14.バンディットの矜持
今回も無事更新できました。
どうぞよろしくお願いします。
一時間ほどすったもんだの末、どうにか三隻の敵艦を振り切ったシンたちは、偶々見つけたデブリ溜りへと身を隠していた。
「どうにか撒いた、か」
ようやく一息、といった様子で、シンは背もたれに身体を預け、天井に向けてため息を吐く。
事実シンは疲労困憊状態にあった。何せ好き放題に撃ってくる敵に艦尾を向け、ビームから逃れながらの必死の逃避行である。神経を削られ体力を削がれ、デブリ溜りを見つけたときには、すでに精も根も尽き果てていたのである。
「……すまないシン。私が撃つなと言ったから……」
心なしか青ざめて見える彼に、ミリアは沈んだ様子で謝罪を口にする。
問答無用で撃ってきたとはいえ、敵は連合宇宙軍を名乗った。しかも現場は双子星をつなぐ航路の真っ只中である。行きかう船は行政府の制限により減っているとはいえ、そんなところで砲撃戦などした日には、周囲に被害を及ぼしかねない。
だから応戦しようとするシンを彼女が止めた。そしてシンもそれに同意した。それゆえの逃避行であったからである。
「……まったくだよ。おかげで……いや、悪い。こりゃただの八つ当たりだ」
艦長席のシートに沈み込みながら、シンは疲れきった弱々しい口調でミリアに答える。
なぜ彼が謝ったのか? それは反撃を行わないことについては、シン自身も納得ずくであったからである。それゆえの逃避行であり、それゆえの疲労だったはずである。
にもかかわらず、いくら謝罪に乗った形とはいえ、ミリアを責めてしまうのは、間違いなく八つ当たりである。それは恐らく、艦長としては一番やってはいけないことだ。
そうやって八つ当たりしてしまった自分を悔いての、謝罪だったのである。
「……ふぅ……戻りましたわ……」
際限なく空気が重くなっていくブリッジを救ったのは、アウローラであった。
彼女は逃避行が一段落してすぐ、口を押さえてブリッジを飛び出していった。
そして今戻ってきたのだが、その顔は青くなっていて、心なしかげっそりとやつれたような雰囲気を纏っていた。
「……あー……申し訳ない殿下。荒っぽくなってしまいました」
タラッパのサポートを受けつつも、力なく砲手席に腰を下ろしたお姫様へ、シンは艦長席からではあるが謝罪の声をかけた。
どういうことかというと、遠慮なく撃ってくる敵艦から逃げおおせるため、彼はマグヌム・オプスにかなりめちゃくちゃな軌道を取らせた。その結果、船に酔ってしまったのである。
ちなみにミリアは見ての通り平気だった。このあたりはさすが、航宙戦闘機のパイロットである。
「やむを得ませんわ。さもなければ、私たちは全員死んでいたところですし」
青い顔のままではあるが、艦長の謝罪に彼女はにっこりと微笑む。
艦長とは違ってこの度量である。このあたりはさすがプリンセスといったところだろう。
「……さて……これからどうする?」
全員がそれぞれ違う理由で沈んでいる中、意を決して沈黙を破ったのは、ミリアであった。
とはいえその話題は愉快なものとはいえない。それでもミリアの決意に引かれ、シンはシートから勢いをつけて立ち上がった。
「取り合えずだ。状況を整理しよう」
その言葉を皮切りに、わかっていることを箇条書きに上げる作業が始まった。
まず、バンディッツ・ネストは敵ではない。ラヴロフ支部長が嘘をついているなら話は別だが、少なくともあの強面に怪しい点は見受けられなかった。
味方と見てもいいだろうが、コンタクトできるかはまた別の話になるだろう。
次に連合宇宙軍だが、現時点では敵と見ていいだろう。まさか全てが敵とは思いがたいが、内部のものしか知らない『受け入れ準備』などという言葉を使った以上、少なくとも内に敵がいることは確かだ。
「……なあミリア。宇宙軍は、マグヌム・オプスに殿下が乗っていることは、知ってたんだよな?」
と、考察の途中であったが、シンはふと浮かんだ小さな疑問を、ミリアへとぶつけた。
「ああ。出航前の連絡で、本部へ報告済みだ。間接的とはいえ知っている、はずだ」
ミリアからの返答に、シンは小さく唸る。
というのも、今の報告からわかることは、アウローラにとって決して愉快とはいえない内容だからだ。
だがしかし、状況の整理というならば言わざるを得ない。だから彼は、意を決して口を開く。
「つまり連合宇宙軍は、殿下の生死に関心はないということか」
視界の隅で、アウローラの動きが止まったのがわかる。
ことさらこの華奢なお嬢様を追い詰めたいわけではないが、状況が勝手に彼女を追い詰めていくのは止められない。いや、とめることができない。
シンは内心で歯噛みをするのだが、ふとなにかに気づいたか顔を上げる。
「なあシン、この状況、足りていない……んじゃないか?」
シンが口を開く前に、操舵手席から声が上がる。
どうやらミリアのほうが一瞬早く、そしてシンと同じ気づきに至ったようだ。
「確かに足りないな。エクスタリアは何をしてる?」
この状況でエクスタリアが動きを見せないことに、二人は違和感を覚えたようだ。
確かに自国のお姫様が命に危機に瀕しているというのに、見えている動きといえば宇宙港の制限のみ。あまりに動きが悪すぎる。
アウローラのことが伝わっていないのか? 可能性はなくもないが、低いといっていいだろう。何せルートは複数ある。その全てが政府に届かないというのは、いくらなんでも不自然すぎる。
せめてなにか動きがあれば、乗り込むなり逃げて誰かの伝手を頼るなりできるのだがと、シンは心の中だけでつぶやく。
「……っ!」
そうして早くも手詰まりとなりかけたそのとき、小さく息を呑む声が聞こえる。
見れば砲手席に座ったアウローラが、口元に手を当てて顔を青くしていた。
「……殿下、どうし……」
心配したミリアが声をかけるも、彼女はそれに一切反応することなく駆け出し、席にタブレットを残してブリッジを出て行った。
もちろんタラッパも主人を追って出て行った。
「……うわあ……」
シンは視界の端にあったアウローラの姿が、タブレットを凝視していたものだということを思い出し、砲手席まで下りると、席に残ったタブレットを覗き込んだ。
そしてそこにあった記述に、思わず呻いてしまった。
タブレットにはニュースサイトが表示されており、殿下の奇行の原因が未だ表示されたままだった。
――アウローラ殿下外遊中に消息不明。生存は絶望的か? エクスタリア政府は海賊による襲撃と断定し、一時完全休業と厳戒態勢を宣言。
「ちょっと休憩しよう。頭が追いつかん」
アウローラを追いきれず戻ってきたミリアがタブレットを覗き込み、同様に絶句するのを横目で見つつ、シンはつかれきった様子で手で目を押さえ天井を仰いだ。
-◆-◆-◆-
シンが休憩を宣言してから、三時間ほどの後。アウローラがタラッパにつれられ、ブリッジへと戻ってきた。
その目は泣き腫らしたのか真っ赤になっているものの、泣いていたことを悟られないためか、彼女は今まで以上に優雅さを強調した足取りで、砲手席へと腰を下ろした。
「先ほどは取り乱しました。お詫びします」
いつも以上に毅然とした態度で、お姫様は頭を下げる。見れば傍らに控えるタラッパも追従して頭を下げていた。
その姿にシンが感じたのは、『強さ』であった。
彼女の気持ちは察して余りある。状況だけを見ればやむをえないかもしれないが、タブレットに表示された記事は、自身の故郷より『お前は死んだのだ』と宣言されたに等しい。
それは一人の人間が心に傷を追うには十分だ。だがその傷の深さなど、シンはもちろん余人が察することなど、不可能といっても差し支えないだろう。
にもかかわらず彼女は毅然とした態度を取っている。これを『強さ』といわずして、何が強さだといえるだろうか。
「ひとまず状況はわかった。宇宙軍も、エクスタリアも、殿下を死んだものとして扱っている。その上でどうするか、だが……」
だからシンはせめて、口調に感情を交えず、事務的に振舞うことで、お姫様の感情を刺激しないように口を開いた。
これは状況が彼女をいたわる暇を与えてはくれないための、苦肉の策ともいえる。
エクスタリア行政府だけに限って言えば、状況から推測しただけかもしれないが、連合宇宙軍についてはガチで辻褄を合わせに来ることも考えられるからだ。
「……これは……バンディッツ・ネスト経由で、公式に戻られたほうが、スムーズじゃないか?」
シンから投げられた問題提起に対し、ミリアが挙手しながら応える。
彼女の言い分はもっともだが、シンはその案に飛びつくためには、問題があると感じて首を横に振る。
「厳しいな。マグヌム・オプスで行くなら、ネストに一報入れないといけない。それだと連合宇宙軍に察知される」
何せ連合宇宙軍が敵なのだ。
バカ正直にネストに一報を入れて、宇宙港に向かった日には、惑星警備の名の下に嬉々として攻撃してくるだろう。さりとて連絡もいれずに向かえば、結局連合宇宙軍に補足される。どちらにせよ軽巡クラス一隻で乗り切るには、色々と足りないのは明白だ。
ミリアの提案のおかげで今のところ応戦はしていないため、相手がいくら誤魔化そうとしても付け入る隙はまだあるが、これが敵の待ち構える宙域に行くなら戦闘は避けられない。そこで例え威嚇だとしても、一発でも撃てばこちらの無罪証明は厳しいことになりかねない。
もっともエクスタリア宇宙軍に限って言えば、殿下の生存を伝えればやさしく迎え入れてくれるかもしれないが、クーデターのことを隠している以上、信用しきれるものとはいえない。隠匿の理由が民を安心させるためならいいが、ならばいまさら厳戒態勢をしく理由にならないため、彼らを信じるのは不確実すぎて議題には上げられない。
だから改めて、シンはミリアの提案に首を振った。
「……そうか。そうだな。そうなるとどうするか……」
提案を否定されても嫌な顔もせず、ミリアは改めて別の案を考え始める。
アウローラの発言はまだないが、彼女も同様に考えているのだろう。
そんな中、いかなる理由によるものか、シンの眉根がいっそう深く寄せられた。
「まあ……ネストに乗り込むだけなら、できなくはないんだよなあ……」
そして、苦渋の決断といった様子で発せられたシンの言葉に、二人は驚いた様子で顔を上げた。
厳しいといった舌の根も乾かぬうちに、である。当然二人の顔には、困惑の色がうかがえた。
「ただこの方法には二つ問題がある。一つ目は相当乱暴な手段になること。もうひとつは……」
二人の困惑をよそに、シンは顔をしかめて頭を乱暴に掻く。
少し言い出しにくそうな雰囲気を纏う彼に、二人は困惑の表情のまま、続く発言を固唾を呑んでも見守った。
「……さすがにこれ……義侠心だけで助ける範囲は、超えてるだろ」
シンの爆弾発言に、ミリアの顔が憤怒に、アウローラの顔が絶望に染まる。
どう聞いても突然の見捨てる宣言である。こいつは何を言ってるんだとか、ここまで関わっておいていまさら何をとか、様々な思いが去来するのも当然だろう。
そしてその想いが、ミリアは怒りに、アウローラが絶望に変わるのも、無理のない話だ。
だがそんな周囲の反応など待った気にせず、シンは続けて口を開いた。
「だから殿下、依頼をしてほしい。依頼があればバンディットは、どんな無茶もするし、銀河だって敵に回して見せる。それが俺の、バンディットとしての矜持だ」
シンの言葉に、ブリッジは静まり返る。二人とも完全に固まったようだ。
そしてしばらくの後、アウローラが小さくため息をついた。
「……シン様。カッコイイつもりで仰ってるんでしょうが……。私、そういう思わせぶりな言葉は、あまり好きではありませんわ」
「あるぇ~?」
突然ジト目でにらまれて、今度はシンが困惑することとなった。
なんだかじわじわブックマークもポイントも増えているのが嬉しいです。
読んでいただき、ありがとうございます。




