↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローの指揮者 ~落ちこぼれ指揮者の俺に回ってきたのは、引退寸前のおっさんヒーローでした~  作者: MIYA
第二章「指揮者の才能」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/44

第33話 半分ずつの管制

十一月上旬の朝、第九分署の管制室にチカが現れたとき、レンの机には椅子(いす)が一つしかなかった。


「……何でいるんですか」


「臨時の応援。所長さんから聞いてない?」


 チカは薄い書類入れを机に置いた。黒髪をまとめた赤いヘアゴムが、うなじで揺れる。


「聞いてませんけど。そもそも芦原はハウンドの担当でしょう。あっちの管制はどうするんですか」


「降りたよ」


 レンは端末から顔を上げた。


「……は?」


「担当を降りたの。昨日付けで」


「いや、だから理由を聞いてるんですけど。ハウンドって今月もランキング上位ですよね。スポンサーも増えてたし、担当指揮者なら加算も相当あるでしょう。普通は辞めないですよ」


「合わなかった」


「それだけ?」


「うん」


 チカは空いている机を見た。


「私、どこに座ればいい?」


「……知りませんよ」


 管制室の扉(とびら)が開いた。


 所長の沢渡が、折りたたみ椅子(いす)を抱えて立っている。


「まあまあ。今日は借りるだけだからねえ」


「所長。どういうことですか」


「本部から四級の案件が来てね。チカくんに共同管制をお願いしたんだよ」


 沢渡は椅子(いす)を広げた。片方の脚が少し曲がっている。


 チカが座ると、床がぎしりと鳴った。


「……これ、大丈夫?」


「俺がずっと使ってた椅子(いす)ですよ」


「天城くんが?」


「そうですけど」


「じゃあ大丈夫か」


「何を基準に判断したんですか」


 沢渡が机へ案件票を置いた。


 旧市街の西側にある外壁補修現場。四級の能力者が作業員と揉(も)め、足場の一部を壊している。


 現場までは一・五キロ。


 レンは受諾欄を開いた。


「ガイさんは出られます。でも、こっちの管制卓は一人用ですよ。映像は四面しかありませんし、俺が撃てるのも三発だけです」


「だから半分ずつ」


 チカが案件票を引き寄せた。


「通報と消防、警察との調整は私。天城くんはグリットさんの交戦を見て。私は分署の公用車を借りて、車載射出機を使うね」


「……それ、役割が偏ってません?」


「どこが?」


「俺が交戦を全部見るなら、射出もまとめたほうが速いでしょう。芦原の車の位置まで計算するのは余計な手間ですし」


「私の車なら二、三秒で届くよ」


「こっちの屋上は九秒です。別々に撃ったら、着弾の順番が狂います」


「じゃあ、合わせよう」


 レンは口を閉じた。


 チカは案件票を置き、立ち上がった。


「先に現場へ行く。着いたら映像を送るね」


「待ってください。まだ受諾を――」


 端末が鳴った。


 共同案件の受諾確認だった。沢渡の承認印が付いている。


「……仕事が速いですね、所長」


「ホースは二本あったほうがいいからねえ」


 レンは受諾を押した。


 車庫では、ガイがすでに外装を展開していた。


 紺(こん)の装甲が身体を覆(おお)い、胸には三つの砂粒の紋章(もんしょう)がある。肩当ては以前と同じ形だった。


 九号車にまたがったところで、無線が入る。


『グリット、相手は四級。両腕の硬質化(こうしつか)です。現場の足場を壊しています。作業員はまだ全員出ていません』


「おう」


『今回は芦原と共同管制です。俺は相手の動きと、交戦に必要な情報を伝えます』


『グリットさん、よろしく』


 別の声が入った。


「よろしくな」


 ガイは九号車を発進させた。


 昼前の道路には配送車が多かった。


 旧市街の西へ向かうと、建物の間に工事用の足場が見えてきた。二階の高さまで鋼管(こうかん)が組まれ、外側には養生シートが張ってある。


 道路側の一部が破れ、歩道には工具箱が散らばっていた。


 ガイは九号車を止めて降りた。


 足場の下に男がいる。


 両腕は手首から肘(ひじ)まで黒く硬化していた。男は工具も使わず、拳で支柱を殴っている。


「金を払えって言ってんだろ!」


 拳が支柱を打った。


 固定金具が外れ、上の足場板が傾く。


 ガイは顔を上げた。


 二階の作業床に人がいる。作業員が一人、手すりに掴(つか)まっていた。降りるためのはしごは途中で曲がっている。


 男が振り返った。


「何だよ。ヒーローまで呼んだのか!」


「やめとけ」


「うるせえ!」


 男が突っ込んできた。


 右の拳が胸へ向かう。


 ガイは肩を前へ出した。


 硬い拳が肩当てを打つ。幅のある衝撃(しょうげき)が外装を通り、重さとなって身体へ沈んだ。


 溜まる。


 ガイは半歩下がった。


 続けて左拳が来る。


 今度は腕で受けた。骨の奥へ鈍い重さが残る。


 相手の能力は両腕だけ。拳は硬いが、先が尖(とが)っているわけではない。面で受ければ溜められる。


 男が三発目を振り上げた。


 ガイは横へ避けた。


 拳が背後の支柱へ当たり、金属が大きく鳴った。


 頭上で足場板が揺れる。


『グリット、二階に作業員一人。はしごは使えません。消防が建物の裏から救助に向かっています』


 レンの声だった。


『足場の下部が道路側へ傾いています。今の支柱をもう一度打たれると、上まで動く可能性があります』


 ガイは男と足場の間へ入った。


 男が顔を歪(ゆが)める。


「どけよ!」


 拳が来た。


 ガイは肩で受ける。


 重さが増したが、足は動かなかった。


 この位置に立っていれば、男の拳は支柱へ届かない。


 もう一発。


 今度は腕で受けた。


 男がいら立ったように後ろへ下がる。その背後には道路があった。


『道路側の避難は完了しています。西側の建物裏には消防員が二人。救助経路を確認中です』


 チカの声が入る。


 ガイは身体の向きを変えた。


 足場から男を離す。


 男がついてくる。


 拳を受けながら、道路の中央へ少しずつ下がった。


 溜めた力は十分にある。だが、ここで強く打ち返せば、男を足場へ押し戻しかねない。


 背後の空間を確かめる。


 男がまた踏み込んだ。


 ガイは溜めた力を少しだけ脚へ回し、一歩で距離を詰めた。


 胸へ体当たりを入れる。


 男が道路へ転がった。


 追いかけようとしたとき、頭上で金属が折れる音がした。


 二階の手すりが外れた。


 作業員が身を低くする。踏んでいる板まで傾き、両手で足場の鋼管(こうかん)を抱えた。


『作業床の固定が外れました!』


 レンの声が強くなる。


『道路側の支柱がずれています。遮断板を置けば、下部が滑り出すのは抑えられます』


 ガイは足場を見た。


 道路側の鋼管(こうかん)が歩道へ滑(すべ)り始めている。このまま倒れれば、規制線の外まで部材が飛ぶ。


 遮断板で全体を支えることはできない。


 それでも、下部を引っかければ倒れる向きは変えられる。


『グリット、道路側に遮断板を射出します。そこから離れてください』


 ガイは道路へ転がった男を見た。


 男はもう立ち上がろうとしている。


 そのとき、合同回線にチカの声が入った。


『それ、誰が受けるの?』


 レンの返事が止まった。


 ガイは二階を見上げた。


 作業員が立っている床は、西側へも傾いている。


 下の支柱を止めたとしても、あの人が立っていられるとは限らない。


『道路側は遮断板でいい。でも、二階の人が落ちたら?』


 チカの声が続いた。


 ガイには両方できない。


 男を足場から遠ざけることと、上から落ちてくる人を受けること。


 どちらかを選べば、もう片方が残る。


『……西側に空気台ですね』


 レンが答えた。


『うん。消防に場所を空けてもらってる。こっちで撃てるよ』


 少しの間があった。


『グリット、遮断板は予定どおり道路側へ置きます。作業員の落下には芦原が備えます』


「分かった」


『二つとも、同じ時刻に着弾させます』


 ガイは男へ向き直った。


 道路へ出てきた男が拳を振り上げる。


 逃げ道を空ければ、また足場へ戻る。


 ガイは道路と足場の間に立った。


『遮断板、射出。道路側、着弾まで九秒』


 レンの声と同時に、頭上から射出音がした。


 九秒。


 男が右拳を出した。


 ガイは腕で受け、身体を道路側へずらす。


 男の視線がガイを追った。


 その後ろで、足場の支柱がさらに傾く。


 ガイは踏みとどまった。


 男が左拳を振る。


 今度は身体をひねって避けた。拳は空を切り、男が一歩前へ出る。


 足場から離れた。


『空気台、射出。西側、着弾まで三秒』


 チカの声が入った。


 ガイは上を見た。


 二階の作業床が折れた。


 作業員の足が床から離れる。


 ガイは一歩踏み出しかけた。


 だが、道路側にはまだ男がいる。


 ここを離れれば、男はもう一度支柱へ向かえる。


 ガイは拳を握れない右手を開き、男の前に立ち続けた。


 三秒後。


 道路側と建物の西側で、ほぼ同時に着弾音がした。


 遮断板が立ち上がる。


 道路へ滑ってきた足場の下部が板に当たり、支柱を大きく軋(きし)ませた。


 板は曲がった。


 それでも固定具は外れず、足場が通りへ滑り出す動きが止まる。


 西側では空気台が膨らんでいた。


 落ちた作業員が、その白い受け面へ背中から着地する。


 一度身体が沈み、ゆっくりと戻った。


 消防員が駆け寄った。


『落下者一名、空気台で受け止めました。意識あり。これから安全な場所へ移します』


 チカの声が届いた。


 ガイは作業員が消防員の手を取るのを確かめた。


 目の前で男が叫んだ。


「よそ見してんじゃねえ!」


 黒く硬化した拳が向かってくる。


 ガイは避けなかった。


 胸の前で両腕を重ねる。


 面の打撃が入った。


 また重さが溜まる。


 肩の奥に熱が戻り始めていた。これ以上、受け続ける必要はない。


 ガイは男の足元を見た。


 道路には逃げ込める路地がない。


 次の拳を左へ受け流す。


 男の身体が横を向いた。


 ガイは一歩踏み込み、その脇腹(わきばら)へ体当たりを入れた。


 溜めた力が胸から抜ける。


 男は道路へ転がった。


 起き上がろうとしたところで、ガイは男の脚を拘束帯でまとめた。


 硬質化しているのは両腕だけだ。


 脚を引こうとした男は、身体を起こせなかった。


『グリット、警察が到着します』


「ここにいる」


 ガイは警官が抑制錠(よくせいじょう)を掛けるまで男を押さえていた。


 道路の向こうでは、消防員が空気台から作業員を降ろしている。


 作業員は支えられながらも自分の足で立った。


 ガイはその姿を見てから、曲がった遮断板へ目を移した。


 片側の支柱が大きくゆがんでいる。


 足場は完全に安全になったわけではない。消防員が周囲を立ち入り禁止にし、補強の手配を始めていた。


 ガイは現場を引き継ぎ、九号車へ戻った。


 同じころ、第九分署の管制室で、レンは二つの射出記録を並べていた。


 自分の屋上射出機から遮断板一発。


 距離一・五キロ。着弾まで九秒。


 チカの公用車は現場から約二百メートル離れた場所に停車していた。


 車載射出機から空気台一発。


 着弾まで三秒。


 射出時刻は六秒違う。


 着弾時刻は同じだった。


「……本当に合わせられましたね」


 レンは二つの記録を拡大した。


 自分が先に撃った。


 チカは六秒待ってから撃った。


 その間、チカは消防への連絡も続けている。


『天城くん、消防から報告。作業員は全員無事。救急搬送の必要はないって』


「了解です。確保の報告書はこっちで書きます。消防の確認票はあとで送ってください」


『分かった』


「あと、空気台の位置なんですけど。俺の画面では西側に資材が積まれてたんですよ。あそこに撃って大丈夫だったんですか」


『消防員に動かしてもらったよ』


 レンは手を止めた。


「……いつ?」


『天城くんが遮断板の位置を決めてる間』


 レンは西側の固定カメラを開いた。


 確かに資材が移動している。


 現場へ着いた消防員が木箱をどかし、空気台の置ける場所を作っていた。レンが足場の傾きを計算していた時間だ。


 自分が一発の位置を決める間に、チカは人を動かしていた。


 あの作業員が落ちたとき、空気台の下には何もなかった。


(……一人じゃ間に合わなかったな)


 レンは椅子(いす)の背へ身体を預けた。


 空いている隣の席を見た。


 折りたたみ椅子(いす)は、そのまま置かれている。


 夕方、共同案件の撤収手続きでチカが戻ってきた。


 公用車の鍵を置き、消防の確認票を机へ広げる。


「確保は第九分署の担当で報告したよ。作業員の救助は消防の記録に入ってる。査定の内訳は本部で確認してね」


「四級確保で四十点。今の累計に足せば四百八十点です。正式な反映は来月でしょうけど」


 レンは案件票を閉じた。


「……いや、数字より連携の話です。次からは先に射出先と弾数を分けたほうがいいですね。こっちが何を撃つか、そっちが何を撃つか。それと、着弾時刻」


「そうだね」


「今回みたいに九秒と三秒なら、六秒ずらして撃てばいい。でも現場の状況が変われば、その六秒も使えなくなります。途中でどちらかが射出先を変えたら、もう同時には届きません」


「うん。だから先に決めよう」


 チカは確認票の端を押さえた。


「私は人の位置を確かめる。天城くんは、グリットさんが動ける場所を考えて」


 レンは次の言葉を探した。


 向こうの仕事に細かく口を出すつもりだった。


 だが、何を分ければいいのかは、もう決まっている。


 チカは書類をまとめ、署名欄に記入した。


「じゃあ、私はこれで」


「……チカ」


 チカが顔を上げた。


 レンは一瞬だけ口を閉じた。


「その確認票、コピーをこっちにもください。消防の時刻がないと、俺の射出記録だけじゃ説明がつかないので」


「了解」


 チカはコピーを取り、レンの机へ置いた。


 呼び方については何も言わなかった。


 レンは紙を受け取る。


「……芦原は長いんですよ」


「何が?」


「呼び方です。別に意味はないですけど」


「そう」


 チカは書類入れを閉じた。


 立ち上がったとき、赤いヘアゴムがうなじで揺れた。


 レンの目が一瞬だけそちらへ向いた。


 すぐに確認票へ視線を戻す。


 チカは公用車の鍵を取り、管制室を出ていった。


 その夜、レンは報告書を提出したあと、休憩室でハウンドの配信を開いた。


 白と金の外装が、新市街の建物の上に立っている。画面の端にはスポンサーのロゴが並んでいた。


『いやあ、今日も無事に終わりました! 新しい管制チームとも息ぴったりです!』


 コメント欄には祝福の言葉が流れている。


 新しい担当指揮者の登録名も、画面に表示されていた。


 レンは配信を少し戻した。


 ハウンドは以前と変わらない笑顔で、撃破数と配信実績を報告している。


 チカが降りた理由を、ハウンドの配信は一言も言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。