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ヒーローの指揮者 ~落ちこぼれ指揮者の俺に回ってきたのは、引退寸前のおっさんヒーローでした~  作者: MIYA
第一章 「最低のコンビ」

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第7話 お下がりの肩当て

四月二十五日の朝、第九分署に第四分署から大きな荷物が届いた。


 レンは受付台に置かれた段ボール箱を見た。


 送り主はタイド。品名には〈肩部ガジェット〉と書かれている。


「……頼んでないんですけど」


 持ち上げると、ずしりと重かった。箱の中で何かが動いたものの、金属のぶつかる音はしない。緩衝材でしっかり包まれているらしい。


 所長の沢渡が、奥から顔を出した。


「タイドくんからだねえ。使ってない肩当てがあるって、昨日連絡があったよ」


「使ってないって、余り物ですか」


「まだ使えるそうだよ」


「そこが一番怪しいんですよ。使えるなら自分で使うでしょう」


 所長は笑いながら、受付台へ書類を置いた。


「装備課の点検は済んでる。使うなら譲渡登録が必要だから、確認しておいてね」


 レンは書類を受け取った。


 〈譲渡価格 〇円〉


 もう一度、箱を見る。


(無料か)


 今月の装備予算も〇円だった。


 指揮者がEランクでは、新しいガジェットを予算で買うこともできない。手に入れるなら、私物として届け出るか、今回のようなお下がりを使うしかなかった。


 先日買ったボディカメラには、自分の口座から一万九千八百円を払っている。


 無料で使える装備が届いたのなら、確かめない理由はない。


「車庫に持っていきます」


「ガイくんにも見せてあげてね」


「本人が嫌がらなければ、ですけど」


 レンは箱を抱え直した。


 持ち手になる穴がなく、腕の中で段ボールがずり落ちそうになる。


(肩当て一つで、何でこんなに重いんだよ)


 車庫へ向かう前から、少し嫌な予感がしていた。


 車庫では、ガイが九号車の横に立っていた。


 胸の登録章に残った煤(すす)を、布で拭(ふ)いている。先日の火災現場でついた汚れだ。


「荷物です。第四分署から」


「タイドか」


「ええ。型落ちの肩当てだそうです。装備課の点検は通ってます」


 ガイは箱を見たが、手を伸ばさなかった。


「今ので足りる」


「だからって、もらえる物まで断ります? こっちは装備予算がゼロなんですよ。性能が上なら使ったほうが得でしょう」


「重いのは嫌だ」


「まだ開けてもいないでしょう」


 レンは箱を整備台へ下ろし、テープを剥(は)がした。


 中には濃い灰色の肩当てが入っていた。


 今のものより一回り大きい。表面には細かな傷があるものの、割れや深いへこみは見当たらない。留め具は新しいものに交換されていた。


「……思ったよりまともですね」


 レンは肩当てを持ち上げた。


 外側には打撃を受けるための硬い装甲板。内側には厚い緩衝材が貼られている。


 型番を確認すると、ガイの外装にも取り付けられる規格だった。


「これなら、今のより広い範囲を守れそうです」


「そうか」


「興味なさそうですね」


「今ので足りてる」


「さっき聞きました」


 レンは肩当てを裏返した。


 そこで指が止まった。


 内側の緩衝材は、全体に細かな加工線が入っている。しかし、肩甲骨(けんこうこつ)に当たる部分だけ、その線が途切れていた。


 表面が不自然に滑らかになっている。


「……これ、削ってますね」


 ガイが顔を向けた。


 レンは手袋をした指で、その部分をなぞった。


 端には細い溝(みぞ)が残り、中央だけが深く削られている。左右の形もそろっていなかった。


 最初からこういう形で作られたとは考えにくい。


「カタログの写真と違います。肩甲骨のところ、誰かが加工してますよ」


「そうかもな」


「前の持ち主が自分で調整したんですかね」


「さあな」


 レンは端末に型番を入力した。


 画面に出た製品画像と、手元の肩当てを並べる。


 製品画像では、内側の緩衝材が均等な厚さになっている。届いたものは背中側だけ薄く、外側の装甲板が少し傾く形だった。


(前の人の肩に合わせたのか)


 指で押すと、薄くなった部分が内側へ沈む。


 反対側から押しても、ほとんど動かない。


 装甲板の角度が変われば、打撃を受ける位置も変わる。肩当てを付けられたとしても、ガイの戦い方に合うとは限らなかった。


「これ、試着だけでもしてみません?」


「しまっとけ」


「まだ合わないと決まったわけじゃないでしょう」


「お前、断る気ねえな」


「タダですから」


 ガイは小さく息を吐(は)いた。


 登録章へ手を伸ばし、胸を斜(なな)め下から二度叩(たた)く。


 紺(こん)の外装が広がり、古い蝶番(ちょうつがい)の音とともに装甲がかみ合った。


 レンは左肩に付いている肩当ての留め具を外した。


 長年使われた装甲板は薄く、表面にいくつもの傷がある。端の塗装も剥げていた。


 外したものを整備台へ置き、届いた肩当てを取り付け位置へ合わせる。


 留め具の規格は同じだった。


 固定も問題なくできる。


 ただし、新しい肩当ては背中側の緩衝材が薄く削られているため、取り付けると装甲板の前端が少し外へ開いた。


「グリット、腕を前へ出してください」


 ガイが左腕を持ち上げた。


 肩当ての下端が背中側の装甲へ近づく。


「引っかかります?」


「少しな」


「もう少し上げると?」


 ガイが腕を上げる。


 硬いものが触れ合う音がした。


 レンは端末に入力する。


 〈前方動作 干渉あり〉


「今度は後ろへ回してください」


 ガイが腕を後ろへ動かした。


 今度は音がしなかった。


 〈後方動作 問題なし〉


「重さはどうです?」


「重いな」


「……予想どおりですね」


「なら外すか」


「もう少しだけ。いつもの受ける姿勢を取ってください」


 ガイは左足を半歩引き、肩を前へ出した。


 レンがボディカメラの映像で何度も見た構えだ。


 肩当ての下端が、背中側の装甲に押しつけられる。


「そのまま動かないでください」


 レンは横へ回った。


 届いた肩当ての装甲板は、厚くて広い。だが、ガイが左肩を前へ出すと、その広い面が外側へ傾いてしまう。


 正面から拳(こぶし)を受けた場合、衝撃は肩当ての中央ではなく、端へ流れそうだった。


「……変だな」


 レンは整備台の古い肩当てを手に取った。


 ガイの肩に付いているものと横へ並べる。


 古いほうは薄く、傷も深い。


 それでも、ガイの構えに合わせると、打撃を受ける面がほぼ正面を向いた。


 届いた肩当ては違う。


 厚さがあっても、面の向きが合っていない。


「グリット、今度は肩を少し引いてみてください。そうです。身体を反対へひねる感じで」


 ガイが動く。


 すると、肩当ての広い面が前を向いた。


 レンは自分の手のひらで装甲板を軽く押した。


 先ほどは外側へ流れた力が、今度は肩当ての中央に掛かる。


「……なるほど」


 もう一度、元の姿勢へ戻してもらう。


 やはり面が傾いた。


「これ、受ける向きが逆なんですよ」


「何がだ」


「アンタがいつもやるのは、左肩を前に出して受ける形ですよね。でも、この肩当ては、その姿勢だと当たり面が逃げるんです」


 レンは裏側の削り跡を指した。


「背中側を削ったせいで、装甲板の角度が変わってる。たぶん、前の持ち主は違う姿勢で受けてたんですよ」


 ガイは肩を一度回した。


 留め具が小さく鳴る。


「人が違うからな」


 レンは手を止めた。


 当たり前の返事だった。


 だが、言われるまで考えていなかった。


 同じ外装を着ていても、使う人間の身体は違う。肩の出し方も、腕を引く角度も、打撃を受ける位置も違う。


 前の持ち主に合っていた加工が、そのままガイに合うとは限らない。


 レンは肩当てを見直した。


 四発のうち三発を避け、最後だけ受ける。


 相手を建物から離して、道路の中央で受ける。


 ガイはいつも左肩を使っていたが、相手の動きに合わせて身体の向きを変えていた。


 その一つ一つに、理由があるのかもしれない。


(装備の性能が上でも、合わなきゃ意味ないってことか)


 レンは端末を閉じた。


「譲渡の登録は進めます。ただ、このまま実戦で使うには確認が必要です。前方へ動かすと引っかかるし、当たり面も合ってません」


「おう」


「削れば合うかもしれませんけど、勝手に加工したら強度が落ちる可能性もあります。装備課への確認が先です」


 ガイは短く頷(うなず)いた。


「あと、枠が二つ空いてるんですよね」


「要らねえ」


「前にも聞きました、それ」


「答えも同じだ」


 レンは装備台帳を開いた。


 Dランク。ガジェット枠、四つ。


 肩当て。


 拘束帯ホルダー。


 残り、二枠。


 新しい肩当てに交換しても、使用する枠は増えない。


(空いてるのは枠だけかよ)


 レンは試着を終えた肩当てを外し、古いものを元の位置へ戻した。


 届いた肩当ては整備台に残す。


 登録と調整が済むまでは、予備として保管することにした。


 古い肩当ても傷だらけだが、少なくともガイの動きには合っている。


 レンはそのことを、装備台帳の備考へ書き加えた。


 午後、レンは管制室で譲渡申請書を仕上げていた。


 〈入手経路 第四分署からの譲渡〉


 〈購入費 〇円〉


 〈使用予定枠 肩部ガジェット枠〉


 型番や重量、製造時期は、用意された欄へ順番に入力できた。


 だが、肩当ての角度については、当てはまる項目が見つからなかった。


 レンは備考欄を開く。


 〈左肩を前方に出す姿勢で干渉あり。当たり面の角度が本人の受け方に合わない〉


 さらに一行を足した。


 〈内側の緩衝材に、前使用者によるものと思われる加工跡あり〉


 入力を終えても、車庫で見た削り跡が気になった。


 あれだけ手を加えたなら、前の持ち主は肩当ての形にこだわっていたはずだ。


 既製品のままでは、使いづらかったのだろうか。


 それとも、特定の攻撃を受けるために加工したのだろうか。


 どちらにしても、誰かが使いやすいように直した結果が、別の誰かには使いづらくなる。


 レンは申請書を保存した。


「……汎用品って、そういうもんか」


 添付する確認書を探し、机の上に置かれた紙をめくる。


 ガイの書類が何枚か重なっていた。


 装備登録票、出動報告書、給与明細。


 レンは一枚を手に取り、表面を見た。


 四月二十五日付の給与明細だった。


(あ、これ違う)


 戻しかけた指が止まった。


 基本給、二十二万円。


 その下には税金や保険料の控除が並んでいる。


 さらに一行。


 〈元登録者互助会 五万円〉


「……五万?」


 思わず声が出た。


 数字を見直す。


 五千円ではない。五万円だった。


 しかも、税金や保険料とは別の欄に記載されている。


(何だよ、これ)


 装備予算はゼロ。


 九号車は旧式。


 肩当てはお下がり。


 ガイは新しい装備を欲しがらず、壊れていないものは使い続ける。


 それなのに、毎月の給与から五万円を何かの会へ納めている。


 レンは「元登録者互助会」の文字をもう一度見た。


 どんな団体なのか。


 何のために払っているのか。


 調べようと思えば、名前くらいは検索できるだろう。


 だが、これはガイの給与明細だった。


 自分が読むために置かれた書類ではない。


 レンは紙を裏返した。


 印字された数字が見えなくなったのを確かめ、元の場所へ戻す。


 そのとき、管制室の扉が開いた。


「書けたか」


 ガイだった。


「ええ。譲渡申請書なら。あとは確認欄の署名だけです」


 レンは別の紙を差し出した。


「肩当ての点検記録は問題ありません。ただ、装着したときの干渉があるので、調整前提で申請します。実戦投入は確認が済んでからです」


 ガイは書類を受け取った。


「重さも問題です。今のより厚いぶん、左腕の動きが変わってます。ここも調べないと」


「重いな」


「二回言っても軽くならないんですけど」


 ガイは赤鉛筆を取り、確認欄へ名前を書いた。


 紙を返すと、机の上に残っていた自分の書類を集め始める。


 給与明細も、その中にあった。


 レンは端末へ目を戻した。


 紙が重なる音がする。


「他にいるか」


「いえ。今のところは」


「そうか」


 ガイは書類をそろえ、廊下(ろうか)へ出ていった。


 扉が閉まる。


 レンは、保存したばかりの装備申請書をもう一度開いた。


 今なら肩当ての重量も、厚さも、取り付け位置も分かる。


 だが、削り跡を残した人間が何を考えていたのかは分からない。


 ガイが五万円を払っている理由も同じだった。


 知らないことは、まだ多い。


 それでも、今すぐ全部を知る必要があるのか。


 レンは備考欄の最後に残った空白を見て、何も入力せず画面を閉じた。


 夕方、車庫の整備台には、届いた肩当てが置かれていた。


 レンは棚(たな)から古い型番の資料を取り出し、実物と見比べていた。


 装甲板の厚さは十分。


 留め具の強度も、点検記録では問題なし。


 ただ、内側の削り跡だけは資料と一致しない。


 レンは肩当てを裏返した。


 肩甲骨(けんこうこつ)に当たる部分が、手作業で薄くなっている。


 その部分を平らな面へ置くと、装甲板が少し傾いた。


 ガイが左肩を前へ出したときと、同じ向きだ。


「……ここか」


 レンは手袋をした指で、削られた部分を押さえた。


 前の持ち主は、この形で使っていた。


 だが、ガイには合わない。


 もしかすると、別の位置に緩衝材を足すだけで直せるかもしれない。逆に、板の角度まで変える必要があるかもしれない。


 どちらも、今の資料では判断できなかった。


 レンは試着時の画像を端末に呼び出した。


 ガイが左肩を前へ出した姿勢。


 その横に、届いた肩当ての製品画像を並べる。


 違うのは装備だけではない。


 身体の使い方が違う。


 同じ場所へ打撃を受けても、肩の向きが少し変われば、力の伝わり方も変わる。


 レンは、これまで調べたガイの被弾記録を思い出した。


 記録には、受けた回数と傷の場所が残っている。


 だが、どんな姿勢で受けたかは、ほとんど分からない。


 ボディカメラを買ったのは、その見えない部分を確かめるためだった。


 今なら、映像を見るときに別のことも確認できる。


 肩を出す角度。


 腕を引く位置。


 踏み込んだときの装甲板の向き。


 レンは端末のメモへ三つの項目を追加した。


 今度の出動記録で、確かめてみよう。


 肩当てを整備台へ戻したところで、端末が震えた。


 第四分署からのメッセージだった。


 送り主はタイド。


『サイズ、合ってた? 前の人、もう使わないから』

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