7.魔女の箒
できちゃいましたので投稿します。
ミリアの胸中では今、三つの感情が渦を巻くように、入り乱れていた。
もちろんその発端は、シンの「切り札を使う」という言葉である。
一つ目の感情は、自分をそこまで自分をそこまで信頼してくれたことに対する、個人的な嬉しいという感情。
バンディットは、手の内を知られることを嫌がる傾向がある。なぜなら対策される可能性を少しでも減らすためであり、そこは一理あるとミリアは思っている。
にもかかわらず、シンは自分に対して切り札をさらすというのだ。母艦を守るためやむをえない措置とはいえ、その信頼は嬉しく、応えたくなってしまう。
二つ目の感情は、申し訳なさだ。
シンは切り札を使うという言葉に、「すまないが」と続けた。ここまで言えば、続く言葉が「内密に」というのは想像がつく。
だがミリアはそれを約束できない。彼女は軍人である。原隊復帰となれば当然、詳細な報告を求められるだろう。そしてそれに抗えるほど、彼女は不真面目ではない。約束できるのは精々、いたずらに吹聴しないことくらいだ。
一つ目の感情の大きさに比例して、この二つ目の感情も大きくなる。
救いがあるとすれば、彼がミリアの言葉に理解を示したところだが、それだって今は罪悪感を高める一助となっている。
三つ目は、不安である。
何についてかって? 当然シンの言う『切り札』そのものについてである。
近かった、相手が装甲の薄い戦闘艇で、一際脆くシールドもない背後からの攻撃だったなど、いくつかの理由はあるものの、たかが大型戦闘機に戦闘艇を撃ち貫ける火力を持たせるような男だ。
アルスティオンWといったか。この機体ですら、運用次第では切り札足りえるというのに、その上切り札があるという。
正直に白状すると、恐ろしいのだ。どんなトンデモを見せられることになるのかが。できればツッコミ切れるものだといいのだが。
とはいえ、何時までもこんな感情の奔流に悩まさせてもらえるほど時間もない。母艦が敵軽巡の射程に入るにはまだまだ余裕があるが、それだって無限ではないのだ。
何時だって早めの対処は、自身の命をつなぐ一助になるのだから。
「ミリア、オートパイロットをオンに。航路未設定のまま待機だ。勝手に動くけど操作するなよ?」
通信機越しに飛び込んできた言葉は、ミリアの不安をさらに掻き立てる。
戦闘機乗りにとって、自分が操作できない状況というのは、不安を増幅するものだ。そんな不安をどうにか押し殺して、彼女は操縦桿から手を離した。
そんな彼女の不安をよそに、シンがマグナイザーと呼ぶ人型兵器――なんとバカバカしい! 目の前で活躍を見なければ、ミリア自身も笑っていたところだ――が、アルスティオンWの真下へと移動する。
マグナイザーのコクピット。そのシートに座ったシンが、大きく息を吸う。
そしてついに、そのときが訪れた。
「真理機関!! 機動!!」
気合のこもった叫びとともに、ミリアの乗るアルスティオンWが、突然上方へと舞い上がった。
突然の動作に驚く(覚悟していたため声は上げなかった)パイロットを尻目に、アルスティオンWはターンを決め、今度はマグナイザーへ向けて突進を始めた。
ぶつかると思ったときにはもう遅い。今さら操縦桿を握ったところで、衝突を避けることはできないだろう。今から多少軌道をいじったとしても、変なぶつかり方をして身体を痛めるのがオチだ。
あわてて対ショック姿勢を取ったミリアだったが、機体を襲うはずの衝撃は思ったよりもよほど小さかった。緊急用の駆逐艦着艦訓練で、アレスティング・ワイヤーとフックで強制制動を行ったが、あれと同じくらいだろうか。
想像の遥か下に留まった衝撃に、怪訝そうな表情のまま顔を上げると、そこには……。
「な、な、何でシンがコクピットにいる!?」
そう、シンがいたのだ。
いや、いるわけがないのだ。
驚いたことにアルスティオンWは、全天周型モニタを採用している。そのためかコクピットは球形をしており、出撃までの僅かな時間だがある程度その広さは把握している。
その記憶が確かならば、ここにもう一つパイロットシートを置くスペースなど、あろうはずが無いのだ。
さらに良く見ると、シートを固定するアームがない。つまりシンは宙に浮いていることになる。そんなバカなである。
そのシンだが、なぜか苦々しげに顔をしかめ、自分の足元を見つめている。それで気がついたが、自分のシートにはあるサブモニタがない。
「あー……こうなるのかー。なんか、仕様と制限が増えてるなー」
コクピットにいるはずのないシンの言葉に、なぜかサブモニタを見るよう促された気がして、強く赤の混じった茶色の瞳を落とす。
モニタに表示されているのはシステムログと、機体の状況を監視するための、コンディションモニタなのだが、それもおかしい。
まず、今まで先端が二つに割れた楔形の機体だった表示が、人型になっている。しかもアルスティオンWの機首部分が広がり、マグナイザーの前面を覆うようにかぶさることで、まるでローブを着ているかのような印象を与える。改めてみると、アルスティオンWのシルエット自体が、現形態時の腕の稼動域まで考えてデザインされていることに気づき、感心しつつも呆れてしまう。なお特徴だった四門の大型砲は、人型の肩口から生えたかのように移動している。
なぜか注視するよう言われた気がして、視線を動かすと、コンディションモニタの脇に表示された、システムログが目に飛び込んでくる。
スペースの都合上あまり多くは表示されないが、そこに表示されていた内容に、なんというかこう……そう、困った。
■コマンドアクセプティング コンバインスタート
■アルスティオンW トランスフォーム。。。コンプリート
■コンバイン。。。コンプリート
■システムチェック。。。コンプリート
■ソウルリンクシステム異常無。。。リンクレベル1で同期
■コーラー -1 真理機関出力40%低下
「……コンバイン……だと?」
なぜかそこはかとない頭痛を覚え、何とか顔を上げて呻くように口を開くミリアに対し、シンは満面の笑みを浮かべていた。
よほどこの『合体』が嬉しいのだろう。おかげさまでミリアの感じる頭痛は、少しだけ強くなったような気がする。
「おうよ! これで仕上げだ! サモン! ウィッチブルゥゥゥム!!」
愕然とした様子で顔に手を当てるミリアを尻目に、さらにシンが叫ぶ。
その声に呼応して、下方から突然光が発生。見ると目がくらむというほどでもない、むしろやわらかい紫色の光が円を描いていた。そして見る見るうちに円の中に、様々な文字や幾何学模様などが描かれ、複雑な図形を構成する。
これは魔法陣だ。と場違いにもスクール時代の友人の顔とともに、ミリアは思い出す。銀河のあちこちに人間が住まうこの時代でも、オカルトというのは一定の人間の興味を牽くコンテンツであることは変わりないのだ。
続いてその魔法陣より、六本の『棒』が飛び出してきて、機体の上下左右を取り巻くように配置された。
サブモニタを見ると、そこには【高エネルギー収束砲ウィッチブルーム】の文字。おそらくは、今呼び出した『棒』が、そのウィッチブルームなのだろう。
「アルスマグナ……ウィッザァァァァァドッ!!」
その『棒』がなにかを確認する間に、背景の星が横に流れる。連動して腕や脚も動いているようだ。
つまりこの機体は今、決めポーズをとったのだ。しかもご丁寧に、専用のモーションパターンまで用意して。
「……ああ……」
ツッコミが追いつくか、などということを心配した自分が甘かったことを思い知った。
だがそんなことはいいんだ。ツッコミが追いつくかなど、きっと大した問題じゃないと、ミリアは無理矢理気を取り直す。
それよりも、まだ敵艦は健在である。そちらのほうが、よほど緊急の問題である。
「……しかし……敵さん撃ってこないな」
先程までの盛り上がりようなどどこへやら、シンは怪訝そうな表情を浮かべ問いかけてくる。
「何をいう? 艦載機を撃つなら普通対空砲火だ。まだ余裕は……」
呆れ顔でこぼすミリアの横顔が、ビームの光で照らされた。
「……撃ってきたな」
最速でフラグを回収したミリアが、唖然とした様子で光源の通り過ぎた方向を見るのを尻目に、シンがビームの通過点を確認すると、一キロほど右側であることがわかった。
狙いはしたが、こちらが小さすぎてまともに狙えなかったのだ。なんにしても、初撃がこれだけずれていれば、照準補正が仕事をするにはもう少しかかるだろう。
「ならその間に……だな」
言うが早いか、シンは表情を引き締め、シートのヘッドレストから狙撃用のスコープを取り出し覗き込んだ。
こちらの利点は小ささ。敵が照準を定めるには、それなりに近づかなければならない。ただし主砲だろうが副砲だろうが、当たれば一瞬で消し飛ぶ。
あちらの利点は大きさ。でかい図体の分だけ当てやすいが、その分装甲を厚くできる。マグナイザーでもアルスティオンWでも、この距離では痛痒一つ与えられないだろう。
「ただし……アルスマグナなら話は別だ」
シンはつぶやきの後、ゆっくりと息を吐く。その呼気に応じるかのように、FCSの仕事がゆったりと進み、ついには敵艦を捉えた。
こちらの砲撃は当たるのか? それは愚問である。アルスマグナウィザードのFCSは、アルスティオンWとマグナイザーのシステムをリンクさせた特別製である。少なくともシンはそれを信頼している。
だから迷うことも、一切の気負いも力みもなく、空気を吸うようにトリガーを引く。そしてその操作に応え、六門のウィッチブルーム全てが、凶悪な威力のビームを撃ち放った。
「…………私は何を見てるんだ?」
連鎖的に誘爆を起こし、あれよという間に海賊船がスペースデブリへと華麗なる転身を遂げる様子を目の当たりにして、ミリアは呆けた様子でつぶやいた。
漆黒の宇宙を切り裂く六条の閃光は、その四条までが敵艦に突き刺さった。距離による減衰ゆえか、貫くまでには至らなかったものの、誘爆の様子を見るに、相当深いところまで抉りこんだに違いない。もっとも、位置関係はほぼ真正面。この状態で宇宙艦を貫くなど、至近距離ででも撃たない限り不可能だが。
こんな威力の兵装は、戦艦でもなかなか持っているものはいまい。拠点防衛を目的とした、宇宙要塞の威嚇砲(※通称。長射程過ぎて射程ギリギリだと当たらないためこう呼ばれる)くらいか。
こんなものを六門も装備するなど、いっそ清々しいくらいのバカバカしさだ。
こんなもんツッコミきれるか。もはやツッコム気力も湧かないと、意外と座り心地のいいシートに身体を預け、全天周モニタに映し出された無限の漆黒を眺める。
数秒か、いや恐らく一秒も経っていない。魂まで吸い込まれそうなほど、どこまでも漆黒が続く宇宙に気を取られ、ミリアの口が本人の意に反して開く。
「……なあシン。私は……」
ああバカやめろ私。それ以上口を開くんじゃない。
そこから先を口にしてしまえば、多分口にしただけではすまない。
わかっている。わかっているのだ。だがそれでも、ミリア=バートネットという女は、口を開くのを止められない。
「……仇を、討てたんだろうか?」
言ってしまった。今いう言葉ではないはずなのに。
何の話かって? ミリアが漂流する羽目になった、原因となる事件のことだ。
あのことを振り返るのは、少なくとも今ではない。
本隊に保護され、本星に戻り、寮に帰って主を失ったベッドに「ただいま」を言って……。
一足先に二階級特進した同僚たちに、「さよなら」を言って……。
それから原隊復帰までに与えられる、温情休暇の最中に振り返るべきなのだ。仇だのなんだのは、そのときにいうべきなのだ。向き合うならばそのときなのだ。
なのになぜ今なのか、自分でもまったくわからない。なのに、口火を切ってしまった。きっとこのアルスマグナのおかげで、あまりにも一方的に海賊を討ってしまったため、気でも抜けてしまったのだろう。
シンは引くだろうか? それとも呆れるだろうか? バンディットになろうという男だから、うるせえ知るかと怒るかもしれない。
「……どうかな。こいつら、ミリアが漂流した原因じゃあ、ないんだろう?」
だがシンの反応は、想定のどれでもなかった。気づかない振りか、それとも気づいていないのか、まるで今までの世間話の延長のように聞いてくる。
問いには頭を振るしかない。ミリアが見たのは、伸びてくる光条と、爆散する母艦のみ。敵艦の姿すら見ていない。
だからここで海賊船を何隻沈めても、いってしまえば八つ当たりでしかない。しかも全てシンと、彼の作った変態兵器におんぶに抱っこで、自分はまったくといっていいほど働いていない。
なのになぜ自分は、仇がどうだなどと言ってしまうのか、自分でもわからない。
「……そうか。なら……」
小さくため息の音がする。ミリアがチラ見すると、シンも自分と同じように、シートに身体を預けて遠くを眺めていた。
少し考えているようだ。なんとなくだが、目の焦点が遥か遠く……例えば隣の銀河でも見ているように見えた。
「なら……精々「一矢報いた」くらいじゃないか?」
その一言がトドメだった。
シンからすれば、単なる言葉遊びだったのかもしれない。
だが覚悟を決める暇すらなく、意図せず突発的に向き合ってしまったミリアにとっては、単なる言葉遊びではすまなかった。
その言葉遊びは、喪ってしまった仲間たちの存在を肯定した。
その言葉遊びは、それでもなお遺された者に、無念は未だ晴らされぬことを示した。
故に。であるが故に、彼女の心の中で、一旦区切りがついてしまった。
「……ぅ……うぐっ……くぅ……」
涙がこぼれた。いくら止まれと念じても、一旦こぼれ始めた涙は止まらない。こぼれる涙は玉となり、ヘルメットの中を漂い始める。
区切りはついても整理はつかない。そんな感情に押し流され、理性が何の役にも立っていない。
幼子のように泣き喚かなかっただけ褒めてほしいくらいだ。
もはやヘルメットは邪魔でしかない。涙をぬぐうのに邪魔なそれを乱暴に脱ぎ捨て、年端も行かぬ少女がそうするように、シートにうずくまり声を殺して泣き始めた。
「……アルスマグナウィザード、帰投する」
シンはそれだけつぶやくようにいうと、母艦への帰投コースを取るため、自機を加速させる。
その速度は非常にゆっくりで、またシンがあえてこちらから目を逸らしてくれたおかげで、ミリアは泣き顔を直接見られることを避けることができた。
すみませんが、合体シークエンスはクライマックスに持越しです。




