最前線への招待
エルデの存在についての記載が抜けておりました。
該当箇所を修正いたしました。
申し訳ございませんでした。
「クロ君はこれからどうするのかね?」
アリは大量のホロディスプレイを挟んだまま、静かに視線をクロへ向ける。
クロはその問いにすぐには答えず、ボトムスの後ろポケットへ手を入れた。そして、そこから一枚の折りたたまれたメモを取り出す。
「それは?」
デビットが確認するように問うと、クロはその紙を開いた。
「これは……ラブレターですね」
クロはそう口にしたあと、ほんの少しだけ、あの時のことを思い返す。
ユウタの指示に従い、ジャッジが椅子を運んできた時のことだ。クロが腰を下ろそうとした、そのわずかな合間に置かれていた小さなメモ。あまりにも自然に置かれていたせいで、誰にも気づかれずクロの手へ渡った。
「それは……あまりにも古風ですね」
デビットが少し呆れを含ませて言うと、クロはくすりと笑い、一度首を振る。
「すいません。違います」
「それは分かってます! クロ、ふざけないでください」
ジュンがすかさず注意する。
だが、アリは、まあまあ、とでも言いたげに手を上げてそれを制した。
「いいから、続きを聞こうか」
どこか面白がっているような声音だった。
クロは軽く肩をすくめると、改めてメモへ視線を落とす。
「これは、第三席のジャッジが私に渡した手紙です。椅子を置いてもらった時、そこにありました」
その言葉に、場の空気がほんの少しだけ変わる。
冗談めいた流れで出された紙切れが、急に別の意味を持ち始めたからだ。第三席のジャッジ。その名が出るだけで、ただの私信で終わる話ではないと分かる。
「なんと書いてあるのかい?」
アリは少しわくわくした様子で尋ねる。
その姿に、ジュンはまた少し頭を悩ませるような顔をした。クロほどではないにせよ、アリもまた中将という肩書を背負いながら妙に飄々としている。どうにもこの場の上役たちは癖が強い。
クロはそんな周囲の様子を気にするでもなく、紙面を見ながら淡々と読み上げる。
「『トゥドウの最前線に来てほしい。そこでお話があります』――って書いてますね。果たし状ですかね」
「違う!……ですが、どういうことですか?」
ジュンは即座に突っ込みを入れたかと思えば、次の瞬間にはもう冷静に思案へ切り替えていた。その切り替えの早さに、クロは満足げに小さく頷く。
そしてメモを指先で摘まみ、ひらひらと軽く揺らしながら首を傾げた。
「分かりませんが、話がしたいということですね」
「そのまんまだね」
アリが思わずそう零し、デビットも小さく息を吐く。あまりにも素直すぎる解釈だったが、実際そこに書かれている内容だけを見れば、その通りでもある。
「で、どうするのかね?」
アリが笑顔で問う。
するとクロもまた、同じように笑顔で返した。
「もちろん行きますよ。素敵な招待状を貰いましたので。ジュンはどうします? ついてきますか?」
その問いに、ジュンは間髪入れず答える。
「行きます! 中将、宜しいでしょうか?」
「いいよ」
あまりにもあっさりした許可だった。
その速さに、むしろ聞いた側のジュンが逆に確認してしまう。
「……よろしいんですか?」
その問い返しに、アリは大げさなくらいしっかり頷いた。
しかも、どこか面白がるような笑みまで浮かべている。
「いいよ、いいよ。逆に聞くけど、止めたらどうするの?」
「え、行きませんが」
ジュンはあまりにも素直にそう答えた。
一瞬、会議室に沈黙が落ちる。
クロも、エルデも、デビットも、言葉を失ったようにジュンを見る。あまりにも真っ直ぐすぎる返答だった。気負いも反発もなく、ただ本当にそう思ったまま口にしたのだと分かるだけに、余計に反応に困る。
そして次の瞬間、アリが堪えきれなくなったように大きく笑いだした。
「はははっ、そう来るか。いや、正直で大変よろしい」
肩を揺らしながら笑うアリの姿に、さすがのジュンも少しだけ気まずそうな顔になる。自分では別におかしなことを言ったつもりはないのだろう。だが、周囲の空気を見る限り、どうやらそうでもないらしいと気づき始めていた。
クロはそんなジュンを見て、目を細める。
妙に真面目で、変なところで素直だ。そのせいで扱いやすいのか扱いづらいのか分からない。だが、そういうところがジュンらしいとも思う。
デビットは小さく息を吐き、口元をわずかに緩めた。
アレクも無言のままだが、ほんの少しだけ表情が和らいでいる。
張り詰めていた会議室の空気が、その一言で不意に緩んだ。
重い話の途中だというのに、こうして思わぬところで空気を崩していく。それが良いのか悪いのかはともかく、少なくとも今この場にとっては悪くなかった。
アリはようやく笑いを収めると、目元に浮いた涙を軽く拭いながら言う。
「なら命令しよう。ジュン少佐、クロ君に付いて行き、見てきなさい。ただし、普段着に着替えてね」
そう言うと、アリはまた笑い出した。
その様子につられるように、デビットも堪え切れず小さく笑い始める。やがてクロたちまで揃って笑い出し、会議室の空気が一気に緩んだ。
ジュンだけが、ぽつんと取り残される。
自分では真面目に答えたつもりだった。冗談を言ったつもりも、場を乱したつもりもない。それなのに、なぜか自分だけが笑いの中心にされているようで、ジュンはどこか馬鹿にされたような、何とも言えない顔をしていた。
だが、そこで言い返すこともできず、最終的には少し困惑したまま敬礼する。
「……了解しました」
その返事には、まだ少しだけ釈然としない響きが残っていた。
クロはそんなジュンを見ながら笑い、手元のメモを軽く折り直す。
トゥドウの最前線へ向かうこと。
そこへジュンも同行すること。
その二つが、今この場で正式に決まった。
笑いに包まれた決定ではあったが、その意味まで軽いわけではない。
第三席のジャッジからの呼び出し。その先で何が待っているのかは、まだ分からない。話し合いで終わるのか、それとも別の意図があるのかも読めない。だが、少なくとも向こうはクロを呼んでいる。そしてこちらも、その呼びかけを無視するつもりはなかった。
ジュンは頭を上げると、まだ少し不服そうな顔のままクロをちらりと見る。
クロは何も言わず、笑っていた。
ジュンは結局、この状況に何も言えず、黙って席に着いた。
会議室の空気は、ようやく少しだけ柔らかさを取り戻していた。だが、次に向かう先だけは、もうはっきりと決まっている。
トゥドウの最前線だった。




