11.強い女(ひと)たち
ようやく更新できました。
ここからまた週一更新を目指して頑張ります。
シンがアウローラを匿うため、ネストの会議室で喧々諤々やっていた頃。
ミリアは、宇宙港の中をさまよっていた。
発端はバンディッツ・ネストにあるカウンターの一つで、通信設備の拝借をお願いしたことにある。
「端末込みなら一分三クレジットです。一時間以上なら、セットがお得ですよ」
笑顔とともに放たれた、そんな受付嬢の言葉に、ミリアは崩れ落ちないようにするので精一杯だった。
何でそんな「わあ良心的」みたいな良い笑顔でいうのか。こちとら漂流上がりで文無しだというのに。そんな言葉を飲み込み、彼女は引きつった笑顔で礼を言って、ネストを離れる。
ネストのあったブースを出て真っ先に探すのは、銀行である。そしてすぐにそれは見つかった。
どんなに技術が進み、通貨がデータのやり取りだけになったとしても、銀行には窓口がありそこに人がいるのは変わらない。母艦の轟沈でカードを失ったミリアにとっては、まずは決済可能な状態にすることが最優先なのだ。
「ハイ。クレジットカードの再発行ですね? ではこちらに……」
窓口から促されるままに必要事項を記入し、パイロットスーツについた階級章と指紋・虹彩・静脈及び顔認証、そして自筆サインにて本人確認を取る。後十分ほど待たされた後で、再発行されたクレジットカードが、ミリアの手元にもたらされた。
そうなればこちらのもの、いわば全ての準備は整ったである。
次に飛び込むのはアウトレットのあるブースである。読みどおりバンディット向けの、無骨で多機能なものが並ぶ中から、それでも比較的女性向けと思われるデザインのジャケットを選ぶ。やはり長袖のフィッシングジャケットのようなものしかなかったが、元々端末やカードを入れるポケットがほしかっただけだし、ウェアラブルタブレット用のバッテリー機能もあるためよしとする。
遥か昔、パイロットが空しか飛んでいなかった時代とは異なり、今のパイロットスーツは宇宙服兼用の、ポケットもないシンプルなものとなっている。そのため今アウターを調達するのは、合理的ともいえるのだ。その分財布にはやさしくなかったが。
続くは通信端末を扱うショップである。彼女自身残念ながら安月給ではあったが、ここは奮発して最新式のブレスレットタイプのホロタブを選択する。どうせ恩給も出るのだし、多少散財したところで問題はないという考えからだ。
「ふ……ふふふ……ようやくだ」
通信ショップブースの隅。他の人の邪魔にならないところに避難し、ミリアは思わず不気味な笑みを浮かべる。
そしてブレスレットを操作すると、目の前に突然ホログラムの板が浮かび上がる。これだ。これこそ彼女がずっと求めていたもの、ホロタブである。
表示内容が裏側から透けない最新式のホロタブを操作し、階級章とリンクさせて念願のサイトを立ち上げる。それは連合宇宙軍所属のものだけが使える、『ゲート』という愛称を持つVPN接続の認証ページである。
マグヌム・オプスで操作したときは、階級章とのリンクはできたものの、ゲートを表示させることができなかった。表示がめちゃくちゃになり、どこに触れてもうんともすんともいわなかったのだ。もう百年くらい前になる、第三次宇宙開拓期終盤の仕様までなら対応してくれるはずなのに、である。
早速認証を行い、第七方面軍の総合報告フォームに入力を開始する。
――自身の所属する周遊艦隊が壊滅し漂流。バンディット志望の未登録艦に救助されたこと。
――クーデターの生き残りであるアウローラ殿下も漂流していたため、その未登録艦の協力を受けて救助したこと。
――そして現在、エクスタリアⅡの第三宇宙港に到着し、この報告を行っていること。
――最後に、現在待機中であるため、指示を請うこと。
以上を簡潔に、かつ上官へ報告するように失礼のないよう、最低限の報告文書として記入し、送信を行う。後はリアルタイム(といっても距離の都合上時差はあるが)で更新されるため、返信が来るのを待つだけである。
「これでよし。後は……」
念願を果たして上機嫌なまま、宇宙港のマップを表示する。そしてお目当ての場所を探すのだが……。
「バー、居酒屋、キャバクラ、ホストクラブ……カフェは、カフェはないのか!」
さすがネストのある宇宙港……バンディット達の溜り場ということなのだろう。ホストクラブが女性バンディットの存在を匂わせたのは驚いたが、それを含めても飲み屋ばかりで、いい感じに時間を潰すためのカフェが見つから……あった。
目的の店を見つけたミリアは、その勢いのまま飛ぶようにカフェへ転がり込み、ホットコーヒーと適当なデザートを頼んで席に着く。
「…………ふぅ…………」
改めて思い返すと、このようにゆったりとした時間を過ごすのも、久しぶりかもしれない。なんだかんだいって、マグヌム・オプスの中ではレーダーを監視していたため、本当の意味で気が休まるのは眠るときのみ。それでもあの艦の寝室はかなり簡素で、寝相が悪ければすぐに身体が痛くなるようなものだった。
本来ならば今だって、優雅にお茶している時間ではないのだが、そこは司令部が遠く離れた第七方面軍である。
エクスタリアの駐屯地へ連絡を取り、状況を把握してミリアの報告に答えるには、恐らくもうしばらくはかかるだろう。ワープ航法の技術を応用した超空間通信を用いても、第七方面軍司令部とエクスタリアの間のデータのやり取りには、確か片道三分ほどかかったと記憶している。ならば意思決定の時間も含め、返信が来るのは三十分くらいはかかるだろう。
「そうだ。モリエール准将にも連絡入れないと」
唐突にミリアは、同じ地方出身で訓練所も同じということで意気投合した、女性士官の顔を思い出す。
レティシア=モリエール――二十八歳の若さで第三方面軍の副指令にまで上り詰めたかの才媛は、なにかにつけてミリアに目をかけてくれ、次の転属の際は第三方面軍に来るよう誘ってくれる。
正直ミリア自身、一介のパイロットでしかない自分と、第三方面軍の副指令というのは、友人としてはつりあわないとは思うのだが、あのサバサバとしていて幸せそうにスイーツを食べる御仁のことを、遠ざけようと思ったことなど一度もなかった。
彼女の個人アドレスなら、個人用のクラウドストレージの中にある。専用線の機能を持たせるため整備されたVPNと違い、通常の汎銀河ネットワークを介しての通信であるため、それでもタイムラグは十分前後になるはずだが、それでも元々エクスタリアに着いたら一報する約束だったのだ。ならば彼女に連絡するならば、正に今であるだろう。
どうせ返信が来るまで暇なのだからと、ミリアはいそいそとメッセージを書き始める。もっとも軍規の都合上、機密は守らなければならないため、メールの内容は二人で取り決めた符丁を使い、表面上は「エクスタリアに着きました。これから遊ぶぞー! お土産期待しててね」的なものにする。
気がつくとVPNのほうで返信が来ていた。年上の友人宛のメッセージは簡素な文にしたつもりだったが、符丁を思い出しながらということで思いのほか時間がかかっていたようだ。
内容は、アウローラ殿下についてだった。怪我はないか、今なにをしているのか、そしてこの後どうするのかというものだ。
一瞬シンの顔が浮かび、秘すべきかとも考えたミリアだったが、あわててその考えを振り払った。彼女は軍人であり、その軍人が虚偽報告を行うなど、考えてはならないのだ。
だから返信に対し、殿下に怪我はなく至極健康であり、この後については艦長が直接の引渡しを渋ったため、現在バンディッツ・ネストにて相談中であることを報告する。
ちなみに相談中とは書いたものの、アウローラ殿下とはここでお別れだろうと思っている。きっとネスト側から説得され、ネスト経由での引き渡しになるだろうと。
そんなことを思いながら一息ついていると、次の返事は十五分少々で戻ってきた。内容は……。
「……シンの艦に継続して乗艦。艦長に出頭を依頼せよ、か。以降は出発前と緊急時以外は定時連絡のみとすること、か」
艦載機に積まれた電波通信が、出力の都合上使用できないため、このような結果になるのはほぼ予想通りである。
恐らくこれから、第七方面軍基地と、エクスタリア駐屯地とで密なやり取りが行われ、状況確認と今後の対応が決められるだろう。
残念ながら、一介のパイロットでしかないミリアには、これ以上はどうすることもできないのだ。もっともこれは、ただのパイロットに過剰な責任を負わせないための措置であり、そのこと自体は彼女も納得していることだ。
そうして一通りの連絡を終えたミリアは、ぬるくなったコーヒーを含み、改めて一息つくのだった。
-◆-◆-◆-
一仕事終えたミリアがバンディッツ・ネストへ戻ったとき、シンの姿はどこにもなかった。
艦に戻ったのかと思い、受付で聞いてみると、十分少々待たされた挙句、奥の会議室にいると教えられた。
そして案内されるまま会議室へ赴いたのだが、そこに広がっていたのは驚愕の光景だった。
シンとアウローラの二人は、なんと二人でVRゲームに興じていたのである。人の苦労も知らないで。
「やべー。殿下強いわー」
「ふふ……シン様も初めてにしては、かなりお強いですわ」
一体何戦したのか、二人ともかなり仲良くなった様子で話しながら、VRギアをはずして笑いあう。人の苦労も知らないで。
必要なこととはいえ、あちこちを駆けずり回ったミリアの苦労は、それなりのものがあった。そんな苦労をしている最中、二人が和やかにゲームなどしているのが気に入らないのだ。しかも結構仲良くなっているのが、これがまた気に入らない。なお念のために言っておくが、これは決して嫉妬だとかそういう類の感情ではない。そういう類の感情ではないのだ。
「おうミリア。連絡、取れたか?」
しかもこれである。なぜこのシンという男は、こんなに気楽な調子で人に声をかけてこれるのか。なんというか、お腹の底の方で溶岩に似たなにかが急速に過熱されていくような、そんな感情がわきあがってきてしまう。
だがミリアという女はそれを表に出さない。一つ深呼吸をしてから、なるべく普段と同じ調子を心がけ、口を開いた。
「ああ。問題なく連絡が取れた。そこで一つ要請したいのだが……」
タイミング的にもちょうど良いと、ミリアはそのまま出頭要請を切り出す。
自分を送り届けるついでに、といった気楽さを押し出しての要請だったが、シンはそれに対し難色を示した。
「う~ん……出頭ってもいいけど、ちょっとだけ時間がほしいかな。補給も途中だし、殿下のこともあるから」
シンの回答を聞いたミリアは、首をかしげた。
なぜここで殿下が出てくるのか? 二人でエクスタリアⅠの連合宇宙軍駐屯地へ赴き、所属パイロットを救ってくれた礼状に心付を添えて渡すだけだ。恐らく勧誘はされるだろうが、シンがそれを受けるとは思えないため、そこからは晴れて自由の身だ。
ちょっとだけ……いや正直に言うと大分名残惜しいが、バンディッツ・ネストへ戻るなり、また別の星系へいくなり自由にすれば良い。
「…………シン。キミは……まさか……」
「おう。もうちょっとだけ殿下を匿うことにした。せめて状況がはっきりするまでは、な」
かなり嫌な予感がして訊ねてみると、シンはあっけらかんと答える。
次の瞬間、ミリアは強いめまいに襲われた。膝から崩れ落ちなかったことを褒めてほしいほどだ。
シンはいいのだ。コイツは最後まで殿下を引き渡すことに難色を示していたから。恐らくネストでごねたのだろうことは予想がつく。
だがネストが、バンディッツ・ネストがその選択を支持するとは、正直な話彼女にとってまったく予想の範疇になかった。
「……シン……キミは……」
そのカッコ可愛い顔を苦渋に歪ませ、ミリアは絞り出すような声を出す。
彼女の言葉は途中で自重された。なぜなら続く言葉は、「正気か」だったからである。いくらなんでも原因である殿下の前で、それを言うのははばかられたのだ。
「ミリアさんのおっしゃりたいことはわかりますわ。私にも、あまり賢い選択だとは思えませんもの」
ミリアの意見に同意する声は、なんと原因たる殿下よりもたらされた。
しかもこのやんごとなき可憐な少女は、ミリアが自重した台詞を悟ったようで、困ったような苦笑を浮かべていた。
こうしてなぜか、ミリアとアウローラの間に、奇妙な連帯感に似たなにかが生まれる、なにか温めの空気が流れ始めていた。
「しゅ、出頭はするって。ただ出航までちょっと時間がいるんだってば」
流れ始めた空気を悟ったのか、シンはあわてて愛想笑いを浮かべ、言い訳を始める。
そして流れを変えようと周囲を見回し、ふと目に止まったVRギアを拾い上げた。
「だからさ。ミリアもどうだ? 噂の狙撃姫の実力、興味あるだろ?」
彼の行動は明らかに話を逸らすものだったが、その言葉は確かにミリアの興味を惹くものだった。
なにせ銀河に名立たるスーパープレイヤー、狙撃姫である。ゲームでの話とはいえ、彼女が軍人としてその腕前を見たいと思ったのも、無理のない話だ。
「わかった。その挑発、乗ってやろうじゃないか」
見ようによっては獰猛とも取れる笑みを浮かべ、ミリアはVRギアを手に取った。
こうして、地獄のような総当たり戦が幕を開けたのだった。
誰にとっての地獄かって?
「おおい、補給終わったぞ。ったくエクスタリアⅠ・Ⅱ間の流通まで制限……なにやってんだお前」
小一時間の後、支部長自ら補給の終了をつげに会議室へ訪れたとき、彼が目にしたのは弱々しくテーブルに突っ伏すシンの姿だった。
「ふふん。軍隊式格闘術と無重力化近接格闘術は、プロ級なのだぞ」
「すばらしい腕前ですわミリアさん」
そしてそんなシンとは反対に、暴力的なまでの胸部装甲を突き出して鼻を高くするミリアと、目をキラキラと輝かせて彼女をたたえるアウローラの姿。
要するに、初期武装と初期位置をランダムにした結果、狙撃銃を手にした瞬間にアウローラ無双が始まり、近距離に踏み込まれた瞬間にミリア無双が始まったということだった。
結果三人の中で、シンの勝率が最も低く、このような体たらくに至った。というわけであった。
誰にとっての地獄だったかというと、それはシンにとってだったのだ。




