12.陰謀の影
遅くなりました。
前回投稿が九日ですので、ギリギリですが週一本は守れていると思います。
まだロスタイム、ロスタイムだ!!
VRゲームによる(シンにとって)地獄のような対戦の後、ようやく出航と相成ったマグヌム・オプスであるが、入港時同様に出航も非常にスムーズに行われた。
現在の配置は、艦長席のシンと操舵手席のミリアは変わらず、アウローラに引きこもりを辞めていただき、砲手席へと移動願った。なおタラッパは当然のように、お姫様の傍らに控えている。
彼女の場合はたとえ艦の重力制御が切られても、スカートの中まで充填されたリキッドメタルで自分を支えるので、席に座る必要がないのである。
現在マグヌム・オプスはエクスタリアⅡの第三宇宙港周辺にて、管制塔からの航路指示を受け、微速にて加速開始位置へ移動中である。
「改めて言うが、俺が議会の伝手で情報を仕入れるまでは数日かかるだろう。出頭済ませたら一度戻って来い。いいな?」
ブリッジのモニター越しに声をかけてくるのは、顔だけになったことで怖さが増したと評判の、バンディッツ・ネストエクスタリア支部支部長ラヴロフである。そのだみ声のせいか、かけてくる言葉も乱暴に聞こえるが、内容そのものはシンたちを心配しているものである。もっとも彼が心配しているのは、アウローラ殿下のことだ。
なんにしても、顔に似合わず随分と気配りのできる人物のようだ。そうでなければ、ネストの支部長など務まらないと思えば、当然のことなのだろう。
「ではうまく行けば、戻る頃には何かわかってるかもしれませんわね。お骨折りに感謝いたします」
艦長を差し置いて――いやこの場合は、ラヴロフの骨折りが誰のためかを考えれば妥当か――アウローラが華のような笑みを浮かべ、軽く会釈を返す。優雅なカーテシーは披露の機会を逃した。なぜなら航路に乗るまでは、シートベルトの着用が義務付けられているからだ。
「マグヌム・オプス艦長として改めて。ラヴロフ支部長、相談に乗ってくださってありがとうございます。必ず戻ってきます」
お姫様に続き、艦長席からシンも頭を下げる。
その言葉は心から出た素直なものだった。今から思えば、殿下だけ取り上げられて適当に追い払われても文句は言えないはずだった。ここまで良くしてもらえるなど、想像もしていなかったのである。
「おう。テメエは死んでもいいから、殿下だけは必ずお連れしろ。い・い・な?」
どアップですごんでくるラヴロフに、前言撤回したくなった。
あくまでも彼の関心はアウローラにあり、こちらはついで……でもないだろう。これはあくまでも優先順位の違いなのだ。そう、優先順位の違いに違いないのだ。
「へーへー、そりゃあちょっと行って戻ってくるだけだけどさ。まあいいや」
艦長然とした態度を一瞬で崩し、シンはぼやきながら苦笑を浮かべた。
しかし加速開始位置へ移動が完了したことを、船のAIからの報告で確認すると、すぐに表情をきりりと引き締めた。
「目標エクスタリアⅠ連合宇宙軍駐屯地。マグヌム・オプス発進!」
艦長ムーブ全開でコールをしておいてなんだが、艦長自らスロットルレバーを引く。ミリアとアウローラにはひとまず席に着いてもらったものの、結局はゲストとしての扱いなのである。
大小の楔をいくつか組み合わせ、大きな楔にしたかのようなシルエットが、艦尾メインノズルより大きなプラズマ炎を吐き出し、マグヌム・オプスは加速を始めた。
漆黒の宇宙空間を……といいたいところだが、エクスタリアの太陽に照らされ、エクスタリアⅡを背にしてマグヌム・オプスは宇宙空間を進む。
エクスタリアⅠまでの所要時間は、星系内通常巡航速度で約24時間。中央管制塔からのデータを元に、艦の自動航法システム頼りで進むため、結局またも手持ち無沙汰な時間ができる。
そんな時間の中、シンはブリッジで、だらけてはいなかった。
では何をしていたかというと、両手で抱えられる程度の大きさの紙包みを前に、なにやら悩んでいた。
「さっきから何を悩んでるんだシン? その包み、開けないのか?」
悩むシンに横から声をかけたのは、艦長席まで登ってきたミリアである。
レーダー監視はエクスタリアの管制が全てやってくれる。重力嵐や隕石群が接近しない限り監視も必要なく、そしてそういった存在があれば管制から警告が来る。レーダーを見るのは、警告が来てからでも遅くはないのだ。
つまりは暇なのである。
なおアウローラは部屋に戻った。改めてゲームの練習をするのだという。
「ああ。ネストの規則を曲げても渡すものって、なんだろうと思ってさ」
ミリアの問いに、シンは困ったような様子で答える。
彼の頭を悩ませている目の前の包み。それは出航直前にラヴロフから渡されたものである。
ゲーム機の都合まで渋ったネストが、その規則を曲げてまで提供してきた『物資』である。どうしても警戒心が先にたってしまう。
「殿下が乗る艦相手に、不利益なものは渡さないだろう。悩んでないで開けてみたらどうだ?」
気楽な調子で促してくるミリアを見ると、なにやら含み笑いを抑えきれないでいる。
どうやらこれが何か知っているようだが、軍人然としたカッコ可愛い顔が、友人相手に見せるような気安い笑みをたたえている。これが彼女の素なのだろうか。
とにかく、そういうことなら過剰に警戒するのも馬鹿らしいかと思い、シンはようやく包み紙を開けた。
「これ、は……?」
取り出されたそれは、大きな飾りボタンつきのポケットが、いくつもつけられたハーフコートだった。
色は青を基調に袖は白で、袖口や前の合わせ目は黒で、いくつかあるポケットのフラップは赤で縁取りがされている。
何より特徴的なのは、右の肩口にある、マスケット銃とカトラスを交差させたエンブレムの存在である。
「これが、『バンディットジャケット』と呼ばれる、多機能ジャケットだ」
得意げなミリアを横目で流しつつ、シンはゲーム機と一緒に買っていたタブレットでジャケットのマニュアルを確認すると、これはなかなか面白いもののようだ。
特筆すべきはまず防弾機能。拳銃弾はもちろん、通常弾のアサルトライフルくらいまでなら弾丸を徹さないという。なお衝撃は通すため痛みに覚悟することとかかれてあった。
次は簡易宇宙服機能。襟を立てて首元まで閉じ、襟ごとヘルメットを被ると、なんと短時間ながらヘルメット内に空気を提供してくれる。元々宇宙服の上から着るものではあるが、予備の酸素高級装置としては十分な機能だ。
続いてバッテリー機能。袖口のカフスボタンと、胸ポケットを留めるボタンに電力供給用のスロットがあり、船外作業用のライトくらいなら二時間以上使える。さらに同梱のグローブに接続すると、スタンガンとしても使える。
極めつけはポケットについた全部で四つの飾りボタンである。グローブをつけた手でジャケットから引きちぎり、エンブレムに接触させることで安全装置の外れる、焼夷手榴弾となっている。なお複雑な手順を踏んで安全装置をはずさない限り、火であぶっても薬品をかけても暴発しない、非常に安定した火薬を使っているのだと書かれている。
これら全ては肩口のエンブレムに登録されたバイオデータで認証を行う。つまりシンのバンディットジャケットは、シンが着ない限り高価な防弾服でしかないのだ。
これだけ盛ると蛇足に見えるが、目に見えるポケットのほかに隠しポケットも充実しており、通信機やホロタブを仕込む場所には困らない。
「……いやこれ……スゲエなこれ……」
シンはマニュアルをざっと読み、その多機能っぷりに呆れ半分で驚く。
あえて難点を挙げれば、いくら安定しているとはいえ、手榴弾を服につけるのは少し怖いことと、焼夷手榴弾が原子火薬でないことくらいか。
ちなみにミリアも、いつの間にか同じようなジャケットを着ていたが、それはデザインだけ似せたイミテーションで、防弾機能はないのだという。もちろん手榴弾も着いていない。
「これ自体がバンディットの代名詞のようなものだからな。防弾性能は軍の多機能ベストのほうが上だが、他の機能はどうしても劣るんだ」
唖然としている反応を見て、ミリアの笑みがさらに明るさを増した。
その笑顔に押されるように、シンはおずおずとバンディットジャケットを羽織り、前を四分の一ほど残してファスナーを上げた。
袖丈含めサイズが合っていることを確認し、一度立ってみるのだが、ここには鏡がないことに気づく。
「なら私がホロタブで撮ろう」
言うが早いか左手をかざし、ホロタブの基部を用いてシャッター音を鳴らす。
そして促されるままホロタブを見ると、そこには黒髪短髪の細マッチョが、青を基調としたジャケットに袖を通した姿があった。
「う……ん……これは似合っている、のかな?」
ワイルドアップバングという髪型に分類される、サイドを短めに刈り上げフロントとトップで爽やかさを演出した髪型が、なんだか青とはあっていない気がする。
それでもなんとなくだが、爽やかさの中に『男っぽさ』が出たような気がして、少し気に入ってきたのも確かだ。
「私は、似合っていると思うが?」
どうやら気に入ったらしく、ミリアはホロタブを操作して、今しがた取ったフォトをクラウドストレージに入れる。
その言葉に歯切れの悪さを感じ取り、改めて彼女を見るシンだったが、二人の視線が合った瞬間、ミリアは意を決したように自身の胸元に勢い良く手を突っ込んだ。
「……シン。これを、返しておこうと、思う」
言葉とともに差し出されたのは、八角形のトップが着いたペンダント。アルスティオンとマグナイザーの、認証用デバイスだった。
これを返すということは、ミリアがマグヌム・オプスを降りるのも間近であることを指す。
「ああ。そう、だな」
なんとなくしんみりしてしまったブリッジの中で、シンは気の効いた言葉も吐けず、ペンダントを受け取った。
自分同様、彼女も名残惜しく思ってくれるのならありがたいと、ふとそんなことを考えながら。
-◆-◆-◆-
連合宇宙軍エクスタリア駐屯地指令ダンテ=チェーヴァ准将は、焦燥の局地にあった。
彼の焦燥の原因は、周遊艦隊である。
周遊艦隊は目論見どおり、少し遅れて到着した。乗組員も全員を知っているわけではないが、少なくとも艦隊指令以下数名の側近については、彼の良く見知った者たちだった。
ここまでは全て順調だった。到着した艦隊も、結局沈むのだから、最後には全て辻褄が会うはずだった。
「……バカな……。生き残りが、いただと?」
第七方面軍司令部より通達があったときは、寿命が縮んだかと思った。
まさか旗艦の爆発に隠れ、航宙戦闘機が一機逃げ延びていたとは。
しかも逃げ延びただけではなく、未登録艦に拾われた上に、どこからかアウローラ殿下まで調達していたとは。
第七方面軍からの依頼によって、バンディットになった未登録艦が出頭してくるまで、もうあと半日もない。
このまま生き残りが到着すれば、まずいことになる。
側近どもは黙らせた。だが下士官全ての口をふさぐなどできない。その中に一人でも、正義に燃える軍人様がいれば、それだけで身の破滅を招きかねない。
「くそ……くそっ……据物撃ちもできんのか。弱兵共が……」
罵るだけ罵るものの、しかしそれだけでは終わらない。この後の処遇を考えなければならない。
ダンテは、最近富にだぶついてきたあごの肉をもみながら、高速で思考をめぐらせる。
一番は全員を捕らえること。捕らえてしまえば証拠も含めて、後はどうとでもなるからだ。だがそれは難しい。
司令部経由の報告によると、出頭予定の軽巡級は一人でも運用できるというが、まあ嘘だろう。相手は軽巡クラスだから、百名程度の乗組員がいるはずだ。軌道上の宇宙港に誘い込んで制圧では、こちらにも少なからず死傷者が出るのは間違いない。
ならば撃沈がいいだろう。何せ表向きは、艦隊最後の生き残りの救助者だ。地上基地に招いたところで、不自然さは感じない。例えばそこで正体不明の艦隊に襲撃を受けたなら?
悪くないシナリオだ。難点はVIPの生存が絶望的になることだが、そのあたりも問題はないだろう。最後を彩る奇跡の生還劇がなくなるだけで、うそ臭さがなくなる分むしろいいかもしれない。
「そうなれば容疑は……やはり背任、か」
自身の思考をつぶやき一つで纏め上げ、副官であるリー=ウェイ大佐を呼びつけると、今纏め上げたばかりの案を突きつけた。
かなり強引な手であることは否めないが、何しろ時間がない。後はアドリブで何とかつないでいくしかないだろう。
「ダンテ指令。それは……強引では?」
果たして副官からもたらされた返しは、上官相手とは思えないほど直球だった。
ダンテは副官の様子にイラつきつつ、葉巻を取り出して火をつけ、燻らせて安寧を保つことにした。
「仕方ないだろう。時間がないのだ」
エアリサイクラーのフィルタを劣化させ、寿命を縮める煙を燻らせつつ、ダンテはそれでもイラつきを抑えられず不機嫌な声を上げる。
そんな上官の言い訳に納得したのかどうか、見た目だけは温和そうな初老の紳士は、こともなげに口を開いた。
「やむを得ませんな。情報の出所は……後で考えましょう。『タレコミがあった』では、納得しないものもいるでしょう」
「なあに。ミクソン少将殿はこちら側だ。無理は利くさ」
副官の言葉を冗談と受け取ったのだろう。ダンテはそう嘯いて笑う。
「しかしリー大佐。貴様、刑事ドラマの見すぎではないかね?」
少し肩の荷が下りた気になったのか、そんな冗談まで付け加えられるほどに。




