21.天啓、あるいは空から来るもの
大変長らくお待たせしました。
今回もどうにか更新です。
ロイヤルファミリーが辞した応接室内。かいがいしく世話を焼こうとしたメイドたちも、国王とともに辞した室内は、シンを含め三人の男しか残っていない。
うち二人は全員そろえたように……いや実際そろえているのだろうが、黒いスーツ姿にサングラスで、どちらも見た目からわかるレベルで屈強。しかもおそらくは武装している。
そんな男たちの視線は、シンに集中している。なんとなく見ているという感じはしない。その視線にはなんというか、険のあるというか、明確な敵意までは行かないが、「許されるなら刺しても良いんじゃないか」的な意図を感じる。
そんな居心地の悪い空間の中で担当者を待っていたのだが、なんと一時間経っても誰も来ない。そういえば事情聴取もまったく始まる気配を見せない。
やむなくシンは……妄想にふけっていた
言い訳をさせてもらえば、まったく持って無為な妄想というわけではない。部屋に残った黒服二名を相手にした、シュミレーションをしていたのである。
相手は二人。武装しているとするなら、拳銃と警棒――恐らくはスタンロッド――だろう。バンディットジャケットや宇宙服ごとぶち抜ける出力の、レーザーガンやプラズマガンを携行兵器にするには、アタッシェケースサイズのパワーユニットが必要となり、彼らはそれをもっていないため、拳銃は恐らく通常の実弾拳銃と見て間違いない。
宇宙空間での対艦戦闘において、実弾兵器が駆逐された現代においても、対人兵器の最適解は未だ炸薬式の銃火器なのだ。
確かにバンディットジャケットや、連合宇宙軍のボディアーマーなど、防弾装備などこの銀河にはありふれて……うんありふれているのではあるが、それでも食らえば衝撃で動きが鈍るし、その間に警棒で頭でも殴られれば後は取り押さえられて終わりだ。
もちろんそうならないというか、このまま待っていれば報酬の話か事情聴取の担当者が来るかもしれないが、アドリアーノに感じた違和感と、何より残った二人から剣呑な雰囲気から、シンとしては対策を講じないわけには行かない。
そんなわけで、対策として脳内でシュミレーションを行っていたのだが、ここで悲しいお知らせが一つ。
二人の武装が推測の域を出ないのだ。
突然殺しに来ることはないだろうという推測から、武装が拳銃と警棒だろうと予測したのではあるが、刃物を持っていないという保障はどこにもないし、何より拳銃もどれだけ持っているかわかったものではない。
できる限り多くの状況を想定し、何通りものシュミレーションを行い、その中から共通のパターンを見つけ出して最適化する。
そんな作業を延々と繰り返してみたところで、どこまで行っても脳内シュミレーションの域を出てくれない。故に妄想というほかはなかったのである。
「じゃあもう……動いてみるしか、ないかな」
とにかくミリアを待たせすぎだ。それにマグヌム・オプスも無人のままでおいておきたくはない。ティンクトゥラは有能だが、それでも心配なものは心配なのだ。
待たせているもののことを考えると、多少胃にくるものはあるのだが、幸か不幸かそれ自体が、状況を動かす言い訳になってくれるのがありがたい。
覚悟を決めるためか、小さくため息をついたあと、シンはおもむろに立ち上がった。
当然黒服二人は、唐突な動作に反応し、表情を硬くする。だが明らかな動揺もその一瞬だけで、すぐに動き出した。
「どうかされましたか?」
そして一人が声をかけてくる。
いまさらだが、声をかけてきた黒服は、意識してシンの視界にいるよう振る舞い、もう一人はなるべく視界の外にいるように振舞っているように感じる。
いや実際そうなのだろう。不自然にならないようにか、あまり大きな動きはしなかった黒服たちだが、その範囲内でも二人は微妙に立ち位置をずらし、調整していたのだ。
「ええっと……担当者の方はまだでしょうか? これ以上待たされるようなら、一度艦に戻りたいのですが」
シンは愛想笑いを浮かべ、目の前の黒服へ要求を伝えた。
要求を聞いた黒服は、サングラス越しでもわかるほどに眉根を寄せた。
「そういわれても……報酬の話はいいんですか?」
その回答に、今度はシンが眉根を寄せた。「いいわけねえだろ」といいたい。できればその後に「このダボが」くらいはつけてもいいのだが、ここはぐっと我慢する。まだ相手は決定的に敵対していないため、ここではまだ事を荒立てるわけには行かないのだ。
だから黒服からの問いに、シンは感情を悟らせないように愛想笑いを続けて、次のように答える。
「それでも俺の機体を、いつまでもあのままにして置けません」
黒服の表情が引きつったのが見える。
シュミレーションの片手間に考えたいいわけだったが、この反応を見る限りなかなか良い一手だったようだと、シンは胸中でほくそ笑む。
これで素直に返してくれるならよし、非常手段に訴えてくるなら、穏便でないだけで行政府を辞する理由になるため、それもまたよしなのだ。
何とか妥協点を探るたナイスな言い訳を出してくるなら、そこは少しだけ困ることになるのだが、それは妥協しなければいいだけなので、ここでは考えないことにする。
「それで、ひとまずバンディッツ・ネストに身を寄せようと思っています。そこなら、召喚にもすぐに応じられますし」
考える代わりにやるべきは追撃だとばかりに、シンは笑顔で言葉を重ねる。
追撃を叩きつけられた黒服は、かわいそうに傍から見てもわかるほどに汗だくになり、完全に慌てふためいている。
「……いえ……しかしその……上からは……」
事実正対する黒服からは、なんとも頼りない言葉しか戻ってこない。
このまま二人をぶっちぎって外に出て、とっととケツをまくってしまえば、後は恐らくエクスタリア王家の家庭の事情になるだろう。そしてミリアに迎えが来るまで、ネストあたりに引きこもっていれば良い。
しどろもどろになっている黒服を眺めつつ、そんなことを考えていたシンは、あることに気づいて胸中で首をかしげた。
「…………?」
誰かの声が聞こえるのだ。いや、声と呼べるほどはっきりとしたものではなく、まったく言語化できない。だから正確には、〝声のような何かが聞こえる〟というのが正しい。
だがそれは、明らかに〝意思〟と呼べるそれは、自身を挟んで前後から聞こえてくる。
それは、過日エクスタリア近郊宙域で感じた〝悪意〟と比べると、比較にならない程にマイルドだった。どうにか例えろというならば、〝敵意〟といったところか。
唯一つだけわかることは、その〝敵意〟からは、「逃がしてなるものか」という意図を感じることだ。
状況を動かしたのはシン自身だが、ここまで急激に事が動くとは思っていなかったようで、少しだけ笑顔が引きつるのを感じる。
とはいえこの状況を作り出したのは、鯉口を切ったのは自分であることから、ヤレヤレなどとのたまうつもりもない。シンは小さくため息をついてから、両の袖口の留め具をはずした。
そうして袖を一度めくり、中から出てきたグローブの止め具もはずしてめくり上げる。そうして空いたスペースに袖口を潜り込ませて止めると、その上から袖を覆い隠すように、グローブの留め具を締めなおす。
これでこちらの準備は完了した。後は前後から感じる〝意志〟が爆発する瞬間を見計らうだけだ。
残る問題は、正にその『タイミング』なのだが、残念ながらシンにはそれがわからない。
前回のように、わかりやすいカウントダウンもなく、背後まで見えるわけでもない。そして彼自身達人とか言う感じでもないため、気配を感じるなんてことができるわけもない。
何より相手はプロであろうと推測される。気配を消してこっそり殴りかかるくらい、簡単にやってのけるだろう。
状況を動かそうとした結果が、後ろから殴られて気を失いましたなど、しゃれで済むような話ではない。
だからシンは、わかりやすく状況を動かすため、更なる行動を起こす。
「話にならない。あんたらには悪いが、俺は戻らせてもらう」
あきれ果てたといった風を装い、努めて温度を下げた視線で眼前の黒服を一瞥し、シンはこの部屋唯一の出入り口である扉へと向かう。黒服の態度から演技も十分といいたいところだが、実際話にならないのだから演技の必要もない。
ここまではよし。案の定黒服は、一人がこちらを追い、もう一人は相変わらず視界の外に居続けようとしている。想定の通りに進むなら、黒服は一人を使って進路をふさいで殴りかかり、もう一人がシンの背後に距離をとって拳銃でバックアップか脅しをかけるだろう。
なお前後から銃で脅される可能性もあるが、そこはあまり心配していない。位置関係上進路をふさぐ場合、どうしても黒服との距離は縮まるため、相手の銃を奪える可能性が出るだろうと想定しているからだ。
「待ってください!! それは困ります!!」
いきなり想定が崩れる。ドアノブまで後数歩というところで、なんと後ろから肩をつかまれたのだ。
しかも肩をつかむ腕には、行かせてなるかという意思がこもる程の力が感じられない。黒服たちの思惑が、応接室から出さないというものならば、骨も砕けよというほどでなくとも、こちらを振り向かせるのに足る力加減であるべきだ。なのにこれでは、振り払って前へ進めてしまうではないか。
「話にならないと言っただろう。邪魔するな」
ならばお望みどおりしてやろうと、シンは肩をつかむ手を少しだけ乱暴に振り払い、残りの数歩を大またで短縮。そしてついにドアノブに手をかけた。だが。
「……開かない?」
ドアノブが回らない。恐らく遠隔でロックがかけられたのだろう。
なるほどそれなら、進路をふさぐ必要も、圧し留めるのに力をかける必要もないはずだ。
シンの脳内で、得心の鐘が鳴ると同時に、緊急警報がけたたましく鳴り響く。いくら原因がエクスタリア側にあるといっても、決定的な行動を起こしたのはこちらが先なのだ。
これでは取り押さえられたとしても、文句を言える立場からは少々距離が置かれるだろう。そして逃げ道の一方を扉に封じられたため、黒服の攻撃を防ぐための選択肢が一つ減ったのも痛い。
恐らく今振り払ったばかりの黒服も、すぐに追いついてきてまた肩をつかんでくるだろう。もしかしたらもっと過激な手段に訴えてくるかもしれない。
ひとまず閉じ込められたことに苦情を訴えるため、やむなくといった体で振り返ったシンだったが、彼の目に映ったのは、未だ振り払われた手を見つめる黒服の姿だった。
「……海賊風情が……」
黒服の口から漏れたつぶやきは、ほかに音を立てるものもない応接室によく響く。シンの耳に届いたその声は、明らかな苛立ちと怨嗟がこもっていた。
そして、彼はそのまま背広の懐へと勢いよく手を差し込んだ。
黒服の手が懐から抜かれたとき、そこには折り畳み傘サイズの円筒が握られていた。そしてそれが振りぬかれたとき、ジャキンという音とともに、取り出されたそれが三段警棒であることを主張した。
「オイ待て! クソッ!」
もう一人の黒服が制止の声が上げ、慌てて懐から警棒を引き抜いた。
おそらくはもう少し気づかれないようにするつもりだったのかもしれない。あるいはもっと穏便にするつもりだったのかもしれないが、どちらにせよこの状況ではどちらも望むことはできない。それでやむなく、彼も戦闘態勢に入ったのだろう。
「……ったく、俺はバンディットだっての」
今にも飛び掛ってきそうな黒服を迎え撃つため、シンも徒手空拳ながら構えを取る。
同時に呆れたようにつぶやくのだが、そこに海賊と罵倒された怒りはない。なぜなら未だ明確な齟齬も統合も起きていないが、シンの価値観は創造主のものと、シン本人のものが混ざり合っている。
別段海賊の汚名を誇りとするような豪快な人間ではないが、彼にとって海賊とはNPCであり、プレイスタイルでしかない。
だから海賊と呼ばれることよりも、バンディットと呼ばれなかったことのほうにカチンとくるものがあるが、どちらにせよ激高するほどのものではないのである。
むしろ警棒を構えた黒服のほうが、なんと言うかいきり立っているように見える。これなら出し抜くのに必要な難易度は、理不尽なほどには高くはないだろう。
とはいえ構えた警棒はそれなりの脅威だ。おそらくはちょっとマニアックなSFや、サイバーパンクなどに見られる単分子成形の金属製だろう。もしかしたら中に重りを入れて、威力のかさ上げくらいはしているかもしれない。
そんな考えの下、シンは間合いを計るように横へすり足で移動しながら、黒服の動きを見切ろうと神経を集中する。
そして待ちに待った……いやできれば永久に来て欲しくなかった瞬間が訪れた。
「シイィッ!!」
蛇の威嚇音にも似た、呼気に近い気合とともに、黒服が襲い掛かってくる。
その表情は怒りで今にも爆発しそうなのに、その動きからは一切の感情が感じられらないほどに、まったく持って無駄がない。
無理矢理擬音をつけるとするならば、〝スルリ〟と一足一刀を踏み込み、〝フワリ〟と警棒を振り上げ、あまりに自然に振り下ろす。
あまりに自然なその動作は、シンから反応のタイミングを奪う。
現にこれから打ち据えられる哀れなバンディットは、完全に避けるための動作を許されず、それでも何とか左腕を差し出すことしかできなかった。
そんな推定海賊の行動に、黒服は内心で勝利を確信する。バンディットジャケットは防弾ではあるが、衝撃までは殺せないと聞いたことがある。
連合宇宙軍のボディアーマーやプロテクターのような、経戦能力を確保し隊員たちを生き残らせるためのものではなく、簡易宇宙服として開発されたものに、必要に応じて機能を追加していったものだという話だと記憶していた。
その機能の大半は秘されているものの、そのふわもこ感の足りないダウンジャケットのような見た目からは、到底警棒の衝撃を受け止めきれるとは思えない。この一撃で腕が折れるとまでは思わないが、あちらから差し出してくれたのだから、遠慮なく叩きつけるのが礼儀というものだ。そして腕の痛みに怯んだ隙に取り押さえ、この小さな捕り物は終了となる。簡単な話だ。
そしてついに、振り下ろされた警棒がインパクトの瞬間を迎えた……のだが、その手ごたえは奇妙なものだった。
なんと例えたらいいのか、例えばウォーターベッドにしては反発が弱く、例えば押し固めた綿にしては硬すぎる。だがしっかりと警棒が受け止められている。
何より奇妙なのは、訓練どおりに最高効率で振り下ろされた警棒を受け止めたその表情に、痛みから来る歪みが見受けられなかったのだ。
「驚いたよな? 俺もだ。じゃあな」
腕越しにバンディットがつぶやく。その顔に不適な笑みが浮かんでいるのを見て、ようやく黒服は自分が愕然としていることに気づく。そしていつの間にか、自分の腹に拳が押し付けられているのにも。
次の瞬間、バヂンと何かがはじけるような音とともに、一人の黒服が意識を失った。
「……さて、と。まあ逃がしちゃくれない……よな」
崩れ落ちる前衛を尻目に、シンは後衛へと向き直り、その闘志に陰りが見られないことを悟って改めて構える。
倒れた黒服を避けるように、両者の靴裏はじりじりと高級じゅうたんをこすりながら、互いに少しでも有利な位置取りを探り合う。
だが両者が激突することはなかった。
『緊急警報!! 大型隕石接近!! 現在軌道上にて迎撃態勢準備中!! 繰り返します!! 大型隕石……』
行政府の館内放送にて、けたたましいアラートとともに、驚愕の事実が告げられたからである。
一月かかりました。
次回こそは一週間……といいたいところですが、筆が進まない昨今、二週間か三週間で上げられるといいなあとか、ちょっと弱気な今日この頃です。




