20.父娘の再会
お待たせしてしまい申し訳ありません。
今回もよろしくお願いします。
エクスタリア第二王女、アウローラ=ディ=フォーティカ=エクスタリア帰還。
宇宙海賊に襲撃され、生存が絶望的とされた彼女が、五体満足で帰還したという事実は、正に慶事と呼ぶべき出来事だった。
行政府内にどこか安堵したような、弛緩した空気が流れる中でただ一人、まるでお通夜か何かのように沈んでいた男がいた。
「まさか……無事に帰ってくるとは、な」
苦悩もあらわに口にするのは、誰あろうエクスタリア国王アドリアーノ=デュート=フォーティカ=エクスタリア。アウラの実の父である。
そんな重苦しい雰囲気の中、通信モニタの中からあざけるような笑みを浮かべ、アドリアーノに声をかけるものがいた。
『フン。自分の娘が帰ってきたというのに、随分な言い草だな』
挑発とも取れる言葉を発したのは、連合宇宙軍支給の濃紺の軍服に身を包んだ、恰幅の良い……いやむしろデブの片鱗を見せつつある、これ見よがしに葉巻をくわえた男だった。
つまりモニタの向こうは連合宇宙軍の駐屯地で、そこで葉巻などというものをたしなんでいるのはただ一人。ダンテ=チェーバ准将である。
「実の娘が帰ってきたのだ、嬉しくないわけがあるか。だが……よりもよってこのタイミングでとは……」
アドリアーノは執務室の机に突っ伏し、頭を抱えた。その表情は口調同様に苦悩に満ちていて、苦々しげに歪んでいる。
対するダンテはというと、なんともつまらなそうに葉巻を燻らせていた。
『元の計画が悪いのだ。ただ遠ざけておくなどといわず、実の娘くらい生贄に捧げる覚悟を決めていれば、もっとマシだったはずだ』
ダンテの煽るような言い回しに、アドリアーノの表情が怒りに染まり、豪奢な椅子から僅かに腰を浮かせた。だがそれも一時のことで、国王はすぐにその身体を、椅子に沈み込ませてしまった。
そして座り込むや否や、机に突っ伏したくなるのをこらえるためか、頭を支えるように顔を片手で覆いつつも、指の隙間からダンテを睨みつける。
「馬鹿なことを……。誰が好き好んで、自分の娘を殺せなどといえるものか。砲撃テストの的に、自分の部下を使える貴方とは違うのだ」
「これはこれは。娘を遠ざけるついでに、軍内の不安要素を始末させた方はいうことが違う」
アドリアーノの口から出た精一杯の皮肉はしかし、チェーバには通じない。モニタの中の軍服は、こちらを嘲るように笑い、これ見よがしに葉巻を燻らせた。同時にアドリアーノは、苦渋の表情を浮かべる。
互いに叩かずとも埃が零れ落ち、腹を探られれば尋常ならざる痛みを感じ、脛に風穴レベルの傷がある身である。今のように罵り合ったところで、全てブーメランで自分に返ってくるのだ。
これでは生産性もあったものではなく、この通信が時間つぶしにすらならなくなってしまう。
そう考えたアドリアーノは、身体を起こし深呼吸をしてから、改めてモニタの中のチェーバへと向き直った。
「すまなかったチェーバ准将。だがやり遂げるためにも、協力はしてもらうぞ。失敗すれば互いに破滅の身だが、計画に乗ったのは、それでも自分の意思なのだ」
アドリアーノの言葉に、今度はダンテが渋面を浮かべた。
口でどれほど計画を罵ったとしても、それに乗ったのはダンテである。後から「こんな稚拙な計画なら乗らなかった」と叫んだとしても、残念ながら後の祭りなのである。
『くっ……仕方ないか。だが言い訳は考えなければならんぞ。最低でも、例のバンディットの艦を狩り出せる程度のな』
ダンテからの当然のツッコミは、図らずも先程の反撃となり、思わずアドリアーノは小さく呻く。
とはいえ時間は非情である。厳戒体制下の特別公務を盾にとっても、稼げる時間など僅かだ。ただでさえセレモニーでない親子の再会を、引き伸ばそうとすること自体が不自然極まりないのだ。
それでもなんと稼ぎ出した時間を無駄にしないよう、アドリアーノは自らの頭脳をフル回転させ、この後の展開を必死で修正を試みるのだった。
-◆-◆-◆-
第二王女の帰還が無事に果たされ、その立役者であるバンディット、シン=カザネはついにお役御免……とはならなかった。
自国のVIPを助け、無事に送り届けた恩人ではあるものの、当然事情聴取は行わなければならない。武装解除を要請してきたアンザイという男から、すまなそうな様子で告げられ、引き止められたのだ。
そんなわけで応接室に通され、勧められたお茶もお菓子も固辞しつつ待っているのだが、待てど暮らせど始まる気配の無い事情聴取に、シンは内心で辟易していた。
『ミリア。アルスマグナの……いや、真理機関の様子はどうだ?』
メイドや侍従たちから、欲しいものはないかと問われ、暇つぶしがてらに要求したタブレットを眺めながら、シンはミリアへ通信をつなぐ。
これは別に特別な超兵器を使っているわけではない。実は袖口の隠しポケットに、ミリアから借りたホロタブを隠し、タブレットに隠して文字通信を行っているのだ。
なおスピーカー代わりに持ってきた自前のものは、武装解除時に取り上げられた。もっともともに銃や焼夷手榴弾も取り上げられたが、今回に限っては想定の範囲内だった。
『出力九割減だ。フェアリーウィングの維持と、ホバリングだけで精一杯だな』
ホロタブに表示された報告を見て、シンは内心で安堵する。口調そのままということは、恐らく音声入力をしているのだろう。
正直コクピットから降りた途端に、アルスマグナが膝を突く可能性さえあったのだ。それがここまで離れても、真理機関は膨大な出力を維持している。
実は彼は真理機関の作成時、J-マテリアルのテキストに「膨大なエネルギーを生み出す」としか書かなかったのだが、九割減してもこれだけの出力を出せるのだから、十全にその能力を発揮すれば、どれほどの出力をたたき出すのか想像もつかない。恐らく単純に十倍とは行かないだろう。
単純にアルスマグナがどれだけの大食いになるかわからなかっただけなんだがなあ……などと内心で言い訳しながら、ミリアへは再度チェックプログラムを走らせるよう依頼と、その手順を連続発言で返す。
そんなこんなでどのくらい時間を潰したのか、何かつぶやくたびに「何か?」と聞いてくる侍従と、無為に過ぎていく時間に辟易が最高潮に達するかと思われたそのとき、扉(※なんと自動ドアではない)がゆったりと開かれ、アウラが数名のメイド(※タラッパ含む)をつれて姿を現した。
なんとドレスを身にまとって――。
「ご無沙汰しております……というには、あまり時間が経ってはいませんね」
そういって優雅に微笑む姿は、長い金髪も伴って光を放っているように見え、シンはその姿に一瞬見惚れてしまった。
かつて幻視た豪奢なものではない。背中もさほど開いていないシンプルなラインのシルエットは、胸元の花飾りともあいまって清楚さを強調し、否応無く目をひきつけてしまうのだ。
そんなわけで二の句を告げないでいると、目の前のお姫様ははにかみつつも軽く睨みつけてくる。
「あまりじろじろ見ないでくださいね。失礼ですよ」
言葉に反して、声色に責めるようなものは無かった。睨みつける視線にも鋭さは無く、笑みが混じっているようにも見える。
明らかにからかってきてる様子なのだが、テンパっているシンは気づくこともできず、引きつった笑みを浮かべて目を泳がせる。
図らずもめまぐるしく動く視界の中で気づいたのは、侍女たちの顔が明らかに安堵の表情を浮かべていることだった。
おそらくは海賊に襲われ、しかも野蛮なバンディット(※一般的なイメージです)に助けられたという経験をしたアウラに、まだ明るく振舞える余裕があることを見て胸をなでおろしているのだろう。実は少数ながら、「オマエ殿下とどんな関係なんじゃい」とでも言いたげな、怨嗟薫る視線を投げてきているものもいるが、この場では誤差の範囲である。
そんな周囲の感情を眺めることで、ようやく冷静さを取り戻せたシンが、口を開こうとしたそのときだった。
「アウローラ!!」
先程同様ゆったりとした動作で扉が開き、現れたのは四十台後半くらいの男性だった。
数名のスーツ姿の男を引き連れて現れた彼は、中でも見ただけでわかるほど上質な下手のスーツに身を包み、年季ゆえか多少くすみは見られるものの、見事な金髪を頭に乗せた絵に書いたようなイケおじだった。そんなイケおじは、アウラの姿を認めると、満面の笑顔を浮かべ両手を広げて彼女へと迫る。
突然現れただけでなく、さらに両手を広げて迫ってくる男に対し、アウラは驚きこそしたものの、しかし逃げるそぶりも見せず、それどころか受け入れようとしているではないか。
そんな光景に、シンが反応するべきか一瞬だけ迷ったところで、お姫様の口から驚愕の言葉が吐き出された。
「お父様!?」
否、訂正しよう。お姫様の口から吐き出されたのは、抱きついてこようとするイケおじの正体を明かすとともに、彼女が逃げるそぶりも見せない理由を的確に説明した、皆を納得させる奇跡の言葉だった。もっとも、この場で『お父様』の存在を知らないのは、シンだけである。故に納得させる必要があるのは、彼だけであるのだが。
そんなバンディットの納得を尻目に目の前で行われるのは、物語や映画でよくある感動の親子の再会シーンだ。
登場人物はエクスタリア王アドリアーノ=デュート=フォーティカ=エクスタリアと、その娘アウローラ=ディ=フォーティカ=エクスタリア。登場人物はロイヤルであるものの、演目は安いヒューマンドラマだった。
「……本当に……本当に無事でよかった……」
すなわち、全力の抱擁である。
もっとも本当に全力だったなら、お姫様の背骨がピンチであるから、実際は言うほど全力ではない。それでも気持ち的に全力だろうことは、その所作や表情から十分に見て取れる。
それでも泣き出しそうに歪められた顔ですら、なんというかイケメンなのは、フォーティカ家の血筋というものなのだろうか。
そんなどうでもいいことを頭の隅で考えながらも、唐突な展開に唖然としているシンを尻目に、感動のシーンは続く。
「お父様? あの……恥ずかしいのですけど……」
しばらくの抱擁の後、アウラは言葉通り頬を染めて身をよじる。一度素を見せた男の前で、しかも家族とのやり取りを見せるのは、さすがに羞恥心を呼び起こすのだろう。
それでようやく娘を解放した父親のほうは、さして残念そうな様子も無く、むしろ先程とは異なる意味で『映える』笑みを浮かべていた。
「すまないアウローラ。第一報を受けて以来、生きた心地がしなかったのだ。このくらい許してくれ」
自身の抗議にまったく悪びれた様子も無く答えた父に対し、しかしそれ以上抗議を続けることはできなかった。
やはりそれだけの心配をかけたということは間違いないし、こうやって生還できたからよかったものの、万が一があったときの悲しみは計り知れないであろうことは、想像に難くないからである。
だからアウラは、「もう……」と小さく唸り、むくれて見せることしかできない。
そんな娘を微笑ましく見つめていたアドリアーノだったが、すぐにその視線が別の人物へ向けられた。
「それで君が、娘を救ってくれたバンディットか。たしか……シン=カザネ君……だったかな?」
言葉とともに、アドリアーノはその手をシンへと差し出す。
シンの側は彼を拒む理由などない。だからすぐに握手に応じるべく、手を差し出したのだが。
「……ん? どうしたのかな?」
シンの手は差し出された手を取れず、その直前でなぜか動きを止めてしまった。たっぷり数秒動かない彼に、アドリアーノからいぶかしげな声がかかるほどに。
その声に圧されるようにあわてて手を取り、愛想笑いを浮かべる。少し強張っているのが自分でもわかるが、相手側の反応が変わらないため、どうやらさほど否定的に受け取られていないようだと判断し、失礼にならない程度に頭を振った。
「いえ、何でもありません。陛下」
「そうかね? まあいい。会ってすぐですまないが、一度席を外させてもらおう。演説の台本を書き直さなければ、ならないのでね」
言うなりアドリアーノは、ばちーんと茶目っ気たっぷりのウィンクを投げてくる。
随分とお茶目な人のように見えるが、それもこれもアウラが無事に帰還したがゆえだろうと思うと、その所作もあいまってそのまま見送るのが正解に思えてくる。
だがシンとしては、彼をおとなしく見送ることはできなかった。
「では報酬の話をさせてください。機体をあのままにしておきたくないし、艦も待たせてますので」
少し強張った愛想笑いを修正できないまま、シンは踵を返そうとする国王に声をかける。
ゲームやネストで受ける依頼なら、報酬は最初に提示されるものだが、今回はそのどちらでもない。だから報酬の交渉をするのは、バンディットとしては当然である。
さらに言えば、いつまでもアルスマグナを行政府前におくのも憚られるし、マグヌム・オプスにも戻りたい。何より現在進行形で待機してくれているミリアも、なるべく早めに開放したい。
そういった複数の事情が絡まっての台詞であり、シンにとっては当然の台詞ではあった。
「……いいだろう。後で担当者と話をしてくれるといい」
もちろんアドリアーノは笑顔で応じ、そのまま踵を返し応接室より出て行く。
だが応じる一瞬前、シンは彼が言いようのない微妙な表情をしたのを見逃さなかった。
ほんの僅かに口元が歪みかけ、しかし決定的に形を変えないまま、改めて笑顔に戻る。あのまま表情が変わっていたとすると、その先にあったのは恐らく、舌打ち。
なぜ気づけたかはシンにもわからない。おそらくはずっと国王の顔を見ていたから。そして何より、一連の彼の行動に、違和感を感じていたから、かもしれない。
「それでは私も失礼いたします。どうぞ、ミリア様にもよろしくお伝えくださいませ」
国王の退出にあわせ、アウラも退出の意を表し、再び優雅な所作でドレスの端をつまむ。
今度は自然な笑顔を向けてお姫様を見送ったところで、シンはこの場にメイドがいなくなっていることに気づいた。
独りぼっちになったのではない。この場にはシン以外にも、二名が残っている。ただし二人とも黒服に身を包み、そしておそらくは武装していた。
何か不穏なものを感じつつ、先程までだらけていたソファに戻るのだが、その途中でようやく、ずっと感じていた違和感の正体に気づいた。
――アドリアーノは一度として、『アウラ』と呼ばなかった。
なんてことはない、いくらでも言い訳の立つ、些細なことだ。
だがその些細なことがどうにも気持ち悪く、しかし例え表向きだけであろうとも、友好的に接してくる以上こちらからかき回すこともできない。
そんな鬱々とした気分を抱え、シンは小さくため息をついた。
何とかエタらずに次を書くことができました。
一月以上空いてしまうとは……というか、この一本書くのに一月以上使うことになるとは。




