16.決心の時間
私事で少し遅れました。
今回もよろしくお願いします。
シンたちがデブリ溜りの中で、漫才にも似たやり取りを行っていたちょうどその頃。
ターブルロンディア星系にある、連合宇宙軍第三方面軍司令部の執務室において、二人の人物が豪華なデスクをはさんで向かい合っていた。
一人は女性。鮮やかな青髪をミディアムストレートにして、見るからに芯の強そうな顔をした美人。なおこの時代においては、宇宙生活に適応するため遺伝子改造を受けた者の末裔として、彼女のように青い毛髪をしたものや、緑などそれまでの人間にはない特徴を持ったものが、少なからずいるのだ。
もう一人は中年の男性。太り気味ではあるものの、怠惰の証といった様子はなく、骨太でプロレスラーのようなスタイルをして、ゴツイボストンフレームの眼鏡をかけた顔は、体型とは裏腹に気弱そうな笑みを浮かべている。
二人は延々十分ほどの間にらみ合いを続けていた。
……男性の表情からすると、女性のほうから一方的ににらみつけられているようだが。
「モリエール准将。キミ……本当に、行くの?」
沈黙に耐え切れなかったのは男性のほうだった。
デスクから投影されたホロモニタに視線を走らせつつ――実はもう何度も読んではいるが――、困り果てた様子で問いかけた。
モニタに表示されていたのは、艦隊の編成申請だった。しかもその編成は戦艦三隻をも含む、星間戦争に介入できそうなほどの大艦隊である。
「ええ中将閣下。これは自分が行くべきだと、確信しています」
彼女――レティシア=モリエール准将は、見た目からでもわかるほどに困り果てた上官からの問いに、ニッコリと微笑を浮かべて答えた。しかしこれで執務室の空気は和らいだりしない。なぜなら彼女の浮かべた微笑は、むしろ肉食獣が獲物に向けたもののように見えたからである。
「……でもねえ。エクスタリアでしょう? 第七さんの縄張りじゃないか。越権行為に職権濫用、なんていわれても、おかしくないよ?」
かなり寂しげな頭髪もあいまって、ザ・中間管理職といった風な笑みを浮かべた男性――アドリアン=ミショー中将は、精一杯「考え直せ」という意思を込めて、レティシアへ視線を向けた。
睨む? 馬鹿を言ってはいけない。肉食獣のような笑みを浮かべるレティシアを睨めるような胆力など、恐らく誰であろうと期待はできない。
「お言葉ですが中将閣下。周遊艦隊壊滅を、第七方面軍は……いえ、トリスタン=ミクソン少将は隠匿しています。これは明らかな軍規違反です」
残念ながらミショー中将の意思は、レティシアには伝わらないようだ。
それどころか彼女の意思はさらに固く、その目には許可さえ出ればすぐにでも飛び出しそうなほどの、強い勢いを帯びた光さえ感じられるほどだ。
「確かにね。周遊艦隊の壊滅を隠匿したなんてことが事実なら、大変なことだよ。だからって、キミが行くことは、ないんじゃないかなあ」
ミショーの笑みは気弱さを増し、レティシアの表情はまったく変化を見せない。
困り果てた末になお困らせにくる部下からの申請を改めて眺め、右手で眼鏡のフレームを撫でた。これは深く思案しているときの癖だと、彼を知るものは皆知っている仕草だ。
「お言葉ですが中将閣下。もし閣下が准将であったなら、この件のお使いを誰かに頼みましたか?」
レティシアからの指摘に、ミショーは一瞬動きを止めた。
エクスタリア駐屯地司令のダンテ=チェーヴァは、准将だったと記憶している。あの欲張りデブを直接裁くなら、本来なら上官である少将以上が出張るのが正しいのだが……。
「確かに……ボクが行くだろうねえ」
気弱な笑みはそのままに、困り果てた所作はそのままに、ミショーはこともなげに言い放った。
少々意地の悪いやり方だが、相手の部下に嫌疑をかけて、標的を表舞台に引きずり出すならば、糾弾側の階級を合わせるのは悪い手段ではない。
特に今回のような、周遊艦隊壊滅の隠匿という、軍隊においては禁忌とも呼べる状況をしでかした相手に対し、生き証人がいる圧倒的に有利な状況ならなおさらだ。
何せ第七方面軍自体、ミクソン少将の所属する派閥が、他の派閥とのパワーバランスを保つため、無理矢理立ち上げたなんて噂もあるくらいだ。
ミクソン少将がダンテ准将を見捨てれば貸し一つ、かばえば方面軍ごと自分の派閥に引き入れられるかも知れないなら、悪くないギャンブルだといえるだろう。
何のことはない、巨大な組織にありがちな派閥の論理である。
そしてミショーは眼鏡をはずし、しかしそれを机におかずすぐにかけなおす。これも彼特有の癖で、なにかの決断をしたときは必ずこの動作を行うのだ。
「でも戦艦三隻はやりすぎ。一隻だけにしてね? 後失敗しても、ボクたちをかばってくれる人は、いないからね?」
相変わらず気弱な笑みを浮かべたまま、ミショーはホロモニタに表示された艦隊編成申請に、承認のサインをした。
「ありがとうございます。早速艦隊を編成し、エクスタリアへ向かいます!!」
承認された申請データを受け取ったレティシアは、飛び上がるほどの勢いで敬礼し、勢いもそのままに踵を返した。
「……ふ……ふふふ……。待っててミリア。今お姉ちゃんが助けに行くからね」
派閥の論理など関係ない。レティシアが今回の申請を出したのは、まさしく私的な感情に基づくものだった。
だが彼女は知っている。ミショー中将の気弱な笑みも、困り果てたような表情も、単純に彼の顔のつくりからそう見えているだけだということを。
あれほど困り果てていたにもかかわらず、彼の顔には冷や汗の一筋すら流れていなかったことを。
恐らく彼女の動機も全て悟った上で、それでも派閥の論理に利用できると踏んで、この許可を出したのだということを。
何もかもを飲み込んでなお、レティシアにエクスタリアへ行かないという選択肢は、ミリアを助けないという選択肢はないのであった。
-◆-◆-◆-
話は戻ってマグヌム・オプス。
ちょうど漫才の最後に、シンのドヤ顔とミリアのゲンナリ顔が向かい合った。
だがそれも一瞬の空白で、突然ミリアがシートから立ち上がり、シンに詰め寄った。
「ちょっと待て! アルスマグナって、あのバカ火力を使うのか!? オマエはエクスタリアを火の海にする気か!!」
一息でまくし立て、責め立てるように詰め寄るミリアに対し、シンの反応は鈍かった。ひたすら鈍かった。
詰め寄ってくる顔を見て一秒、彼女のおっぱ……否床を見つめて一秒、天井を見上げて一秒、そしてまたミリアを見つめて一秒。
ゆっくり四秒考えた後、なにかに気づいたのか「あっ」と小さくもらし、改めてミリアの顔をジト目で見つめる。
「なに言ってんだ? ウィザードなんか使わねえぞ?」
そして間近で鼻息荒く詰め寄るミリアに、呆れたような口調で答えた。
追い討ちでため息をつきつつも、そういえば彼女見せたのはウィザードだけだし、誤解もやむをえないかと思い直し、艦長席の下に設えられた三つのシートをあごで示す。
「今回は『S』を使う。大気圏内で飛べるの、アレだけだしな」
シンの言葉を受けて、ミリアの顔が驚愕に染まる。
その目が明らかに、「あんな馬鹿げたものが他にもあるのか」といっているのがわかるのがまた、彼の心に言いようもない……ナニカが湧き出す。
「……あの……お二人だけで通じ合わないでいただけますか?」
そんな二人の横から、少しすねたようなアウローラの声が聞こえてくる。
声に導かれるままにお姫様を見ると、心なしか頬が膨らんで見える。それまでひたすら優雅に、そして洗練された所作を見せてきた彼女の意外な一面を見た気がする。
彼女の反応があまりに年相応で、見慣れていないが故の違和感を感じつつも、シンは声の主に振り向くのだが。
「……っ!!」
その腕がミリアの出っ張り……なにかはあえて言うまい……にぶつかった。
感触は幸か不幸か極楽ではなかった。なぜならミリアの体は、対G用のコルセットと、宇宙服にもなるパイロットスーツと、イミテーションとはいえバンディットジャケットに包まれていたからである。その感触は、中身の詰まったスーパーの買い物籠が近いといえば、想像はつくだろうか。
ぶつかられた出っ張りの持ち主はというと、詰め寄ったときに近づいた距離が思ったより近いことに気づき、正に飛び退ってシンから離れた。
請われれば何度でも言うが、彼女は良くも悪くも軍人である。この時代の軍にとって性別など、適性判断の一要素でしかない。ミリア自身下着同然の姿で、男性の訓練生と組み手をしたことさえある。そういう意味においては、男性に近づくことなどなんでもない。いや、なんでもないはずだった。
それが今彼女の顔には朱がさし、飛び退ったときに僅かに乱れた髪を、意味もなく手櫛で撫で付けている。唐突に湧いた、いかにも乙女な感情に、戸惑っているようにも見えた。
「ああっと。すみません殿下。殿下が話の中心にいるべきですね」
そんな妙に乙女な反応を示すミリアを、シンはなんと完全にスルーした。
例えばどこかのラブコメのように、あわてて謝るようなムーブができなかったか? できたといえばできたのではあるが、なんというか今この場においては、スルーするのが慈悲であるような気が……まあ要は突如舞い込んだラッスケに、相手が怒るかと思いきや予想外の反応が返ってきたために、反応できずにヘタレちゃったのである。
とはいえ気持ちは完全にスルーできず、横目でちらりと窺ったところ、ミリアは自身の反応に精一杯でこちらを見てないようだった。
「とにかく……雇ってもらえるなら、ネストか行政府のどちらかに殴りこむ。拒否しても、ミリアのコネが効く第三方面軍司令部まで届けるくらいならまあ、義侠心の範囲だ」
あえてミリアから視線をはずし、シンはアウローラを見つめる。
その視線に込めた言葉は『決めろ』だ。それは彼の視線を受け止めるお姫様にも、疑いようもないほど痛いほどに良く伝わる。
だが彼女は即答はしない。顎に指を当て、瞳を閉じてしばし考えてから、傍らに控えるタラッパへと視線を向けた。
「お嬢様。私は、シン殿を雇わず、ミリア殿に御すがりする方法をお勧めします」
以心伝心で奏上されたメイドロイドの言葉を聞き、改めてアウローラは瞳を閉じて思案に戻る。
タラッパは当然、主人の安全を最優先する。だからこの意見は想定の範囲内だ。だがそれを抜きにしても、彼女の意見は真っ当なものだろう。
シンが急ぎたい理由は説明してもらったが、その根拠の一つが勘であることが、彼自身によって説明されている。
そう、よりにもよって、急ぐ理由が勘なのだ。
根拠とするには非常に弱く、故に承諾しがたい。急ぐためには切り札を切る必要があり、そのためにはアウローラがバンディットとして彼を雇わなければならない。さらに彼自身、急いで状況がよくなる保障も無いといっている。
まともに考えれば、拒否一択である。あとは雇うことで彼が『ただの恩人』でなくなり、今までの関係が壊れるという理由も、実は僅かばかりあったりするのだが、それは意図的に思考から脇に追いやり、アウローラは思考を続ける。
「……一つ伺います。報酬についてですが、いかほどでしょうか?」
まだ思案の途中なのか、瞳を閉じたままアウローラは問う。
問われたシンはというと、「ぐっ」と小さく呻いた後、両目を手のひらで覆って考え始める。どうやら決めていなかったようだ。
「初仕事だし、成功報酬の出来高払い、かな。額はそうだな……経費プラスアルファで、事後交渉でいいんじゃあないか?」
僅かな間隔をあけて放たれた答えを聞いて、アウローラは目を丸くする。
それは、報酬次第で何でもやると嘯くバンディットがいう言葉ではないというのもあるが、何よりも彼女が驚いたのは、シンの言葉が指す意味についてだった。
「フフ……それでは『義侠心で助けます』といっているのと、大差ありませんわ」
可憐ながら芯の強い花が一輪、無骨なバンディット艦のブリッジで花開く。
その可憐さからは、今まで見せていた計算された優雅さは無く、故に否応無く人の心を惹き付ける力があった。
「決めましたわ。シン=カザネ様。私はあなたを雇います。どうぞ、私を行政府に直接お連れくださいますか?」
可憐な笑みはそのままで、彼女の口から放たれたのが、この爆弾発言である。
まさか提示された選択肢の中で、三番目の選択肢を選ぶとは、恐らく誰も予想しなかっただろう。アウローラ自身、今回の行政府の動きに、ナニカを感じ取っていたのかもしれない。
「よっしゃ。なら早速ブリーフィングを……」
「待てシン。殿下が決められた以上否やは無いし、手伝いは私からも申し出たい。だがそれは食事と休養の後だ」
アウローラからの意向を受け、最速を極めんと動き出したシンに、横合いから待ったがかかった。
待ったをかけたのはもちろんミリアである。そして彼女の言葉は正論だった。
三隻の『敵』駆逐艦との追撃戦は、確かにシンの体力を削り取っていたし、依頼の完遂のためにコンディションを整えるのは正しい。
シンはこの遅れが深刻な事態につながらないよう祈りつつも、正論に対してうなづくことしかできなかった。
感想いただけました。土下座する勢いでありがたいです。
引き続き楽しんでいただけると幸いです。




