9.到着・登録・そしてドッキリ
今回はありがたいことに筆が走りました。
よろしくお願いします。
宇宙の神秘も歓迎の台詞も終わった後だったが、残念ながらすぐに到着というわけではない。通常光学観測の距離に近づいたとしても、まだ到着には数日を要するのだ。
その残り僅かな航海の時間を縫って、シンはミリアへ今後の予定について相談していた。
「確認だ。宇宙港の通信可能圏内に入り次第減速。オープン回線で呼びかけて、許可がでてから最加速。後は管制の指示に従って入港……これでいいんだな?」
そんなことをいうシンの姿は、今操舵手席の脇にあった。いつもどおり艦長席から声をかけても良かったが、相談を持ちかける側なのだからと、降りてきたのだ。
「ああ。この宙域はラグランジュ点にコロニーもないし、その手順でいい。入港後に艦を念入りに走査されるだろうが、貨物も積んでないし問題はないだろう」
対するミリアも、パックジュースを片手にシンに向き合っている。
彼女も今回の相談については必要性を感じていたし、何よりシンから「折り入って」といわれたのでは、もとより断る選択肢などない。
「……なんかゆるくない? 臨検くらいは覚悟してたんだがな」
回答そのものは最良のものだったが、なぜか腕を組んで唸る。
言葉の通り、彼の目にはあまりにゆるい管理体制と映ったことが、納得できないのだろうか。
「技術の進歩はすごいぞ。シールドを解いた艦なら、走査だけでほぼ全てわかる。それに、艦の重量はグラム単位で監視されているからな」
だから密航者はもちろん、メイドロイドも逃れられない。というのが、ミリアの説明であった。
そこで走査を拒んだり申請と結果が異なると入出港禁止措置が通達され、その通達も無視すると撃沈対象として賞金がかけられるのだそうだ。当たり前だが宇宙港とその周辺で、武装の安全装置を解除すると、警告の対象となる。そして警告を無視するとやはり撃沈対象である。
なるほどそれなら臨検などやらなくても、問題はないのだろう。
「だからって技術に全頼りってのも……いや……俺にとっては、おあつらえ向きだけどさー」
苦虫をグロス単位で噛み潰したような渋面を浮かべ、シンはぼやく。
いくらおあつらえ向きであろうとも、いやおあつらえ向きだからこそ、何か後ろめたさを感じているのだろう。
しかし彼の苦悩は伝わらなかったらしく、ミリアは不思議そうな顔で首をかしげる。
「何をそんなに悩んでいるんだ?」
わからないことは直球で聞く。彼女の長所の一つである。
時には地雷を踏むこともあるが、今回はそういったことはないらしい。シンはメインモニタに表示された、エクスタリア本星に目を向けたまま、問いに応える。
「アウローラ殿下のことだよ。先にどこかに相談したい」
シンも直球で応えたのだが、ミリアの表情は晴れない。それどころか、表情を困惑に変え、眉根を寄せる始末である。
「クーデターのことか? 気持ちはわかるが、キミに何ができる?」
その回答も直球であった。
彼女の言い分もわからなくはない。護衛の随伴艦がいないという、救助時の状況からすれば、それなりに大規模なクーデターであることは想像に難くない。最悪本星到着時には、軍事政権あたりに取って代わられている可能性だってある。
そんなところに、「お姫様をお届けにあがりましたー」なんてのこのこ出て行けばどうなるか。
シンは悪いようにはされないだろうが、アウローラの末路を考えると、できればあまり想像したくない。
ではだからといって、シンに何ができるのか? 有体に言えば、お姫様を引き渡す以外に、何もできることはない。後は精々、クーデターが失敗しているか、成功していたとしても軍事政権が理性的であることを祈るくらいだろう。
どこかの企業がスポンサーの、銀河の英雄物語とは違うのだ。
「これはエクスタリアの内政問題だ。銀河通商連合に不利益がでないなら、連合宇宙軍も容易に踏み込めない。業腹な話だがな」
ほぼ間髪もいれず、ミリアはさらに畳み掛けた。
彼女にとっても、不本意ではあるのだろう。だが自らの言葉通り、内政問題である以上どうしようもない。
どうにかしてやりたいが、どうにもできない。その忸怩たる思いは、彼女の瞳の中に光として宿っていた。
「……そう、だけどさあ……」
その光を見てしまったら、シンもこれ以上追求はできない。
だがそれでも諦めきれないのだろう。ついには操舵手席の脇に座り込み、頭を抱えてしまった。
「……ふぅ……なら……ネストに相談してはどうだ?」
へこみ切ってしまったシンの様子を見かねたのか、ミリアの口からため息と、新しい提案が吐き出された。
続く彼女の説明によると、バンディッツ・ネストは銀河通商連合が背後にいるものの、建前上は独立独歩の組織であり、例えば連合宇宙軍ではおおっぴらに手を出せないような案件――例えばクーデター政権からの要人救出とか――でも、バンディットに依頼してどうにかする場合があるという。
そんなバンディットたちを束ねる組織であるバンディッツ・ネストは、登録者達が違法な依頼を受けないよう鋭く目を光らせているし、彼等が困ったときは相談に乗ることもあるのだそうだ。
反面、無法を働くバンディットはネスト自ら賞金をかけ、確実に宇宙の塵に返すよう全力を尽くす非情さも持つし、下手を打って死んだとしても「ハアそうですか」で済ませるドライな一面もある。
「良く知ってるな」
「表向きとはいえ、対海賊では商売敵兼協力者だからな。座学でざっとだが触れるんだ」
渋面から一転、シンは感心しきりで操舵手席のミリアを見上げ、ミリアは得意げに胸を張る。
少しだけブリッジの雰囲気が軽くなった気がする。気がつけば、シンは口元はほころんでいた。
彼の表情に気を良くしたのか、ついミリアからも軽口が出るほどだ。
「相談した結果、「頑張ってね」だったら、目も当てられないな」
「……ミリアオマエ……フラグ建てんなよ縁起でもねえ」
残念ながら、その言葉はジョークになっていなかったようで、シンの表情は沈痛なものになった。
それでも今までとは明らかに雰囲気が軽い。
その証拠に、すぐに二人とも笑顔を浮かべ、声を上げて笑うのだった。
-◆-◆-◆-
そしてついにその日がやってきた。
マグヌム・オプスのエクスタリア到着である。
「こちらエクスタリア中央管制塔。現在政府からの通達により、エクスタリアⅠの宇宙港は一部を除き封鎖中です。ネストに御用ならエクスタリアⅡ‐第三宇宙港への入港を許可します。ようこそ、エクスタリアへ」
こちらが未登録艦であること、故にバンディッツ・ネストのある宇宙港を希望することを伝えると、このような回答が返ってきた。
封鎖の事情を尋ねるも、「お答えできません」と笑顔でばっさり。口調も事務的で、取り付く島も与えてもらえない。
とはいえ寄港先にネストがあるなら、それに異を唱える必要もない。何のトラブルもなく、エクスタリアⅡの第三宇宙港へ入港する。
そして今、シンはバンディッツ・ネストの窓口カウンターにいた。その目的はもちろん、バンディットとして自分と船を登録するためである。
ミリアとは窓口前で別れた。かなり遅くはなったものの、自身のいた艦隊の壊滅を報告しに、別の窓口へと走っていった。
アウローラは艦に残している。甚だ悪趣味なドッキリになりかねないが、相談の結果がどう転ぶかわからない以上、ギリギリまで秘しておきたいからである。
「ではこちらに記載と署名を」
そういってシンに差し出されたのは、A4ほどの大きさを持つ、プラスチックのような質感の板であった。
だがそれはただの板ではない。見ればそこには入力用のフォームが表示されており、傍らのペンで書き込めるようになっている。つまりこの厚さ1ミリもない板だというのに、立派にタブレットして機能しているのだ。
促されるまま言われるままに、シンはフォームへの記入を行っていく。
といってもそこはバンディット。氏名・年齢・出身・艦名・装備・乗員数・自筆のサインの七項目だけである。血液型などの生体情報は、後ほど別の方法で取るのだと、フォームの片隅に書いてあった。
「……はい、結構です。……乗員一名、ですか?」
記載内容を精査していた受付嬢が、怪訝な表情を浮かべる。
それはそうだろう。彼女の目に見える範囲だけでも、カウンター前で別れた女性と合わせて二人。恐らく彼女の手元のデータには、艦内に一人とアンドロイドが一体で、計三人と一体いるはずなのだ。
それが乗員一名と書かれれば、怪訝な表情も浮かべたくなるのもわかる。
「実は二名と一体は漂流者でして……」
シンは半笑いを浮かべて言い訳するが、受付嬢の視線の温度が下がったのを感じて、こちらも冷や汗が流れる。
その目が明らかに、「いや無えだろ」といっているのがわかって、また肝が冷える。
色々予定が狂いまくりである。サルガッソーコロニー出身なんか、ジャブにもならないレベルの気まずさだ。
「……実はその件で、相談があるんですが……これを見てもらえますか?」
内と外から冷やされて、凍りつきそうなほどの寒さを感じながら、シンはそんな風に相談を切り出した。
案の定、いや想定よりも冷たい感じで、受付嬢はシンをにらみつけてくる。
言いたいことはよくわかる。「何でアタシがそんなことせにゃならんの?」だろう。口調に差こそあれ、恐らく外れてはいないだろう。
しかしその表情は、シンが一枚の写真を差し出した瞬間に、驚愕へと変わった。もう想像できるだろうが、そこにはシンとアウローラの姿が映っているものだった。
「……こ、これ、は?」
これはなにか? 有体言えば、スクリーンショットである。
フロンティアギャラクシーにおいて、システムメニューは宙に浮かんだりしない。宇宙服なり戦闘機なり航宙艦なりの、コンソールがその代用を勤めるのだ。
どうやってアウローラの存在を、なるべく極秘裏にネストに伝えるか。そのことで色々試しているうちに、スクリーンショットの存在に思い至ったのだ。
で、とにかくやってみようとコンソールを操作したところ、なんとプリントアウトできてしまった。
ならばというわけで、艦長席で並ぶシンとアウローラの姿を印刷し、今カウンターの上に出したのである。ちなみにミリアにはまた愚痴られた。こんなものなくても、今はタブレットでいいのだそうだ。
「そんなわけでですね。ちょっと相談を……」
「ラヴロフさん!? ラヴロフさーん!!」
すでに弱めの胃痛を覚え始め、愛想笑いが引きつってきたシンを尻目に、受付嬢は恐らく上司の名前を叫びながら、カウンターの奥へと走り出し……転んだ。
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