動き出す戦況と持ち帰った情報
エルデの存在についての記載が抜けておりました。
該当箇所を修正いたしました。
申し訳ございませんでした。
会議室のドアが開き、ジュンの連絡を受けたアリとデビットに続いて、アレクが入ってきた。
その姿を見たジュンはすぐに立ち上がり、背筋を伸ばして敬礼する。だが、クロたちは軽く反応を見せるだけだった。クロは背もたれを倒したまま目をつむっており、起き上がる気配がない。クレアも同じくクロの腹の上で、ゆらゆらと尻尾を振っている。
唯一はっきり反応したのはエルデだった。持っていたオレンジジュースのコップを置くと、ひらひらと手を振って歓迎の意を示していた。
「クロ! 中将が来られました。起きなさい」
ジュンが思わず注意する。だが、それを制したのはアリだった。
「ジュン少佐。そのままでいいよ」
穏やかに微笑みながらそう言うと、アリはそのままクロの対面へ腰を下ろす。その隣にデビットが座り、さらにエルデが座る反対側、クロの横へアレクが席を取った。
ジュンはわずかに眉を寄せ、少しだけクロを睨む。
するとクロは、うっすらと目を開けて小さく微笑んだ。その表情には、これでいい、と静かに伝えるような色があった。
ジュンはそこで、先ほどまで胸のどこかに残っていたつっかえが、ひどくあっさりと取れていくのを感じる。ついさっきまで、正体を知ってしまったことへの戸惑いが確かにあった。だが、当のクロが何も変わらないままそこにいて、しかも自分に対しても今まで通りに接してくる。その事実だけで、妙に肩の力が抜けたのだ。
クロはゆっくりと背もたれを戻す。
腹の上にいたクレアは、その動きに合わせてひらりとテーブルの上へ移動し、軽く尻尾を振りながら座り直した。その様子は落ち着いていて、ついでのように小さくあくびまでしてしまっていた。
「さてさて、まずはお疲れ様です」
クロがそう切り出し、軽く頭を下げる。するとクレアとエルデがそれに合わせて頭を下げ、アレクも少し遅れて静かに頭を下げた。
「いやいや。クロ君たちに比べれば、こちらはそこまで動いていないよ」
アリはそう言って軽く手を上げる。その合図を受けて、デビットが静かに頷き、端末をテーブルへ置いて操作を始めた。
ほどなくしてホロディスプレイが幾つも展開され、会議室の空気が一気に切り替わった。先ほどまでの緩さは薄れ、視線が自然とディスプレイへ集まっていく。
「早速ですが現状を整理しましょう」
デビットがそう言うと、ホロディスプレイに現在の戦況が映し出された。
「まず革命軍の内部についてですが、地上部分はほぼ掌握済みです。ただし、トゥドウ地方に関しては現在も黄金の聖神と戦闘中です」
デビットは続けてトゥドウ地方の地図を拡大する。
そこには、互いに睨み合うような形で部隊の配置が示されていた。駒の動きは細かく更新されており、一進一退の状態が視覚的にも分かる。どちらかが決定的に押しているわけではない。均衡が崩れそうで崩れず、消耗だけが積み重なっているような戦場だった。
さらに別の画面が切り替わり、今度は大きく宙域図が映し出される。
「宇宙に関しては、現在タイソン大佐指揮下の連隊が義勇軍の制圧中です」
その言葉と共に、複数の航路と制圧済み宙域が色分けされて表示された。
「ただ、いち早く異変に気づいたアウトローたちが逃亡したり、マルティラ軍へ鞍替えしたりしています」
デビットの補足に合わせ、ホロディスプレイ上の駒がいくつか別の航路へ流れていく。戦線が崩れたというより、危険を察知した者から散っていったと分かる動きだった。
「さすがに宇宙に関しては、全ての制圧は無理でしたか」
クロがそう言うと、アリは素直に頷く。
「さすがにね。いくら連隊を率いていても、広い宇宙ではどこかに穴ができる。こればかりは仕方がないよ」
溜息混じりに出たその言葉に、クロも納得するように小さく目を細めた。
地上ならば線で押さえ込める。だが、宇宙は違う。広さそのものが逃げ道になり、航路も隠れ場も一つではない。制圧している側がどれほど優位でも、全てを一度に塞ぐことは難しい。だからこそ、先に気づいた者から逃げるし、あるいはより生き残れそうな側へ乗り換える。
「それと、マルティラ軍に動きがありました」
デビットはそう言いながら、ホロディスプレイ上の駒をいくつか動かす。
「一部の小惑星型中継基地が移動中との報告が上がっています。進路を見る限り、マルティラⅡ付近へ向かっているのではないかと推測されています。加えて、かなり大規模な部隊も同時に移動中とのことです」
ディスプレイには小惑星を模した駒がゆっくりと動いており、そこへ合流するように別方向からも複数の駒が進んでいく。単なる配置換えというには規模が大きい。意図を持って一点へ戦力を寄せているのが、一目で分かる動きだった。
「移動先には黄金の聖神の制圧宙域があります。そのため、作戦部は、あそこを突破するための前進拠点、あるいは制圧の足掛かりにするつもりではないかと推測しています」
淡々とした説明だったが、話の中身は看過できるものではなかった。
小惑星型中継基地だけでも厄介だ。補給所にもなり、防衛拠点にもなり、場合によってはそのまま作戦の起点にすらなる。そこへ大規模部隊まで合流しているとなれば、ただの移動では済まない。
「以上が、現在の動きになります」
デビットがそう締めると、会議室の空気がわずかに沈んだ。
宇宙ではまだ戦況が動いている。しかも各勢力が動き出し、次の一手を打つために布石まで打ち始めている。
「では、次はこちらですね」
クロはそう言いながら、今度はジュンを見る。
「ジュン、お願いします」
急に話を振られたジュンは、小さく息を吐いた。まだ完全に気持ちが整理しきれていないのか、その吐息にはわずかな疲れが混じっている。それでもすぐに端末をテーブルへ置き、必要な画面を呼び出しながら軽く愚痴を零した。
「そこはクロがやるべきだと思いますが」
やや不満げな口調だったが、そこにはいつもの調子が戻っていた。
クロはそんな反応に、ほんのわずか口元を緩めた。
「適材適所です。任せますよ」
あっさりと返されたその一言に、ジュンは何とも言えない顔になる。
押しつけられているようでいて、実際には任されている。
ジュンはもう一度だけ小さく溜息をつく。
だが、それ以上は何も言わず、端末の操作を進めた。
ホロディスプレイの光が切り替わる。
ジュンは小さく息を整え、端末へ視線を落とした。次に口を開けば、今度はクロたちが持ち帰った情報を並べる番だ。
クロは椅子へ座ったまま、その様子を静かに見守っていた。




