叱責のあとで
「解析は終わったみたいですね」
クロが声をかけると、シゲルが気づいて振り向き、ひらりと手を上げる。だが、その反応よりも早く動いた者がいた。
「なんで勝手に動いてるんですか!」
ジュンがクロの姿を認めた瞬間、勢いよく立ち上がった。そのまま一直線に詰め寄ると、胸倉を掴み、思いきりがくがくと揺さぶった。
あまりにも勢いがよかったせいで、クレアはさっと身をかわしている。ジュンが掴みかかるより早くクロの肩から飛び降り、足元へ着地すると、少しオロオロしつつその様子を見上げていた。
「なんで声をかけなかったんですか!」
ジュンはそのままぐいっと顔を寄せる。鼻息がかかりそうなほど近い距離まで詰め、逃がすつもりなどないと言わんばかりに、クロの目をじっと凝視した。
クロは揺さぶられながらも、妙に落ち着いた顔のままその距離を受け止める。
「近いですよ」
「は?」
怒気のまま返したジュンの声に、クロは一瞬だけ視線を逸らした。
「……なんでもないですよ。黄金の聖神の本部、ジパングに行ってきたんですよ」
悪びれる様子もなく、むしろ今さら何か問題でも、とでも言いたげな口調だった。
その態度が余計にジュンのこめかみを引きつらせる。勝手に動いたことも問題だが、戻ってきて最初の一言がそれなのかという呆れも混じっていた。しかも本人にまったく反省した色がない。ジュンの指先に力が入る一方で、クロは胸倉を掴まれたままでもどこか飄々としていて、その温度差がなおさらひどかった。
「貴方って人は、本当に自分勝手ですね!」
ジュンの怒気がさらに高まり、胸倉を掴む手にぐっと力がこもる。そのままクロの身体がじわりと浮いた。
それでもクロは慌てない。ぶら下がるような格好のまま、どこか呆れたようにジュンを見る。
「だってジュンは寝てましたし、時間がもったいなかったですから。仕方ないと思いません?」
「それは……しかし!」
一瞬、思うところがあったのか、ジュンの言葉が詰まる。実際、眠っていたのは事実だ。それを真正面から突かれ、反射的に言い返しかけた勢いがわずかに鈍る。だが、それで引き下がれるほど素直でもない。すぐさま気を立て直し、なおも反論しようとする。
けれど、その前にクロが静かに言葉を重ねた。
「それに、ジュン。貴方が黄金の聖神の支配地域に入るのはまずくありませんか?」
「それは……」
その一言で、ジュンの顔から勢いが少し削がれる。
感情に任せて責め立てていた頭が、ようやく現実へ引き戻されたのだろう。胸倉を掴んでいた手の力が少しずつ緩み、浮いていたクロの身体もすとんと床へ戻る。
クロは着地すると、まだ服を掴んでいるジュンの手にそっと自分の手を重ねた。振り払うでもなく、責めるでもなく、落ち着かせるような穏やかな触れ方だった。
「大事にならないように動いたんですよ」
責める響きはない。ただ事実を伝える声だった。
「それに、先ほども言いましたが、時間がもったいなかったんですよ。おかげでユウタの考えも分かりましたしね」
クロの声は変わらず淡々としている。だが、その落ち着きがかえって、感情だけで動いたわけではないことを物語っていた。
ジュンは何か言い返そうとして口を開きかける。けれど、言葉はすぐには出てこない。
無茶をしたことに腹が立つ気持ちは消えない。勝手に動かれたことへの苛立ちもある。だが同時に、クロの判断に筋が通っていると分かってしまったからこそ、怒りだけで押し切れず、胸の内で感情が渋滞する。
クロはそんなジュンを見上げながら、いつものようにどこか飄々としていた。
ただ、その目だけは少しだけ柔らかい。
心配されていたことを、分かっていないわけではなかった。
――が、そこで外野から余計な声が飛んできた。
「ジュン、騙されるなよ。クロの行動はおおかた行き当たりばったりだ。今回も時間があるし、暇になるから動いただけだぞ」
茶々を入れるように、シゲルがにやけた顔で口を挟む。
その横には、いつの間にかクレアまで避難していた。巻き込まれない位置をきっちり確保した上で、何とも言えない顔でこちらを見ているあたりが、何故か可愛らしい。
その声を聞いた瞬間、ジュンの顔がみるみる赤くなっていく。
怒りか、羞恥か、それとも両方か。
せっかく収まりかけていた感情へ、シゲルが雑に火を投げ込んだようなものだった。
クロはその様子を見て、小さくため息を吐く。
案の定、シゲルの一言でジュンの怒りは再燃した。先ほどまで理屈でどうにか押さえ込もうとしていた分まで一気に噴き出したのか、今度はもうまともに反論を挟む隙もない。クロはしばらくの間、正面からジュンに叱られ続けることになった。
言い返せないわけではない。
むしろ言おうと思えば、いくらでも返せる。
だが、ここで口を挟めば余計に長引くと分かっているあたり、クロもさすがに学習していた。だから余計なことは言わず、少しだけ視線を逸らしながら、大人しくその説教を受け流す。
もっとも、時折シゲルの方へ向ける目だけは地味に恨みを込めていたが、その傍らでアヤコたちの枕になり寝ころんでいるレッド君の抜けた顔を見ているうちに、恨みもいつの間にか和らいでいた。




