買い叩く相手
ジュンはホロディスプレイを操作しながら、クチグロに関する情報と、先ほどここで判明したレイクリプス商会の件を、ひとつずつ丁寧に説明していく。
声には最初こそわずかな緊張が滲んでいたが、話すうちにそれも少しずつ薄れていった。ジュンはディスプレイを丁寧に動かしながら、一つずつ順を追って説明する。途中、アリやデビットから飛ぶ問いにもその都度答え、話が途切れないよう必要な補足も加えていく。感情に流されることなく、今自分が扱うべき情報をきちんと前へ出していくあたりに、ジュンらしい真面目さが出ていた。
やがて、すべてを話し終える。
ジュンは小さく息を吐き、ようやく一息入れた。
「なるほど。クチグロの本元は、マルティラではないのか」
アリが顎に手を当て、少し悔しそうに唸る。
国の問題として見えていたものが、実際には星系外から操られている可能性がある。そのことを見抜けなかった悔しさと同時に、事態の根深さが改めて突きつけられる。
「それもですが、レイクリプス商会の件もです。ここまでシステム化されていたとは……」
デビットも額に手を当て、わずかに俯いた。
単なる取引ではない。場当たり的な横流しでもない。補給路も、受け渡しも、資金の循環も、まるで綺麗に組み上げられた積み木のようだった。だからこそ薄気味悪い。誰かが崩れないよう形を整え、長く回るよう支えてきたのが見えてしまう。
「長く続ける内戦が、ここまでの形になっていたのか……」
「儂も、根は張っていたと思っていたが……」
アリはそう呟くと、ひとつ静かに溜息を吐いた。
国を憂い、国力を上げるために始めた内戦は、いつの間にか形を変えていた。今やそれは、一部の者の懐を潤すためだけの仕組みに成り果てている。戦っているつもりでいた者たちの足元には、最初から別の勘定が通っていたのだ。
そこに、冷めていたコーヒーへ口をつけていたクロが、ゆっくりと息を吐く。
カップを手にしたまま、静かに口を開いた。
「だからこそ、黄金の聖神が動きます。ユウタの野望は、名を上げること。金と名声を得ることだそうですよ」
クロはそう言って、カップをテーブルへ置く。
軽く置いたはずなのに、その言葉の方が妙に重く会議室へ落ちた。
「それは何とも……子供だね」
アリが困ったような顔をし、参ったと言いたげに頭へ手を当てる。
理想でも信仰でもない。大義でも救済でもない。そこにあるのが、名を上げたい、金を得たいという、あまりにも幼く、あまりにも生々しい欲望だとすれば、かえって扱いづらい。
それに合わせるように、デビットも腕を組み、視線を下へ落とした。
「厄介です。子供では理が通らない。話して止まる相手ではないということか」
その言葉に、会議室の空気がひと段、冷えた。
大人なら、話し合いの中で道筋が出来る可能性はある。損得で止まる相手なら、交渉の末に手を取り合う道だって残る。だが、執着や承認欲求が前面に出ている相手は違う。周囲が見えず、自分の欲しいもののためなら、どれだけ状況が悪くても踏み込んでくる。
クロはその反応を見ながら、淡々と続ける。
「はい。止まりません。むしろ今の状況なら、なおさらです。ここで何か大きな結果を出せば、自分の名が上がると考える。だからこそ、私に仲間になれと言ってきたのでしょう」
声に感情はなかった。
だが、だからこそ断定として響く。
ユウタがどういう思考で動くのか。何を欲しがり、何に執着するのか。同じ転生者として、クロには理解できる部分もある。
だからこそ、相いれない。
自分を主人公と言い張るユウタには、嫌悪感しか湧かなかった。
(憧れるのは分かる。だが、自分で名乗るものではない)
アレクは黙ってその話を聞いている。クレアもまた、テーブルの上でじっと耳を向けていた。ジュンは先ほどまで説明役として話していたが、今は口を閉じ、クロの言葉を真っ直ぐ受け止めている。
「クロ……」
ジュンが心配そうに、ちらりとクロを見る。
その視線に気づいたクロは、少しだけ目を細めた。そして、声の調子を変えずに静かに言う。
「ジュン。断りましたから大丈夫です」
短い言葉だったが、それだけで十分に意図は伝わった。
誘いに揺れたわけではない。迷ったわけでもない。最初から答えは決まっていた。そう言外に示す声音だった。
だが、クロはそこで終わらなかった。
「むしろ、喧嘩を売られたと判断しましたので、全力で買い叩こうかと思ってますよ」
静かなままの口調で、さらりと言い切る。
その言葉は穏やかな声に似合わず、ひどく物騒だった。
だが、冗談には聞こえない。
「いやいや、買わないでください……」
ジュンは嫌そうに突っ込む。けれど、その表情にはほんの少し笑みが戻っていた。
重く沈みかけていた空気が、そこでわずかに緩む。
クレアもまた、そんなジュンの反応に満足したのか、テーブルの上で小さく尻尾を揺らしていた。
クロはその様子を静かに見ながら、カップを手に取る。冷めたコーヒーを一口飲み、ゆっくりとテーブルへ戻した。




