17.妖精王の羽根
半分まで書いたところで、展開が気に入らず書き直した影響で、少し難産でした。
しかし金曜日が休日だったため、何とか書き上げることができました。
休息の時間として、五時間が経過した後。
現在マグヌム・オプスは、隠密性を意識した慣性航行によって、エクスタリアⅠ近郊にて静止中だった。
これ以上近づけば連合宇宙軍の探索網に引っかかる、この地点以降の宙域は捜索範囲が広すぎて探索網を張れないギリギリの地点。それが今の場所である。
そんな場所で彼らは今……。
「いいな! いいなこれ! すごく……すごく戦闘機だ!!」
楽しんでいた。
いや、本当の意味で楽しんでいたのは、ミリアだけだった。
何をしているのかというと、アルスマグナの片割れである、アルスティオンSの慣らし運転である。
今でこそこんなに喜んでいる彼女だったが、今回アウローラを乗せるからということで、メンテナンスハッチから乗り込んだのとき、その顔は不安と不満に満ち溢れていた。
理由はアルスティオンSのフォルムにあった。この機体のシルエットを一言で言い表すならば、『尻の太ったB2爆撃機』だったからだ。
スポーツカイトを髣髴とさせる独特な、全翼機と呼ばれるフォルムでありながら、機体中央に近づくにつれ推進器が増し太っていくその形状。さらに大きな翼の根元ともいえる場所は、ロケットのような円筒形のパーツが機体を貫いて前後に突き出し、全翼機のフォルムを崩しつつも全体的な調整を取ったシルエットをしていた。ロケットに例えたものではあるが、円筒形部分の前はくちばしのように中央方向へ尖り、後ろに突き出した部分の先端には、大型の推進機が複数設置されていた。
形状だけを見れば、Wのほうがよほど戦闘機だったのである。
そんな彼女の評価も、宇宙空間に飛び出した瞬間に手のひらが返された。
何せ翼部にあるサブスラスターはともかく、中央部に集められたメインスラスター、特に翼部根元の大型推進器は、かなりフレキシブルに動く。さらに一つ一つの出力が高い上、シンの……では無く創造主の機動兵器開発経験が生んだ制御システムが加わった結果、アルスティオンSの機動性はアクロバット用の小型航宙戦闘機並か、それ以上のものに仕上がっているのである。
Wがバカ火力というならば、Sはバカ推力の機体であるといえる。しかもその推力を正しく機動性に変換した、戦闘機乗りにとって「飛ばせて楽しい機体」といえるものだったのだ。
その分というべきか、見た目からわかる武装は、ロケット状の円筒パーツに装備された、大型のプラズマバルカンだけなのだが。
「……あ~……ミリア? 楽しいのはわかったからさ。そろそろ行かないか?」
あまりにも不安そうだった様子に慣熟飛行を許可した結果、乗り物に乗ってはしゃぐお子様と化してしまったミリアに苦笑を浮かべながらも、胸に去来する微笑ましさを隠せない様子で促すシンであった。
なおアウローラはというと、楽しくはしゃぐミリアと同じ空間に身をおきつつも、ノリノリで暴れる機体の反動に耐え続けていた。
「ミリア殿。少し落ち着いてください」
そんなアウローラの下から、タラッパの声がアルスティオンのコクピットに響く。
今彼女はなんと、シートの形になって、アウローラを文字通り支えていたのである。
お姫様達がここにいるのは訳がある。本来二人乗りのアルスマグナに、後二人をねじ込む必要性に駆られ、それを実現するためにこの方法が採られたのだ。
何せマグナイザーのコクピットは狭く、遊覧飛行ならともかく大気圏突入になど耐えられるものではない。結果全天周モニタを持つアルスティオンに白羽の矢が立ったのだが、元々一人乗りの機体にサブシートは無かった。
さてどうするかとシンが試行錯誤を始めたところで、なんとタラッパがもふもふのクッションを持って乗り込み、自らをシートの形に変形させた。リキッドメタル製メイドロイドの面目躍如とも言うべき、我らがタラッパ先生の離れ業であった。
なおこれを見たシンは、「バーバ○リック! バーバ○リックじゃあないか!」とテンションを上げ、ミリアはそんなシンを冷ややかな目で見、アウローラはテンション爆上げの様子に苦笑を浮かべた。
元々この方法は、この主従にとって奇想天外なものではないというオチがつくわけだが、その結果がはしゃぐミリアに振り回される結果だというのは、なんというかいたたまれない。
「ミリア? ミリアさん? そろそろ行かないとタイムスケジュールが圧すからさ。合体するぞ」
通信機越しに聞こえてきたタラッパの抗議に、サブシートのアウローラを思って感じるいたたまれなさを思い出したシンは、少しだけ強い口調で呼びかける。
そこにいたってようやく沈静化したミリアであったが、続いて返された通信に誰もが耳を疑った。
「……ホントに合体……する、のか?」
先程までのはしゃぎっぷりが嘘のような、まさかの拗ねミリアであった。しかも年相応というよりも、幼ささえ垣間見える声で、である。
飛ばせて楽しい機体を思う存分楽しんでいたところに、合体しますといわれたのだから気持ちはわからなくも無いが、それにしたってちょっと幼すぎではないかと思えるほどだ。
「ダメです。シン殿もおっしゃったように、このままではタイムスケジュールが圧します」
だがさすがタラッパは格が違った。
拗ねて幼ささえ垣間見えるミリアの気持ちなど一切お構いなしに、冷静沈着に彼女の抗議を切って捨てたのだ。
そこにいたってようやく我に返ったミリアは、先程までのはしゃぎっぷりも拗ねた幼さも、全て飲み込み頭を下げる。
「……すまない。あまりに楽しくて、我を忘れてしまった」
とはいえそれまでの醜態の記憶は堪えたのか、声にも表情にも羞恥の色が見えている。
そんなミリアをシンは責めることはせず、謝罪に対して肩をすくめて笑う。
「問題ないよ。慣熟飛行を許可したのは俺だし、まだ時間は取り戻せるから」
ここでシンは深呼吸を一つ。
アルスティオンが定位置に着いたことを確認してから、改めてシステムチェックを走らせつつ、通信機に向けて口を開いた。
「さて二人とも。合体したら行政府までノンストップだ。今の内に言うことはあるか?」
モニタ越しにミリアへ、そしてモニタに移らない場所にいるアウローラへと、覚悟を促すために少し低めの声で問いかけを行う。
ミリアはその言葉に、一度瞑目してから首を横に振る。
「でしたら……。お二人ともどうか私のことは、『アウラ』とお呼び下さい。これから慌しくなりますから、呼び名は短いほうがいいでしょう?」
アウローラ……否、アウラからの言葉を、二人は小さな驚きとともに受け入れる。
一般的な王族と比べて権限が低いとはいえ、いわば腐っても王族である。そのようなやんごとなき人間が、愛称呼びを許すというのは、信頼の証といえるだろう。それは十分に驚くべきことだ。
だが何より彼女の声に依存心のような色は見えず、しっかりとした意思を感じた。故に二人ともに驚きは小さく、すんなりと受け入れたのだ。
「オーケーアウラ、改めてよろしく。そんじゃ……いくぜっ!!」
マグナイザーのコクピットの中で、アウラの覚悟を受け取ったシンは、勢い良く右手を伸ばす。
そこには今しがた全機能異常なしを告げたコンディションモニタがあり、身を少し乗り出し手を伸ばすことで、その指先がモニタの表面に僅かに触れる。
「真理機関!! 起動!!」
触れた指先は素早くモニタの上をすべり、一筆書きで五芒星を描く。素早く描かれたが故に少しいびつだったそれは、正しい形に修正されてモニタの上に光の軌跡として浮き上がる。
そして浮き上がった五芒星に手のひらを叩きつけると、コンディションモニタから光が放たれ、その中央に『Command Accepting』の文字が浮かび上がった。
「……ああ……」
通信機越しに聞こえてくる、ノリノリな調子のシンの声と、例によって自動で動き始めたアルスティオンに、ミリアは諦めにも似たため息を漏らす。
これからどんな変態機動兵器が生まれるのか。いやアルスティオンSの特徴から見れば、なんとなく予想はつくのだが、ではその度合いがいかほどかというと、まったく予想をすることができない。故のため息である。
などと一人憂鬱に浸っている間に、全天周モニタに移るマグナイザーに変化が起きた。
背面に装備された大型スラスターが、背面装甲の一部を巻き込んで基部ごと大きく起き上がったのだ。そしてその動作によってへこんだ背中のスペースに、肩部装甲ごと両腕が回りこむ。同時に下腕装甲が、内蔵されたダンパーを収縮させることで持ち上がり、上腕部装甲にかぶさる形で腕を少しだけ収縮させる。
その背中に向けてアルスティオンSが機首を前に突っ込んでいく。二機の距離が詰まる間に、アルスティオンの機首がアームに支えられ大きく上方向へ、中央後部の大型スラスターが下方向へと折れ曲がる。また翼の根元にあったロケット状のパーツが前方にせり出すと同時に、主翼が途中から可変翼のように曲がり、高さの無い三角形だった形状が下を切り取ったダイヤのようなシルエットへと変化した。
そしてついに二機は激突……ではなく、合体を行う。
前から見ると、マグナイザーを巨大な突起がはさむようにせり出し、背面に収納された装甲に成り代わり巨大な肩を形作る。次に翼の根元に装備された大型プラズマバルカンが、その砲身ごと翼から分離し、翼の大きさからすれば実に頼りない腕となった。さらにアームに支えられ上へと大きく開いた機首は、マグナイザーの頭部を経由して胸部へ通り、追加の胸部装甲を形作る。
気がつくとマグナイザーの頭部は様変わりしていた。恐らく前方に回った胸部装甲の中に、頭部の追加装甲が収納されていたのだろう。
だがウィザードでもそうであったように、アルスマグナの変形はこれで終わりではない。正に最後の一手となる叫びが、シンの口から放たれた。
「サモンッ!! オベイロンッ!!」
コールと同時に、アルスマグナの背後に大きな魔法陣が展開する。
その中から現れたのは、先端が尖り十分な全長を有する台形のパーツである。デザインの都合なのか、後部は半ば辺りから一段太くなっており、またその左右には同じ形を半分に割ったようなパーツが張り付いていた。
魔法陣の中から現れたそれは、全貌を現すとともに左右に割れ、さらに左右に張り付いていた小型のパーツが本体から分離する。
大型のパーツは折りたたまれて短くなった翼を覆い隠すように、後ろから機体の左右へセットされる。同時に分離した小型パーツがボックス状に変形し、マグナイザーの下肢装甲に前方からブーツのようにセットされた。
「アルスマグナ……ストォォォォムッ!!」
完成披露の大見得とばかりに、合体したアルスマグナストームは縦に一回転してから、決めポーズを決めた。
そして最後を彩るべく、追加された『オベイロン』と呼ばれるパーツより、機体左右より二対と脚部に一対、計三対の淡く光る巨大な羽根が、ノリノリのシンの勢いに合わせるべく、突然発生し大きく広げられた。
「……ええと……なんでしょうか……ええと……」
目の前で繰り広げられた光景に、アウラは必死に何かをコメントしようとするが、努力もむなしく意味のある言葉をつむげないでいた。
ミリアはもう慣れた……訳ではないが、とりあえずこのアルスマグナに何かを言うのは無意味と判断し、疲れたような顔で半笑いを浮かべるしかできていない。
なお二人は合体のシークエンスから大見得まで、全て視聴する羽目になった。なぜなら事前にマグナイザーから打ち出された小型のドローンが、全てを生中継していたからである。
「……シン……その……満足か?」
対海賊戦同様、突然目の前に現れたシンに、ミリアは疲れた様子でようやくそれだけを告げた。
「おう! 大・満・足・だ!!」
そんなミリアの思いなど、シンに伝わるわけもなく、問われた彼は正にやりきったといった様子で、大きくサムズアップを返したのだった。
「……あの……参りましょう……か?」
感極まってサムズアップのまま動きを止めるシンと、疲れ切った様子でシートに身体を預けてしまったミリア。
対照的な反応ながら二人ともに動きを止め、コクピット内の空気が弛緩し始めたのを察し、アウラが控えめに口を開いた。
大分遠慮がちではあったが、確かにアウラの言うとおり合体がなった以上、進むべきだろう。そうミリアは判断し、気を取り直してコントロールレバーを握る。
「そうですねアウラ。イベントも終わりましたし、行きましょう。ミッションスタート」
シートに座りなおし、ミリアは艦長を差し置いて宣言した。
ここで過剰に気合は入れない。恐らくこの作戦は長丁場になると予想される。今から気炎をはいていては、恐らく最後まで保たないだろうから。
そしてミリアは、軽い気持ちでスロットルを五割ほど開ける。中継で見た限り、追加パーツであるオベイロンに推進器は見えなかった。とするとおそらくこのアルスマグナストームとは、合体によって推力を減らし、オベイロンによる火力強化を図ったのだろうと推測したからだ。
「あっ、バカ」
唐突に発せられた罵倒は、シンからのものだった。
だがアルスマグナに乗った誰もが、彼の罵倒に反応する余裕など持てなかった。
同じく唐突に発生したとんでもない加速によって、全員シートに正に叩きつけられたからだ。
だがそれも一瞬だけ。恐らくシンの操作によってスロットルが絞られ、加速が控えめになったからだろう。
静まり返ったコクピット内に、誰かの咳き込む音が響く。この可愛らしい咳は、恐らくアウラのものだろう。
「……な……な……なんだこれは!!」
衝撃からいち早く我に返ったミリアが、驚愕の叫びを上げる。
たかが五割ほど開けたスロットルが、これだけの加速をたたき出すなど、どう考えても勘定が合わない。もう一度言うが、合体中継を見た限りでは、オベイロンに推進器らしきものは見えなかったのだ。
それでこれほどの加速を出すなど、一体どういうものだというのだろうか。
「オベイロンはJ-マテリアル製でな。基部から与えられるエネルギー負荷を、展開したフェアリーウィングでそのまま推力に変換する。だから全方位へさっき以上の加速が可能だ。ついでに言えば、こいつで機体を包めば推力を犠牲にステルスまでやってのける。っつーか、Sの特製から見て、ストームの特性は予想できただろうよ」
コクピットに響いた叫びから少しだけ間を空けて、シンからの解説が返される。その声には、うかつとしかいえないミリアの行動を、非難するような色がこもっていた。
その解説はミリアに、衝撃と呼ぶにふさわしい驚愕を与えた。五割開けただけで出るあの推力を全方位に開放できるなら、正にストームは機動力の化け物だ。ウィザードに勝るとも劣らない、正に正真正銘の変態兵器なのだ。
「アウラ、平気ですか? 平気そうなら、もう少しマイルドに加速しますよ」
ミリアの驚愕をスルーして、シンはアウラに声をかけた。
その言葉にミリアははっと息を呑んだ。自分は航宙戦闘機のパイロットだから、対G訓練は受けている。シンにしたって、マグナイザーで伸身宙返りができる程度には、Gにも耐性を持っている。だがアウラはそうではない。
こんな殺人的な加速にさらされるなど、本来一生ないはずのお嬢様なのだ。彼女が経験した衝撃は、いかほどのものだろうか。
「けほっ……ええ、平気、です。ただその……せっかく愛称呼びを許したんですから、もう少しフランクに話していただけますか?」
ミリアにとっても幸運なことに、アウラは平気そうだった。心配させまいというのか、軽口まで吐くほどだ。
ただ相当にきつそうだ。今の軽口が、明らかに空元気だとわかるほどには。
「……あの……その……も、もうしわけ……いえその……ご……ごめんなさい……」
「ふふ……はい、謝罪は受け取りました。あまりご自分を責めないでくださいましね」
傍目からもわかるほどに意気消沈し、ミリアはアウラに謝罪を述べる。それは律儀なことにお姫様の要望どおり、友人相手にするようなフランクな謝罪であった。
そんな謝罪に気を良くしたのか、アウラは小さく微笑んだ
「……なんつーかさ。ミリアって、アルスマグナが絡むととたんに面白くなるよな」
まるで子供がするような謝罪が面白かったのか、よせばいいのにシンがまぜっかえす。
その言葉に非難の色はない。幼ささえ感じられる素直な謝罪に、むしろ好意的な感情さえ伺えるほどだ。
「…………誰のせいだ」
ミリアの抗議は小さなものだった。
一連の流れの原因が自分にあることがわかっているがゆえ、強く出られなかったのだ。
以上のように更新です。
今回もよろしくお願いします。




