22 フレッドの結婚
22 フレッドの結婚
フレッドは、母親の親友の娘と結婚した。
二人は幼い頃から家族ぐるみで付き合ってきた。互いの家を行き来して育った幼馴染だった。
大人になってからは、それぞれの生活が忙しくなり、しばらく顔を合わせていなかったらしい。それでも、久しぶりに再会すると、離れていた年月などなかったかのように話が弾んだ。
相手の好みも、苦手なものも知っている。
どんなことで機嫌を損ね、どんな言葉をかければ笑うのかも、互いによく分かっていた。
家族たちは、二人が親しく付き合い始めたと聞いたときから、期待していたらしい。
「昔から、あの二人は気が合いましたものね」
「フレッドも、彼女と一緒なら無理をしなくて済むでしょう」
「あちらのお嬢さんなら、家柄も人柄も申し分ありません」
そして婚約が決まると、一族の者たちはそろって胸をなで下ろした。
スミス部長も例外ではなかった。
フレッドから結婚の報告を受けた日、部長は甥の肩を力強く叩いた。
「そうか。ようやく決めたか」
「ようやくとは、どういう意味ですか?」
フレッドが苦笑すると、部長は呆れたように眉を上げた。
「お前も、もう結婚を考えてよい年齢だろう。相手が決まったと聞いて、一族の皆が安心しているぞ」
「叔父さんもですか?」
「もちろんだ。彼女なら幼い頃から知っている。聡明で、しっかりした女性だ。お前にはもったいないくらいだな」
「そこまで言いますか?」
「結婚する前に、自分が恵まれていると理解させておいたほうがいいと思ってな」
部長が真顔で答えると、フレッドは困ったように笑った。
「分かっています。彼女を大切にします」
「ああ。そうしなさい。幼馴染だからといって、何も言わなくても分かってもらえると思ってはいけないぞ」
「肝に銘じておきます」
フレッドは素直にうなずいた。
部長は満足そうに笑うと、改めて甥の肩に手を置いた。
「結婚、おめでとう。幸せになりなさい」
「ありがとうございます、叔父さん」
結婚式には、エリザベスもスミス部長と共に出席した。
式場には両家の親族をはじめ、二人が幼い頃から世話になった者たちが大勢集まっていた。
「あんなに小さかった二人が結婚するなんてね」
「昔は会うたびに喧嘩をしていたのに」
「喧嘩をしても、次の日には一緒に遊んでいたではありませんか」
「一度離れたからこそ、互いのよさが分かったのかもしれませんね」
あちらこちらから懐かしい話が聞こえてくる。
そのどれもが温かく、式が始まる前から会場は和やかな空気に包まれていた。
やがて扉が開き、花嫁が父親に手を引かれて姿を現した。
白いドレスに身を包んだ花嫁は、緊張しながらも幸せそうに微笑んでいた。
その視線の先には、フレッドが立っている。
彼はまっすぐに花嫁を見つめていた。
やがて花嫁が隣へたどり着くと、フレッドは差し出された手を大切そうに取った。
「よい顔をしていますね」
エリザベスは隣に座る部長へ、小さな声で話しかけた。
「ああ。あんなに緊張しているフレッドを見るのは久しぶりだ」
「緊張しているのですか?」
「しているとも。昔から、緊張すると少しだけ右の肩が上がるんだ」
言われて見てみると、たしかにフレッドの右肩が、わずかに上がっているように見えた。
エリザベスは思わず笑った。
「よくご存じなのですね」
「甥だからな。本人は隠しているつもりらしいが、私にはすぐ分かる」
部長は得意そうに答えた。
フレッドとエリザベスの間に起きたことを部長は知らない。
二人はあくまでも気の合う友人であり、最初からそれ以上の関係にはならなかった。部長は今もそう信じている。
だから部長は、甥が幼馴染との結婚を決めたことを、何のわだかまりもなく喜んでいる。
エリザベスも、それでよいと思っていた。
誓いの言葉を交わす二人を見つめながら、エリザベスは静かに微笑んだ。
花嫁はフレッドを信頼しているのだろう。その眼差しは穏やかで、長い付き合いのある者だけが見せられる親しみに満ちていた。
フレッドもまた、そんな花嫁を大切そうに見つめている。
きっと二人なら大丈夫だ。
幼い頃から互いを知っているからこそ、取り繕わずに向き合っていけるだろう。
誓いが終わると、会場中から大きな拍手が送られた。
エリザベスも惜しみなく手を叩いた。
過去を思い出して胸が痛むことはなかった。
フレッドに未練があるわけでもない。
今の彼女にとって、フレッドは大切な友人だった。
友人が信頼できる伴侶を見つけ、幸せそうに笑っている。
それが、心からうれしかった。
披露宴が始まると、フレッドは花嫁を伴って、エリザベスたちの席へ挨拶にやって来た。
「叔父さん、エリザベスさん。本日は来てくださって、ありがとうございます」
フレッドが頭を下げると、花嫁も隣で一礼した。
「お二人に祝っていただけて、とてもうれしいです」
「こちらこそ、お招きくださってありがとうございます」
エリザベスは笑顔で答えた。
「ご結婚、おめでとうございます。とても温かくて、素敵なお式でした」
「ありがとうございます」
花嫁の顔に、うれしそうな笑みが広がった。
「エリザベス様のお話は、フレッドから何度もうかがっています。とても仕事のできる、大切なご友人だと」
エリザベスはフレッドへ目を向けた。
「そのように話していたのですか?」
「事実ですから」
フレッドは穏やかに答えた。
ほんの少しだけ気まずそうに見えたのは、過去を知るエリザベスの思い過ごしかもしれない。
「エリザベスさんには、私が王都へ戻ってから、ずいぶん助けていただきました。叔父さんを通じて知り合ったのですが、今では大切な友人です」
「私もフレッドには、いろいろと助けてもらいました」
エリザベスも同じように答えた。
二人の間には、確かにさまざまなことがあった。
けれど、今の言葉に嘘はない。
「そうだったな。私が二人を引き合わせたんだ」
部長は満足そうにうなずいた。
「二人はすぐに気が合ったようで、私もうれしかったよ。フレッドには王都に親しい友人が少なかったからな」
「叔父さん。それは今、言わなくてもよいことでしょう」
「何を恥ずかしがる。友人は人数ではない。信頼できる相手が一人でもいれば、それで十分だ」
「それには同意しますが……」
困った顔をするフレッドを見て、花嫁がくすりと笑った。
「これからも、フレッドと仲よくしていただけますか?」
花嫁に尋ねられ、エリザベスは迷わずうなずいた。
「もちろんです。あなたさえよろしければ、今度はお二人で遊びにいらしてください」
「ぜひ、うかがわせてください」
「庭を少しずつ整えているところなのです。花が咲く頃にいらしていただければ、きっと楽しんでいただけると思います」
「まあ、楽しみです。私も花が好きなのです」
「でしたら、ぜひ」
エリザベスと花嫁が話を弾ませる横で、フレッドはほっとしたように表情を緩めた。
「よかったな、フレッド」
部長が甥へ声をかけた。
「妻と友人が仲よくなれば、お前も安心だろう」
「はい」
フレッドは短く答えた。
その声には、部長が考えているよりも深い安堵がにじんでいた。
エリザベスは、それに気づかないふりをした。
「エリザベスさん」
フレッドが改めて彼女へ向き直った。
「来てくださって、本当にありがとうございます」
「友人の結婚式ですもの。出席するのは当然です」
エリザベスは穏やかに微笑んだ。
「幸せになってください、フレッドさん」
「ああ。ありがとう」
フレッドは真剣な表情で答えた。
「彼女を大切にするよ」
そう言って、隣に立つ妻の手を握る。
花嫁も幸せそうに、その手を握り返した。
やがて二人は、次の席へ挨拶に向かった。
並んで歩いていく後ろ姿を見送りながら、部長は感慨深そうに息を吐いた。
「これで、私も一安心だ」
「ずいぶん心配なさっていたのですね」
「フレッドも、もう若さだけで何でも許される年齢ではないからな。家族を持てば、少しは落ち着くだろう」
「今でも十分、落ち着いていると思いますが」
「ベスはフレッドに甘いな」
「友人ですから」
エリザベスが答えると、部長は納得したようにうなずいた。
「ああ。そうだったな」
部長は、二人が最初から友人だったと信じている。
その思い込みを訂正するつもりは、エリザベスにもフレッドにもなかった。
過去には、二人だけが知っていればよいこともある。
そして今、フレッドは大切な女性と新しい人生を歩み始めた。
エリザベスは友人として、その門出を心から祝福した。




