相容れぬ転生者
「嫌ですよ。なぜそういう思考になるんです?」
クロは露骨に呆れた顔を見せ、ため息混じりにそう言い切った。差し出された未来にも、甘い誘いにも、指先ひとつ動かさない。
ユウタの表情は変わらない。真顔のまま、ただクロを見つめている。
「私は人として生を歩みたい。それにはお金がいる。だからこうして働いてる」
静かな口調だった。だが、そこに迷いはない。
「金は出すぞ」
間髪入れずに返ってきた言葉。
「言ったでしょう。人としてって」
ユウタの声にかぶせるように、クロは断言する。
そのまま身を乗り出すこともなく、ただ真っ直ぐに言葉を重ねた。
「神として崇められたいんじゃない。人として、家族や仲間と共に生きていきたいだけです。地位や名誉はいらない。それは勝手に付いてくるものであって、自分から求めるものじゃないんですよ」
言葉を吐き出すたびに、室内の静けさが深くなる。
ユウタのように上へ上へと伸びる欲ではない。クロが欲しているのは、もっと小さく、もっと当たり前で、だからこそ何より尊いものだった。
アヤコやシゲルたちとご飯を食べ、クレアとお風呂にのんびり浸かり、エルデと共にギルドへ向かう途中に他愛ない話をする。依頼を終えて帰れば、「おかえり」と言ってくれる場所。
それだけでいい。
それだけで十分だと、クロは本気で思っている。
だからこそ、ユウタの言葉は理解できない。
金も地位も力も、すべてを手に入れた先にあるのが支配と崇拝だけだというのなら、なおさらだった。
クロはゆっくりと片手を上げ、真っ直ぐユウタを指さす。
「前世で何を学んだんです?」
責めるようでいて、その実、本気で不思議がっている声だった。
地位を得ても満たされず、名を広げても足りず、他人を踏み台にしてなお先を欲しがる。そんな生き方のどこに、人としての答えがあるのか。
ユウタは目を細め、わずかに口元を歪めた。
「お前こそ、何を学んでいた? これだけの力を持つなら、目指すは上しかないと思うんだけど」
当然だろうと言わんばかりの口調だった。
力があれば上へ行く。持つ者は支配する。届くなら掴む。
ユウタの中では、それが疑う余地もない理屈なのだろう。
だがクロは、すぐに首を横へ振った。
「貴方は主人公か何かですか? 違いますよね。ただの人でしかない」
あまりにも容赦のない返答。
選ばれた特別な存在だから何をしても許される。そんな物語の都合を持ち出されても、クロには知ったことではない。
ユウタの眉がぴくりと動く。
「違うね。これはユウタという主人公の人生だ。何でもない人間が、こんな力を持つわけがない。……数年我慢してきた俺たちに、幸せになるなと言うのかい」
その言葉には、怒りだけではないものが混ざっていた。
飢え。不満。渇き。ようやく掴んだ場所を手放したくないという焦り。しかもそれを“俺たち”という言葉で包み込み、仲間を含めることで正当化しようとしている。
だがクロは揺れない。
「言いませんよ。ただ、その為に一般の人を巻き込むなと言いたいんです」
はっきりと、線を引く。
自分が何かを望むことそのものを否定しているわけではない。幸せになりたいと願うことも、上を目指すことも、好きに生きることも、そこまでは否定しない。
だが、そのために関係のない者を巻き込み、壊し、踏みつけるのなら話は別だ。
ユウタの表情が一気に険しくなる。
「お前も巻き込んでいるだろうが!」
机を叩かんばかりの勢いで吐き出された声。
クロはその怒鳴り声を真正面から受けながら、少しも怯まずに言い返した。
「責任は持ってますよ。貴方方と違って」
淡々とした口調だった。
だがその一言は、ユウタの胸に真っ直ぐ突き刺さるほど鋭かった。
室内の空気がさらに冷える。
クロは視線を外さないまま、あえて次の問いを投げる。
「なら、改めてお聞きします。第六席の彼女――何故、味方の戦艦を撃った? なぜ仲間を殺した」
真正面からの追及。
ユウタはわずかに目を細めたものの、つまらなそうな顔をしたまま、あまりにも簡単に言い切った。
「知らない。俺が殺したわけじゃない。セフィラが独断で行った事だ」
あまりにもあっさりとした物言い。
まるで駒を一つ捨てた程度の軽さだった。
クロの眉がわずかに寄る。
「貴方に責任はないと?」
「ある。が、その追及は無駄だ。その事は一部の者にしか知らない。たとえ誰かが訴えようとも、証拠も何もない」
ユウタはそう言い切ると、わざとらしいほど残念そうな表情を作った。
「残念だよ、クロ。君は俺と同じだと思ったのに」
クロはその顔を冷めた目で見返す。
「何をもって同じと言うのかはわかりません。貴方は貴方、私は私です。転生前の記憶を持ちながら、そんな考えにしか至らないとは」
落胆すら滲む声。
同じ転生者であることは事実だ。だが、だからこそ余計に理解できない。前の世界を知り、失敗も歴史も知っているはずなのに、それでもなお支配と選民意識へ傾いていく。その在り方が、クロには到底受け入れられなかった。
だがユウタは、そんな視線すら意に介さない。
クロは静かに立ち上がり、扉へ向かって歩く。
「前世の記憶を持っているからだよ。だから、俺は主人公として、導く者として今こうしている」
言い切る声に迷いはない。
まるで当然の結論のように。
知っている者こそ上に立つべきだと、見える者こそ選ぶべきだと、そう信じて疑っていない目だった。
「さて、話は終わりだね。これ以上話しても無駄みたいだ。考えが違い過ぎる」
ユウタは小さく肩を竦め、会話を切り上げるように言う。そこには諦めというより、これ以上言葉を交わす価値はないと切り捨てる冷たさがあった。
「そうですね。転生前の記憶を持ちながら、そんな考えにしか至らない貴方が残念です」
クロもまた、淡々と返す。怒鳴りもせず、感情を荒らげることもない。ただ静かに、決裂を認める声音だった。
そして席を立ち、扉へ向かって歩き出す。
背を向けても、もう未練はない。話すべきことは話した。聞くべきことも聞いた。残ったのは、相容れないという事実だけ。
その時、不意に背後からユウタの声が飛ぶ。
「我々は近く、マルティラⅡを手に入れる。邪魔をするなら、いくら同郷の君でも消すよ」
脅しとも宣言ともつかない声音。だが、そこに含まれた敵意は明白だった。
クロは足を止めない。わずかに顔を横へ向けることすらせず、そのまま歩みを進めながら短く返す。
「どうぞ。お好きに」
即答。
恐れも揺らぎもない。
扉が静かにスライドする。
その向こうには、ジャッジが待っていた。
クロはわずかに驚いたように目を向けるが、すぐに表情を戻し、そのまま部屋の外へ出る。
「さようなら。クロ」
「さようなら。ユウタ」
最後は顔を合わせることなく、クロは去っていった。
その背へ、ユウタはまるで汚物でも見るような冷え切った視線を向ける。先ほどまでの整えられた笑みも、神を演じるための柔らかな表情も、もはや欠片も残っていない。
その変化に気づいたのは、扉の脇に立つジャッジだけだった。




