戦場を回る物流
会議室の隅では、アヤコとウェンがスミスに鏡まで借り、お互いの寝ぐせを直していた。先ほどまでの気まずさを引きずっているのか、二人とも妙に真剣な顔をしている。ペットボトルの水をタオルへしみ込ませ、それで髪を濡らしながら櫛を通していく。鏡を覗き込み、細かな跳ね方まで気にして整えていく姿は、内戦の分析を控えた場とは思えないほど生活感に満ちていた。
対してエルデはというと、寝ぐせなどまるで気にしていなかった。
むしろどこか嬉しそうに笑顔を浮かべ、クロに髪を整えてもらっている。されるがままに少し顎を上げたり、頭を傾けたりと、すっかり任せきりだった。
しかも、そんなエルデは櫛まで持っていた。その事実に、アヤコとウェンの肩身はますます狭くなる。
「エルデすら持ってるのに、年上の二人は持ってないんだな」
シゲルがいかにも面白そうに口元を歪めながら言うと、即座に怒りに満ちた視線が彼へ突き刺さる。
アヤコとウェン、二人分の無言の圧だった。
ぐっと何かを呑み込むように唇を引き結び、二人は恨めしそうな目をシゲルへ向けた。だが、結局は何も言えず、再び鏡と自分たちの髪へ向き合う。
「自分は、ジャケットに入れっぱなしだっただけっすよ」
エルデが悪気なくそう言う。
その一言が追い打ちになったのか、アヤコとウェンの空気がさらに沈む。
「あるのとないのとは別だ。それよりもだ、クロ」
シゲルはそこで話を切り替えるように言うと、端末を中央テーブルへ置いた。直後、複数のホロディスプレイが空中へ展開される。青白い光が会議室の空気を塗り替え、先ほどまでのどこか間の抜けた雰囲気が少しずつ引き締まっていく。
「中々この内戦、面白れぇ構造になってるぞ」
「面白いは余計だと思いますが……」
シゲルの言葉にジュンが小さく抗議する。だが、声に込められた咎めは半分ほどしか本気ではなかった。視線はすでにホロディスプレイへ向けられており、それどころではなかったからだ。
映し出されるのは内戦の戦場だった。
複数の戦線、勢力圏の変動、ぶつかり合う部隊の動き。荒れた情勢を切り取った情報群が、立体映像となって空中へ浮かび上がる。先ほどまで寝ぐせを気にしていた面々も、自然と視線をそちらへ引かれていった。
その中で、スミスがおもむろに口を開いた。
「長い内戦だが、物資の流れは場当たり的じゃない。管理され、固定化されている」
淡々とした口調だった。感情を交えず、確認した事実だけを順に積み上げていく。
そう言うと、スミスも自分の端末をテーブルへ置く。シゲルの端末と同期したのか、展開されていた画面の一つが中央へ移り、主表示として拡大された。
「まず、外部星系との補給路だが、大まかには一つに絞られる」
その言葉と共に、星系図の上へ青い矢印が現れる。
起点はフロティアン。
そこから一本の流れが伸び、マルティラへ繋がっていた。
「大本はここだ。まず、マルティラ本星へ行き着く」
スミスの説明に合わせ、表示された経路がわずかに明滅する。補給の始点と終点が視覚的に強調され、その一本の流れがこの内戦における血管のようなものだと伝わってきた。
さらに続けて、赤と黄色の点がいくつも浮かび上がる。
「そして、そこから各陣営へ輸送されている。赤は革命軍。黄色は黄金の聖神だ」
星系図の上に散る色分けされた点は、一見すれば単なる輸送先の一覧に見える。だが、数が多い。しかも、偏りがあるわけでもなく、双方へきっちり流れているのが一目で分かった。
クロはその表示を見つめ、わずかに目を細める。
片方だけではない。
両方へ流している。
その事実だけでも十分に異常だった。
「面白れぇのは受け取り場所だ」
シゲルが低く言う。
それに合わせるように、スミスが先ほどの内戦の戦場図へ宙域図を重ねた。星系図と戦況図が半透明で重なり、補給路の終点と実際の戦線が一つの絵として結びついていく。
その瞬間、ただの輸送経路ではないと誰の目にも分かった。
「こいつら、戦場そのものを受け渡し場所にしてやがった」
シゲルの言葉が落ちる。
会議室に一瞬、重い沈黙が生まれた。
クロは表示された戦況図を見つめる。
戦場は、本来なら最も混乱し、最も安全から遠い場所だ。そこを受け取り地点にするなど、普通なら非効率どころか正気を疑う。だが同時に、戦場だからこそ不自然さを紛れ込ませやすい。部隊の移動、物資の搬入、戦線の変動。混乱の中では、多少異質な動きも埋もれる。
これは場当たり的な横流しじゃない。戦場の混乱そのものを隠れ蓑にして、継続できる形へ整えられた流れだった。
「さらにだ。こいつら、双方でやり取りまでしてやがる。革命側は戦艦やRF、ドローンなんかの製品に加えて金まで流してる。黄金側は金だけみたいだな」
その言葉を受け、スミスがさらに赤いラインと黄色いラインを引いていく。
赤いラインも黄色いラインも、それぞれ相手側を刺し、さらにマルティラ側にも伸びていた。単純な一方通行ではなく、複数の流れが絡み合いながら循環しているのが分かる。
「革命側は黄金側に戦艦、RF、ドローンなどを流している。黄金側からは主に金が戻る。敵対しているはずの両陣営で、流通の流れが成立している」
淡々と告げられた内容に、ジュンが絶句する。
「つまり、表じゃ撃ち合ってても、裏じゃ互いに食わせ合ってるってことだ」
シゲルが吐き捨てるように言った。
敵対しているはずの両陣営が、裏では支え合うように物と金を回している。その歪な実態は、正面から戦況だけを追っていては決して見えないものだった。
そこへ、シゲルがさらに畳みかける。
「まだある。この物流をまとめて噛んでる商会が一つある」
シゲルの言葉と同時に、空中の一角へ一枚の伝票が映し出された。
整理された数字と記号。運搬記録。受け渡し先。偽装された名目。その隅に刻まれた一つの印だけが、不自然なほど強く目を引く。
「俺も聞いたことはある。軍需や横流しの噂が出る時によく名前が出てくる」
シゲルは苦笑しながら、伝票の隅に刻まれたマークを指す。
「レイクリプス商会。日蝕に湖のマーク――そいつが、この印だ」
その名が出た途端、会議室の空気がまた一段階沈んだ。
内戦の歪んだ構造。表には出ない物流と金の流れを握り、敵味方の境目すら商売へ変えていた存在がいる。
その輪郭が、ようやくはっきりと浮かび上がり始めていた。




