その上で待っている。誰をかは明白だった。
バハムートは静かに前を見据える。怒りも驚きもない。ただ、ようやく焦点が合ったように、その金色の瞳がわずかに鋭さを増した。
そして、前を行くエクスフラックが再び動き始める。
それに合わせるように、バハムートも翼を広げた。止まっていた空気が再び動き出し、重く沈んでいた戦場の上を、二つの影が前線へ向かって進んでいく。
「待っているか」
『ええ。大部隊に加えて、席持ちが二人います』
ジュンがそう告げた直後、エルデから前方マップのデータが送られてくる。展開されたホロディスプレイには、敵戦力の配置が明確に映し出されていた。
『クロねぇ。歓迎してくれてるみたいっすけど、数は本気っす』
緊張した面持ちでそう言うエルデに、バハムートは静かに頷いた。
「エクスフラックはここで停止。アレクはコンテナBで待機。一戦あると思った方がいいな」
戦場の空気を読み切った上での指示だった。待っている以上、向こうは最初から交戦を前提にしている。ならば、こちらもそれに合わせるしかない。
「バハムート様。私がエクスフラックの護衛に入りますか?」
ヨルハがすぐに提案する。だが、バハムートは首を横に振った。
「ヨルハはヤバくなった時だけでいい。それまではアレクに任せる。できるな、アレク」
その言葉に、アレクは表情を引き締めた。冗談めいた空気は消え、そこにいるのは実戦の場に立つ男の顔だった。
そして胸に拳を叩きつけ、力強く答える。
『任せて下さい。期待には応えてみせます』
「遠慮はいらない。やっちゃえ、アレク。ジュン、戦闘が始まったらすぐにカタパルトを射出。エクスフラックは下がってサポートに回れ」
『わかりました。ですが、ただサポートに回る気はありません。私も、やれる事はやります』
ジュンの返答には迷いがなかった。後方支援に徹するにしても、ただ守られるだけで終わる気はない。その意志がはっきりと滲んでいる。
『クロねぇ。自分もやるっすよ!』
ジュンの言葉に気圧されたように、エルデも勢いよく声を上げた。ホロディスプレイの向こうでぐっと親指を立て、やる気を隠そうともしない。
その気負いすら、今は悪くないとバハムートは思ったのかもしれない。わずかに口元を緩め、次の指示を出す。
「頼もしいな。ヨルハは状況を見て動いてくれ。エルデ、ヨルハには逐一戦況報告を」
『わかったっす。よろしくっす、クレアねぇ』
エルデの声に、ヨルハは短く応じた。
指示がひと通り行き渡ると、エクスフラックは静かに進路を譲るように機首をずらした。次の瞬間、バハムートが翼を大きく羽ばたかせ、一気に前へ出る。巨体でありながら、その加速は鋭い。空間そのものを押しのけるように、漆黒の影が戦場へ向かって真っ直ぐ伸びていく。
その前方には、すでに展開を終えた大部隊が待ち構えていた。
隊列の中央付近には、黄金に輝くRFが二機。戦場の只中にありながら、その姿だけは妙に整い、異様なまでの存在感を放っている。
「バハムート様、セフィレイムです。それと……」
ヨルハが低く告げる。
「あれがジャッジの機体か」
バハムートは目を細めた。
ひとつは、見慣れた黄金の威容を纏うセフィレイム。もうひとつは、これまで見た事のない機体だった。こちらもまた金色に輝いている。だが、ただ豪奢なだけではない。美しく広がる翼を持ち、その姿には神聖さと威圧感が同居していた。飾り立てているようでいて、一目でただの見かけ倒しではないと分かる。戦うために磨き上げられた、美しい刃のような機体だった。
『あれがジャッジの搭乗機、ミカリエスです』
その名が告げられた瞬間、バハムートの視線がわずかに細まる。前線に張りついていた緊張が、さらに一段深く沈んだ。




