8.神秘の双子星エクスタリア
ギリギリ前回投稿から一週間で投稿できました。
アルスマグナウィザードの格納は、非常にスムーズに進んだ。
それはひとえに、帰投に思いのほか時間がかかったことで、ミリアの泣きべそ状態が解除されたため、彼女の操縦スキルが遺憾なく発揮されたことが大きい。
出撃時ははじき出されるように飛び出していった二人だったが、帰還時はそう急ぐ必要もない。動く歩道程度の速さで出撃シークエンスを逆にたどり、ほぼ同時にブリッジへと戻ってきた。
「お待ちしておりました」
早速響くのは、やや低めの女性の声。メイドロイドのタラッパである。
シンが声のほうを見ると、ロングスカートのゴシック調メイドの横から、鮮やかな金色の輝きが進み出る。
ただ数歩歩いただけなのに、その仕草からは気品がにじみ、腰まで伸びたウェーブヘアはまるで後光のような錯覚さえ引き起こすほどだ。
「この度は命をお救い頂き、感謝いたします。すでにタラッパよりお聞き及びかとは存じますが、私はアウローラ=ディ=フォーティカ=エクスタリア。惑星国家エクスタリアの第二王女です」
アウローラと名乗った少女は、長回しの台詞をゆったりと言い切り、優雅な所作でカーテシーを披露した。
少女特有の高く、しかして不快にならないやわらかい声。おそらくは抑揚や息継ぎまでしっかりと計算された、姫足りえる高貴さを伴った所作と口調だった。
「……ヤベエ……ドレス幻視えた」
「オマエは何を言ってるんだ?」
思わずシンの声が震え、ミリアのツッコミが続く。
そんな突発的に始まった漫才にすら、アウローラの優雅さは揺るがない。その証拠……になるかは不明だが、彼女はゆるりと口元をほころばせるだけだった。
「失礼しましたアウローラ王女。私は連合宇宙軍第七方面軍、エクスタリア方面周遊艦隊戦闘機隊所属、ミリア=バートネット曹長です」
なにやら戦慄いて二の句を告げられずにいたシンを尻目に、ミリアはビシッと鋭い所作をもって敬礼を返す。
あくまで柔らかで優雅なアウローラと、厳格にして質実剛健なミリア。この二人の対比は、完全に逆の印象を与えながらも、なぜか互いに引き立てあうような印象をシンに与える。
「……っとと、高所から失礼。自分がこの艦、マグヌム・オプス艦長。シン=カザネといいます。本艦は未登録艦です」
ミリアの自己紹介に押された形で、シンもおずおずと自己紹介を行う。
随分無難になったのは彼にとっても不満は残るが、いろんなことの言い訳に田舎者を使ったためバンディットも名乗れず、それもやむなしと心中で無理矢理納得させる。
もっとも、ここではっちゃけて個性にあふれた自己紹介をしたところで、良くて変人扱いされるのだから、無難で悪いことなどないのだが。
「……未登録艦? シン様は、連合宇宙軍所属では、ないのですか?」
アウローラの目に僅かな警戒の色が浮かぶ。
タラッパから聞いていると思ったが、そうではなかったのだろうか。
とはいえ先程聞いた限り船籍未登録艦とは、こちらから積極的にアピールしない限り、海賊扱いされても文句が言えない弱い立場だ。警戒されてもやむをえないだろう。
「ええ。ジャンクからこの船を組んだまでは良かったんですが、最初のワープで重力嵐に捕まりまして」
何とかお姫様の警戒を解くため、シンは苦笑を浮かべながら言い訳を並べる。
この辺は一度使ったいいわけゆえ、なれたものである。
「まあ……災難でしたのですね。では……失礼ですが、どちらのご出身か伺っても?」
続く言葉にシンは一瞬だけ固まった。
ここの言い訳も用意しているのだが、まさか出身地を聞くために、聞いていない振りをしたのか? という疑念が、一瞬だけ頭をよぎったからである。
もっとも次の瞬間には、疑念を抱かれても、用意した回答でどんな感情を抱かれても、問題はないと思い直す。
「……すまないシン。それは、私も気になる」
思わぬ伏兵がいた。その名はミリアであった。
ずっと気になってはいたのだろう。だがシンが何も聞いてこないから、遠慮していたのかもしれない。
こうなっては仕方がない。という風を装って、少しだけ押し黙ってから、いかにももったいぶって口を開いた。
「…………サルガッソーコロニー、だ」
答えを聞いてミリアの顔が強張る。
アウローラはよくわかっていないのか、「はて?」といった様子で小首をかしげている。
ミリアの反応は予想の範疇にあった。まあ軍人ならそういう反応をするだろう。
サルガッソーコロニー――記録上存在しないこのコロニーは、既存の固有名詞や海域名をもじったネーミングの多いフロンティアギャラクシーにおいて、数少ない既存の海域名そのままの名を持つ宙域にある。
周辺にある複数の重力特異点の都合上、周辺を漂う大小のデブリがこのサルガッソー宙域に集まる。そうやってできたデブリ溜りに集まった、脛に傷持つお尋ね者たちが、人間の住める場所をでっち上げた悪徳蔓延る人工島。それがサルガッソーコロニーである。※出展:公式サイト設定資料ページ
なおその存在は、汎銀河ネットワークのおかげで現実にもあることがわかった。アウローラたちの乗った船を見つける直前、ブリッジでだらけているときに見つけ、これ幸いとシナリオを練っていたのである。
ああ言っちゃった。という風を装って、シンは顔をしかめ頭を掻く。というかこの辺の展開は、エクスタリアのバンディッツ・ネストでやるはずだったのだが。
「俺はそこで生まれた孤児でね。手っ取り早く市民登録がほしかったんですよ。だからバンディットに……」
ここでわざとらしく語尾を濁すのも、脚本の内である。
ミリアをチラ視すると、得心がいったようでなにやらうなづいている。そういうことなら艦の設備が古いのもうなづけるとでもいいたいのか。否、設備云々はシンの被害妄想である。
アウローラはタラッパを呼び寄せ、今の言葉について訊ねたようだ。耳打ちを受けて驚愕の表情を浮かべ、続いて神妙な様子でうなづいている。
どうやらうまくいったらしい。もっとも、疑われたところで調べる術などない。公式の設定でも、「そこに住まう人間の九割九分九厘は市民登録を持っていない」とあるのだから。
「ご無礼をお許しくださいませシン様。そういったご事情でしたら、是非エクスタリアへお越しください。歓迎いたしますわ」
このように高貴な微笑を浮かべ、手を差し伸べてくるくらいである。うまくいったどころの話ではない。大成功である。
「感謝しますアウローラ殿下。何分無骨な艦ゆえご不便をおかけしますが、本星到着までの数日間、ご寛恕願います」
シナリオが成功したからだけではない笑みを浮かべ、シンも頭を下げるのだった。
-◆-◆-◆-
何の事件もトラブルもラッスケすらも起きないまま、マグヌム・オプスは漆黒の宇宙空間を、第一巡航速度で進む。
それはとりもなおさず、レーダーを見る以外何もできない時間が到来するということであり、そんなわけでシンは今日もだらけていた。
「へえ。最新の反物質反応炉って、こんなに小さいんだ」
今日も今日とて汎銀河ネットワークを巡る中で見つけた、宇宙船部品メーカーのサイトを眺めつつ、シンは艦長席に肘をついてひとりごちる。
「もうちょっとしゃきっとしろ。まったく……殿下がいないとすぐだらけるなオマエは」
艦長席を振り向きもせず、うんざりした様子でぼやくのは、操舵手席に座ったミリアである。
もっとも彼がずっと艦長席にいて、自分が休んでいるときもレーダーを見張っているのを知っているためか、あまりうるさく言うようなことはしない。
ただしそれは、食事も睡眠も艦長席で取っているということであり、今のようにくつろぐのも艦長席であることから、このようにだらしない姿を見るのに慣れたというのもあるのだが。
それでもアウローラがいるときは、艦長然とした態度を取っているようで、それも含めてのボヤキなのだろう。
「殿下っつーと。お姫様って言うからもうチョイ偉そうかと思ったけど、あんまり偉ぶってないよな」
ネットサーフィンもひと段落したのか、軽く背筋を伸ばしたついてに顔を上げ、シンは操舵手席へ声をかける。
確かに高貴で優雅であり、まさしくお姫様というにふさわしい所作の方なのだが、それはそれとして何らかの違和感を覚えたのだろう。
「知らないのか? 調べればすぐわかるぞ」
それだけ言うと後はggrksとでも言いたげに、ミリアはレーダーの監視に戻った。
シンは不満そうに「むぅ」と唸ったものの、相手をしてくれない寂しさを抱えてネットサーフィンに戻った。
なお目的がはっきりしていたからか、望む情報はすぐに見つかった。情報元はなんと、エクスタリアの公式サイトである。
内容を色々はしょると、惑星国家エクスタリアの政治形態は立憲君主制である。国王は国権の最高権力者というよりも、強めの権限を持った外交官のようなものでありかつ、他国の重鎮が来訪した際の接待役なのだという。もちろんその家族も、それなりに外交官及び接待役として借り出されることになる。
また国王は世襲制ではあるが、それはエクスタリアのテラフォーミングを行った責任者三人の末裔が、それぞれ持ちまわりで務めており、そのうちの一つがお姫様のフォーティカ家ということだ。
なお国王交代は崩御では行われず、加齢などで国王の政務が厳しくなると、三家と議会の合議によって次の国王が任命される。ちなみに前回の国王交代は、三年前に行われている。
「なるほどねえ。そこまで権限が低ければ、偉ぶったりはせんわなあ」
情報を一通り読み終えたシンは、モニターから顔を上げ、なにやらしみじみとうなづいた。
実はただの偏見である。人によっては生まれが高貴だからと調子に乗るのもいるのだが、アウローラはそういうタイプの人間ではなかったというだけなのだ。
「当然だ。いまどき絶対王政なんて、ほとんどどこの惑星国家でも採用してないぞ」
シンのぼやくような独り言に、ミリアからは言葉通りさも当然といった様子で、合いの手が返ってくる。
なかなかいい呼吸だなと、なにかシン以外にわかりづらい感覚にうなづいたところで、ブリッジの扉が開く音がした。
入ってくるのはまずはゴシック調メイドのタラッパ。そして彼女を先触れにして、アウローラがブリッジへ姿を現す。
「お二方。アウローラ殿下のご入室です。お控え願います」
「もうタラッパ! お二人は恩人なんですよ!」
事務的な口調で先行するタラッパに対し、あわてた様子で静止しようとするアウローラ。
公務の場でもないのに持ち上げられるのが問題なのか、それとも恩人に対して失礼だと感じたためか、王女殿下の仮面の下が垣間見えたように思えて、ブリッジの二人は微笑ましささえ感じた。
「あー……殿下? 到着まではまだ数日ありますが、どうされました?」
二人の掛け合いを見るのも、それはそれで微笑ましく尊いのだが、シンは艦長として止めないわけには行かない。
なぜなら、用事がない限り自室に引きこもってもらっているアウローラが、ブリッジに姿を現したのだ。つまりなにかの用事があるはずで、そういうときに待たせるのは、礼を尽くしているとはいいがたいからである。
「コホン……失礼しました。タラッパの計算だと、もう通常光学観測の範囲に入っているということでしたので、参りました」
お姫様の言葉に、シンは胸中で首をかしげた。光学観測可能となるからなんだというのか、意図を測りかねたからである。
ここでいう通常光学観測とは、CGによる補正無で行う光学観測である。恒星系にある惑星は、通常の宙域よりも光源の分だけこの距離が長い。だから到着の数日前に、その範囲内に入ることになる。
余談だが、恒星から遠くはなれ、かつ周囲に惑星がない宙域だと、その範囲は非常に狭まる。そのため航宙戦闘時に敵艦を視認する場合、CGによる補正をかけるのが常である。
「な、るほど? では、メインモニタに出しましょうか」
意図を測りかねたことなどおくびにも出さず、シンはコンソールの操作を行う。
ふと気づくと、操舵手席からなにやらジト目の視線が刺さっている。残念ながらシンは感情の隠蔽に失敗したようだ。
そしてメインモニタに最大望遠の画像が表示される。その瞬間、彼の目はモニタに釘付けになった。
「……おお……」
感嘆の声が二つ、思わずといった様子で漏れる。もうひとつは当然ミリアのものである。
モニタに映っていたのは、二つの星の姿であった。
公式サイトにもあったが、それらは僅かに角度がずれた軌道を回っており、星自体の大きさも公転速度も完全に同じだという。
しかも二つの惑星の距離は、穏やかな潮汐を起こす程度のギリギリの距離が開いている。これ以上近ければ、潮汐の強さから人が住むには適さず、これ以上遠ければ異名を持つこともなかっただろうと、公式サイトには記されていた。
初見の者にとっては、エクスタリア本星の姿そのものが、壮大な天体ショーなのである。
「ようこそ! 銀河の神秘の双子星、訪れる者全てに癒しをもたらす魂の休息地、エクスタリアへ! エクスタリア王家第二皇女アウローラの名において、お二人を歓迎いたしますわ!」
何時の間にやらモニタの前まで来ていたアウローラが、芝居がかった仕草で両手を広げ、満面の笑みを浮かべる。
それはまるで、彼女のもつ可憐さ、優雅さ、高貴さまで全てあわせて、この壮大な天体ショーの一部だと思わせるほどだった。