↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーローの指揮者 ~落ちこぼれ指揮者の俺に回ってきたのは、引退寸前のおっさんヒーローでした~  作者: MIYA
第一章 「最低のコンビ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/41

第13話 三秒の挑発

六月中旬の朝、第九分署の管制室で、レンは四級ヴィランの交戦映像を繰り返し再生していた。


 机には三つの欄(らん)に分けた紙がある。


 殴る。突く。叩きつける。


 対象は、拳を硬質化(こうしつか)させる四級の男だ。


 過去三件の記録では、必ず拳から攻撃を始めている。ただし、同じ拳でも出し方は毎回違った。


「……一発目だけなら、まだ分かるんですけどね」


 レンは映像を止め、男の右肩に印を付けた。


 拳が動き始めてからでは遅い。


 肩が動く瞬間まで戻すと、今度は次の攻撃を言い当てられなくなる。


 レンは再生位置を少し前へずらした。


 男が足を踏み込む。


 右肩が開く。


 拳が横から飛んだ。


「殴る……と」


 紙へ書き込む。


 別の映像では、男が肘を身体の横に寄せていた。そこから腕が真っすぐ伸びる。


 突く動きだ。


 三つ目は、上体を起こして拳を振り下ろしていた。


 レンはそれぞれの動きを書き分けた。


 だが、映像を通常速度で再生すると、判断が間に合わない。


「遅い。……今のも遅い」


 もう一度。


 やはり、拳が動いてから気づく。


 肩を見ているだけでは足りなかった。


 レンは映像を巻き戻し、今度は足元を拡大した。


 突く直前、後ろ足の踵(かかと)が浮いている。


 叩きつける前には、肩より先に膝(ひざ)が伸びていた。


 横から殴るときは、距離を詰めようとして顎(あご)が前へ出る。


「……こっちが先か」


 レンは再生位置を変えた。


 肩ではなく、腰と足を見る。


 男の踵が浮く。


「突く」


 直後、拳が前へ伸びた。


 次の映像。


 膝が伸びる。


「叩きつける」


 右拳が振り下ろされた。


 レンは紙へ丸を付けた。


 再び映像を戻す。


 今度は外した。


 踏み込みだけを見て突くと思ったが、男は横から拳を振っていた。


「……似た動きもあるのかよ」


 レンは印を消し、別の位置へ付け直した。


 拳を出す直前だけ見ていても、間に合わない。


 その前に、身体のどこかが動いている。


 見つけた動作が本当に合図になるのか、何度も確かめる必要があった。


 レンは殴る動作を四十回繰り返した。


 次に突く動作を四十回。


 最後に叩きつける動作を四十回。


 外した場面は数に入れず、同じ映像の始まりまで戻した。


 折り畳み椅子の脚が床を鳴らす。


 レンは座り直し、画面へ顔を近づけた。


 最後の一回を終える頃には、メモの余白がほとんどなくなっていた。


 合計百二十回。


 手首には机の縁を押した跡が残っている。画面から目を離すと、しばらく焦点が合わなかった。


「……ようやくか」


 レンは再生速度を通常に戻した。


 男が右足を引く。


 顎が前へ出る。


「今」


 直後、右拳が横から飛んだ。


 レンは映像を巻き戻した。


 もう一度再生する。


 今度も、拳が動く前に合図を出せた。


(映像相手なら、な)


 レンは記録紙に丸を一つ付けた。


 実際の現場には、停止ボタンも巻き戻しもない。


 それに、この男にはもう一つ厄介な動きがある。


 腰の鞘(さや)へ手を伸ばす動きだ。


 レンは過去三件の映像を呼び出した。


 拳を振っていた男が、ナイフへ持ち替えるまでの時間を計測する。


 一件目。


 二件目。


 三件目。


 どの記録も、三秒に届かなかった。


 拳の起こりを読めたとしても、刃が出ればガイは受けられない。


 しかも、昨日の手首の確認では左肩に負担が残っていた。


「……一発受けるだけじゃ足りないか」


 レンは記録紙を畳まず、隣の案件票を開いた。


 午後、レンとガイは旧市街の資材置き場を訪れていた。


 今回の男が出入りしていると通報された場所だ。


 警察に立入規制の範囲を確認し、二人は敷地の外から下見をしていた。


 道路沿いには古い金網が続いている。


 内側には木材や鉄管が積まれ、奥には金属製の屋根が見えた。


 出入口は大きな門が一つ。


 そのほかに、曲がった金網の切れ目があった。


「ここからも出られそうですね」


 レンは端末の配置図へ印を付けた。


 金網の切れ目は、大人一人なら通れる幅がある。


 しかも、門とは反対側だ。正面だけを塞いでも、そこから逃げられてしまう。


 ガイは金網を指で押した。


 支柱は動かなかったが、切れ目の近くは軋(きし)んだ。


「ここは抜けられるな」


「ええ。遮断板を使うなら、ここが候補です」


 レンは周囲を見た。


 門の前は広い。


 だが、敷地の奥へ進むほど資材が増え、横へ避ける場所が少なくなる。


 ナイフを出されたら、逃げ道を確保しにくい。


 路面には荷車の轍(わだち)が残り、端には砂利が寄せられていた。


 ガイが金網の下を指した。


「足元、砂利だ」


「……ここですね」


「滑るぞ」


 レンは配置図に〈砂利〉と書き足した。


 前回の訓練では、通常放出が十回中六回成功した。


 あれは平らな車庫の床で測った数字だ。


 足元が崩れれば、同じ角度では踏み込めない。


 レンは門の向こうを見た。


「中へ入ったら、あんまり追い回したくないですね」


「まだ決めてねえ」


「分かってます。今は危ない場所を調べてるだけです」


 ガイは切れ目から離れ、道路のほうへ歩いた。


 レンは屋上射出機の地図を開いた。


 第九分署からの射程内だ。


 使える射出回数は三発。発煙筒と遮断板を使う案を考えていた。


 ただし、着弾には時間がかかる。


 動く男を直接狙えば、以前の捕縛網と同じ失敗を繰り返すかもしれない。


 レンは配置図を拡大した。


 狙うべきなのは、男が今いる場所ではない。


 逃げ道になる切れ目。


 警察の位置が見えてしまう方向。


 動かないものなら、先に位置を決められる。


「発煙筒を使うなら、こっちですかね」


 レンは門の横を指した。


「門の真ん中へ落とすと、警官まで前が見えなくなります。警察の接近を隠すなら、この端のほうがいい」


 続いて、金網の切れ目を示す。


「遮断板はここ。切れ目そのものを塞ぐなら、男が走っても射出位置を変える必要がありません」


 ガイは配置図を覗(のぞ)き込まず、実際の金網を見ていた。


「人は」


「通報時には、敷地内に誰もいなかったそうです。ただ、当日は再確認が必要です」


「おう」


「警察の待機位置もまだ決まってません。そこは確認してから調整します」


 レンは二つの候補地点を保存した。


 残る一発は、まだ決めない。


 現場で何が起きるか分からない以上、三発すべての使い道を先に固定するつもりはなかった。


 ガイは金網の外を歩きながら、敷地の奥を見ていた。


 資材の山。


 屋根の陰。


 閉じた門。


 そして、道路へ抜ける角。


「……あの男、拳を数発振ったらナイフを抜くんですよ」


 レンは端末へ目を戻した。


「過去三件ともそうでした。だから、刃物を抜く前に決着を付けたいんです」


「本人は」


「……本人?」


「何でここにいる」


 レンは案件票を開いた。


 男の職歴には、以前勤めていた工場の名前がある。


 その横には、解雇(かいこ)の文字があった。


「工場を解雇されたそうです」


 レンは画面を閉じた。


「だからって、資材置き場へ刃物を持って来ていい理由にはなりませんよ」


「理由は聞いたのか」


「事情聴取(ちょうしゅ)は警察の仕事でしょう。こっちは確保するのが仕事です」


 ガイは金網の向こうを見た。


「関係あるかは、聞いてから決める」


 レンは口を開いたまま止まった。


「……刃物を持った相手に、面接でもするつもりですか」


「抜く前に聞く」


「簡単に言いますけどね。前の記録じゃ、刃物を出すまで三秒もないんですよ」


 ガイは答えなかった。


 金網の切れ目をもう一度確かめ、道路へ向かって歩き出す。


 レンは一歩遅れてついていった。


(聞いて止まるなら、過去三件とも捕まってるだろ)


 だが、ガイの言葉を無視するつもりもなかった。


 男が答えるかどうかは分からない。


 話を聞いても、襲ってくる可能性はある。


 それなら、答えなかったときの準備をしておけばいい。


 レンは配置図へ新しく印を付けた。


 ガイが歩いて確かめた道だ。


 その先には、敷地の外へ抜ける角がある。


 レンは門と金網の切れ目を見比べた。


 男と顔を合わせるまで、まだ時間はある。


 その時間を、できるだけ使っておきたかった。


 夕方、第九分署の車庫で、レンは吊りタイヤのロープを外していた。


 下見から戻ったガイが整備台に上着を置く。


 レンは手元の端末を開いた。


 画面には、お下がりの肩当ての取り付け記録が残っていた。


「次の出動も、今の肩当てで行くんですか」


「ほかにねえ」


「元の薄いやつはありますよ」


「傷んでる」


「まあ、そうなんですけど。今のだって、身体に合ってるとは言えませんからね」


 レンは端末を置いた。


 黒い手袋を外す。


 ガイが右手を差し出した。


「手、貸せ」


「はい。三秒だけです」


 レンは手首を握った。


 一秒目に、心拍の間隔を確かめる。


 二秒目。前腕の筋肉には、まだ張りが残っていた。


 三秒目には、左肩を前へ出すときに使う筋肉が、ほかより強く緊張しているのが分かった。


 レンは指を離した。


「前と大差ないですね。……左肩だけ、少し緩めたほうがよさそうです」


「おう」


 ガイが登録章を二度叩いた。


 紺色の外装が身体を覆い、二・八秒後に装甲がかみ合う。


 レンは肩当ての固定帯を調整した。


 前に出す位置だけでなく、横へ腕を回したときの隙間も確かめる。


「ナイフを避けるなら、腕が動く範囲を残しておきたいんです。受けるために肩を固めすぎたら、今度は避けられませんから」


 ガイは腕を前へ出し、元へ戻した。


「これでいい」


「まだ勝ってませんからね。動作確認しただけですよ」


 レンは調整位置を記録した。


 肩当てを削り直すことはしない。


 今日も固定帯だけを変えている。


 続いて、射出予定を開いた。


 発煙筒。


 遮断板。


 それぞれの着弾候補を二か所登録する。


 三発目は空欄のままにした。


「現場で状況が変わったら、追加で調べます。俺は相手の動きを見て、合図を出します」


「おう」


「拳なら溜まります。刃物は無理。そこだけは変わりません」


「分かった」


 ガイは登録章を操作し、外装を収納した。


 作業着に戻ると、胸ポケットにはいつもの赤鉛筆が差さっていた。


 レンは端末を閉じようとして、手を止めた。


「それで、さっきの話ですけど」


「何だ」


「男の事情を聞くなら、先に教えてくださいよ。黙って近づかれたら、こっちは合図を出す場所も分からないんです」


「おう」


「何を聞くかも決めておいたほうがいいでしょう。相手が答えるかどうかは別として」


 ガイは少し考えた。


「何を言う」


「……俺に聞きます?」


「お前のほうが口が回る」


「そこは否定しませんけど」


 レンは腕を組んだ。


 男の過去三件では、最初は必ず拳を使っていた。


 そこから腰へ手を伸ばし、ナイフを抜く。


 三秒にも満たない動作だ。


 話を聞いたあと、素直に捕まってくれれば何も問題はない。


 だが、そんな相手なら最初から四級の案件にはなっていない。


 レンはガイを見た。


 いつも「おい」と声を掛けるだけで、あとは相手の出方を見る。


 そのやり方で、今日まで戦ってきたのだろう。


 しかし今回、ただ待っていれば刃物が出てくる。


 相手の注意を拳へ向けさせる必要があった。


「……ちょっと待ってください」


 レンは管制室へ戻った。


 机から白い紙を一枚取り、車庫へ引き返す。


「赤鉛筆、借ります」


 ガイが胸ポケットから鉛筆を抜いて渡した。


 レンは整備台へ紙を置き、一行だけ書いた。


 書き終えてから、もう一度読み直す。


(……言いすぎか?)


 ガイへ渡す。


 ガイは紙を受け取り、顔から少し離して読んだ。


 その眉間に皺(しわ)が寄る。


「……俺は、こんなこと言わねえ」


「知ってます。だから書いたんです」


 レンは紙を指した。


「いつもどおり『おい』だけで済ませたら、また拳を振るか、ナイフを抜くかでしょう。今回は向こうの動きを少しでも変えたいんですよ」


 ガイは紙を裏返した。


 何も書かれていない面を見る。


「口だけで勝てるのか」


「勝てるなんて言ってません」


 レンは紙を取り戻した。


「こっちを見てもらうだけです。そのあと拳で来るかどうかは、相手次第ですよ」


「事情は聞く」


「分かってます。そこは邪魔しません」


 レンは書いた一行を見直した。


 カタカナの「オマエ」が、ほかの文字より少し大きい。


 ガイの口調には合わない。


 声に出せば、なおさらだ。


 男が乗ってくる保証もなかった。


 それでも、何も準備せずに向き合うよりは、使える手が一つ増える。


「先に話を聞いてください。それでも刃物を出すなら、こっちにも考えがあります」


 ガイは返事をしなかった。


 レンは赤鉛筆を返した。


 ガイが胸ポケットへしまう。


 レンは紙を二つに折って、ガイの胸ポケットの赤鉛筆の横に差し込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。