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銀河鋼神アルスマグナ  作者: 謎埴輪
第一章:双子星に眠る陰謀
11/25

10.狙撃姫(ヘッドショットプリンセス)

目標の一週間一本に僅かに届かず。

遅くなりまして申し訳ありません。

 受付嬢がカウンターの奥に消えて数十分の後、急遽空けられた会議室の中には、五人が簡易的なデスクを挟んで、二対三で対峙していた。

 四人のほうはシンとアウローラ、そしてアウローラの傍らに控えるタラッパである。

 なおどうやって人目につかずに来られたかというと、ヘルメットを被った状態で、お姫様は『タラッパの中に隠れた』のである。もちろんその分メイドロイドの体積は増えるのだが、彼女――女性型だしもう彼女で良いや――は自身をその分ふくよか(・・・・)にすることで乗り切った。アウローラ曰く、「必殺ドッキリタラッパですわ」とのことだ。

 二人のほうはネストの人間。先程あわてて走っていった受付嬢。彼女はヤナと名乗った。

 そして彼女の隣にもう一人。明らかに義眼とわかるメカニカルな左目と、頬に奔るでかいサンマ傷が目立つ、筋骨隆々の大男だ。

 その大男はおもむろに立ち上がると、風貌どおりのドスの聞いただみ声で、第二王女に対して深く腰を折った。


「お初にお目にかかりますアウローラ殿下。俺……いえ、(ワタクシ)はバンディッツ・ネストエクスタリア支部支部長、ラヴロフ=ラブレンチェヴィチ=プロツェンコと申します。殿下を当ネストにお招きできましたこと、大変光栄に存じます」


 風貌にそぐわないレベルの丁寧さである。とはいえ一つの組織の長ともなれば、このくらいに礼儀は身につくのだろうか。

 カウンター奥からのっしのっしと歩いてきて、第一声で「コイツか?」などとにらみつけられたシンとしては、そのときとの落差に少しだけやりきれないものを感じる。

 なおにらみつけられたときに、「ひえっ」と小さく悲鳴を上げたことに関しては、シンとラヴロフとの間の秘密である。


「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。早速ではありますが、此度のことにつき、タラッパより資料を受け取ってください」


 対するアウローラは座ったままで軽く会釈を返す。

 お姫様の言葉に続いてタラッパが進み出て、ヤナとなにやらやり取りを行った。なるほどこうやってデータをやり取りすれば、写真なんぞ持ち歩かなくてもいいわけだ。

 それにしてもさすがリキッドメタル製。ヤナが手にしたタブレットに、指を50センチほど伸ばしてアクセスしている。なんというか妙にスペオペチックで、シンもリキッドメタル製のアンドロイドがほしくなったのは、ここでは内心のみに秘しておいた。


「…………クーデター……か」


 ヤナから受け取った情報端末に目を通し、ラヴロフの眉根が寄せられる。

 苦虫を噛み潰したどころの話ではない。彼の年季の入った顔はくしゃくしゃにゆがめられ、目も鼻も口もできたしわの中に埋もれそうなほどだった。

 その表情から察するに、「畜生なんだってこんな厄ネタ持ってきやがったんだ」だろうか。気持ちはわからなくはないが、シンとしてはその厄ネタを持ち込まざるを得なかった気持ちも、察してほしいと願うばかりである。


「そういうわけです。一番賢いやり方はわかりますが……」


 シンは困ったような笑みを浮かべ、改めて相談を切り出す。台詞は最後をぼかしたが、「後はわかるだろ? 察しろよ」という意思を、できうる限り視線に込めたつもりである。

 その意思を悟ってくれたのか、ラヴロフはさらに腕まで組んでうつむく。もうこのまま丸くなって、自分の内側に入り込んで消えそうなほどに、全身を縮こまらせて困っている。


「……ネストはバンディットの……つまりオメエの選択を尊重する。だがな……」


 顔を上げたラヴロフの目は鋭い。

 だがそれがにらんでいるのではなく、こちらを見透かそうと力を込めていることに気づいたシンは、居住まいをただしまっすぐにその視線を受け止めた。

 二人の視線がぶつかり合って数秒の後、ついにラヴロフが口を開く。


「……それはいつまで、だ?」


 その言葉に、シンは目を見開いた。

 当たり前だ。匿うにしても、いつまでも匿えるわけでもないのだ。

 これも当たり前だが、あらゆる行動には、それ相応の責任というものが発生する。特に艦長の権限において乗員を増やすならば、それが例え一時だとしても、発生する責任は大きなものとなる。

 加えてなんと今指摘されるまで、「いつまで」なんて考えていなかったのだ。アウローラ(一人の命)を軽視していたつもりはないが、結果としてそうなっていたことにも気づき、大慌てで思考をフル回転させ始める。


「……最低でも……状況がはっきりするまで、ですかね」


 答えは簡単に出た。というかこれ以外に考えられなかった。

 そしてそれをそのまま口に出し、同時に腹を決める。その間一秒と少々、一瞬たりともシンは視線を逸らすことはなかった。


「まあ、そうなるか。どうせその後は、臨機応変に、ってヤツだろ?」


 果たして先に視線をそらしたのはラブロフのほうだった。

 彼は諦念の混じったため息をつき、自身の白髪の混じり始めたざんばら髪をかき乱した。


「けど……多分、次善の最善(・・・・・)でしょ?」


 腹を決めた以上、シンはこともなげに言い放つ。

 そう。姫を引き渡す(最善)を取らないと決めた以上、どうしたって次善をとるしかない。

 この場合の次善とは、アウローラのおかれた状況がはっきりするまでマグヌム・オプスで匿い、その後は状況と彼女の意思に応じて行動を決めるというものである。


「……ったく……オメエは本当に、バンディット(考え無し)だな」

「なに言ってんですか。俺はどこまでもバンディット(自由人)ですよ」


 ラヴロフは諦念九割の渋面を作って腕を組む。

 対するシンは覚悟を決めた者特有の、いっそ清々しいほどの笑顔を浮かべる。

 これがなにかのディベートならば、シンの快勝といってもいいだろう。


「うっし、わかった。状況がはっきりするまでは隠すんだろ? ならこっちは、それとなく探ってみるさ」


 そのやり取りで、ようやくラヴロフも腹を決めたようで、組んでいた腕を解いて自身の膝を打つ。

 その様子を見て、シンはようやく胸をなでおろすのだった。


「殿下。ご意思も伺わず申し訳ありませんが、それでよろしいですか?」


 論戦の敗者(ラヴロフ)の言葉は、事の成り行きを静観していたアウローラへと向かった。もちろんタラッパを除いた、その場の視線も向かう。

 話を振られたお姫様はというと、それまで蚊帳の外に置かれていたにもかかわらず、まったく気にした様子もなくにっこりと微笑んだ。


「かまいませんわ。『良しなに』というところでしょうか? ただ一つお願いがあるのですが……」


 言いよどむとともに、可憐な笑みが少しだけ曇る。

 なにやら言いにくそうにもじもじとしている。その視線は時折ちらちらと、隣へ向けられてはいるものの、恥ずかしがっているようには見えない。

 どうも色気のある話ではなく、隣の男に遠慮しているようだと判断したラヴロフは、愛想よく笑い「私にできることでしたら」と応えた。


「……ゲーム機を、都合していただけますでしょうか?」


 何でもシンの乗るマグヌム・オプスという艦は設備が古く、また軽巡クラスという大きさの割りに遊びも少なく、よく言えば質実剛健、悪く言えば娯楽の乏しい艦なのだという。


「お救い頂いた手前わがままは言いたくないのですが……その……ここまでの暇つぶしに大変難儀いたしまして……」


 今度はなるべくシンを見ないようにしながら、アウローラはかなり遠慮気味に告白する。

 その姿は懺悔室で己の罪を告解する羊のようであり、それでも言わずにいられないほど退屈というのは苦痛だと示す、心の叫びでもあった。

 ラヴロフが少しだけ視線をずらすと、シンは「お姫様がゲーム、だと?」とでも言いたげに、間抜け面をさらしている。先程の敗戦が悔しかったわけではないが、その様子を見ると妙におかしくなってしまう。


「承知……と申し上げたいところですが、ネストの規則でそれはできません」


 彼の言う規則とはありがちなもので、『依頼に必要なものでない限り、ネストからバンディットへはいかなる物資も提供できない』というものである。

 荒事に首を突っ込むことの多いバンディットにとって、僅かな装備品の違いが命運を分けることなど日常茶飯事である。そんな日常を送るバンディットたちに、ネストが物資の提供において便宜をはかることがあれば、それ以外のバンディットどもが黙ってはいない。

 故にこの規則がある。もっともソロのバンディットは物資購入の伝手を持たないこともザラなので、購入の仲介を行ったり、各種販売会社からの新製品をオススメするなど、小遣い稼ぎ(インセンティブ狙い)的な意味もかねた情報提供については積極的に行っている。

 ゲーム機が物資? という考えもあるが、規律というものは些細なところからくずれるものだ。だからネストは、特に物資に関する規則だけは、四角四面に一切の例外なく守ろうとする。


「……そこでだシン=カザネ。明かせる限りでいい。艦の装備を書き出してくれるか?」


 そういってラヴロフは実に楽しそうな笑みを浮かべた。



-◆-◆-◆-



 結論から言うと、それなりのお金を手に入れることができた。書き出した装備の中に、二つほど高価なものが存在したのだ。

 そのひとつは主機関である反物質反応炉。もうひとつは小型船外作業艇である。

 どちらも第二次宇宙開拓期のもので、きちんと動くだけでも希少価値があり、さらにどちらも美品ということで、『中古品としては』それなりの価格が提示されたのだ。

 とはいえ、さすがに主機関を売るとマグヌム・オプスが飛べなくなってしまうため、シンは泣く泣く船外作業艇を売ることにしたのだった。

 そんなシンは今……へこんでいた。今日一日という約束で貸し出してくれた会議室で、顔に手を当ててうつむいていた。


「古い古いとは言われてたけど……」


 ヤナのタブレットに書き込んだ装備一覧を見て、ラヴロフが目を輝かせた様を思い出し、シンは大きくため息をつく。

 何でも彼の趣味が骨董品集めであり、同好の志の中でも少な目の機械限定ということから、この機会を逃すものかと鼻息荒く言われた。

 所詮フレーバーで買った物だし、無くても困らないものとはいえ、ゲーム内ではほぼ最新の型であったはずである。それが動くだけで蒐集家の鼻息を荒くするほどの骨董品だといわれれば、なんというかその……諸行無常というべきだろうか。

 なお海賊退治の賞金については、当時未登録だったということで、報奨金は少なめだった。しかも作業艇の売却価格より安かった。これもまた物悲しい。


「これでようやく練習に戻れますわ」


 隣に座るアウローラはご機嫌である。

 彼女の手には……正確には傍らのタラッパの手には、バイザー型のVRギアのパッケージがあった。それも二つ。もちろん「必殺ドッキリタラッパ」で買ってきたものだ。

 なぜ二つ? ときいてみたが、「二つないと練習になりませんので」とあっさり返される。練習の相手はタラッパなのだという。

 興味なさげを装って「ふーん」と生返事を返しつつ、しかしシンは内心で、ゲームの練習をしなければならないほど下手なのか……などと失礼なことを考える。

 だがその答えは予想外の方向からもたらされた。


「殿下は銀河でも指折りのプレイヤーです。狙撃姫ヘッドショットプリンセスという二つ名で、エクスタリアの広報に貢献されています」

「もう! タラッパ! ごめんなさいシン様。どうもタラッパの感情模倣AIは、(ワタクシ)の事を自慢したがる傾向にありまして……」


 メイドよろしく感情は抑え目なのだが、気のせいか鼻高々に見えるタラッパと、恥ずかしそうに食い下がるアウローラが妙に尊く感じられる。

 このメイドロイドの自慢話によると、得意なゲームは西暦二千年代を舞台にしたFPS。その中で元々ハイランクの狙撃手(スナイパー)だったのだが、プリンセス就任の年に行われた大会で、自己最高記録となる千三百メートルのウルトラロングショット決めて優勝したときに、狙撃姫の称号を大会運営から送られたのだという。

 もちろん舞台の設定上、今のような照準補正装置など存在しない。その中でのこの記録なのだから、当人は一生に一度の幸運にも味方されたと述べてはいるものの、二つ名がつくのもうなづけるというものだ。

 アウローラの補足によると、タラッパのサポートを受ければ二千メートルのスナイプも――無論弾が届けば――可能だという。


「……広報?」

「ええと……はい。大会に出場して、いい成績を出して、最後に言うのですわ。「エクスタリアへおいでください。私は誰の挑戦でも受けますわ」と……」


 一つだけ引っかかった言葉に首をかしげるシンに、まだ恥ずかしいのか上目遣いのままでアウローラは説明を返す。

 得心がいったのかうなづくシンだったが、お姫様の説明はまだ続く。


「……それでクーデターの(あの)時も、銀河通商連合主催の大会へ出場するため、移動中でした」


 そして話はいきなり重くなった。

 こうなるとシンとしては、どう返せばいいかもうわからない。笑えばいいのか、慰めればいいのか、少なくとも怒ったり茶化したりする場面ではないことだけはわかる。

 結果として、黙りこくったまま、彼女の次の言葉を待つことしかできなかった。


「……お伺いしたいのですが……。なぜシン様は、『最善』を選ばないの、ですか?」


 ためらいがちに放たれたお姫様からの問いに対して、シンは答えをすぐに返せなかった。

 明確に説明できる理由などないからである。あえて言葉にするならば、「なんか嫌だったから」というところか。加えていえば、いくつか腑に落ちない点もあるのだが、理由にするには少々弱いのだ。

 だからシンはカッコつけることで、ごまかす事にした。なおかわいい女の子の前で良いカッコがしたかったという理由も、わずかばかりではあるがあった。


「せっかく助けたんだ。結果がもし『断頭台の露に消えました』じゃ、助けた甲斐もないだろ?」


 残念ながらカッコつけには失敗したようだった。何せいっている事が本心と大差ないのだから。

 だがその空回りは、別の意味で成功したらしく、アウローラの口元に年相応の笑みが浮かんだ。


「まあ。本当にバンディットというのは、自由なのですね」


 お姫様が微笑んだ瞬間、殺風景だった会議室が、まるで陽だまりの様な暖かさに包まれた。

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