↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローの指揮者 ~落ちこぼれ指揮者の俺に回ってきたのは、引退寸前のおっさんヒーローでした~  作者: MIYA
第一章 「最低のコンビ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/40

第8話 白と金の配信

五月の連休、新市街の大型商業施設で四級の獣(ビースト)が暴れ始めた。


 第九分署の管制卓に、現場の写真が届く。


 中央の吹き抜けでは、二階の手すりが折れていた。階下には買い物袋が散らばり、閉じかけた防火扉(ぼうかとびら)の前を人々が走っている。


 レンは案件票を開いた。


 〈四級/二足型〉


 その下には、すでに別の分署の名前が入っていた。


 〈討伐担当(とうばつたんとう):ハウンド〉


「先に取られてるじゃん」


 今回、第九分署へ届いたのは追加の救助要請だった。


 獣の討伐はハウンドが担当する。第九分署が査定点を得られるのは、逃げ遅れた人を救助した場合だけだ。


 四級の討伐は四十点。


 通常の救助なら一人五点。


 レンは年度の累計表示を見た。


 三十九点。


(八分の一かよ)


 固定カメラを切り替える。


 正面玄関の外には、すでに人だかりができていた。避難した客までスマホを取り出し、建物のほうへ向けている。


 その理由は、すぐに分かった。


 レンの端末に配信通知が表示された。


『ハウンド、本日も現場から生配信!』


「……仕事してくださいよ」


 レンは通知を閉じ、ガイへ呼出を入れた。


『こちらグリット』


「第九分署で救助要請を受けました。四級ビースト、二足型。討伐はハウンドが担当します。こちらは逃げ遅れた人の確認です」


『おう』


「館内の固定カメラが少ないんです。特に、裏の従業員通路が見えません。目撃情報が入り次第、送ります」


『分かった』


 ガイが車庫へ移動した。


 少し遅れて、外装の生体情報が管制卓に表示される。展開時間は二・八秒。相変わらず、旧式の登録章だった。


 レンは屋上射出機の地図を開いた。


 商業施設は新市街にある。第九分署からは距離があり、射出機の射程を超えていた。


「援護射出、圏外です。こっちからアイテムは送れません。人のいる場所と、使える出口を探します」


『おう』


 九号車の位置表示が道路へ出た。


 レンは館内図を拡大する。


 中央の吹き抜けを囲むように、各階の店舗が並んでいた。奥には従業員専用の搬出口(はんしゅつこう)があり、細い通路で建物の裏側につながっている。


 だが、その通路には固定カメラの印が一つもなかった。


(また、見えない場所か)


 レンは施設の管理室へ連絡し、従業員の避難状況を問い合わせた。


 商業施設の正面玄関で、ガイは九号車を止めた。


 人だかりの向こうで、白い光が弾(はじ)ける。


 若い男が空中のドローンへ指を向け、軽く鳴らした。その手を胸の登録章へ運び、叩(たた)く。


 白と金の繊維が一瞬で全身を覆った。


 腕、腰、背中へ装備が重なり、三つのスポンサーのロゴが光る。


「みなさん、下がっててくださいね! 僕らが来たんで、もう大丈夫ですよ!」


 ハウンドだった。


 ドローンが頭上を回り、白と金の外装を正面から映している。


 少し離れた場所では、避難してきた子どもが二人、胸を二度叩いて同じポーズを取っていた。


 ガイは人の列から離れ、施設の出入口へ目を向けた。


 奥の吹き抜けから、重いものが床を打つ音が聞こえる。


 続いて、金属の折れる音。


 館内では、まだ獣が動いていた。


「おや、グリットさんじゃないですか!」


 ハウンド――久我(くが)レイジが声を掛けてきた。


 笑顔のままドローンへ手を振る。


「第九も来てくれたんですね。いやあ、お疲れさまです!」


「人は」


「避難中ですよ。僕がいますから、もう安心してください」


 ハウンドはドローンを横へ送った。


 カメラが離れた途端、ガイの外装へ視線を落とす。


「ロートルは下がっててくださいよ。席が詰まるんで」


 ガイは返事をしなかった。


 出入口の横に、清掃道具の台車が倒れていた。


 モップが床へ転がり、雑巾(ぞうきん)の入った袋が破れている。床には台車を引きずった跡が残り、従業員用通路のほうへ続いていた。


『グリット、施設の管理室から連絡です。清掃員が一人、避難確認できていません。どの階にいるかは不明です』


 レンの声が耳元へ入る。


 ガイは台車の車輪(しゃりん)を見た。


 片方が曲がっている。床についた跡は、その車輪が引きずられたものらしい。


「裏を見る」


『そちらは固定カメラがありません。吹き抜けの正面なら確認できますけど』


「こっちだ」


 ガイは台車の跡を追った。


 従業員用通路の入口には、防火扉(ぼうかとびら)が半分閉まっていた。床に落ちた清掃道具が挟まり、最後まで閉じられなくなっている。


 その向こうから、何かをこする音がした。


「誰かいるか」


「……ここです!」


 声が返ってきた。


 ガイが扉を押し開けると、通路の奥に清掃員が倒れていた。


 横倒しの道具棚(どうぐだな)が片脚に乗っている。首から下げた社員証が床に当たり、小さな音を立てていた。


「足、抜けるか」


「駄目です。棚が重くて……」


 ガイは棚の横へ回った。


 道具が詰まった引き出しは外れかけ、棚の重さで清掃員の靴が床へ押しつけられている。


 片側を持ち上げれば、抜けそうだった。


 そのとき、吹き抜けから激しい音が響いた。


 獣が壁へ何かを叩(たた)きつけたらしい。


 頭上の案内看板が揺れる。


 留め金が一本外れた。


 ガイは清掃員の頭上へ目を向けた。


 落ちてくる。


 左肩を差し出した。


 看板の平らな面が肩当てにぶつかる。だが、装甲板の角度が合っていない。


 衝撃の一部が外側へ逃げ、肩当ての端が背中側の装甲を押した。


 ガイの身体が半歩後ろへずれる。


 左肩に、鈍い痛みが残った。


 届いたばかりの肩当ては厚かった。それでも、前から受けるには面が傾きすぎている。


 ガイは左腕を寄せ、足を開き直した。


 看板の端が壁へ当たっている。そのまま落ちれば、下の清掃員にぶつかる。


 ガイは肩で重さを支えた。


 受けた衝撃のうち、身体へ届いた分だけが溜(た)まっている。


 それを脚へ回す。


 踏み込んだ足で身体を支え、看板を壁際へ押し寄せた。


 看板の端が床についた。


 もう清掃員の上には落ちない。


「少し待ってろ」


 ガイは空いた手で棚(たな)を持ち上げた。


 清掃員が足を引く。


 靴先が棚の脚へ引っかかり、一度止まった。


「もう少しだ」


 ガイは持ち上げる位置を変えた。


 棚の脚が床から離れる。


 今度は靴が抜けた。


「歩けるか」


「……少しなら」


「つかまれ」


 ガイは片腕を貸した。


 清掃員は棚から身体を離し、外装の腰へ手を回す。立ち上がると、片足を引きずった。


 背後で、獣の爪(つめ)が床を削る音がした。


 吹き抜けのほうから聞こえてくる。


 爪を受けても、衝撃は溜(た)まらない。


 ガイは清掃員を自分の陰へ入れた。


「こっちだ」


 二人は従業員用の搬出口(はんしゅつこう)へ向かった。


 第九分署の管制室で、レンはハウンドの配信を開いていた。


 映っているのは吹き抜けの中央ばかりだった。


 固定カメラと見比べても、ガイが入った従業員用通路の奥は見えない。


『グリット、清掃員は見つかりましたか』


『一人いた。連れて出る』


「搬出口は開いてます。裏に救急隊を呼びました。そこまで出られますか」


『行ける』


 レンは救助欄に印を入れかけ、指を止めた。


 まだ救急隊へ引き渡していない。


 ここで確定するのは早い。


 ハウンドの配信へ目を戻す。


 吹き抜けには、四級の獣が立っていた。


 二本の脚で床を蹴(け)り、長い腕を振り回している。周囲の柱には細い鋼線(こうせん)が張られ、獣が動くたびに引っかかった。


 合同回線へ、先方の指揮者の声が入る。


『ハウンド、左右の柱は使える。通路から客は出たよ』


 若い女の声だった。


 ハウンドは手のひらを返した。


 獣が右へ跳(と)ぼうとすると、先に張られた線が脚を引き戻す。


 反対側にも別の線が伸び、逃げ道がふさがれた。


(……上手いな、こいつ)


 レンは画面を拡大した。


 線を張る柱を選んでいる。


 獣が逃げそうな方向にも、先に線を置いている。


 正面から力比べをせず、少しずつ動ける場所を減らしていた。


 これなら、四級の獣でも逃げられない。


 ガイの位置表示は裏通路を進んでいる。


 清掃員を支えて歩いているなら、速度は出せないはずだ。


「グリット、搬出口まであと少しです。救急隊が裏で待っています。吹き抜けには戻らないでください」


『おう』


 レンは再び配信へ目を戻した。


 ハウンドがドローンの正面に立ち、片腕を高く上げている。


「じゃあ、そろそろ締めましょうか!」


 周囲の柱に張られた線が一斉に光った。


「――ハウンド・ネスト!」


 四十本の鋼線(こうせん)が、獣へ向かった。


 最初の線が両脚を引き戻す。


 次の線が両腕を柱へ縛り、胴(どう)と首元へ回る。


 獣が身体をひねった。


 しかし、線は緩まない。


 すでに四肢(しし)が固定され、身動きが取れなくなっていた。


 その上から、さらに鋼線が伸びた。


 動けなくなった獣の周囲へ、何重にも線が巻きついていく。


 ドローンが一段高く上がった。


 上から見ると、柱の間に広がる線が大きな巣(す)の形になっている。


 獣が倒れた。


 ハウンドが拳(こぶし)を握ると、首元の線が締まった。


 床を掻(か)いていた爪が止まる。


 配信の画面は、獣の身体からハウンドの笑顔へ切り替わった。


『いやあ、お疲れさまでした!』


 拍手の絵文字が画面の端を流れる。


 レンは音量を下げた。


 映像を見返す。


 ハウンドの鋼線は、最初の二十本で獣の両脚、両腕、胴、首元を押さえていた。


 それだけで逃げ道は消えている。


 後から加えた二十本は、すでに固定された身体の外側へ重なっていた。


(……必要な倍、使ってる)


 レンは再生位置を戻した。


 動けなくしたところで締めれば、あそこまで線を増やす必要はなかったはずだ。


 だが、最後に広がった鋼線は、配信の画面で大きな巣を作っている。


 討伐のためだけなら、過剰な手数。


 映像としては、よくできた決め技だった。


 ハウンドは線を柱へ固定し、ドローンに向かって手を振っていた。


 画面の端には、解放後の冷却表示が出ている。


 三分。


 必殺技を使ったあとの冷却が終わるまで、ハウンドはその場を離れられない。


 レンが位置表示へ目を戻したとき、ガイが搬出口(はんしゅつこう)へ到着した。


『清掃員、引き渡した』


「救急隊からも確認が入りました。救助一人、記録します」


 レンはようやく救助欄を確定した。


「……肩はどうですか。新しい肩当て、引っかかりませんでした?」


『重いな』


(まだそれ言うのかよ)


 レンは生体情報を開いた。


 左肩に新しい負荷の記録がある。


 看板を受けたらしいが、どんな角度だったのかは分からない。


 その答えは、帰署してからボディカメラを確認するしかなかった。


 ハウンドの冷却表示が消える頃、確認班から討伐完了の連絡が入った。


 撤収後、レンは合同案件の確認票を受け取るため、商業施設へ向かった。


 正面玄関には、まだ人だかりが残っている。


 立入規制の柵(さく)の内側では、ハウンドがファンとの撮影に応じていた。


 白と金の外装には、三つのスポンサーのロゴ。


 配信用ドローンが頭上を回り、集まった人々へ手を振る姿を映している。


 レンは確認票へ目を落とした。


 〈四級ビースト討伐:ハウンド〉


 〈救助一人:グリット〉


 今回、第九分署へ入る査定は五点。


 年度累計、四十四点。


(向こうは四十点。こっちは五点か)


 レンは確認票を折り、スマホを取り出した。


 保存しておいた配信映像を開く。


 ハウンドが鋼線を広げた場面で、一時停止した。


 最初の二十本だけでも、獣の動きは完全に止まっていた。


 残りの二十本は、その外側に重ねられている。


 必要な倍の手数。


 レンは画面の中に立つハウンドを見た。


 Cランクの外装には八つのガジェット枠がある。


 ハウンドはそのすべてを使い、鋼線の補助装備や配信用機器を積んでいた。


 スポンサーのロゴは三つ。


 装備を増やす費用にも、困っていないのだろう。


 一方、ガイはDランク。


 四つの枠のうち、二つは空いたままだ。


 先日もらった肩当てさえ、まだ身体に十分合っていない。


(こっちにも、せめて予算があれば)


 レンはスマホをしまった。


 道具が多ければ勝てるとは限らない。


 それは分かっている。


 だが、あれほど装備を選べるのなら、ガイの身体に合うものも見つかるかもしれない。


 清掃員を助けたとき、何が起きたのか。


 肩当てが合っていれば、余計な負担をかけずに済んだのではないか。


 帰ったら、映像を確認しよう。


 レンは確認票を胸ポケットへ入れた。


 そのとき、背後で靴音が止まった。


 振り返ると、小柄な女が立っていた。


 黒髪をうなじで一つにまとめ、赤いヘアゴムで留めている。


 片手には合同案件の書類。


 もう片方には、指揮者の端末を持っていた。


 芦原(あしはら)チカ。


 養成課程で一緒だった同期だ。


 チカはレンの顔を見て、少しだけ口元を緩めた。


「天城くん、久しぶり」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。