18.首都侵入(カチコミ)
今回もギリギリの更新となりましたが、よろしくお願いします。
エクスタリア暦百三十八年七月三日深夜一時四十二分。
エクスタリア空軍防空監視網は、突如として出現した未確認飛行物体を捉えた。
それは高度と軌道から見て、明らかに大気圏外から降りてきたものとした思えなかったが、不思議なことにその飛行物体は、どこから降りてきたのかさえわからない。まるで前時代に騒がれたUFOのような、あまりにも唐突な出現だった。
エクスタリア空軍ゴードン=フーバー大佐は、すぐさま緊急事態を宣言し、二機の戦闘機が緊急発進。その不審すぎる飛行物体を捉えるべく、レーダーを光点を追ったのだが。
「馬鹿な。マッハ3.24、だと? 速すぎる!!」
監視網からの報告を受け、フーバーは絶句する。
どれほど技術が進もうと、空気抵抗という障害がある限り、大気圏内において航空機の出せる速度というものは、どうしても制限がかかる。
現在の航空戦闘機が出せる最高速度は、タスマニクス星空軍の誇る航宙航空戦闘機スカイデビルⅦが出した、マッハ1.93(※アフターバーナー未使用)といわれているが、明らかにこの未確認飛行物体は、その記録を大幅に塗り替えている。
この光点が発生してからの軌道を読む限り、かなり無軌道に動いているがゆえ、今のところはどこを目指しているかはわからない。ただ恐ろしいほどの速度で、哨戒に上がった戦闘機を振り切りながら、まるで海上を遊覧飛行しているように見えた。
「くそっ、なめやがって。数を出して追い詰めるしかないか?」
これだけの速度を出し続けるのだから、いつまでも燃料は保つまいという考えから、フーバーは近隣の基地からも戦闘機を上げるよう命令を出す。
数を出して防空網を敷けば、アンノウンを追い詰めることになる。そうなれば、こちらの犠牲も覚悟するべきだろう。だが燃料という制限がある限り、いつか速度を落とすか逃げ出すに違いない。なんとも歯がゆいことではあるが、今取れる手段の中では、一番正解に近いだろうというのが、フーバーの考えである。
だが残念ながら相手は、推進剤も使わずに推力を得る変態兵器である。彼の選択は明らかな誤りであり、そして同時にゴードン=フーバーという男の、最悪の夜の始まりであった。
フーバーが未確認飛行物体の非常識ぶりに怒りを覚え、次の手を打とうとしていたのと同じ頃、当の未確認飛行物体――すなわちアルスマグナストームは、どこを見渡しても水平線しかない海上でホバリング中であった。
「大気圏内でのテストはこんなもんだな。アウラ、いけそうか?」
合体しても狭いマグナイザーのコクピットの中、シンは一番Gに弱そうなお姫様へ声をかけた。
世間話にも取れるその口調は、つい今しがた大気圏内での最高速度を大幅に更新したとは思えない。
「ええと……慣性相殺システムでしたか。そのおかげで、それほどきつくはありませんでしたわ」
慣性相殺システム。シンの解説によると、非常識レベルで小型化した重力制御装置(※J-マテリアル製)を転用したこのシステムのおかげで、訓練を受けていないものでも問題なかったようで、アウラはさして疲れた様子もなく微笑んでみせる。
こんなトンデモ機能があるなら最初から使え、とミリアには突っ込まれたが、なんでもしばらく暖気をしなければ使えないらしく、そのため最初のうかつな急加速には適用できなかったというのだ。
「まったく……GPSが使えないのがここまできついとはな」
そのツッコミを入れたミリアから、ため息交じりの言葉が漏れる。
アルスマグナが惑星降下後、即行政府殴りこみとならなかったのは、このあたりに理由がある。
慣性相殺システムを持つこの機体が、高速で自由落下し、着地直前で急減速を行うならば、減速開始地点は地表にかなり近くなる。それでは地表にダメージを与えるからと、降下ポイントに海上を選んだまでは良かったのだが、津波の可能性まで考慮して海のど真ん中に降下した結果、自分の降下位置を見失ってしまったのである。
そこで迎撃に上がってきた戦闘機を相手に性能テストを行う傍らで、マグヌム・オプスと連携して自分の位置を確認する必要があったのである。
「まったくだ。だが予想以上に飛べることもわかったし、座標情報も取れた。ただ……次は数を頼むかも、なんだよな?」
シンクロしていく三つのデータ……自身の位置情報と、行政府発行の惑星マップと、なぜかタラッパの持っていた軍事基地情報……を眺めながら、シンは深刻な表情をしてつぶやく。つぶやくといっても声量はそれなりにあり、問いかけ半分といった様子だ。
「ああ。単機の性能で敵わないなら、フォーメーションで追い詰める……可能性だが、警戒するべきだろう」
ミリアからの回答を受けて、シンはふむ……と考え込む。
それとほぼ同時にシンクロが完了し、不完全ながら飛行データとして使用可能になったマップデータを眺め、彼ははたと手を打った。
「俺に良い考えがある」
その言葉とともに、シンはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
彼の笑みを見たミリアの顔は、対照的に苦みばしっていた。古今東西、そう前置きされて出されたアイデアに、ろくなものがあったためしがない。いや、見た目上問題なかったとしても、結果がろくでもないことになることが多い。
アウラも「ええ……」と困惑に満ちた呻きを上げていた。どうやらこの手のお約束は銀河共通のようで、お姫様にだって十分通用した様子だった。
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急遽編成された特別航空隊の隊長ロバート=カワハラは、総勢二十一機の戦闘機を率い、未だ海上で静止しているアンノウンをついにHUDのズーム機能で視界に捉えた。
基地を飛び出したときは意気軒昂としていた。何せ宇宙からいきなり舞い降りた所属不明機が、警戒に上がった戦闘機を一発も撃たずにいなし、燃料切れで帰したのだ。
そんなクソふざけた野郎に、目にもの見せてやると奮起するのは当然のことだし、すでに撃墜許可まで出ている以上ただで帰すつもりなど毛頭なかった。
「……ガードリーダーより各機へ、俺は……夢でも見てるのか?」
HUDに映し出された姿に、カワハラはそれだけつぶやくのが精一杯だった。
海上に浮いていたのは、紛れもなく人型だった。両肩と脚から計三対の羽根を生やし、それは海上約百メートルのあたりで、まるでヘリの様に滞空していた。
さらに大きく広がる羽根は半透明ながら緑色の淡い光を放っており、同色に光る粒子を燐粉のようにこぼしているのがなんとも幻想的で、それらが支える質量が明らかに機械でなければ、アニメに出てくる妖精のようにも見えた。
「……こちらガード3。自分にも……見えます。あれはなんでしょうか?」
耳に届く部下の声も、自分同様に震えており、どうにか搾り出したというのが丸分かりであった。
動揺しているのはわかるが、そんなことを聞かれても困る。アンノウンがアンノウンだったなどと、誰が予想できようか。
それでも。それでもだ。彼等に課せられた役割が変わることなどありはしない。相手が正体不明だろうが前後不覚だろうが、防空圏内に入り込んだ以上排除を行う必要がある。
「俺にもわからん。だがそんなことは関係ない。全機プランにしたがって散開。ヤツをたたき出すぞ!」
「了解!」
だからカワハラは考えるのをやめた。より正確に言えば、考えるの自分の役割ではないと割り切った。
そして気合を入れた号令の元、特別航空隊は三機ずつのチームを組んで散開、三方向からアンノウンへ向けて一気に高度を下げていく。
一番手を務める小隊がアンノウンを射程に捉えようとしたそのとき、機械の妖精が突如として上空へと舞い上がった。排気音も……なんて聞こえるわけは無いが、ヤツがジェットエンジンを積んでいないのは、見た目だけですぐにわかった。
そしてそのままアンノウンは、自分たちの飛んできた方角へと、猛スピードで飛び去っていき、そして奇怪なことにレーダーから消えた。
「クソが!! なめやがってっ!!」
自分たちもまた一発も撃たずにいなされたのだと悟ったカワハラは、怒りに任せて怒鳴り散らす。
もちろんすぐに旋回し、必死で後を追うのだが、ヤツの加速は明らかに無人機。到底敵うものではない。
「あんなものを飛ばして喜ぶなんざ……一体どこの変態だ」
夜空を彩る緑色の燐粉を睨みつけながら、せめてもの抵抗とばかりに、カワハラは憎憎しげにつぶやいた。
特別編成の航空隊をさっくりいなした、アルスマグナストームのコクピットにて、シンは突然「うおぅ」と小さな悲鳴を上げた。
「……なんか今……どっかでディスられた気がした」
噂をされてくしゃみレベルの言いがかりであり、奇しくも今回に限っては言いがかりでもないのだが、とにかく何かを感じ取ったシンは、眉根を寄せてつぶやいた。
「反論なんか考えるなよ。どうせ相手の行っていることは正論なんだから」
ヘルメットの高性能マイクは独り言も拾ったらしく、即座に呆れたような声でミリアからのツッコミが返ってくる。
「ヒデエ……。なんか大分遠慮なくなってきたなオマエ」
容赦の無いツッコミがよほど堪えたのか、シンはメインカメラの映像に映りこむミリアを半眼で睨む。
そんなやり取りに、横からアウラの援護射撃が加わった。
「ええと……概ね日ごろの行いではないかと」
「アウラまで……」
残念。お姫様の言葉は援護ではなく、トドメだった。
シンは集中砲火を受けてがっくりとうなだれてから、しかしすぐに気を取り直す。
いかにマッハ3オーバーという、戦闘機では考えられない速度による巡航とはいえ、海上から行政府までにはそれなりに時間がかかる。その時間を埋めるためのじゃれあいなのだと、誰もがわかった上でのやり取りだったため、さほど傷つくものでもなかったためである。
もっとも、さすがにこのような集中砲火を受けると、多少傷ついてはしまうのだが。
「よし、アレ首都の光だな? 確か……キャメリアンだっけ?」
一通りのじゃれあいが終わったら、ここからお仕事の時間である。
まだ少々距離があるものの、最大望遠で見えてきた街の明かりを見つめ、誰ともなしに問いかけた。
「はい。移民船団の旗艦であるキャメリアン号より名を頂いた、エクスタリアⅠの首都キャメリアン、ですわ」
通信機から返ってきたアウラの声からは、少しだけ緊張の色が見て取れる。
これから正念場が待っているということもあり、否応にも湧き上がる緊迫感に影響を受け、強張っているのだろう。
「次の迎撃機が上がる前につけたのはいいな。だが進入はどうする? 対空砲火に晒されるのは嫌だぞ?」
二人の会話にミリアが割り込んでくる。その声にも緊張が見て取れるが、彼女はうまく処理できているようで、アウラのように強張っている感じは見えない。
このあたりは、さすが連合宇宙軍のパイロットというべきなのだろう。
「ああ、それは俺も同感だ。だから……」
悠長にしゃべっている間に、想定ポイントに到達したのだろう。コンソールから控えめなアラーム音がなる。
それを合図にして、シンはコントロールレバーを操作し、自機の高度をさらに上げ始めた。
「このままほぼ垂直に突っ込むっ!!」
思わせぶりに言葉を切ることで、二人に成り行きを見守らせたシンは、再度鳴り響いたアラームを号砲代わりに、アルスマグナの機体を一気に降下させ始めた。
計器をチラ見した限り、突入角は約八十三度。体感的なものではあるが、ほぼ垂直といって差し支えない角度だった。
読んでいただきありがとうございます。




