22.拗れた想い
お待たせしてすみません。
どうぞよろしくお願いします。
シンが色々と妄想にふけっていたちょうどその頃。
アウラは国王の執務室において、その部屋の主にして自身の父親である、アドリアーノと対峙していた。互いにタラッパをはじめとしたお付きを従え、水入らずというわけではなかったが。
何を話していたか? それはもちろん、これまでのことである。
わけもわからぬままに宇宙服を着せられ、タラッパの中にとらわれて、目が覚めたら見も知らぬ艦だったことから始まる。
自分を助けた相手は、海賊かもしれないと聞いた。幸いにも彼は善良であったが、タラッパの説明を聞いてはいたものの、実際に会うまでは正直なところ戦々恐々としていたこと。ミリアという連合宇宙軍の漂流者も一緒でなければ、もしかしたら彼の善良さにも気づけなかったかもしれないこと。
それからクーデターの事実を知り、気を失いそうなところをどうにかこらえ、動揺を悟らせないよう割り当てられた部屋に引きこもらせてもらいどうにか過ごしたこと。
ようやくたどり着いた母星では、こそこそとまるで犯罪者のように隠れ忍び、それでもバンディッツ・ネストで一息つけるまでは、とにかく心細く寂しくいつ泣いてもおかしくないところを、第二王女という肩書きに恥じぬ振る舞いをと念じることでどうにかやり過ごしたこと。
帰還最初の公務である、国民に対して健在をアピールする式典まで、かなりの時間があることを利用して、とにかく今まで起きたことを話そうと、アウラは必死で言葉を重ねた。
「……そうか……大変だったな」
バンディッツ・ネストにたどり着いたところまで話し、一息つくためかお茶を口にするアウラを前に、娘の言葉を聞いたアドリアーノは重苦しいため息とともにそんな言葉を継げる。
内容だけなら軽く聞こえる言葉ではあったが、そのため息の重さと、沈痛な表情が言葉以上の感情を物語る。
目覚めたときの驚きを除くと、内容だけなら順調な航海ではあったものの、娘の心中を慮ればその心細さはいかほどのものか。推し量ることさえ難しいからこその、重苦しいため息であった。
「ええ……大変でした。ここまでなら……、大変なだけでした」
そう前置きして、アウラはついに例の一件を口にする。
それは、連合宇宙軍(もしくはそれに擬態した艦)に、警告もなし砲撃されたことだ。
これにはアドリアーノもしばし絶句せざるを得ない。つい先程「死んだほうがよかった」などとのたまった人物率いる連合宇宙軍が、まさか本当に自分の娘を殺そうとしたなど、想像の埒外であったからである。
「……それは……事実、なのか?」
あまり意味のある言葉ではなかったが、父親としては聞かざるを得なかった。
きちんと調査したわけではないし、またそんな時間もない。チェーバ准将に問いただすならば真相もわかろうが、アドリアーノには時間的にも心理的にもそんな余裕はなくなっている。
「少なくとも……連合宇宙軍から指定された宙域で、連合宇宙軍の紋章をつけた艦から、不意打ちを受けたことは、間違いありませんわ」
残念なことに調査の必要もなかったらしい。ここまで状況証拠がそろってしまえば、物的証拠や政治力などなくても、連合宇宙軍が自分の娘を暗殺しようとしたことは、もはや動かしようがない。
実はこのときのアドリアーノには、「自分の娘がバンディットの艦に乗っていたことを、連合宇宙軍は知っていたのか」という視点が欠けていたのだが、娘帰還の知らせを聞いてすぐの、チェーバ准将と罵りあう切欠になった言葉のおかげで、その視点は完全にすっ飛んでしまっていた。
故に黙り込んでしまう。娘の命の危機の原因が、自分にあるとわかっているから。
見ればアウラも黙り込んでいた。だがはっきりと渋面を浮かべるアドリアーノに対し、娘は奥歯に物の挟まったような顔で、なにやら迷っているように見える。
結果的に奇妙な沈黙が生まれた。その時間は生まれと同様に奇妙な長さを持ち、お付きのものさえ怪訝な表情をするほどだ。余談だが、タラッパはいつもの鉄面皮(比喩ではない)である。
「…………お父様……。一つ、聞いてもいいでしょうか?」
逡巡の末、意を決したように父親を見つめながら、アウラは口を開く。
「……どうした? そんな……コホン……改まって」
姿勢をただし、睨みつけるといってもいいくらいに険しい目を向けてくる愛娘に気おされるように、アドリアーノは口を開く。開いてみてわかったが、随分と声が掠れている。隠し事を行っている後ろめたさが、喉を乾かし声を掠れさせたのだろうか。
そしてついに、アウラの口から決定的な一言が発せられた。
「一体何が起きているのですか? この、エクスタリアで」
それは正に直球だった。そしてそれは、アウラも含め、マグヌム・オプスに乗艦していたものたちの総意であった。
無論彼女にも確信があったわけではない。だがしかし、いやだからこそ、アウラは今ここで問いただすべきだと判断したが故の、ド直球ストレートであった。
そんな剛速球を受けたアドリアーノだが……彼は即答を避けた。
彼とて政治家の端くれである。この場を誤魔化すのは容易いとは思わないが、到底不可能だというつもりもない。だがこの場を誤魔化していいものか、それとも全て正直にぶちまけるか、迷ってしまったのだ。
「……わかった。いずれは、話さねばならんことだからな」
アドリアーノはそういって、ため息を一つ。否これは、覚悟を決めるための深呼吸か。
そしてついに彼は、全ての終わりを口にした。
「エクスタリアⅡの大規模資源開発を、行う」
突如として放たれた言葉に、アウラは小首をかしげ、次いでお茶を一口含み、一息ついてからアドリアーノを見つめる。
「お父様は正気ですか?」
「……せめてそこは本気かと言って欲しかったよ」
愛娘から放たれた、人を人とも思わぬ冷酷なツッコミに、アドリアーノは苦笑を浮かべた。
だがそんな程度で彼女の追及がやむわけもない。
「ではエクスタリアは……エクスタリアはどうなるのですか?」
その声は僅かだが震えていた。
その反応だけで、アドリアーノはエクスタリアⅡの資源開発を行うことの意味を、娘が正しく理解していることを悟る。
エクスタリアⅡの陸地はⅠに比べて分散し、個々の面積もさほど大きくはない。中央部が砂漠化している部分も、ほとんどないほどだ。
そんなところで大規模な資源開発を行えばどうなるか。どれほど環境に気を配ろうとも、今までのようにクリーンな状態を保つことはできない。少なくともリゾートとしての景観を保つことは、厳しいといわざるを得ないだろう。
すなわち、リゾート惑星としてのエクスタリアにとって、重大なダメージを負うことになる。
それがわかっているからこそ、アウラの声は震え、そして父を狂人扱いしたのだ。
「リゾート立国としてのエクスタリアは終わりだ。これからは、エクスタリアⅡの資源を元に、工業国家としての道を歩む」
続くアドリアーノの言葉に、アウラは眉をひそめた。
父親が何を言っているのかわからなかった。まるで何か別の生物のようにも感じる。
それでも、今の彼女にとって、目の前の男を止めなければならないということだけは、はっきりとわかった。
そして同時にその方法も。
「そんなこと、議会が許しませんわ。私たちの持つ権限はご存知でしょう?」
アウラは父親の〝妄言〟をこのように切って捨てた。
彼女は決して声を荒げるようなことはしない。まるでビジネスのように、淡々と問いかける。
本来ならこれで〝詰み〟のはずである。なぜならエクスタリア王家というものは、要するに強めの権限を持つ外交官に過ぎず、ここまでの妄言のように一国の情勢を左右することなどできないはずなのだから。
だがアドリアーノは、娘からの言葉にも一切動じることはなかった。
「議会の上のほうとは話がついている。三王家も全て根回しは終わっている。そのために今までやってきたのだ」
今度はアドリアーノが、娘の言葉を切って捨てる番だった。
こちらは憮然とした表情で、しかし相手が愛娘であるからか、少しだけ苦い表情だ。
「……そんな……」
相手が詰んでいると思ったら、詰んでいたのはこちらだった。その事実に、アウラの顔が青ざめる。
エクスタリアは立憲君主制を採用しており、実際の行政は議会制を採用している。つまり数年に一度選挙があり、国民はそれをもって間接的に政治に関わっている。
それ自体は彼の野望が妄言である証左でしかない。もちろん議会の上層部と王家を抑えている以上、彼の妄言が実行されるのは間違いないのだが、そうやって無理矢理国の形を変えたとしても、次の選挙で政権交代が起こり、結果彼の野望が砕け散るだろう。だがそれでは手遅れなのだ。(※なおここでは選挙の結果政権維持という最悪は考えない)
なぜなら次の選挙までは数年ある。それだけの時間があれば工業国家への移行が不完全であったとしても、エクスタリアⅡでの開発は始まり、リゾートとしては使えなくなる。
厳密に言えば、大規模開発を行ったからといって、リゾートとしての寿命が即尽きるわけではないが、「双子星の片割れが丸々リゾート」という、エクスタリアの強みはなくなってしまう。
事実上、リゾート立国としてのエクスタリアは、終了のときを迎えるわけである。
「……なぜ? と聞くべき……なのでしょうか」
震える唇を一度きりりと引き結び、しかして目じりに動揺と絶望の雫をにじませて、アウラは改めて真正面から父親に問いかけた。
彼女の中ではすでに絶望的な状況に陥っているものの、それでも僅かな望みが残っていることを、信じざるを得ないからこその問いかけであった。
そんな娘からの問いかけに、父であるアドリアーノは、仏頂面とほぼ区別がつかないほどのかすかな笑みを浮かべる。
「アウラは、私の親父殿……つまりおじいちゃんのことは覚えてるか?」
彼の口からは放たれたのは、唐突な話題転換だった。
完全に虚をつかれたアウラは、あまりに唐突過ぎて頭がついていかず、完全に素で「あっはい」と返すのがやっとだったほどだ。
「では、親父殿が先々代の国王の、補佐をしていたことは知っているか?」
続く問いかけにアウラは頷く。というか今彼女の頭の中は、現在進行形で混乱しており、さながら三世代前のAIのように、頷くか短文の返ししかできないでいるのだが。
そんなポンコツ状態の中、アウラの脳内にひらめくものがあった。
「あの頃は大変だった……と聞いています。知名度を上げるために、必死だったとか」
父の王位継承直後になくなった祖父が酒を飲んだときに出る話が、大抵そのあたりの苦労話だったことを、あのやさしい笑顔とともに思い出しつつ、アウラは当時を思い出して口元に僅かな笑みを浮かべた。
そんな娘の微笑みも、僅かにやわらかくなるかと思われた空気も意に介さず、アドリアーノは言葉を続ける。
「そうだ。親父殿は、深酒をするたびに言ったんだ。『我々は侮られていた』とな。
事実そういうことはあるだろうとは思っていたさ。何せこちらは観光立国。交易といってもこちらが出せるものなどほとんどない。交易相手としては旨みが少ないからな。
だが違うのだ。そういう話ではなかったのだよ。
無論一般の方々は違う。彼らは我々が提供するリゾートによって心身を癒し、得がたい場所だと考えてくださり、また来たいと思ってくださる。それはありがたいし、私も彼らの様子を見てモチベーションを上げられる。だが連中は……銀通連はエクスタリアを一段下に見ている。というより都合よく使える場所にして、上納金を運んでくるカモとしか見ていない。
親父殿は『侮られていた』といったが……エクスタリアは現状においても、『侮られている』のだよ。
わかるか? 愚にもつかないVIP共を持て成す〝格〟のためだけに、本来初代様だけが名乗るはずだった役職を、国王などという名ばかりの役職を続けさせられた三王家の気持ちが。
わかるか? あちこちから大富豪が集うが故に、海賊共がたかってくるにもかかわらず、国軍としてもてる戦力に制限をかける条約を結ばされ、未だそれを覆せない我々の気持ちが。
わかるか? 国家間会合に出向いたとき、他の参加者からかけられる、遠まわしの侮蔑を聞く我々の気持ちが。
それもこれも、エクスタリアが観光立国だからだ。お客様に来ていただかなければ、国内消費だけを細々とまわすしかできない辺境国家だからだ。
私はこの状況を打破したいのだ。もっとエクスタリアを発展させたいのだ。銀通連相手に脱退を伝家の宝刀とできるだけの力を、エクスタリアに持たせたいのだ……」
ほぼ一息に、しかも語気を荒げず淡々と言い切られた言葉の津波は、アウラにとっては衝撃的な内容だった。
もちろん彼女とて、銀河通商連合――略して銀通連が正義だとも、その全てが公正で公平な組織だとも思ってはいない。いないがしかし、ここまでひどいなどとは思ってもいなかった。
だが何より衝撃的だったのは、国王がここまでこじらせていたということだった。
何とか更新できましたが、あまりにも筆が進まなさ過ぎる。
エタりはしたくありません。しないように少しずつですが書いてはいます。




