第35話 一本だけの鋲
十一月中旬の朝、レンの端末に二件目の外部調整依頼が届いた。依頼人の指揮者が添付した映像では、灰色の外装から撃った鋲が高い鉄骨の手前で止まっていた。
依頼対象はリベット――根津テッペイ。Cランクでガイと同じ年に登録したヒーローだった。
「射出口の故障なら装備課へ回してくださいよ。俺は修理屋じゃありません。そもそも映像を見る限り発射装置は動いてますし鋲も曲がってない。何を直したいんですか」
向かいに座ったリベットは右肩を指した。
「届かねえ」
「肩から撃つ型ですよね。届く場所が減ったなら射程か角度か、先にどっちか知りたいんですけど」
「高いとこだ」
ガイよりさらに言葉が少ない。レンは映像を再生した。リベットが右腕を持ち上げる途中で止め、射出口を下へ向け直している。鋲は飛んでも支えにしたい鉄骨まで届いていなかった。
外装の仕様書には正常と出ている。射出圧も規定値内だ。
(壊れてないのは機械のほうか)
「直接触って調べてもいいですか。三秒だけです。嫌なら映像だけで続けます」
リベットは返事の代わりに作業着の右袖をまくった。レンが素手で手首を包む。
一秒目。指を曲げる力は残っている。
二秒目。肘にも目立った異常はない。
三秒目。右肩を上げる筋肉だけが途中で強く張った。肩の高さを超えようとすると動く方向が外へ逃げる。
レンは手を離した。
「ここまで上がりませんね。痛くなくてもこれ以上は動かない。射出口を高く向けるために肩を使うのがそもそも合ってません」
「治るか」
「病院には行ってください。でも装備のほうは待たなくていいです」
レンは紙を引き寄せた。外装の肩にある射出口を消し、腰の右側へ書き直す。腕を下ろしたまま人さし指が落ちる位置だ。
「ここへ移しましょう。手を上げなくても角度を選べます。射出する方向だけ小さなレバーで調整して、指を曲げれば撃てるようにする。あとは技師に作ってもらいます」
リベットは紙を見た。
「低くなる」
「射出口は低くなります。でも無理に肩を上げて狙いを外すより、腰から真っ直ぐ狙ったほうが届きます。鋲の飛ぶ力は変えません」
「分かった」
レンは見積書へ依頼料を書き入れた。三万円。部品の製作費はリベット側の装備予算で、こちらが受け取るのは設計料だけだ。
「試すまでは改善したって書けませんからね。先に金だけ払って失敗したって怒らないでくださいよ」
「撃って決める」
そこで話が終わった。ガイに似たところがあると思ったが口には出さなかった。
数日後、本部装備課から届いた試作品は腰に収まる短い射出筒だった。鏑木が取り付け位置を微調整し、旧式の射出口を外している。
試験場でリベットが灰色の登録章を操作すると、作業着に似た外装が腕から胸へ重なった。肩や腰には小さな鋲の頭がいくつも並んでいる。
レンは試験用の鉄骨に印を付けた。肩の射出口では狙いきれなかった高さだ。
「いつもどおり立ってください。右腕は下げたままで。無理に上げると調整した意味がなくなるので」
リベットは右手を腰に落とした。指先がレバーへ触れる。
乾いた発射音が一つ。
鋲は印の中央に刺さった。先日の映像より遠い鉄骨だ。
リベットは腰の射出口を見下ろした。レンは試験場の技師が記録した着弾点を拡大した。円の内側に穴が一つ空いていた。
「これなら使えます。ただし射程そのものは伸びてません。狙いを付ける肩の動きが要らなくなっただけです。ほかの射出口を全部付け替えるのは試験を重ねてからですよ」
リベットは頷いた。
「一本でいい」
帰り際にレンの端末が鳴った。リベットの指揮者から試作品の現場使用を認める通知だった。
同じ週の午後、旧市街の商店裏でベランダが崩れた。
ガイが九号車を止めたとき、二階の外壁から床板が半分落ちかけていた。ベランダの下には店の裏口があり、避難しようとした四人がその先で動けなくなっている。
救助に使えるのは細い通路だけだ。崩れた手すりが出口を塞ぎ、上からはコンクリートの破片が落ちていた。
『グリット、下に四人。入口の外側に倒れた鉄枠があります。消防は反対側から支柱を運んでいます』
レンの声を聞きながらガイはベランダの下を見た。
重い床板が傾いている。あれを身体で受けたら溜まるかもしれない。しかし四人を出すまで背中で持たせるには今の肩では足りない。
通路の向こうから灰色の外装が歩いてきた。
リベットだった。
足元を一度見て次に上の鉄骨を見る。ガイも同じ場所へ目を上げた。割れた外壁の奥にはまだ動いていない太い梁がある。
『リベット、北の梁は残っています。崩れたベランダの外縁とは高さが違います。下の四人は奥から動けません』
リベットの担当指揮者の声が無線に乗った。
リベットは右手を腰へ下ろした。新しい射出口が開く。ガイが視線を向けるとリベットは短く顎を引いた。
リベットがベランダの外縁へ鋲を打った。短い発射音に続いて鉄が鳴る。あとは二本目を梁へ届かせれば二点の位置を固定できる。
発射音。
一本の鋲が斜め上へ飛んだ。梁の端に刺さる。
その直後にベランダの傾きが止まった。鉄骨と外縁の距離が固定され、床板が落ちずに残る。
リベットは腰の部品へ手を当てた。新しい穴を二度確かめ、ガイへ顔を向ける。
ガイは通路へ入った。
しゃがまなければ通れない高さだ。床にガラス片が散り、天井から細かな砂が落ちてくる。腹ばいで近づくと奥にいた若い作業員が手を伸ばした。
「歩けるか」
「はい。でも後ろの人が……」
ガイは作業員の腕を取った。曲がった鉄枠の下をくぐらせ、通路の外へ送り出す。警官がその腕を引き取った。
一人目。
次は荷物を抱えた女性だった。荷物を置くよう手で示すと女性は肩から鞄を下ろした。ガイは低い床板の下を先に進み、後ろから女性を支えて出口まで運んだ。
二人目。
奥には年配の男性と少年が残っている。少年は足を動かせたが男性は片足を伸ばせずにいた。
頭上で金具が鳴る。
ガイはベランダを見上げた。外縁の鋲は動いていない。だが壁の内側から砂が落ちる量が増えていた。
『グリット、北の梁を支える壁に亀裂があります。消防の支柱はまだ到着していません』
「おう」
ガイは少年を先に抱え、出口へ戻った。少年の靴が崩れた手すりに引っかかる。片腕で身体を持ち上げ、外の警官へ渡した。
三人目。
残った男性のところへ戻ると上の壁が大きく鳴った。
ベランダの端を支えていた金具が一つ外れた。リベットの鋲は抜けていない。しかし固定した先の壁そのものが欠け始めている。
ガイは男性を抱えた。左腕へ重さが乗り、胸の奥が痛んだ。抱えて歩くには出口までの高さが足りない。
男性の身体を床へ寝かせ、肩の下に腕を回す。引きずれば背中がガラス片に当たる。ガイは大きな破片を端へ寄せ、男性の身体を抱え直した。
もう一度頭上で音がした。
リベットは梁とベランダの間に立っていた。固定点を打った右腰の部品には傷がない。ただし梁につながる外壁が崩れ始めている。
このまま二点だけを固定しても壁が抜ければベランダも落ちる。
リベットは足を踏み込み、壁の残った部分へ左手を置いた。右手はベランダの縁へ伸ばす。触れられる範囲の金具と梁をまとめて固定する構えだった。
「――フルリベット!」
登録章が応え、灰色の外装の鋲が一斉に鳴った。
外壁とベランダの間に残る金具が止まる。砕けた部分のすぐ横で、まだつながっている部材だけが互いの位置を保った。
リベットは身体を動かさずにガイを見た。
ガイは男性の肩と膝を抱えた。背を低くして通路の出口へ進む。落ちた手すりをまたぐときだけ足を止め、最後の一歩を大きく踏んだ。
外で消防員が男性を受け取る。
四人目。
その瞬間に上の固定音が消えた。リベットの解放が終わり、外装は冷却に入った。
ガイはリベットの側へ戻った。ベランダから軋む音が続く。固定した部材の先にはもう細い壁しか残っていない。
リベットは一度だけガイへ目を向けた。
ガイは頷いて道路側へ下がった。リベットも冷却中の重い外装で後退する。
直後にベランダの外端が落ちた。通路の入口へ砕けた床板が重なる。消防員が用意していた支柱を外側から立て、残った床を支えた。
破片が収まるまで誰も中へ入らなかった。
『グリット、避難者四人。全員の搬送を確認しました』
ガイは道路の向こうを見た。四人とも消防員に付き添われている。少年が振り返り、片手を上げた。
リベットは壁にもたれて冷却表示を眺めていた。三分の間に消防員が支柱を増やし、落ちた部材の周囲を立ち入り禁止にした。腰の射出口は無傷でも、崩れたベランダを元へ戻すことはできない。
「届いたな」
ガイの言葉にリベットは一度だけ頷いた。
夕方の第九分署でレンは救助報告書を受け取った。四人で二十点。年度累計は五百点に届いた。
「あと半分ですか。四人も助けて二十点って相変わらず計算が厳しいですね。今回の固定だってリベットがいなきゃ無理でしたし、そっちの点数も――」
「よかったな」
ガイが紙を作業台へ戻した。
「……何がです?」
「四人だ」
レンは報告書を見直した。四人の名前の横には病院への搬送先が記されている。全員意識あり。自力歩行できる者もいた。
別の用紙には外部調整依頼の受領欄がある。設計料三万円は請求処理中だった。試作した部品の製作費はリベットの所属先へ回っている。
夜、帰り支度をしていたレンをリベットが車庫の出口で呼び止めた。外装を収納すると灰色の作業着だけが残り、右腰には新しい射出口を収めた跡が見えた。
「天城」
「はい。調整のやり直しなら鏑木さんに連絡してください。射出口の角度は俺が設計したので相談には乗れますけど、固定具を作り直すのは――」
「助かった」
レンは口を閉じた。リベットはガイが車庫の奥へ入るのを見送った。
「昔からああだ」
「ガイさんですか。助けるほうを先に見る人なのは知ってます。同期だったんですよね」
リベットはしばらく答えず自分の右手を開いた。曲げてから握り直し、ガイのほうを見た。
「十二年前のあの日から、あいつは拳を握らなくなった」
十二年前。ガイが二十六のときだった。




