↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつまでも甘くないから。愛は幸せの一部よね。リメイク版  作者: 朝山 みどり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/23

23 平和な午後

23 平和な午後


 古風な家具が並ぶ居間には、穏やかな午後の日差しが差し込んでいた。


 どの家具も決して新しくはない。深い飴色の長椅子も、細かな彫刻が施された戸棚も、エリザベスの祖母が暮らしていた頃から使われているものだ。


 けれど、埃一つなく磨かれ、傷んでいた布地も丁寧に張り替えられている。暖炉の上には季節の花が飾られ、窓辺の小卓には、エリザベスが庭で育てている鉢植えが並んでいた。


 華美ではないが、手入れの行き届いた居心地のよい部屋だった。


 スミス侯爵は長椅子へゆったりと腰かけ、エリザベスが淹れたお茶を楽しんでいた。


「やはり、ベスが淹れてくれたお茶が一番おいしいな」


 満足そうに言う夫へ、エリザベスは向かいの椅子から冷静な視線を向けた。


「この前は、料理人が淹れてくれたお茶を飲んで、これが一番おいしいとおっしゃっていましたわ」


「あれは、料理人へのねぎらいだよ」


 スミス侯爵は悪びれることなく答えた。


「ベスへの言葉は本心だ」


「料理人が聞いたら悲しみますわよ」


「聞いていないから大丈夫だ」


「あとで私が教えておきます」


「ベス、それはやめてくれないか」


 エリザベスは答えず、砂糖壺へ手を伸ばした。


 そんな妻を見ながら、スミス侯爵は楽しそうに笑った。


 エリザベスと結婚してからというもの、彼は屋敷にいる時間をことのほか大切にするようになった。


 エリザベスとの結婚を人質にとられ国政に戻ったが、呼ばれるまでは出仕をしない。



「今日は、もう何もないよね?」


 スミス侯爵が念を押すように尋ねた。


「ええ。こちらへいらっしゃる予定のお客様はいません」


「外出の予定は?」


「ありませんわ」


「では、夕食までずっと二人で過ごせるな」


「あなたが書斎へ逃げ込まなければ、ですけれど」


「逃げ込まないとも。今日は仕事をしないと決めたんだ」


 胸を張って宣言した夫へ、エリザベスは微笑んだ。


「それは立派な決意ですこと」


「もっと褒めてくれてもいいんだよ?」


「決意しただけでしょう。実行できたら褒めて差し上げます」


 そのとき、居間の扉が控えめに叩かれた。


 返事を待って入ってきた執事は、どことなく困った顔をしていた。


「旦那様、おくつろぎのところ、申し訳ございません」


「客なら断ってくれ」


 執事が用件を告げるより先に、スミス侯爵が言った。


「今日は誰にも会わない。急ぎの仕事も受けない。そう伝えてあるはずだ」


「はい。ですが、王城から使者がお越しです」


 執事の言葉を聞いた途端、スミス侯爵の笑顔が消えた。


 彼は持っていたカップを静かに受け皿へ戻した。


「帰ってもらいなさい」


「それが、国王陛下からの極秘のご連絡とのことでございます」


「聞こえなかったのか。帰ってもらいなさい」


「旦那様」


「私は今日は休みなんだ」


 スミス侯爵は心底うんざりした様子で額へ手を当てた。


「極秘なら、なおさら私に知らせるべきではない。知らなければ、私は何もする必要がないのだから」


「すでに使者から直接お渡しするよう命じられております」


「では、その使者ごと追い返してくれ」


 執事は無言になった。


 長年スミス家に仕えている彼にも、国王の使者を門前払いする勇気まではないらしい。


 やがて、王家の紋章が入った上着を身につけた使者が、執事に案内されて居間へ入ってきた。


 使者の姿を見たスミス侯爵は、取り繕うことさえせず、あからさまに嫌そうな顔をした。


「……君か」


「お久しぶりでございます、スミス侯爵閣下」


「久しぶりのままでよかったんだが」


 使者は聞こえなかったふりをして、懐から封書を取り出した。


 赤い封蝋には、国王だけが使用できる印章が押されている。


「国王陛下より、極秘のご連絡でございます。至急、王城へお越しいただきたいとのことです」


「断る」


「侯爵閣下」


「今日は妻とお茶を飲んでいる。見れば分かるだろう」


 使者は助けを求めるようにエリザベスを見た。


 しかし、エリザベスは何も言わず、涼しい顔で自分のお茶を飲んでいる。


「陛下は、閣下でなければ対処できない問題だとおっしゃっております」


「あいつはいつもそう言うんだ。私に仕事を押しつけたいときは、決まって君にしか頼めないと言う。騙されないぞ」


「陛下からは、もし閣下がお断りになるようなら、直接こちらへお越しになるとのお言葉を預かっております」


 スミス侯爵の顔が引きつった。


 この屋敷へ国王が押しかけてくれば、のんびりお茶を楽しむどころではない。警備の手配に料理の用意、随行員の控室まで必要になる。


 何より、国王は用件が済んでも簡単には帰らない。


「……卑怯者め」


 スミス侯爵は低い声でつぶやいた。


「今、なんとおっしゃいましたか?」


「陛下は実に優れた交渉術をお持ちだと言ったんだ」


「さようでございますか」


 使者は何も聞かなかったことにしたらしい。


 スミス侯爵は封書を受け取ると、重苦しいため息をついた。それから隣に座るエリザベスのほうへ身を寄せる。


「ベス、あいつが呼んでるみたい。もういやだよ」


 国王をあいつと呼び、子どものように不満を訴える夫を見ても、エリザベスは動じなかった。


 黙って夫の顔を見つめ、やがて優しく微笑む。


「早く行って、早く帰ってきて」


「ベスまで私を追い出すのか?」


「追い出してはいませんわ。帰ってきてと申し上げたでしょう?」


「一緒に来てくれないか?」


「極秘のご連絡なのでしょう。私がついていってはいけませんわ」


「君は私の妻だ。隣に座っているだけでいい」


「陛下とお話をしている間も、手を握っていて差し上げましょうか?」


 エリザベスが尋ねると、使者がわずかにうつむいた。笑いをこらえているらしい。


「それは……さすがに格好がつかないな」


「では、お一人で行ってくださいませ」


「冷たいなぁ」


「帰っていらしたら、もう一度お茶を淹れて差し上げます」


「焼き菓子も?」


「残っていれば」


「私の分を取っておいてくれ」


「早く帰ってくれば、残っていると思いますわ」


 スミス侯爵はしぶしぶ立ち上がった。


 執事が差し出した上着を着ながらも、名残惜しそうに何度もエリザベスを振り返る。


「本当にすぐ帰るからね」


「ええ」


「夕食までには必ず帰る」


「お気をつけて」


「もし遅くなっても、先に食べないでくれよ」


「それは陛下におっしゃってくださいませ」


 エリザベスに見送られ、スミス侯爵は使者とともに屋敷を出た。


 玄関前には王城から来た馬車が待っている。


 乗り込む直前にも夫は振り返り、エリザベスへ手を振った。


「ベス、待っていてくれよ!」


「はい。いってらっしゃいませ」


 エリザベスも小さく手を振った。


 扉が閉まり、馬車が走りだす。


 スミス侯爵は窓から顔を出しそうな勢いでこちらを見ていたが、やがて馬車は門を抜け、通りの向こうへ消えていった。


 その姿が完全に見えなくなるまで、エリザベスは玄関前に立っていた。


 やがて屋敷へ戻ると、静かになった居間を見回す。


 夫が座っていた場所には、まだ飲みかけのお茶が残っている。


 エリザベスは自分の椅子へ戻り、ゆっくりとカップを持ち上げた。


 屋敷の中は静かだった。


 誰かが絶えず話しかけてくることも、抱き寄せられることも、庭仕事を切り上げるよう急かされることもない。


 好きなだけ本を読み、庭へ出てもよい。焼き菓子も、夫の分を残す必要がなければ、もう一つ食べられる。


 エリザベスは皿に残った焼き菓子へ手を伸ばした。


(たまには亭主の留守もいいわね)


 そう思いながら口にした焼き菓子は、いつもより少しだけおいしく感じられた。





いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。


書籍を出すことができました。

挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。