抜け道の提案
無理なものは無理だと告げられた。だからといって、すぐに別の案が出るわけでもない。誰もが次の一手を探しあぐねる中、会議室には沈黙だけがじわりと広がっていく。
その重さを切り裂くように、ひとつの声が上がった。
「社長」
アレクが、ゆっくりと片手を上げた。
クロは視線だけで先を促すように頷く。アレクもまた短く頷き返し、一度姿勢を正してからジュンへ向き直った。
「ジュン少佐。初めまして、アレクです。元ハンターで、今は社長のサポートをしてます」
初対面らしく、きちんと礼を尽くした挨拶だった。だが、そこに過剰なへりくだりはない。その振る舞いに、クロはくすりと笑った。初めて会った時の、挨拶にもならない無礼な態度をふと思い出す。あの時から比べれば、ずいぶん変わったものだ。
(最初からこういう態度だったら、もっと話は早かったんですけどね。……でも、それだと雇う事もなかったか)
「ジュン・リューです。今は少佐は無しでお願いします。それと、敬語はいりません」
ジュンは即座にそう返した。軍の肩書きを今この場に持ち込むつもりはないという意思表示でもあり、同時に無駄な距離を詰めるための言葉でもあった。
それを聞いたアレクは、少しだけ肩の力を抜くように姿勢を崩す。空気がほんのわずかに和らいだのを確かめるように、一拍置いてから口を開いた。
「なら、失礼して。要するに、軍用でなければいいってことだよな?」
「はい。そうですが?」
ジュンは不思議そうに目を向けながらも、素直に答える。問いの意図を測りかねているのか、返事の後にわずかに間が空いた。
だが、そのままジュンは少し考え、先回りするようにひとつ釘を刺す。
「ちなみにですが、市販品を購入するのは無理です。すぐに用意できるものではないですし」
現実的な制約を、あらかじめ潰しておくための言葉だった。話が変に膨らむ前に、無理な線を先に引いておく。だが、アレクは軽く手を振り、大丈夫だと示した。
「それは、分かってる」
アレクは少し笑いながらそう言うと、指先でテーブルを軽く、とんとんと叩いた。その音は小さいのに妙に耳に残り、彼が頭の中で条件を整理している事を感じさせた。
軍用では駄目。市販品を新たに買うのも現実的ではない。ならば、使える余地があるのはこの場所――企業区画だ。アレクの目がわずかに細まり、その思考が形になっていく。
「軍用でもなければいい。なら、ここで今、完成してる戦艦はないか?」
静かに投げられたその一言に、場の空気がぴたりと止まる。
アレクは構わず続けた。
「試験運用中の艦でも、引き渡し前の艦でもいい。社長の要望に合う物はないか。試作艦でも構わない」
それは無茶を言っているようでいて、先ほどまでのクロの要求よりは、ずっと現実の地面を踏んだ提案だった。完成はしているが、まだ正式にどこにも組み込まれていない艦。そこに抜け道があるのではないかと、アレクは真っ直ぐに突いていた。
その意図に応えるように、ジュンは端末をテーブルへ置いた。反応した端末から淡い光が立ち上がり、空中にホロディスプレイが浮かび上がる。
「確認します」
そう言うと、ジュンはすぐにデータを漁り始めた。指先が滑るたび、幾つもの情報窓が静かに切り替わっていく。先ほどまでの停滞が嘘のように、場がわずかに動き始めた。
「アレク。ありがとうございます」
クロが礼を言うと、アレクは首を横に振る。
「いえ。もしかしたらと思っただけです。ない可能性もありますので」
そう謙遜するアレクに、クロは少し意地悪そうな笑みを浮かべた。黒い瞳が細まり、からかいの色がわずかに滲む。
「もしかして、また何かやらかす気でした?」
さらりと投げられた一言だった。だが、その威力は十分だった。
次の瞬間、ジュンの鋭い視線がアレクへ突き刺さる。作業の手は止めていないのに、空気だけがぴたりと冷えた。その変化を真正面から浴びたアレクは、慌てて両手を軽く上げる。
「いやいやいや! もうしませんし、出来ませんって」
「そうでしたね。呪いで縛ってましたね」
「社長!」
呪いという言葉が出た瞬間、アレクは椅子を鳴らしそうな勢いで立ち上がった。そのまま身を乗り出し、慌ててクロの口を塞ごうとする。顔には焦りがありありと浮かんでいて、普段の落ち着きがきれいに吹き飛んでいた。
その様子を、テーブルに突っ伏したまま見ていたエルデが、にやにやと口元を緩める。
「アレクさん。クロねぇは正体をばらしてるっす。大丈夫っすよ」
気の抜けたような声だったが、その一言で場の視線が一気にアレクへ集まった。
アレクは驚いて目を見開き、弾かれたようにクロを見る。まるで今さら知らされる話ではないとでも言いたげな反応だった。対するクロは、そんな反応まで面白がるように小さく笑っている。
「いえ、少しからかい過ぎましたね。もうしないことは分かってるんですが、ついね」
悪びれているようで、あまり悪びれていない。声音は柔らかいのに、楽しんでいる気配が隠しきれていなかった。
「ついじゃないですよ~」
抗議の言葉は尻すぼみになりながら、アレクはそのままストンと椅子へ腰を下ろした。肩から力が抜け、どっと疲れたような顔になる。クロに振り回される側の苦労が、その一動作だけでよく伝わった。
そんなやり取りの横で、ジュンは指先を止めないまま口を開く。
「クロ。呪いとは何です?」
声音は平静だった。だが、きちんと聞き逃していない。その実務的な鋭さに、アレクはますますばつが悪そうな顔になる。
それに対して、クロはにこやかに答えた。
「まだ秘密です」
笑顔のまま、きっぱりと。
あまりにも迷いのない返答に、会議室の空気が一瞬だけ止まる。誰もすぐには次の言葉を継げなかったが、その沈黙は重く沈み切る前に、どこか拍子抜けしたようにほどけていった。




