↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローの指揮者 ~落ちこぼれ指揮者の俺に回ってきたのは、引退寸前のおっさんヒーローでした~  作者: MIYA
第一章 「最低のコンビ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/39

第14話 オマエのナイフ

資材置き場の門の向こうで、四級の男が金網を蹴(け)っていた。


 第九分署の管制室で、レンは現場図に赤い印を二つ付けた。


 一つは警官隊の待機位置。もう一つは、先日の下見で見つけた金網の切れ目だ。


 門の外には警察車両が止まっている。


 しかし、金網の切れ目は大人一人が通れる幅のままだった。男がそちらへ走れば、簡単に敷地から出られる。


「……そこを塞がないと、また逃げられる」


 レンは固定カメラを切り替えた。


 男が金網を蹴り、門のほうへ顔を向ける。


 門の外では警官が待機している。今は車両の陰に隠れているが、近づこうとすれば男に見つかる位置だった。


 レンは射出機の地図を開いた。


 現場まで一・五キロ。


 着弾予測、九秒。


 旧式の屋上射出機では、撃ったあとに着弾位置を変えられない。


 最初に選んだのは発煙筒(はつえんとう)だった。


 煙を出せば警官の姿を隠せる。ただし、男が驚いて走り出す可能性もある。


 次に遮断板(しゃだんばん)。


 こちらは金網の切れ目の外側へ落とす。


 両方とも、下見で位置を確認してあった。


 一出動で使える射出は三発。同時には一発ずつしか撃てない。


 残りの一発は、まだ決めないことにした。


 レンは黒い手袋の指先を引き上げた。


 出動前、ガイの手首を三秒握っている。


 左肩の張りは昨日とほぼ変わらなかった。肩当ての固定帯も、腕を回しやすい位置へ調整してある。


 車庫から接続音が届いた。


 ガイの外装が展開し、生体情報が画面へ流れ始める。


 二・八秒。


 いつもどおりだった。


「グリット、昨日の位置図を開いています。警察には門の外で待機してもらいます。煙が届いたら、男からは見えなくなるはずです」


『分かった』


「金網の切れ目には遮断板を落とします。相手は四級、拳の硬質化。腰のナイフは一本確認されていますが、ほかにないとは限りません」


『おう』


「拳なら溜められます。でも刃は――」


『溜まらん』


 レンは机に置いた分析表へ目を落とした。


 殴る。


 突く。


 叩きつける。


 それぞれ四十回。合わせて百二十回、映像を見直した。


 肩の動きだけでは遅い。


 その前に、足や腰が動く。


 映像なら、拳が出る前に見分けられるようになった。


(本番は巻き戻せない)


 九号車の位置表示が資材置き場へ近づいた。


 レンは発煙筒の着弾位置を確定した。


 資材置き場の前で九号車を止めたガイは、金網に沿って歩いた。


 胸ポケットには、二つに折った紙が入っている。


 レンが昨日書いた一行だ。


 出動前にもう一度読まされたが、まだ声には出していなかった。


 門の向こうに男がいた。


 汚れた作業着。硬く握った両手。右腰にはナイフの鞘(さや)が下がっている。


 外装も、顔を隠すものもない。


 男はガイに気づくと、金網から足を離した。


「またヒーローかよ。工場の連中に頼まれたのか?」


「話を聞きに来た」


「何の話だ!」


「解雇(かいこ)されたんだろ」


 男の口が止まった。


 ガイは門の内側へ一歩入った。


 地面には黒く焦(こ)げた木片が散らばっている。工場の備品らしい札を付けた空箱も転がっていた。


 男はその箱を蹴った。


 空箱がガイの足元へ飛んでくる。


 ガイは足を出して止めた。


「どうしてここにいる」


「俺が働いてた場所だからだよ!」


 男は背後の建物を指した。


「あいつらが勝手に追い出したんだ。何年も働いてやったのに、いらなくなったら終わりかよ!」


「そうか」


「そうか、じゃねえ!」


 男が拳を金網の支柱へ叩きつけた。


 硬質化した拳が鉄をへこませる。


「お前も邪魔するなら壊してやる!」


 右手が腰へ動いた。


 ナイフの柄が持ち上がる。


 ガイは左肩を前へ出しかけ、止めた。


 拳なら受けられる。


 刃先は受けられない。


 相手の手元を見たまま、足元の砂利(じゃり)を踏み固めた。


『グリット、警官隊は門の外で待機中です。煙を先に入れます』


 第九分署のレンの声が入った。


『発煙筒、射出』


 頭上を小さな音が抜けた。


 まだ何も落ちてこない。


 男が門の外を見た。


「何だ、増援か?」


 ガイは答えなかった。


 着弾までは九秒。


 男が今走り出せば、煙が届く前に警官の位置を見つけるかもしれない。


 ガイは門と男の間に残った。


 ナイフを抜かれれば、近づき方も変えなければならない。


 男が鞘から刃を抜く。


 ガイはその動きを見ていた。


 やがて門の外側で金属が地面を打つ音がした。


 発煙筒が開く。


 灰色の煙が道路へ広がり、警察車両の輪郭が消えた。


 男が顔をしかめる。


「コソコソしやがって……」


 ガイは胸ポケットの紙を思い出した。


 普段の自分なら、あんな言い方はしない。


 だが、レンは何度も男の映像を見ていた。


 ガイはナイフを持つ右手へ目を向けた。


「オマエの刃は能力じゃない。ただの凶器(きょうき)だ」


「……あ?」


 男が動きを止めた。


 ガイは続きを言わなかった。


「俺の能力を馬鹿にしてんのか!」


 男の顔が歪(ゆが)んだ。


 握ったナイフをガイへ向ける。


 それから、刃を地面へ投げ捨てた。


「だったら見せてやるよ!」


 砂利の上でナイフが跳ねた。


 男が右拳を握り込む。


 拳の表面が硬く盛り上がった。


「これが俺の力だ! こっちで潰してやる!」


 ガイは左肩を前へ出した。


 拳は面の打撃。


 受ければ衝撃を溜められる。


 ただし、昔のようにその場で返すことはできない。


 今は、溜めた力を次の動きへ使うしかなかった。


 管制室で、レンは男の動きを固定カメラで追っていた。


 ナイフが落ちるところまでは確認できた。


 男の右拳が持ち上がる。


 警官隊は煙に隠れている。


 だが、金網の切れ目はまだ開いたままだった。


「……次はこっち」


 レンは遮断板の着弾位置を確定した。


 下見で確認した、金網の切れ目の外側。


 人のいない砂利の帯だ。


『遮断板、射出』


 残弾表示が一つになった。


 着弾までの数字が減り始める。


 固定カメラでは、男が一発目を振り上げていた。


 レンは口を開きかけ、止めた。


 今から「今」と言っても遅い。


 拳はもう動き始めている。


(次を見ろ)


 レンは男の足元を拡大した。


 背中しか映らなくても、踏み込む足なら確認できる。


 最初の拳が、ガイの左肩へ当たった。


 硬質化した右拳だった。


 装甲へ重さが沈む。


 肩当ての端が背中側へ押され、ガイの身体が半歩ずれた。


 受けた衝撃を身体に留める。


 男が拳を引く。


 ガイは左足を踏み直した。


「何だよ、当たるじゃねえか!」


 男が笑った。


 次は低い位置からの突きだった。


 ガイは肩を落とし、胴へ届く前に受けた。


 二発目。


 硬い拳が肩当てに当たり、足元の砂利が鳴った。


 衝撃が増す。


 ガイは身体を支え直した。


 前の肩当てより厚く、重い。


 レンが固定帯を調整したおかげで腕は動くが、打撃を受けるたびに当たり面がずれた。


 男はさらに近づいた。


「避けねえのかよ!」


 ガイは答えなかった。


 返しを撃てなくなってから、受けた衝撃をすぐには使えなくなった。


 溜めた重さを抱え、次の動きを選ぶ必要がある。


 男の膝が伸びた。


 上体が持ち上がる。


 叩きつける動きだ。


 三発目。


 ガイは左肩を上げ、拳を受けた。


 重い衝撃が装甲を押し下げる。


 膝が曲がった。


 呼吸が一つ遅れ、肩の奥に熱が残る。


 男がもう一歩詰める。


 ガイは足を開き直した。


 三発分の衝撃が溜まっている。


 ただ、いつまでも持ってはいられない。


 時間がたてば抜けていく。


 もう一発受ければ、肩の負担も増える。


 男の顔が近づいた。


「次で終わりだ!」


 ガイは答えず、足元を確かめた。


 砂利の薄い場所。


 そこなら、踏み込みで足が滑りにくい。


 背後で金属音がした。


 遮断板が金網の切れ目の外側に着弾し、その場で開いた。


 人一人が通れる幅を塞ぐ。


『遮断板、設置完了。切れ目は塞ぎました。警官隊は煙の向こうです』


 男が一度振り返った。


「何だ、あれ!」


 すぐにガイへ向き直る。


「お前も、そこから逃げられねえぞ!」


 ガイは左足を踏み替えた。


 逃げ道が減ったのは、男も同じだった。


 男が右足を引く。


 ガイには、顎(あご)が前へ出るのが見えた。


 管制室のレンには、足の動きが映っているはずだ。


 ガイは無線に耳を向けた。


 次の拳が来る。


 受けてから返すには、もう間に合わない。


 だが、今の身体でも、溜めた力を放つことはできる。


 男の後ろ足が動いた。


『――今』


 ガイは四発目の拳が届く前に踏み込んだ。


 左肩を前へ向ける。


 溜めた衝撃を体当たりへ回し、正面から押し出した。


 男の拳が外へ流れる。


 ガイの肩が胴へ当たった。


 男の足が砂利を離れた。


 身体が後ろへ飛び、金網へぶつかる。


 支柱が鳴った。


 網が大きくたわみ、男の背中を受け止める。


 反動で身体が前へ戻された。


 男は片膝から地面へ落ちた。


 ガイも足を止めた。


 左肩に熱が残っている。


 溜めた衝撃は使い切った。


 次に同じ一撃を出すには、もう一度受けなければならない。


 煙の向こうから警官が走ってきた。


 先頭の古参の警官が、ガイを見て足を止める。


「今の……グリットか」


 ガイは答えなかった。


 男がまだ動いている。


 右手を地面につき、起き上がろうとしていた。


 左手は身体の下に隠れている。


 ガイは腰のホルダーへ手を伸ばした。


 拘束帯を抜きながら近づく。


 男が身体をひねった。


 戻りざま、左手が下から振り上がる。


 短い刃が見えた。


 ガイは腕を引いた。


 だが、間に合わない。


 刃が左の前腕を裂いた。


 外装の継ぎ目から血が流れ、拘束帯の端を濡らす。


 二本目のナイフだった。


 最初の一本を捨てたあとも、男は別の刃物を隠していた。


 ガイは傷ついた腕を引き、身体の向きを変えた。


 男の右腕を膝で押さえる。


「刃物!」


 駆け寄った警官が盾を差し入れた。


 男の左手を押さえ、もう一人がナイフを取り上げる。


 別の警官が右手首を固定した。


 ガイは男の身体が動かなくなったのを確認し、膝を離した。


 拘束具の締まる音がした。


 男が罵声を上げる。


 警官に両腕を押さえられ、そのまま連れていかれた。


 ガイは傷口を押さえた。


 血が指の間から流れている。


 受けた拳の衝撃は、もう残っていない。


 さっきの一撃ですべて使った。


 裂けた腕は、そのままだった。


「グリットさん、腕を見せてください!」


 警官が近づいた。


「先に連れてけ」


「もう確保しました。今度は腕です!」


 ガイは左腕を上げようとした。


 肘の途中で動きが止まる。


 警官が清潔な布を差し出した。


 ガイは受け取り、傷へ押し当てた。


 足元の砂利には、男が投げ捨てた一本目のナイフが落ちている。


 二本目も押収され、警官の手元にあった。


 ガイはそれを一度確かめた。


 男の怒鳴り声が、道路のほうへ遠ざかっていった。


 夕方、処置を終えたガイが第九分署へ戻ってきた。


 レンは管制室で報告書を開いていた。


 左前腕、切創。


 縫合、八針。


 その数字を見て、ガイへ顔を向ける。


「八針って、何ですか」


「切られた」


「それは見れば分かります!」


 レンは端末を持ち上げた。


「ナイフ一本だと思ってましたけど、二本持ってたんですよ。こっちも確認できてなかったとはいえ、あの距離で見落としたら――」


「確保した」


「そこは見てましたよ!」


 レンは査定の欄を開いた。


 四級ヴィラン、確保。


 査定、四十点。


 年度累計、九十四点。


 報酬、八万円。


 指揮者加算、一万二千円。


「点数は入りましたよ。報酬も予定どおりです。でも、左腕を八針も縫って取る点数ですか、これ」


 ガイは包帯の巻かれた前腕を見た。


「そうか」


「そうか、じゃないでしょう」


 レンは机へ端末を置いた。


「せっかく肩当てを調整して、拳の起こりも読んで、ちゃんと当たったんですよ。最後の最後で刃物って……」


 ガイは言い返さなかった。


 レンは録画専用ボディカメラから取り込んだ映像を開いた。


 男の拳が三度、ガイの左肩へ当たる。


 画面が揺れる。


 四発目の前で、ガイの身体が動いた。


 レンは再生を止めた。


 隣に固定カメラの映像を並べる。


 男の後ろ足が動く。


 無線記録に、自分の声が入っていた。


『――今』


 その直後、ガイが踏み込んでいる。


 男の拳が外れ、体当たりが胴へ当たった。


 レンはもう一度再生した。


 訓練で何度も見た動きだった。


 タイヤを振り、ガイが肩で受ける。


 足の位置を見て「今」と告げる。


 十回のうち六回しか当たらなかった動きだ。


 それが、今日は当たった。


 映像を止める。


 ガイの左肩と、男の胴が重なっていた。


「……ちゃんと当たってるんですよね」


「おう」


「初めてですよ。俺の合図で、こんなにきれいに決まったの」


 ガイは画面を見た。


 レンは少し待ったが、返事はなかった。


 代わりに、もう一度映像を再生する。


 男が金網へ飛ぶ。


 警官が走ってくる。


 そして、左手が動いた。


 短いナイフが見える。


 レンはそこで再生を止めた。


 画面には、ガイの前腕へ向かう刃が映っている。


 勝てたことは分かる。


 だが、ここを見落としている。


 レンは端末を閉じた。


「次は腕の傷が治ってからにしてください。無理して出られても困ります」


「分かった」


「四級をもう一件受ければ、点数は増えますけどね。また刃物だったら、今度はもっとひどいことになるかもしれませんし」


 レンは案件一覧を開いた。


 第四分署から回された、もう一件の四級案件が残っている。


 旧貨物線周辺に現れた四足型の獣だ。


 報酬は一・三倍。


 報告書は三枚。


 レンは画面を眺めた。


「……まあ、こっちならナイフは持ってませんけどね」


 ガイが缶コーヒーを机に置いた。


 包帯の巻かれていない手で、案件票を指す。


「牙は、溜まらんぞ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。