用意できない
お休みをいただき、ありがとうございました。
本日より更新を再開いたします。
ストーリーズが面白くて、卵の選別に夢中になってしまいました。
また、おかげさまで20万ユニークを達成いたしました。
これもひとえに、読んでくださる皆さまのおかげです。
これからもクロの物語を紡いでまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
「いきなり小型高速戦艦を用意しろと言われても……」
ジュンは額に手を当て、心底困ったように息を漏らした。抑えた口調ではあったが、その声には隠しきれない呆れが滲んでいる。戦艦というだけでも簡単な話ではない。それなのに、さらに小型、高速と条件を重ね、その上で当然のように用意できる前提で言われたのだ。頭が痛くならないはずがなかった。
しかも、その無茶ぶりを平然と口にした当のクロは、いまだエルデにゆさゆさと揺られている。体が前後に揺れるたび、黒髪が肩をさらりと滑り落ちる。それでも本人は大して気にした様子もなく、普段通りの落ち着いた顔をしていた。その飄々とした態度が、かえってジュンの神経を逆撫でしていた。
クロは自分を揺らすエルデの手にそっと手を重ね、宥めるように、頼むように言葉を向ける。
「エルデ。そろそろやめて下さい。後のお楽しみにして、話を進めましょう」
「でもっす」
唇を尖らせた返事には、未練がこれでもかと滲んでいた。揺らしていた手そのものは止まったものの、エルデの全身からは、まったく納得していない空気がありありと伝わってくる。そのあまりに子供っぽい反応に、ジュンは小さく息を吐いた。元気なのはいい。だが、その元気を今ここで使うのは完全に方向が間違っている。
アレクもまた、どうしたものかと口を挟むべきか迷っていた。そんな空気の中、そのやり取りを見ていたクレアが、やれやれと言いたげに伏せていた身体を起こす。黒い小さな身体にぴんと緊張が走り、次の瞬間には、テーブルの上からしなやかに跳んでいた。
黒い影のように宙を切り、クレアはエルデの頭の上へぴたりと着地する。見事な跳躍だった。だが、それで終わらないのがクレアである。着地の勢いをそのまま乗せるように、前足を小刻みに、しかし容赦なく連打し始めた。見た目は可愛らしくても、やっていることは完全に制裁だった。小さい前足が、遠慮なく頭頂部を叩いていく。
「エルデ。いい加減にしなさい。クロ様が秘密といったら秘密なんです」
叱責の声は小さな身体に似合わず、妙に迫力があった。普段なら愛らしく見えるその姿も、今この瞬間ばかりは完全に説教役である。クロの言葉を軽く扱わせない、クレアらしい厳しさがそこにはあった。
「痛いっす! わかったっすよ! クレアねぇ! わかったっすから」
エルデは慌てて頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。さっきまでの勢いはどこへやら、今度は本気で涙目になっている。さすがに効いたらしい。軽口を叩く余裕も吹き飛び、降参の言葉がぽんぽんと飛び出した。
「初めからそうしなさい」
妹を叱るような口調で言い切ると、クレアはふんと小さく鼻を鳴らした。だが、最後まで抜かりがない。頭の上から退く瞬間、わざと後ろ足に力を込めて踏み切りを強める。ぐっ、と嫌な重みが一瞬だけ乗ったらしい。
「うげっ」
情けない声と共に、エルデが後ろへ倒れ込む音が響く。その反応さえ計算に入っていたかのように、クレアは空中でくるりと身を捻り、何事もなかったような顔でテーブルへ戻った。小さな爪が硬質な天板を軽く鳴らし、その着地は妙に鮮やかだった。
「エルデ、そういう事ですので」
クロに促され、エルデは頭をさすりながらしぶしぶ席へ戻る。そのまま力が抜けたようにテーブルへ突っ伏し、不満と痛みを無言で訴えるように頬を押しつけた。
それを見つつも、クロは笑みを浮かべつつ話を前へ進める。
「それで、用意は出来ますよね」
無邪気なのか、容赦がないのか。おそらく、その両方なのだろう。ジュンは額に当てていた手をゆっくりと下ろし、改めてクロを見据えた。その視線には困惑も疲労も滲んでいたが、それ以上に、軍に身を置いてきた者として譲れない線引きがあった。
「用意しろと言われても、軍の戦艦は使えません」
きっぱりと、迷いなく言い切る。
それは単なる断りの言葉ではなかった。ただ出来ないと言っているのではない。そこには軍の立場と、個人の裁量ではどうにもならない現実が、はっきりと滲んでいた。
「今の私は、少佐としてではなく、クロの仲間として動いています。そしてクロはハンターです。立場を考えても、軍の戦艦を動かすわけにはいきません」
言葉を重ねるようにして、ジュンはさらに現実を突きつける。その声音は冷静だったが、だからこそ余地のなさが伝わってきた。
「それは……少し困りましたね」
クロは頬をかきながら、小さくそう漏らした。思い描いていた行動が、思っていた以上にはっきりと断られ、表情には出さないまま、ほんのわずかに考え込む。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、会議室は静まり返った。




